掌に絡めたのは 甘く儚い紅の花 2


話をしていればすぐに時間は過ぎていき、次の本に入ろうとしたところで扉をノックする音が聞こえてきた。
「・・・・・・」
すると神田はそれまでじっと本を見てラビの話を聞いていたのに、途端に立ち上がって隅の方へと行ってしまう。
「?・・・神田?」
どうしたのだろうと思っていると、扉が開いてアニタがその姿を現した。
「ラビくん、ご苦労さま」
「あ、いいえっ」
にっこりと笑いながらアニタが労いの言葉をかけてくれると、ラビは嬉しくてニヘリと顔を緩ませてしまう。
「もうお昼だから、一度こちらにいらっしゃい。神田も食事の時間だし」
「え、あ、嘘ッ」
きょろきょろと辺りを見回すが、ここには時計が無いので時間を確認することが出来ない。
もうそんなに経ってしまったのか。
「・・・えー・・・っと・・・」
ちらりと神田を振り返る。
神田はまるでアニタを避けるように距離をとり、じっと睨んでいる。
どうしたのか聞きたかったし、一緒に昼食を摂りたかったのだが、どうやらこの様子では難しいようだ。
「・・・また後でな、神田」
ひらひらとラビは手を振って外へと出て行く。
「私は神田にご飯を届けてから行くから、ラビくんは先に行っていてちょうだい」
「はい」
にっこりと笑うその顔には嫌味と言うものがまるでない。
神田はどうしてこの人に向けてあんなにさっきじみたものを向けるのだろう。
やはり、自分を売り買いする立場の人間だからだろうか。
(・・・あの人に対しても似たような態度だったしなぁ・・・)
クロスはともかく、アニタがどうしてこんな裏商売じみたことをやっているのかがわからない。
「・・・もしかして、何か弱み握られてるとか・・・?」
あの人ならやりかねないかもしれない。
うっかりそんなことも思いついてしまい、ますます疑問は膨れるばかりだ。

午後になってすぐにラビが入ってきても、神田は朝と同じように何も興味を示さなかった。
「・・・・・・」
なんとなく予想していたとは言え、先程までの和やかな空気が飛んでいってしまいラビは残念に思う。
折角、ほんの少しでも近づけたと思ったのに。
ふ。と短くため息をもらし、ラビは置きっぱなしになっている本の傍に腰を下ろし、近くにあった一冊を手に取った。
それは花の詩集だ。
繊細に描かれている一枚一枚の絵にうるさくない詩が詠われているその本は、珍しくラビがいつも手元においているものだ。
すべてを頭で記憶するブックマンと言う職業柄、基本的に本は持たないのだが、それでもラビは自分が気に入った本を数札持ち続けている。
ブックマンはそのことにあまりいい顔をしないが、頭の棚から記憶を引っ張ってきて思い出すのと実際に見るのとではやはり違う。
特にその詩集は、書き手の花一輪一輪に対する愛情が伝わってくる。
最初は眺めるようにめくっていたのに、ラビはいつの間にか詩も真剣に読み出し始めた。
ペラリ、と耳に入ってくる本をめくる音に、神田はちらりとラビを振り返る。
先程のように本を広げて声に出して説明をしていないので、ラビが何の本を読んでいるかはわからない。
「・・・・・・」
だが、真剣ながらもどこか柔らかい雰囲気のラビが何の本を読んでいるのか気になってくる。
神田は二、三メートルほどあるラビとの距離と、そろそろと足音を立てないように縮めて近付く。
そっと背後に回り、その手の中の本を見ると、そこには白く可憐な花が描かれていた。
「・・・これ・・・」
「っ?!」
すっかり本に夢中になってしまっていたラビは、いつの間にか背後に居た神田に驚いてしまう。
神田はそんなラビに目もくれず、そっとその手で本の中の花を指差す。
「リナリーだ」
「え?」
「違った。リナリーの眷属だ」
「・・・リナリー・・・ああ、精霊?」
そう。と神田が頷く。
神田は懐かしいむような悲しげな瞳でその花・・・茉莉花(ジャスミン)を見つめ、そっと指先で絵をなぞった。
聞くのは悪いかと思いつつも、ラビは躊躇いながらその口を開く。
「・・・その、子は・・・?」
