|
掌に絡めたのは 甘く儚い紅の花 3 次の日は、いつもよりも早く目が覚めた。 横を見ればブックマンはまだ寝ており、外から漏れる陽の光も弱い。 ようやく太陽が昇り始めた時間くらいなのだろう。 それほど長く寝た覚えはないが、どうも目が覚めてしまい、それ以上寝れそうにないラビは仕方なく起き上がり、パジャマから服へと静かに着替えだす。 そしてブックマンを起こさないように、そっと部屋を後にした。 部屋を出ると、ラビは大きく伸びをして大きく息を吸い込むと、甘い香りを持った冷たい空気が肺いっぱいに入ってきて、ラビの中を満たしていく。 ふ、と白い息をはきながらラビは廊下を進み、洗面所へやってきて冷たい水で顔をばしゃばしゃと洗い、水で髪を撫で付ける。 ある程度寝癖がおさまると、ラビはアニタが用意してくれていたタオルで顔と頭を拭き、再び手櫛で髪を整えた。 「・・・うし」 再び眼帯をしたラビは、そのまま廊下を進んでいく。 「・・・あれ?」 外でも散歩しようかと玄関に向かう最中で、ラビは鼻腔をくすぐる匂いに鼻をふんふんと膨らませながら、その匂いがする方へと引き寄せられる。 魚を焼く香ばしい匂いは、どうやら台所の裏手の外から漂ってきており、ラビは台所から外へと繋がっている扉をそおっと開けた。 「あら」 その音に気付いたアニタがこちらを振り返り、少し驚いたような表情をした後でにこりと微笑んだ。 手にはうちわが握られており、アニタの向こう側で灰色の煙が上がっている。 もう少しラビが覗き込むと、七輪の上で秋刀魚が香ばしく焼けていた。 おそらく今日の朝ごはんの主菜なのだろう。 「おはよう、ラビくん。随分早いのね?」 「はよーございます。何か目が覚めちゃって・・・でもアニタさんの方が全然早いさ」 「これが私は仕事だから・・・」 そう言い嬉しそうに笑うアニタからは、本当にこの仕事をやれることを嬉しく思っていることが伝わってくる。 「なんかホントに不思議でなんないさー・・・アニタさんくらい美人さんだったらいろんな人から絶対プロポーズされまくりだと思うのに、何であの人になんかくっついてるん?」 そう言われ、アニタは一度魚に戻した視線を、もう一度きょとんとさせてラビに戻した。 アニタは少し考えるように頬に手を置いた後、そうね・・・と呟いてから、またあの綺麗な笑顔でラビに笑いかける。 「あの人の傍に居ることが、私が生きる理由・・・だから」 「・・・生きる・・・」 ラビが反芻すると、アニタはまた笑顔を深める。 ―――けれど、あの人は神田を・・・花精霊たちを売って金儲けをしているんだ。 神田があんなに苦しんでいるのに、それをあの人は笑って苦しめる。 ・・・アニタは、どうしてそんな男を自分が生きる理由にしたのだろう。 「ラビくん?」 呼ばれ、ラビはいつの間にか下げてしまっていた視線を上げて正面・・・アニタを見ると、ふいに黙ってしまったラビを不思議に思ったのか、あの笑顔は心配そうな表情へと変わってしまっている。 「あ、あ!ごめんなさいっ!ちっと考えごとしてたもんで・・・!」 慌ててラビがそう取り繕うと、アニタは少し安心したように表情を緩めた。 「あ、えーっと・・・そう!ご飯食べたら、今日はちゃんとオレが神田にご飯持ってくから、用意お願いしやす」 「ええ、わかったわ。よろしくお願いね」 再びにっこりと笑ってくれたアニタに安堵しつつ、ラビはまだ心のうちのもやを晴らせずにいた。 南京錠を全て取り外し、ラビは床に置いておいた神田の朝食を再び持って扉を開けた。 「・・・神田?入るさよ?」 そおっと中を覗き込むようにして入ると、一組のベッドが部屋の中心で朝日を浴びている。 そこから覗く、黒くつやつやとした髪。 よくよく目を凝らすと、その身体にかけられている布団がかすかに上下し、神田がそこで寝ていることを教えてくれた。 