5 『抱擁』

ふとした事から動き出した、この感情――――。

ガキィンッ!!
雨のパラパラ降る音に、硬質な音が混じる。
その音と共に、ウルボーグが何度もコンクリートの壁にぶつかっていく。
コンクリートの壁に大きなヒビを入れて、ウルボーグはユーリの手に戻ってきた。
「・・・まだだ・・・」
こんな力じゃない。
もっともっと、全てを破壊する力が欲しい。
ユーリはまたウルボーグをシューターにセットし、ワインダーを引く。
・・・と、頭からフワリと何かが落ちてきた。
「――――?」
柔らかい感触に、ユーリはソレに手を置く。タオルだ。
「よくもまぁこのクソ寒い中野外練習する気になるなぁ」
しかも雨の中。と、ボリスが苦笑をもらす。
何となくそれが癪に障り、ユーリはボリスの方をチラッと横目で見て、無言でソレを投げ返した。
軽いタオルはそうはうまく飛ばず、ボリスは少し慌てて地面に落ちそうになったタオルに手を伸ばした。
「練習しなければ強くもうまくもなれない。どんな状況下においても最高のコンディションで居るのなら、こういう天気での練習こそ最高なものだ」
先程入れたヒビを更に抉って、ウルボーグはまたユーリの手の中に戻ってくる。
そうしてまた先程と同じようにシューターにセットする。
ワインダーを引こうとしたところで、突然視界いっぱいにパステル色の緑が飛び込んできた。
「っ・・・?」
いきなりの事に驚いたが、すぐにそれが先程のタオルの色だと思い出す。
構わずはらおうとすると、頭に手を置かれ、ガシガシと拭かれた。
「おいっ!やめろ!」
乱暴ではないが、慣れていないその重みに、ユーリは不機嫌になる。
それでもボリスの手は止めずに、ユーリの頭を拭う。
「おい!聞えて」
ユーリが怒鳴ろうとすると、ボリスの手が頬におりてきた。
「ほら、やっぱりこんなに冷えてる。練習も大切だけど、身体の管理も必要じゃありませんか?」
笑顔で言われ、ユーリはムッとする。
確かにボリスの言うとおり、こんな雨の降っている、まだ雪も完全に溶けない気温の中に何時間も居たら、風邪を引くのは眼に見えてわかる。
「身体を大切にしておくことも、最高のコンディションを保つのに必要だと思うけど?」
ユーリに反論できることは無かった。
結局ユーリは、ボリスに手を引かれて廊下を歩いている。
「・・・おいっ!この手を離せ・・・!」
何となく子供扱いされてるようで気に食わず、ユーリは何度もその手を振り解こうとした。
「まぁまぁ。そう言うなって」
たいして強い力で手を握られているわけでもないのだが、何故かユーリにはその手が解けなかった。
そんな会話を飽きず繰り返している内に、ボリスの部屋についてしまう。
「・・・オレは自分の部屋に行く・・・」
何故自分の部屋があるのに、わざわざボリスの部屋に行って服を乾かさなければならないのか。
ユーリが踵を返そうとすると、まぁまぁ〜っといつもの押しの強さでボリスに部屋に連れて行かれてしまった。
予想に反してなかなか綺麗にしているらしく、ボリスの部屋をキョロキョロ見ていると、ボリスに先程よりも大き目の、バスタオルを渡された。
「服、洗濯機に入れとけよ?」
部屋に行けば、もちろん自分の服がある。
やっぱり自分の部屋で着替えた方が不自由が無いじゃないかと言おうとすると、ボリスに満面の笑みで
「服、俺のだけどよかったら着てくれな?」
と、言われ、文句を言う暇を与えられなかった。

ある程度予想はしていたが、あまりにボリスの服が自分の体格よりも大きくて、ユーリはとても不満だった。
ボリスは自分のためかどうかは知らないがお湯をはってくれていてくれたらしく、ユーリは冷えた身体をゆっくり温めた。
口では何だかんだ言っていたが、集中力を解くと寒いものは寒い。
あの練習をしていた庭からだと、ユーリの部屋よりもボリスの部屋の方が近い。
もしかしてボリスは、そこまで考えていてくれたのか?
そんなちょっと乙女な事を考えて、ユーリは少し胸がドキドキした。
とりあえず湯冷めする前に、広げている服に腕を通した。
「・・・やっぱり大きい」
やはりそれが一番不満だった。