「・・・開花する頃に売られてった。・・・まだ俺よりも小さかったのに・・・」
「売られ・・・」
と言うことは、今はもう・・・。
それ以上はさすがのラビも聞けなかった。
花に、花の運命を話せなどとラビも言えない。
「・・・神田は、その子のこと好きだったんさ?」
ラビが聞くと、神田が視線を上げてこちらを向いた。
まるで星を宿しそうなくらいに黒い瞳が、ラビを捉える。
「・・・好き、ってなんだ?」
「・・・へ?」
思わぬことを聞かれ、ラビは思わず間抜けな声を出してしまう。
神田はそれにかまわず、もう一度小首を傾げてラビに聞きなおす。
「好きって、なんなんだ?」
「・・・・・・」
クロスは神田に感情があるとは言っていたが、それはここまで薄いものなのか。
それとも、感情は理解しているもののその感情は精霊とは言葉が違うだけなのだろうか。
「なぁ」
悶々と考え出したところで、焦れた神田がラビの服をツンと引っ張る。
むぅと膨れた顔が妙に可愛くて、まぁいいかとラビは終わらせた。
要するに、自分が教えてあげればいいのだ。
「好きって言うのは、その相手を大切にしてあげたり、守ってあげたりしたいことかな。心が惹かれるって言うか」
それを聞き、神田は少し考えるようにして顔を伏せる。
自分からその視線が外れてしまったことを残念に思いながら、ラビはその長い睫で縁取られた綺麗な目を見つめる。
「・・・守りたい・・・って言うのなら、そうだな。リナリーは好きだ」
ならその好き、は親愛のようなものか。
よかった、とラビはホッとする。
(?ホッとする・・・?)
なぜ、ホッとするのだろう。
ラビが自分の気持ちを量りかねていると、神田はラビから本を奪ってパラパラとページをめくりだす。
「・・・モヤシの眷属もいた」
「は?モヤシ?」
豆の花にも精霊がいるのだろうか?
居てもおかしくは無いだろうが、なんだか微妙だ。
戸惑うラビに、神田はふるふると首を横に振る。
「違う。目まで真っ白でモヤシに似てるから、モヤシって言ってたんだ。本当は、アレンだ」
「ああ、なるほど」
あだ名のようなものか。
だがモヤシがあだ名と言うのもなんだか微妙だ。
そう思いながら、神田の手元を覗く。
「アレンはスノーフレークの花なんさな」
こくり、ともう一度神田が頷く。
そしてそのスノーフレークが描かれているページを指差した。
「これ、なんて書いてあるんだ?」
「ああ、これ?」
どうやらしゃべれるようだが、読むのもダメなようだ。
どちらかと言うとしゃべれることに驚いたので、神田が字を読めないのはラビの予想範囲内だ。
これには特に驚かずに読んでいく。
神田はラビが朗読している間、目を閉じてラビの声に聞きいっている。
これもブックマンの才能の一つなのか、 流れるようなラビの声を耳で追い、ラビの声が聞こえなくなるとそっと漆黒の瞳を再び開いた。
「・・・それ、いいな・・・こういうのも、好きって言うのか?」
神田が首を傾げると、それにあわせて髪も一緒にさらりと流れてくる。
それを直してあげたいなと思いつつも、ラビは堪えてニコリと笑った。
「ああ。それも好きって言う。・・・オレもこの本好きだから、神田も好きだって言ってくれて嬉しいな」
自分のお気に入りのものを気に入ってもらえるのは、ただ純粋に嬉しい。
「俺が好きだとお前が嬉しいのか?」
「うん。嬉しいさ」
素直に頷けば、神田はじっとラビの顔を見た後、本をおろしてその両手をラビに向かって伸ばしてきた。
「へ・・・あ、の・・・?」
突然神田から触れてきたことにラビは驚いて少し身を引いてしまうが、神田は尚も手を伸ばしてラビを追いかける。
そしてそのすべらかな手でラビの顔をそっと撫でた。
「か、神田?」
ラビは神田の行動にうまく反応できずにされるがままになっている。
そのまま硬直してしまっていると、それまで何も言わずにただラビを撫でていた神田がその口を開いた。
「・・・お前がよくするそれは、なんて言うんだ?」
「・・・そ、それって・・・?」
「・・・これ」
言って、神田はまたラビの顔を触る。
「ここが、こうなってた」