どうやら昨日はちゃんと寝たらしく、ラビはとりあえずほっとして、できるだけ足音を立てないように、驚かさないようにと神田に近付いていく。 すぐ近くまでやってくると、ラビはそっと布団の横に座って盆を起き、神田。と優しく呼びかける。 「・・・神田?朝さよ、起きんと」 だが声を潜めた音量では神田は起きず、ラビはもう少し声を出して神田を呼ぶ。 「神田。神田って。朝さよ」 しかし神田は目覚めない。 顔までしっかりと布団がかけられているため本当に寝ているかわからず、もしかしたら狸寝入りをしてラビが去るのを待っているのかもしれない。 そう思ってラビは少しためらった後、そおっとその顔までかかっている布団をどかした。 神田は、狸ね入りなどしておらず、どうやら本当に深い眠りについているようだ。 すぅすぅと口からは穏やかな寝息が聞こえ、瞼は完全に閉じられていてピクリともしない。 「・・・神田」 もう一度、神田を呼ぶ。 布団をかぶっていた時よりも鮮明に響く声に、ん、と神田の規則正しい寝息が切れた。 「神田、朝さよ。起きて」 「・・・ん・・・」 ぎゅっと神田の眉間に皺が寄り、それからうっそりとその眼が開いた。 ぼーっとしていたその視線が、眼を開けたことで身体が起き出したのかすぐにラビを捉える。 視線が絡んだ途端、それまでドキドキしていたラビの鼓動が更に跳ね上がり、頭の中で繰り返していた笑顔で挨拶!が引きつってしまう。 「お、おはようさ、神田・・・」 神田はラビの挨拶には答えず、ただぼぅっとラビを見つめている。 横を向いて寝ていた神田が仰向けになると、布団がもう少し捲れて胸元辺りまであらわになり、寝ている間に乱れたのだろう寝巻きの合わせ目からは滑らかな肌が覗いてうっかり見てしまったラビはどきりと鼓動を跳ね上がらせてしまう。 慌てて眼を逸らそうと神田の横に視線を移すと、そこに見慣れた物を見つけた。 「・・・これ・・・」 布団から少し見えている本をそっと持ち上げて中身を見てみると、やはりそれはラビが昨日神田のために持ってきた星座の本だった。 ようやく脳が働いてきたのか、のっそりと神田は身体を起こし、ごしごしと眼を擦る。 「・・・神田、これ見てたんか?」 そっと訊ねると、神田はこくりと頷いた。 「・・・上、見たら星があって・・・お前が言ってた星座見つけてみようとしたんだ・・・」 「そ、そうなんか」 「見つからなかったけどな」 残念そうに神田が言い、ラビから本をとってペラリと捲り、一際明るい星を指差した。 「でも、これはわかったぞ。シリウス」 おおいぬ座は見つからなかったけど・・・と、自慢げな声の後に少ししょげた声がポツリと付け加わる。 「そ・・・か・・・そっか。でも仕方ないさ。おおいぬ座はシリウス以外は結構見つかりにくい星だからさ」 神田のその行動を驚いた後、ラビはこらえ切れない嬉しさからすぐにニカリと神田に笑いかける。 眼を伏せていた神田もラビのその言葉でもう一度視線を上げ、小首をかしげた。 「ホントか?」 「ああ、本当さ。・・・ってか、星座は名前つけた人がこういうふうに見えるって結構いい加減のとかもあるからさ」 「・・・そうなのか・・・でも俺、そう言えば『おおいぬ』が何なのか知らないな・・・」 「あー・・・そうさよな、犬知らないんだよな・・・ならなおさら仕方ないさ」 「いぬ・・・」 「そう、犬さ。えーっとなぁ・・・」 絵で描いて説明しようと辺りをきょろきょろと見回すと、ぎゅるるるる・・・と言うすさまじい音が部屋に響き渡った。 「・・・あ・・・」 それはラビの腹の虫の音だ。 ラビは恥ずかしくて頭を掻きながら視線をさ迷わせる。 神田は突然聞こえた暴音に眼を真ん丸くさせながら辺りをきょろきょろと見回して、最後にラビに視線を合わせた。 「・・・今、なんかすごい音がした」 「・・・ごめん、オレの腹の音さ・・・」 「腹の?」 言いながら、神田は布団から神田の方へと四つんばいで歩いてきて近くでペトンと座り込むと、神田はひょいとラビの腹に手を当てた。 