バスルームから出ると、紅茶とコーヒーのいい匂いがしてきた。
「お、出たな。紅茶とコーヒーどっちがいい?」
ユーリは小さな声で、紅茶、と答えた。
「こっち、来いよ」
ボリスに手招きされ、ユーリはそっちに歩いていく。
ボリスが一人掛け用のソファーに腰を降ろしたので、自然にユーリは少し大きめのソファーに座った。
「・・・やっぱりあんまり変わんないんだな・・・」
「何が?」
「部屋」
家具の配置はボリスが替えたのだろうが、部屋の仕切りはほとんどユーリの部屋と同じだった。
「ま、どこぞの財閥やらじゃねぇしな。そんなにいちいち部屋の内装変えてもいらんねぇだろ」
ボリスが笑いながら紅茶を注ぐ。
「ほら。砂糖とミルクはご自由に」
カップをユーリの前におき、更に砂糖入れとミルクをユーリの前に置いた。
すでにボリスは、自分の分のコーヒーを注いでいる。
ユーリは砂糖とミルクを少し多めに入れて、甘いミルクティーを作った。
対してボリスは、ミルクを入れただけだ。
ふー・・・と息を液体に吹きかけた後、ユーリは少し紅茶を飲んだ。
「・・・あったかいな・・・」
はぁ、と息をつき、もう一口飲む。
ボリスもその言葉に満足したらしく、ニッコリ笑ってコーヒーを飲む。
「・・・なんだ、その笑いは」
少し眉を寄せて、ユーリはボリスを睨む。
「いや、髪おりると雰囲気変わるなーって」
ユーリの髪は、今は雨と湿気で下がっており、セミショートみたいな感じになっていた。
ユーリは自分の髪質があまり気に入っていないのか、ふん、と鼻を鳴らしてまた紅茶に口をつける。
「服、大きかったか」
一応ボリスの持っている中で一番小さなものを選んだつもりだったが、やはり身長に差があるので、どうしてもブカブカになってしまう。
V字の襟の黒いタイプのものでいつもは見えない鎖骨見えて少し色っぽい。
まくっていないと手が完全に隠れてしまうのか、むりやり手首のところに合わせているのがかわいらしい。同様に、ズボンも。
なんて、本人に言ったら今度こそウルボーグを顔面にぶつけられるのだろうが。
「・・・おい・・・」
「ん〜?」
考えに浸っていると、ユーリに呼ばれた。
顔を見ると、怒っているというよりも睨まれている。
「練習に来いと言ってるだろう。何故来ない」
静かな口調だが、すごい迫力がある。
ボリスには効かないが、これをイワンやセルゲイが見たら、1、2歩は引いてしまうだろう。
ボリスはニヤッと笑いながら、ソファーの背にもたれる。
「だって俺、練習しなくても強いし?」
自信過剰な言葉に、更にユーリはムッとする。
「じゃあオレと勝負しろ!」
びしっとボリスを指差そうとして、まくって袖が解けてしまい、人差し指さえも埋まってしまって、ユーリは照れながらまたまくった。
ボリスはそのユーリの一仕草に苦笑しながら、またコーヒーをすする。
「やめとくよ」
「何故っ!」
すかさずユーリが反論してくる。
「だってユーリ、俺が勝ったら勝ったで『オレはリーダーに向いてない』とか言いそうだし、負けたら負けたでまた『練習に来ないから負けるんだ!』って言いそうだし」
う。とユーリは言葉に詰まる。
確かに、自分の性格を考えたらそう言うだろう。
「ユーリはユーリ。俺は俺。大丈夫だって。世界大会ではしっかり勝つからさ」
その言葉に、ユーリはカッとなる。
ばっとソファーから立ち、ボリスを見下ろす。
突然の事に、ボリスは驚いたようにユーリを見ている。
「・・・お前、ボーグをどうでもいいなんて考えているだろう・・・っ」
揚力を抑えたような声で言われ、ボリスは眉をしかめる。
「別に何もそんな」
「じゃあ何故練習に来ないっ!?」
遮って叫ばれ、ボリスもユーリと同じように立ち上がる。
「・・・練習に来ないのは謝る。だけど、だからって別にボーグがどうだって言いなんて思ってないっ」
「理由を言え。何故そんなに頑なに練習を拒むっ」
ユーリに言われ、ボリスは黙り込んでしまった。
「・・・やっぱり、どうでもいいんだろ・・・っ」
「ちがっ!」
「うるさいっ!!」
ボリスにつかまれそうになった手を振り払った時に、指先に何か触れたようだった。
はっとボリスを見ると、ボリスの頬に小さな紅い線がはしっていた。
多分、自分の爪にもボリスの血がついているだろう。
それでもボリスは構わずユーリに近付いてくる。