神田はラビの目頭を両方の人差し指で垂れ目にし、さらに親指で口角を上げた。
「・・・なんか違う・・・」
だがラビをそんな顔にした当の本人は、自分がしたかったことと違ってしまったことに眉を寄せる。
むぅ、と唸る神田を見ながら、ラビは少々引きつる顔で口をあけた。
「・・・もひかして・・・えがおのことか・・・?」
「えがお?」
ラビはドキドキしながら神田の手をそっと包むようにして自分の顔から退け、もう一度ニッと口角を上げた。
「あ」
「これ。笑顔」
ラビが笑顔を作ると神田がまた手を伸ばしてきたので、ラビは神田の手をまた享受しその暖かくも冷たくも無い手を感じるながら、やはりその鼓動を高鳴らせた。
神田はさわさわとラビの顔を触り、不思議そうに自分の心臓辺りを触って、また小首を傾げる。
「・・・お前がそう言う顔すると、なんかここが変なふうになる。・・・これはなんて言うんだ?」
「変に?・・・どんなふうに?」
慌ててラビが聞くが、神田はふるふると首を振り、わからないと答える。
「どんなふうになるのか説明できない。・・・でも初めてなる」
「・・・んー・・・悪ぃけどちょっとそれだけだとオレにも・・・気分悪い?」
「気分悪いとどんな感じだ?」
「そうだな・・・なんか頭とか胸とかがぐるぐる〜って廻ってるようなかき回されてるような・・・気持ち悪いような感じかな?」
「・・・枯れかけた時のようなか?なら、違う」
ラビには花精霊が枯れかけた時にどんなふうになるのはわからないが、とりあえず病気などではないようなので安心した。
「じゃ、もっといろいろ覚えたらきっとわかるようになるさ!」
「・・・なるか?」
不安そうに視線を落とす神田の手をギュッと握り、ラビは強く頷いた。
「なるさ!神田が、わかりたいって思えばきっとわかるようになるさ!」
「・・・お前・・・」
突然のラビの行動に驚いたように神田は目を丸くし、ラビも興奮した自分の行動を振り返って慌てて握り締めていた手を離す。
「ッ、ごめん!」
だが神田は特に嫌がった様子も見せず、ラビの行動にただきょとんとしている。
そして先程までラビが握っていた手をじっと見て、もう一度ラビに視線を移す。
「・・・お前、――――「よう、邪魔するぜ」」
ドダン、と扉を蹴り上げてクロスがいきなり部屋へと入ってきた。
突然のことにラビと神田は呆然とそちらを見ていたが、クロスがどすどすと近付いてくると、神田は一気に表情を鋭くさせて刀を掴むと一気にラビから離れた。
・・・いや、クロスから距離をとった。
「んだよ、相ッ変わらず可愛げがねぇな。顔は良いツラしてんのに。・・・まぁいい。神田、ちょっと来い」
「・・・・・・嫌だ」
今までラビと話していた時には出さなかったような低い声を出して、神田はクロスを威嚇する。
だがクロスがそれで怯むはずも無く、ひとつ溜め息をつくと一気に神田に近付いた。
「―――――ッ」
慌てて神田が数歩後ろに下がって距離を保とうとするものの、クロスはその距離をすぐに埋めて神田を肩に抱き上げた。
「ッ、離せ!!」
じたばたと神田が暴れても、クロスは慣れているのか平然としている。
しかしいい加減耳元で聞こえる神田の暴れる音に短い我慢の糸が切れたのか、クロスは思い切り神田の尻をベチン!!と平手で叩いた。
着物の上からとは言え、結構な力で叩かれたことはその音でもわかり、神田は痛みからか身をすくませた。
「ったく・・・暴れても無駄だっつーことをいい加減わかれ。めんどくせぇ」
「ッ!!」
再びギッとクロスを肩越しに睨もうとしている神田に、クロスはその顔を近づけた。
「・・・お前の『花』を手にしている以上、主人である俺に逆らえると思うな」
「―――」
「・・・?神田・・・?」
クロスのその一言で、神田は一気に身体を硬直させ、抵抗を一切やめた。
そんな神田を見てクロスはくつりと笑うと、そのままラビへと視線を向ける。
「今からこいつをちっとばかり借りてくる。まぁそんなに長くはかからねぇと思うから、そこで待ってろ」
「ちょ、神田をどこへ・・・ッ」
言いざまに踵を返し、神田を背負ってるとは思えないくらいの身軽さで歩いていってしまう。