「!!」 「あ、何かグゥって言った」 神田の突然の行動にラビが息をつめると、それと連動してラビの腹がまた鳴り出す。 口調は単調ながらも神田はその腹の虫が面白いらしく、しまいにはラビの背中に腕を回して腹に耳をつけた。 「か、神田・・・」 密着されてなのか、それとも腹の虫を聞かれてなのか、もしくは両方なのか、ともかくラビは恥ずかしくてたまらない。 いい加減ラビの恥ずかしさが限界に達して神田の身体を引き離そうとしたところで、神田がその体勢のままそっと顔を上げた。 覗き込むようなそのしぐさに、ラビはドキリとしてしまう。 しかも神田はまだ寝巻きの姿なので、直していない胸元や足が見え放題なのだ。 「・・・昨日も思ったけど・・・・・・お前、あったかいな」 そう言い、神田はまたラビにぎゅうと抱きつく。 「昼間の太陽の光みたいだ。・・・あったかくて、安心する」 「神田・・・」 ラビは少しためらって、神田の頬にそっと手をつけた。 起き抜けにも関わらず神田の頬は・・・身体は大して熱も持っておらず、暖かくも冷たくも無い。 人間にしてはありえないほどに低い体温で、だが生き物でなければ有せ得ない温度。 けれどラビには、その体温が驚くほど心地いい。 きっと夏場に神田を抱いていても、暑いからと神田を抱きしめることをやめることはないだろう。 「神田の体温だって、気持ちいいさ」 素直にそう言うと、神田はもう一度ラビを見つめてくる。 その視線が、ホントに?と聞いてきており、ラビは笑みを深めた。 「こうして神田抱いてると、すげぇ気持ちいい」 もう一度繰り返し言うと、神田は、ふ、と頬を緩め、表情を柔らげた。 「・・・そっか・・・」 ようやく信じてくれた神田に、ラビも少しだけ緊張を解く。 そして一つ息を吸うと、抱きついている神田の身体を少し離し、その瞳を覗き込んだ。 「・・・神田、ホントに昨日は、ごめんな」 「・・・・・・」 ラビが謝ると、予想していたとは言え神田の表情がまた曇る。 「確かにオレがやったんじゃねぇけど・・・人間がやってることだもんな・・・ホント、ごめん」 頭を下げると、神田はラビの背中に回していた手を離してそっとラビの手をとった。 「・・・お前が悪い訳じゃない。・・・俺もごめん。お前にあんなこと、するべきじゃなかったのに・・・」 ごめん。 そっと瞼を伏せ、そっと神田はラビの手に唇を寄せた。 「―――――ッ」 神田のその行動にラビは身体を固めてしまうが、結局手を振り解けずに神田のキスを掌に受けた。 薄い唇の柔らかい感触がリアルにラビに伝わってきて、ラビはまた顔に熱を集めてしまう。 「か、神田・・・ッ」 あまりに動揺した声に、顔を上げてもう一度小首を傾げる神田の様子があまりに普通で、逆に照れている自分が阿呆らしくてラビは神田に見えないように悶える。 「・・・と、とにかく、これからはもっと神田を守れるようにするさ!」 「・・・お前・・・」 ふわ、と神田は雰囲気を和らげ、ありがとう、と呟いた。 そんな神田の様子にまたドキドキとしつつ、ラビはハッと我に返ると、神田を引き離して持ってきた朝食を神田の前に置いた。 「ッ、これ!朝食さ!」 「・・・ああ・・・」 突然のラビの行動に神田は驚きながらも、差し出された盆を自分の方へと引き寄せた。 「、神田は着替えてご飯食べるといいさっ!オレ、布団片付けてるから・・・!」 なんとなく神田の近くに居づらくて、ラビは立ち上がって布団を片付け出す。 神田はきょとんとしてラビの行動を見上げていたが、着替え、と言うラビの言葉を思い返し、神田もすくりと立ち上がり、その帯をスルリと躊躇いも無く解いた。 「!!!」 そして寝巻きもそのままの勢いで脱ぐと、滑らかな肌が朝日を受けてつやつやと輝いた。 あまりの衝撃に、ラビは持っていた布団を落としてしまう。 「・・・?どうした?」 