並盛に訪れた秋もいよいよ深まってきた。
昼間はまだしも、夜の帳を降ろせば長袖一枚では心もとない。
雲雀も夜の見回りの際には、学ランに腕を通すようになった。
「おや」
静かな夜。
目立った群れもおらず、そろそろ帰ろうかと考えていたところで、聞き知った声がした。
思わず足を止め視線を向ける。
「こんばんは、雲雀くん」
「………」
長く赤い袖がひらひらと揺れる。手を振っているのだろう。
「こんな時間まで見回りですか?熱心ですね」
風がにこりと笑うが、雲雀は見上げたまま絶句していた。
「…何…してるの?そんなところで」
「ん?今日はここで寝るつもりですが?」
当然のように返された言葉に雲雀は頭が痛くなる。
そんなところ。
風は今、公園のジャングルジムの天辺に寝転がり、雲雀を見下ろしていた。

□■□

並盛の秩序を守るためにも風をあそこに置いていく訳にはいかず、結局自宅へと連れてきた。
「ヒバリ オカエリ☆」
「きゅううぅぅぅ〜」
家に入るとすぐにヒバードとバリネズミが出迎えてくれた。
「うん。ただいま」
雲雀に小さな頭を撫でてもらうと、二匹の興味は風に移った。
「フォン ダー!」
「こんばんは、ヒバード。バリネズミも」
「きゅー!」
「…その名前で呼ばないでよ」
ヒバードはともかく、バリネズミと名付けた覚えはない。
ただ、ツナや獄寺たちがバリネズミバリネズミと呼ぶもんだから、当の本人が名前と認識してしまったのだ。
「どうして。かわいいのに」
フォンの肩にいた猿が軽い音を立てて廊下に着地する。
こちらももう顔見知りだ。
人見知りのバリネズミがやや恥ずかしそうな素振りをしていたが、すぐに打ち解けて部屋の向こうへ消えていった。
「すっかり仲良しですね」
「おしゃべりはいいから、早く上がって」
「では、お邪魔します」
一つ礼を言い、ブーツを脱いで素足で上がる。
風の荷物は小さな鞄ひとつ。
雲雀も荷物はそう多く持たないほうだが、それにしたって中国から来るにしては少なすぎやしないだろうか。
「雲雀くん?」
「っ」
思わずじぃっと見つめていたらしい。思わぬ至近距離で風が顔を覗きこんできた。
「ッなんでもない…!」
紅くなった頬を隠すように風に背を向ける。
足早に部屋に向かう雲雀に対して、風は初めて入る雲雀の家を興味津々に見ていく。
外見は普通のマンションだったが、内装は和風だ。
普段洋服姿しか見ていないので、顔には出さなかったが意外だった。
もっとも、日本に来てずっと洋風なものを見てきたので、ホッとした方が大きい。
同じアジア圏だからか、雲雀の家だからか。ここはとても落ち着く。
「想像していたよりも可愛らしい家ですね。貴方のことだから、もっと大きな家に住んでいるのかと思っていました」
「僕とこの子たちがいるだけだからね。余った部屋があっても邪魔でしかたない」
「確かに」
くすりと吐息をもらす。
どう考えても雲雀が友人を家に招くとは思えない。
「…だから客室なんて気の利いたものないよ。幸い布団は予備のがあるけど…」
「別にかまいませんよ。一緒に寝ればいいじゃないですか」
「…ここで寝てもらってもいいんだけど?」
にこり。
笑うだけで風は是とは言わない。
睨む雲雀。
並盛に住むほとんどのものがその一睨みで竦み上がるというのに、目の前の人物には全く効きやしない。
まるで風のようにするりとかわされる。そのくせ、こちらが転びそうになるとふわり受け止めるのだ。
タチが悪すぎる。
「…好きにすれば」
結局今回も雲雀が根負けした。
これ見よがしに溜め息をついても、風は「ありがとうございます」と嬉しそうに笑うばかり。
笑顔を見るともれなく顔が赤くなるので必死に目を逸らし、タンスに行ってふかふかのタオルを取り出して風に投げつける。
「タオルとお風呂は貸してあげる。食事なんてものは用意しないよ。それから僕の睡眠を邪魔したら咬み殺す」
「おや」
「…なに」
「いえ、下着はあるのですが、寝巻きを持っていないものですから…どうしようかと」
「…は、」
目をまん丸にする。
「ちょ、何それ…どういうこと?」
「元々こちらでは野宿を考えていたので、必要ないかと思い持ってこなかったのです」
ふふふと笑うその頭をぶん殴ってやりたい。避けられるからしないけれど(余計に腹が立つ)
几帳面な性格をしているくせに、どこか抜けているところがある。
「〜〜〜〜〜〜〜っ」
文句全部を飲み込んで、別の棚から浴衣を取り出す。
「おや、よろしいんですか?」
「…ここで貸さなかったらどういう格好でいるつもり?下着姿でうろうろされるなんて嫌だよ。埃塗れの服で布団に入るなんて以ての外!」
「では雲雀くんの機嫌をこれ以上損ねない為にもご好意に甘えることにします」
す、と、風が雲雀に近付く。
背を屈め、目線をあわせる。
「な、に…」
「お礼がしたいなと」
前髪が擦れる。
風の吐息が唇に触れ、頬が燃えた。
「っ、なら明日の食事は貴方が作ってよ!」
後ろに下がり逃れる。
うまいことかわされたことに一瞬笑みを引っ込めたが、すぐに苦笑に変えた。
「わかりました」