「、か・・・ッ」
そしてクロスが後ろを向いたことによって見える神田の顔。
助けて、と訴えかけるような、その瞳。
だがラビは、その手すら伸ばすこともできず、ただ神田が連れて行かれるのを見ているしかなかった。


神田は何をされているのだろう。
気を紛らわすために本を読んでも、内容どころか文字すら頭に入ってこない。
ただ思い浮かぶのは、神田が最後に見せたあの表情だけだ。
「・・・・・・」
手すら、伸ばせなかった。
それが妙に情けなくて悔しくて、ラビは握り締めたその手を思い切り床に叩き付けた。
「・・・神田・・・ッ」
「ほれ、入れ」
「―――――ッ」
そこでばたんと扉が開き、クロスが抱えるようにしてつれてきた神田を部屋の中へと入れた。
押されてうまくバランスが取れない神田は、そのままよろめいて床に手を着いてしまう。
「ッ、神田ッ!」
慌ててラビはそちらへ行くと、神田を抱え起こし、クロスを見上げた。
クロスはラビを見てニッと笑うとひらりと手を振ってまた扉を閉めてしまう。
「ちょ、待・・・ッ!!」
だがクロスはラビの制止などまったく無視し、ばたんと扉を閉めてしまった。
「・・・ッ」
「、神田・・・!」
起き上がろうとする神田をラビは手伝おうとするが、神田はその手を払ってよろけながら自分の力で立ち上がった。
ラビも立ち上がって神田を支えようとするものの、よろけたのは最初だけで後はしっかりとした足取りで部屋を歩き、隅へと行ってしまい、そこにすとんと腰を下ろした。
「神田・・・だいじょぶだった?なんか痛いこと・・・されたんか・・・?」
「・・・・・・・・・」
ラビがそっと話しかけても、神田はただ膝を抱えて黙りこくっている。
「・・・神田・・・」
手を伸ばしても、パシリと振り払われる。
「―――――」
振り払われた自分の手を見て、ラビはなんとも言えない気持ちになってしまう。
まだ会って一日も経ったか経たないかの短い時間だが、神田がこうやって心を閉ざしてしまうのはきっと自分たち人間のせいなのだ。
偶然この世界にやってきてしまった自分たちを利用し、自分たちの利益のために道具のように扱って・・・。
自分だってきっと神田たちのような立場だったら、人間などとっとと嫌いになってしまっているだろう。
「・・・ごめんな・・・」
やりきれない。
何よりもやりきれないのは、そんな彼らを見ていて何も出来ない自分だ。
自分は神田を助けることも出来ない。
何も出来ないのだ。
「・・・ごめん・・・」
「・・・・・・」
神田はちらりとラビを見て、また視線を戻してしまう。
そのまま二人は動かずに、ただ時間だけが過ぎていく。
夕方になるにつれて天井の窓から入ってくる光が弱くなっていき、朱い光はだんだんと藍色を帯びてくるようになる。
・・・そろそろ、アニタがまたやってくるはずだ。
神田はクロスだけでなくアニタまで嫌っているので、ここでアニタが入ってくればまたその気持ちを落としてしまうだろう。
ならば、会わないうちに自分が動いた方がいい。
「・・・、ちょっと、待っててな」
聞いているかどうかわからないが、ラビはそっと神田にそう言うと、立ち上がって扉へと向かう。
そしてそっと扉を開いて部屋の外へと出て、アニタを探す。
この時間帯ならばきっとで食事の仕度をしているはずだ。
ラビはもう頭に入れてしまったこの家の間取りを思い出しながら台所へと向かう。
近付くにつれて段々といい匂いがラビの鼻腔をくすぐってきて、そこにアニタが居ることを知らせてくれる。
「・・・あの・・・」
コン、とガラス戸を軽く叩いて、アニタの声を確認すると戸を引いた。
「あらラビくん。お腹空いたのかしら」
やはり忙しいのだろう、アニタは一人で台所を忙しなく動き回りながらもラビの姿を見るとニコリと笑った。
ラビもぎこちなくその笑顔に答えながら、もう一度口を開く。
「あの、っすね・・・そろそろご飯だから、神田にも・・・運んだ方がいいの、かなーって・・・」
言いながらアニタを見ると、アニタは驚いたようにその少し釣り眼がちな瞳を丸くしている。