するとその音を聞いて神田がくるりとこちらを振り返った。 寝巻きの下は何も身につけていないので、脱ぎかけの神田がこちらを振り返ると綺麗に浮き出た鎖骨や小さな桃色の乳首やヘソの下辺りまでラビの目にさらされる。 「もdふぁえら絵rvあhれう!!」 声にならない声を上げて叫ぶと、ラビは急いで神田の元へと走っていって襦袢を神田にかけた。 「ひ、人前で裸になっちゃダメさ!!」 「・・・?でも花は普通こんなのはきねぇんだぞ?」 「そーれーでーもーダーメーさー!!お願いだからさー!!」 うあーんとラビが泣きを入れつつお願いすると、神田は訳がわからないとばかりに眉を寄せながら、それでもわかったと頷く。 ラビは一応ホッとしつつ、結局神田の着替えを手伝ってすぐに傍を離れた。 「じゃ、じゃあオレ、メシ食ってくるから!そ、そのあとまた来るからな!神田もメシ食っとけよ!」 「・・・ああ・・・わかった・・・」 それじゃ!と片手を上げてとっとと部屋を出て行ってしまうラビに神田は本当に訳がわからないと首を捻るばかりだった。 朝食をとってなんとか気を落ち着かせたラビは、それでも少し頬を染めて再び神田の元を訪れた。 神田も昨日、一昨日とは違って入ってきたラビを無視することなく、そちらを向いてホッとしたような顔を見せてくれる。 「メシ、終わったさ?」 「ああ」 そこ、と指を指されると、持ってきた時と同じように白い布がかけてある盆が置いてある。 持ってきた時とさほど変わっていない様子だったが、神田が嘘をつける性格とも思えないので疑わずに、そっか。とニカリと笑う。 「今日は何読もっか」 「昨日のやつ。まだ全部読んでない」 神田はあらかじめ自分の近くへと持ってきていた本をラビへと差し出す。 神田が開いたのは薄いピンク色の花が一面に待っている様子を描いたページだった。 「桜だ」 「そうさね。これはソメイヨシノさね」 「ああ」 さすがに花に関しては、ラビより神田の方が詳しいらしく、説明する手間はいらないようだ。 真剣に本を見ている神田が可愛らしくて、ラビは字を指で追いながら、すぅっと息を吸い込んだ。 「ラビくん?」 夢中で本を読み、神田に説明をしていると、アニタの声とノックの音が部屋に聞こえてきた。 「・・・・・・」 途端にそれまでの神田の柔らかな雰囲気がピリッとしたものに変わり、アニタに見えないように身体を隠そうとする。 そんな神田をラビも出来るだけアニタに失礼にならないように隠しながら、はい。とラビが返事をすると、扉からアニタがするりと入ってきた。 「そろそろお昼だから、こっちにいらっしゃい。神田もご飯の時間だから」 「・・・あ、はい・・・」 ちらっと神田を見ると、もうこちらを見てはおらず、眉を寄せて床を見ている。 これでは昨日と同じだ。 このままでは、神田と距離が離れたままになってしまう。 「・・・あ、あの、アニタさん・・・」 「なぁに?」 こちらに寄って神田用の昼食を置いていったアニタは、そのままニコリと笑顔をラビに向ける。 ラビは少し言いにくそうに視線をそらせ、それから決心したようにその口を開いた。 「あの!オレ、ここでメシ食いたいんだけど・・・いい?」 思わぬ言葉に、アニタだけでなく神田も驚いたようにラビを見つめる。 「もっと神田と話したいんさ。・・・だから・・・」 「・・・それは・・・もちろんラビくんがいいのならかまわないけれど・・・」 ちらりとアニタは神田を見やる。 その視線にラビも神田を見て、いい?と問うと、神田はもう少し戸惑った後できゅっとラビの服を握った。 アニタは神田の様子に目を見張るが、すぐに笑顔に戻ってわかったわ。と頷いた。 「じゃあラビくんの分もこっちに持ってきちゃうから、ちょっと待っててね」 「あ、オレ持ってきますって!」 「そんなに重くないから大丈夫よ。ありがとう」 慌ててラビが立ち上がろうとするが、アニタはそれよりも先に立ち上がって扉へと向かっていってしまう。 