「お先に失礼しましたよ」
「ああ、うん」
持ち帰った書類を見ていると、風呂上りの風が戻ってきた。
書類から何とは無しに見を移し固まった。
「あわせはこれでよかったでしょうか?」
「――――」
「雲雀くん?」
「!…うん、それであってる…」
風から目を逸らす。
心臓に悪い。
中華服が見慣れているだけに、和服は新鮮だった。
雲雀よりも大きい故に丈が足らず、普段隠れている部位に目がいく。
何だかいけないものを見ている気分だ。
風がすぐ隣に腰を下ろすのと同時に、雲雀は立ち上がった。
いつもの笑顔がきょとんとした表情に変わる。
「…お風呂、入ってくる…」
それだけ言い雲雀はそそくさと部屋を後にする。
「布団は敷いといたから勝手に寝ていいよ」
「おや、ちゃんと待っていますよ」
扉の向こう、くぐもった声に言葉を返せば、少し間を開けた後、ふんっと鼻を鳴らして足早に雲雀が去っていった。
「…かわいらしいですね」
堪えていた頬が緩む。
雲雀は何でもないように振舞っているつもりだろうが、一手一手がとてもきごちない。
風の前ではいつもそんな感じだが、ツナに聞けば普段の雲雀はもっと冷静で行動に無駄がないと言うではないか。
紛れもなく意識されている。
好きと言われたことはないが、あの雲雀が同情や興味で傍にいることを許す筈がない。
「さて、どう転びますかね」
こんなチャンス滅多に訪れない。
最後の選択肢は雲雀に残すが、自分を優位にする策ももちろん忘れない。
とりあえず、風は布団に手を伸ばした。

「おかえりなさい」
「なんだ…まだ起きてた、の…」
部屋のすぐ前で目を丸くした雲雀。
「なるほど、こんな気分でしたか」
「は?」
「いえ。和服も似合うなと思いまして」
「……」
眉を寄せる。紅くなった頬は風呂に浸かっていたからだけではない。
「…そんなことどうでもいい。それよりも、なんで布団が片付けられてるの?」
「私が片付けたので」
「片付けてどうするのさ。床で寝る気?」
「一組で事足りるでしょう?」
また雲雀の動きが止まった。
部屋に入り、隅に片付けられた布団に手を伸ばそうとしたところだった。
視線をゆっくり風へ向ける。
たおやかな笑みを浮かべた風と視線が交わった。
「なに…」
「一緒に寝ればいいとさっき言ったじゃないですか」
「ッ…あれは…」
「私が貴方に思慕の念を抱いてることを知っていて、部屋に招いた。…本当に、そういうことが無いと思っていましたか?」
「……」
汗が伝うくらいに全身が熱い。
風の視線が、存在が、熱くてたまらない。
音も立てずに風が距離を埋め、雲雀の腕を引っ張った。
「なに…ンッ」
布団の上に押し倒され、抗議の前に唇を塞がれた。
「ん、んく…ン…ふぁ」
慣れないキス。
頭が真っ白になり、何度教えられても呼吸ができない。
いつもしてくれる容赦はなく、口内を存分に犯されて、ようやく唇が離れる時には酸素不足で頭がぼんやりとしていた。
口端を伝う唾液を指で拭われる。少しかさついている。
自分の呼吸する音が大きく響く。
「雲雀くん」
名前を呼ばれる。
応接室で聞かせる声とは比べ物にならないくらい熱いものを含んで。
「…貴方が…」
はい。と優しく風が頷く。
「キスしたり…触ってきたりするとは思った。……でもそれ以上のことって、僕はわからない」
風に出会わなければ、セックスはもちろんキスや触れ合うことにすら雲雀は興味を示さなかっただろう。
そろりと頬を触る。
「したくはないですか?」
雲雀は答えられない。
「…そんなつもりがないなら、そう言って頂いて構わないですし、心の整理が付かないというのならば、待ちましょう」
「……」
「ただし」
「?」
「一度「是」と言ったら、もう私も止めませんよ」
「っ」
にこりと笑う風。
「私も、男なので」
雲雀の身体が強張り、頬に朱が走りのを風はただ静かに見ていた。
「…僕、は…」
それきり言葉が続かない。
視線を逸らしているのに、痛いくらい見つめられているのがわかる。
数十秒、数分の空白が、時間が止まってしまった程長く感じられた。
ふいに風が動いた。
は、と顔を上げれば、風が片付けた布団へと向かっていた。
目が合うと、彼はふわり微笑んだ。
「無理はしないでいいんですよ」
気遣うように、ことさら優しく静かな声で。
かがんで、再び布団を広げようとする風の袖を、反射的に掴んだ。
静止する風。
「……雲雀く、」
「いい、よ」
なだめるような声を遮る。
普通にしたつもりだったのに、声は精細さを欠いていた。
「いい。今でいい。…今日しなくったっていつか絶対にするんでしょ?」
風は否定しない。
早打ちする心臓を沈めるように長く息を吐き出す。
「なら、今日でいい」
「…本当に?」
最終通告とばかりに風が聞く。
バツが悪そうに雲雀は眉を寄せた。
「…だってどうなるのか全然わかんないんだもん」
戦う事が人生の大半を占めてきた雲雀にとって、これから風がすることでどうなるのかが全く予想がつかなかった。
「それならこんなモヤモヤ、今終わらせた方がマシだよ」
「……」
風の手が布団から離れる。
身体の向きを替え、再び雲雀に向きあった。
「後悔しませんか?」
「…だから、してみないとわかんないってば」
恥ずかしさでつい声が荒くなる。
風は苦笑し、雲雀の肩に手を置いた。
「もう私も止められませんからね」
こつんと額をあわせる。
びくんと雲雀の身体が震える。けれど、逃げ出さなかった。
「…ありがとう」
心から礼を言って、唇を重ねた。


→後編 (R-18)