「・・・神田、お腹空いたって言ったの?」
「あ!いえ違くて!・・・ただ、オレ神田の面倒見るの頼まれてるから、ご飯アニタさんに運ばせんのはダメ、かなーって・・・」
別に悪いことを言っている訳ではないのに、何故か言葉が尻窄みになってしまう。
アニタも特にラビの言葉に疑問を持つことなく、にっこりと笑ってわかったわ、と答えてくれた。
「そうよね、ラビくんのお仕事だもんね。・・・ごめんなさい私ったら・・・ついいつものクセで・・・」
「え、いやいや!こっちこそ昼とかすんませんって言うか!!」
アニタが頭を下げそうになるので、ラビは慌てて両手をぶんぶんと振って自分から頭を下げた。
そんなラビをアニタはくすくすと笑い、ちょっと待っててね、と告げて台所を離れてしまう。
「すぐに用意するから・・・ちょっと火を見てもらってていいかしら?」
「へ?あ、はいッ」
「神田のは別のところに用意してあるの。すぐに持ってくるから」
ここで一緒に用意すると思っていたので、アニタが出て行ってしまうことに驚いていると、アニタがちゃんと付け加えて説明をしてくれる。
なるほど、と思いながらも、台所を離れて何を用意するのだろう。
疑問に思いながらもラビはぐつぐつと野菜が煮込まれている鍋を見つめる。
どうやら今日は肉じゃがかカレーらしい。
(・・・そう言えば、花精霊って何食べんだろ・・・?)
ふいにそんな疑問が思い浮かぶ。
花、と言うのだから、やはり食べるのは野菜類なのだろうか。
どちらにしても、なんとなく神田に肉は似合わないような気がする。
「お待たせ」
うーんと考えていると、アニタが再び台所へと戻ってきた。
その手には、盆の上に二つほど大きな椀が乗せられているが、その中身は上にかけられている布でまったくわからない。
「はい、これが神田の食事」
アニタはラビに近付くと、そっと盆をラビに差し出してくれたので、ラビは礼と共に受け取る。
(?!え、重・・・ッ?!)
受け取った途端に思っていた以上の重さがラビの腕に伝わる。
もちろん持てないほどではないが、この重さの食べ物をあの細身の神田が食べるのだろうか。
「あ、あの「それじゃ、お願いします。あ、それを運んだら、私たちもご飯にしましょうね」」
にっこりと笑い、アニタはラビを送り出す。
わざとではないにしろ質問を遮られてしまい、ラビは聞く機会を失ってしまう。
もう一度聞けばいいのだろうが、ひらひらと手を振ってくれているアニタの調子を崩すのも悪い。
(・・・ま、別にいっか・・・)
別に機会はいくらでもあるのだ。
そう自分を納得させると、ラビも少々引きつらせながらも笑顔を浮かべて再び神田のところへと向かった。

「・・・神田?入るさよ?」
一応確認を取ってから、ラビは行儀悪くも足で扉を開ける。
もちろんクロスのように乱暴にではなく、出来るだけ神田を刺激しないように、だ。
中を覗き込むと、神田は先程と同じところで同じように座る込んでいる。
・・・本も、読んでいない。
ただ変わったのは、窓から入る陽がもうほとんど無いことだ。
「・・・神田・・・」
ラビは近付いて、盆を神田の近くへと置いた。
「・・・神田?・・・ご飯、ここ置くさね?」
「・・・・・・」
神田からはやはり応えは返ってこない。
ヘソを曲げたとかそう言うものではない。
きっとで彼は、人間を嫌いになりかけている。
「・・・・・・」
それがとてつもなく、ラビには嫌だった。
そんな原因を作ったのが自分たちだと言うことが、とてつもなくむかついて仕方が無い。
「・・・ごめん・・・」
ラビはもう一度頭を下げる。
そして立ち上がると、神田に背を向けて本を置いてあるところへと歩いていき、ばらばらにしてしまった本をまとめて腕に抱えて、神田の方へと戻っていく。
「オレ、今日はもう行くから・・・もしよかったらこれ置いておくから・・・」
言って、食事の入っている盆の横にあの詩集を置く。
「・・・ホントに、ごめんな。・・・また明日・・・」
最後にもう一度謝り、ラビは後ろ髪を引かれながらも神田から離れる。