結局そのまま機会を逃してしまったラビは立てた膝を戻して尻を再び床へとつけた。 見れば神田はまだラビの服を掴んでおり、ラビと目が合うと神田はパッとその手を離した。 神田のその行動がなんだか可愛らしくて、ラビはくすりと笑ってしまう。 ラビの笑いに神田は少しムッとしてなんだよ、と返してきて、ラビは慌てて首を横に振った。 「ん?いや、これからはご飯も神田と一緒だなって思ってさ」 楽しみさ。 本心を伝えると、神田は少し不振そうにラビを見ていたが、すぐに表情を和らげて、俺も。と呟いた。 なんとなく照れくさくてラビがへへへと笑ってまた他愛も無い話をしていると、すぐにアニタがやってきてご飯を持ってきてくれた。 今日の昼食は、てんぷら蕎麦だ。 「後で取りに来るから、食べ終わったら扉の前に出しておいてね」 「あ、オレ持ってくさ」 「いいのよ。大丈夫。ラビくんは、神田の相手をしてあげていて?」 ね?と言われ、ラビは申し訳ない気持ちを抱えつつも、はい。と頷いた。 いつもならばフェミニストのラビは女性に対してそんなふうに甘えはしないのに、今の自分は、何よりも神田と一緒にいたいらしい。 アニタもどうやらそんなラビの心を見抜いているらしく、ラビはそのまま言葉に甘えることにした。 「じゃ、よろしくね」 ラビに笑いかけた後、アニタは視線を神田に移すが、神田はふいっと視線を逸らすばかりだ。 神田の様子にアニタは苦笑をすると、優雅な動作で立ち上がって綺麗な足裁きで扉へと向かっていき、扉を閉めた。 アニタの姿が見えなくなると、やはり神田はすぐに身体の力を抜いて息を深く吐き出す。 クロスならともかく、アニタにもあの態度。 聞きたいが、それは神田の過去を話してもらうと言うことで、ラビはその点で躊躇ってしまう。 きっとで今はまだ聞くべきときではないのだろう。 「さ、ご飯食べようさ」 ラビはさっさと意識を切り替え、神田を安心させるようにと笑顔を見せる。 神田もそんなラビの笑顔にこくりと頷き、自分の前に差し出されている盆を引き寄せて、布を取った。 「神田のご飯はどんなんかな〜♪・・・って、あ・・・れ・・・?」 ワクワクしながら初めて見る神田のご飯を覗き込む。 しかし、その白い布から見えたのは、ラビの予想をまったく外したものだった。 「・・・なにさ、これ・・・」 「何って、メシだ」 震えるラビの声に、さらりと神田が返してくる。 神田の目の前に置かれているのは、信楽焼の鉢に入っている土と、ガラスの容器には入っている水。 なるほど、これでは持っていて重い訳だ。 妙に納得してしまっていると、絶句しているラビを気にせずに神田はずっと横においている刀をすらりと抜いた。 「ちょ、神田?!」 慌ててラビが声をかけるが、かまわずに神田は鉢に水を注ぐと、刀を両手で持ち、その下に向けた切っ先をスッと下ろす。 ズ、と音を立てて刀が土に埋まり、次第に燐光が刀から漏れ出した。 「え、・・・ぇえ?」 光は段々と神田自身を包んでいき、ふわりと時々艶やかな髪を揺らしていく。 神田は恍惚とした表情で光の中におり、その様子にラビはごくりと喉を鳴らす。 五分ほど経つとそれまでの光がだんだんと収まっていき、神田もふっと目を閉じて、刀を土から引き抜いた。 「・・・・・・」 そして近くにあった紙で刀についた土をふき取ると、黒い鞘へと再び戻した。 「・・・ごちそうさま」 「・・・・・・・・・」 「・・・?おい?」 パン、と手を合わせて『食事』を終えた神田を呆然とラビが見ていると、その様子に気付いた神田がラビを覗き込んでくる。 ひらひらとラビの前で手を振るとラビはようやく我に返り、あわあわと神田に説明を求め出す。 「い、いまのっ!食事って・・・!」 「?俺は花だぞ?花は土と水が食事に決まってる」 「や、そうだけど、そうだけどさ・・・じゃ、それって・・・?!」 「これか?」 