「落ち着けって。ボーグがどうでもいいなんてホントに思ってないし、別に・・・その、練習をしてないわけでもない」
ボリスの言葉に、ユーリは驚く。
「じゃあ、何故オレたちと一緒に練習しない・・・っ」
新たな疑問を突かれてしまい、ボリスはしまったと思う。
「それは・・・」
「・・・・・・オレが嫌いなんだろう・・・」
「違うっ!!」
思ってもいなかったことを言われ、ボリスは思わず怒鳴ってしまう。
あ、と思いユーリの顔を見ると、今にも泣きそうな表情でボリスを睨んでいた。
「・・・だから、オレの居ないところで練習してるんだろ・・・っ」
「ユーリ、ホントに落ち着け。誰もお前の事が嫌いなんて言ってない。・・・嫌いなやつにこんな事しないし、部屋に通しもしない」
刺激を与えないようにボリスは諭すように言う。
しかしユーリは更に眉を寄せる。
「嘘だ」
「ユーリ・・・っ」
ユーリの頑固さは承知しているが、さすがにこれだけ言って嘘だなんて言われたらムッとする。
ボリスが怒りを含ませた顔をしてユーリを見ると、堪えきれないと言うふうに、ユーリの目から涙が零れた。
これにはさすがのボリスも驚き、オロオロしてしまう。
ユーリ自身、何故自分が泣いているかわからないのと、泣き顔を見られたことで頬に血が集まる。
真っ赤な顔でユーリはボリスに背を向け、走り出そうとする。
「―――ッ!待てよっ!」
そのまま出て行かせる訳にも行かず、ユーリを後ろから抱きしめるように引き止める。
「ユーリ、ユーリ。どうしたっ」
「知るかっ!」
言葉通り、ユーリ自身どうしてこんなに悲しいのかわからない。
『自分が嫌いなんだ』と言って、何故か心が裂けそうに痛くなった。
「ユーリ・・・」
ボリスは自分の腕の中で必死にもがくユーリをしっかり抱きしめてやる。
「・・・嫌いなわけ、無いだろ・・・」
ボリスに耳元で囁くように言われ、ユーリは暴れるのをやめる。
「初めて、なんだから・・・」
言っている意味がわからなくて、ユーリはすぐ横にあるボリスを見ようとする。
「・・・この部屋に誰かを入れる事も、こんなに親しく話すのも、自分を、追いかけてくれるのも」
笑いかけてくれる人が居るなんて、思いもしなかった。
怒ったと思ったら、自分に振り回されて、困惑して。
毎日飽きずに自分を追いかけてくれて、叱ってくれて。
ふとした時に見せる、鮮やかな表情。
「宝ものみたいだ」
「・・・ボリス・・・?」
呼ばれ、ボリスは閉じていた眼を開き、すぐそこにあるユーリの、青い目を見る。
真っ白な雪と氷の影のような、鮮やかな青い目。
「好きだよ」
途端、ユーリの眼が見開かれる。
「誰かにこんなに興味を持つのも、大切にしたくなるのも。・・・ユーリが初めてだ」
静かに微笑まれても、ユーリは何も言えない。
「・・・好きだよ・・・」
もう一度言われて、ようやくユーリは言葉を理解する。
ジタバタ暴れて、ようやくボリスの腕から逃れる。
きっと正面から睨むと、ボリスは笑っている。
理由は多分、自分の顔が真っ赤だからだろう。
それでも、ユーリは何回か大きく息を吸い、
「認めない」
と言い放つ。
言葉の意味が分からなくて、ボリスは笑顔を引っ込めてまた眉をしかめる。
「・・・オレはもう絶対に認めない・・・」
「・・・ユーリ・・・?」
先程とまた態度が違う。
何かを恐れるように、小さく震えている。
「友情も、愛情も、もう絶対信じない・・・っ」
ユーリは、カタカタと震える自分自身を抱きしめる。
「・・・信じたら、裏切られる・・・っ」
それだけ言うと、ユーリは今度こそボリスの部屋から出て行った。
ボリスは、呆然とそれを眺めていた。
『・・・信じたら、裏切られる・・・っ』
ユーリの先程の言葉を繰り返す。
「・・・何なんだ・・・?」
恐れる、というよりは怯えたようなあの態度。
それこそ、子供のような・・・・・・。
「・・・ユーリ・・・」
追いかけようと2、3歩歩くと、電子音が響いた。
ヒクリと身体を強張らせて、ボリスは電話を睨む。
それでも、無視することも出来ずに受話器をとり、簡潔な用件を聞き、ノロノロとその手を戻した。
ユーリを追いかけられない自分が、ただ情けなかった。



☆NEXT☆


コメント

支離滅裂ユーリさん(苦笑)
大き目の服着せるのって萌え〜(笑)
ユーリがあの髪型を降ろしたら一体どうなるんだろ・・・?むう。
さぁ、ようやく中身に入っていきます(わぁ・・・)