最後まで神田は、ラビを振り返ってはくれなかった。


その夜、食事は一緒に取れなかったものの、ラビが風呂から出るとブックマンが布団の上でまだ本を読んでいた。
「・・・今日は帰ってきたんさな」
「・・・アニタ殿から寝ろと言われたのでな・・・仕方あるまい」
少し不服そうなブックマンの言葉にラビは苦笑してしまう。
自分にはとても厳しいブックマンだが、女性にはやはり弱いのか押されてしまうことがある。
街の花売りには引っかからないが、どうも芯のしっかりしている女性の常識ある言葉に弱いようだ。
きっとで今回は、寝ないと体調を崩しとでもいわれたのだろう。
ブックマンに気付かれないようにふっと笑うと、ラビは頭をガシガシとタオルで拭いて水気を飛ばす。
「で、どうなん?面白いの見っけた?」
ブックマンが読んでいる本を覗き込むと、それは古代の文字がずらりと並んでいる。
ラビではまだ苦戦してしまうその本も、ブックマンはすらすらと読んでいってしまうから、自分との差はやはりまだ広い。
「ああ。さすがクロス元帥だな。いい本をお持ちだ。お前もだいぶ制限があるだろうが、読めば参考になるだろう」
そう言いブックマンは数冊ラビへと渡してくれる。
お勧めと言うことだろう。
「・・・うん、そさね」
ラビはそれを受け取りつつも、すぐに自分用に敷いてある布団の傍へと置いてしまう。
普段ならばブックマン以上に興奮して本にかじりついてくるだけに、ブックマンはラビのその行動に少々驚く。
「・・・なんじゃ、そんなに疲れておるのか?そんなに大変か、精霊の世話は」
「・・・大変・・・っつーか・・・」
大変と言えば大変なのかもしれない。
けれどそれ以上にラビが考えてしまって手が着かないのは、自分たちの精霊たちの扱いについてだ。
「なあジジィ・・・精霊はどうしてこっちに来ちまうのかなぁ・・・」
「ジジィなどと言うな言っておるだろうが!・・・ったく・・・。・・・精霊がどうしてこちらに来てしまうのかはまだわかっておらん。だが元々こちらのものにもいろいろな伝説があるところを見ると、精霊は何らかのかたちでこちらに干渉をしているのだろうな」
「・・・じゃあ、どうして花精霊は願いを叶えるっつー力を持ってんだろうな」
「・・・・・・」
「そんな力なけりゃ・・・こんなところ居なくてすむのに・・・」
そうすれば、神田だってもしかしたら自由だったかもしれない。
こちらに来てしまったとしても、誰かに操られない自分の道を歩けれるかもしれないのに。
「・・・もしも、など意味が無い。精霊がこちらに現れてしまうことも花精霊が主の願いを叶える力を持っていることも、もう現実に起こってしまっていることだ。我々がどうこうできるものではない。我らにできるのは、記憶することだ」
「・・・・・・」
「お前はここで精霊の世話を与えられている。それも滅多に出来るものではない。しっかり記憶をしておきなさい」
「・・・・・・・・・」
「ラビ」
「・・・わかったさよ・・・」
ラビが無言のままでいると、ブックマンが重圧をかけるようにしてもう一度名前を呼んでくる。
それに対し、ラビは渋々ながらも頷く。
・・・きっとブックマンの言葉は正しい。
けれど、それでも自分は、神田の力になりたい。
(・・・大変、だろうなぁ・・・)
もしかしたら、自分にももう話しかけてくれないかもしれない。
それでも、出来るのならば少しでも神田の気持ちを和らげてあげたい。
ヒトと言うものが与えられるぬくもりを、伝えたい。
「・・・・・・」
よし、とラビは気合をいれ直すと、毛布を捲って布団へと横になった。
「オレ、もう寝るさ」
「・・・ああ。おやすみ」
「おう。おやすみさ」
そんなラビに何も言わずにちらりと視線を送った後、ブックマンは何でもないことのようにまた本へと視線と思考を落としたのだった。



☆NEXT☆


コメント

最近ちょっとアホの子な神田にはまってます☆(・・・)
リナリーの茉莉花はすぐに決まったんですが、アレンが迷った・・・。
でもだからってスノーフレークって!と、ちょっと自分ツッコミ(笑)