ラビが指差すところには、先程神田が土に突き刺した黒い刀が置かれている。 ひょいと神田はそれを掴むと、すらりとその剣先を抜いた。 「六幻だ」 「・・・むげん・・・」 「ああ。これは、俺の茎だ」 「・・・くき・・・」 「俺は花自身だから、これがないと『俺』は栄養を摂れないんだ。・・・もちろん、『本体』だって水貰ってないと死んじまうけど」 ふとラビが土を触ってみると、先程神田がその鉢に水を注いだはずなのに、その土はさらさらとしてまったく湿り気を帯びていない。 神田が『吸収』したのだろう。 なるほど、だから一昨日神田はあれほどにラビに茎・・・六幻を触られることを嫌がったのだ。 それは神田の生命線だから。 「・・・知らんかった・・・つか、驚いたさー・・・そんな食事の仕方なんて〜!」 「そうなのか?」 もちろんそれが神田にとっての普通の食事の仕方なので、あんまり驚いているラビの表情の方が神田には珍しいものに映ってしまう。 「人間は、植物や肉を食べるんだろう?」 「う、ん・・・そうさな」 植物、と言う辺りにラビは正直に答えていいものか悩んでしまう。 神田だって植物だ。 しかもかなり仲間思いらしく、ラビはこの一言で嫌われてしまうのではと考えたのだ。 だが神田は気にすることも無く、今度は興味深げにラビの食事に神田は視線を落とす。 「これは、なんて言うんだ?」 「あ、これ?・・・これは、蕎麦って言うんだ。で、こっちがてんぷら」 「そば・・・てんぷら・・・」 ふぅんと言いながらも、その目はキラキラと輝いている。 ようやく驚きから回復したラビは、徳利に入っている汁を陶製の器に入れて、そこに蕎麦をつけた。 「これを、こうして・・・・・・食べるんさ」 ずるずると音を立てて口の中に入れると、また神田が感心したように、ほぅと息を吐く。 「神田が食事する時って、どんなふうになるん?土って、うまいんかな」 「うまいってわかんねぇけど・・・でもふわってする。なんか安心するような、そんな感じ」 「ふぅん?・・・神田は、メシって食えんのかな?」 つるつると蕎麦を食べながらする質問に、ふるふると神田は首を横に振る。 「わかんねぇ。食ったことないから」 「そっか・・・・・・じゃ、さ、ちょっと食べてみる?」 「・・・・・・」 その言葉に神田もさすがに顎を引いてしまう。 口からものを入れるということ自体したことが無いのだから、怖いのは当たり前か。 ちょっと悪いことをしてしまったかなぁと思いながらラビが器を神田の前から引こうとすると、あ。と神田が口を開けた。 その神田にラビは目を丸くした後、これ?ともう一度蕎麦を差し出してみる。 神田はコクリと頷いて、もう少し口を大きく開けて蕎麦を待つ。 ラビは神田が食べやすいように箸にくるくると蕎麦をスパゲッティのように巻いて、汁を少しだけつけ神田の口の中にそおっと入れてやる。 口の中に入ってきた感触に神田はビクリと身体を振るわせつつ箸が口の中から去ると、恐る恐る口を動かし出す。 眉を寄せて恐々だったその表情が、だんだんと輝いていく。 頬を高揚させ、こくりと飲み込むともう一度口を開く。 「もう一口?」 聞くと、こくりと神田は口を開けたまま頷く。 まるで雛鳥のような神田をくすくすと笑いながらその口にもう一口蕎麦を入れてやる。 どうやら気に入ってもらえたようだ。 「これが、おいしいってことなんだな」 どこか弾んだような声に、ラビもなんだか嬉しくなって、そうさよ。と満面の笑みで応えた。 だが結局、ラビの昼食は半分が神田の腹の中へと収まってしまい、夕飯までラビは空腹に襲われてしまうのだった。 コメント 六幻が茎〜って言うのはちゃんと考えてたことでした(いつもは行き当たりばったり☆) そして蕎麦好きもこのときと言う、少々無理のある展開・・・(笑) 徐々に徐々に二人も進展していきますよーうふふ! ちなみに着物は師匠の趣味です☆(正確にはもちろん私ですが!(笑) |