Roundabout 9


つやつやとした桜色の頬を膨らませたアレンを前に、神田は困り果てていた。
「おい・・・アレン・・・」
だが声をかけてもアレンは、ふいっと横を向いてしまい、神田は思わず溜め息をつく。
「だって、神田、約束破った」
「だから、お前それは」
じわりとアレンの目に涙が浮かぶ。
ベッドの枕を背中に引き座っているアレンに近づき、神田はそっと指で涙を拭ってやる。
その手は拒まず、だがアレンは以前ムスリと口を引き結んでいる。
もう一度、神田は溜め息をつき、ベッドに腰掛けた。
「それは、お前が風邪引いたからだろうが」
言い、アレンの額に手を置く。
そこはまだ少し熱く、熱を持っている。
「大丈夫です!!」
キッと神田を睨む。
「駄目だ」
だが神田もアレンの我が侭を通す気は無く、きっぱりとアレンの主張を斬る。
「・・・だいじょうぶです〜・・・」
じわぁとアレンの目にまた涙がたまり、先程までの勢いをなくし、眉をハの字にさせる。
神田も、めそめそと泣き始めてしまったアレンに困ってしまう。
元々、泣いているアレンには弱いのだ。

そもそもの始まりは、神田がアレンと街へ行くと約束をしたことから始まった。
だが、約束の当日。
神田がアレンの様子がおかしいことに気付き、額に手を置いてみると、いつもよりもかなり熱を持っていた。
眉を顰め、アレンを医療班に見てもらうと、ドクターストップが。
アレンは大丈夫だと言い、散々泣いて神田を困らせたが、結局神田は是とは言わなかった。
元々アレンの身体が幼くなってしまったのだって、アレンの身体の不調にイノセンスが反応したのが原因なのだ。
結局お出かけは先延ばしされると、アレンの機嫌は急降下してしまった。
熱は一日でほとんど下がったものの、アレンの機嫌は直らないまま。
ほとほと神田は困ってしまっていた。

「やほー。アレン元気かー?」
ひょこりと顔を出したのは、先日任務から戻ってきたラビ。
グスグスと鼻を啜りながらアレンはラビを見上げる。
「ラビ・・・」
「うっはーぐちゃぐちゃじゃーん。駄目さーユウ。ちっちゃい子泣かせちゃー」
「・・・泣かせたくて泣かしてる訳じゃねェ」
ラビの発言・・・と言うか出現に、神田は不愉快そうに眉を顰める。
「アレンもー。ユウが意地悪でそんなこと言ってる訳じゃないってわかってんだろ?我が侭言うな〜?」
「・・・・・・」
それでも納得がいかないのか、アレンはラビの言葉に頷こうとはしない。
「ア〜レ〜ン〜」
「だって」
じわりとまた涙をため、だって、を繰り返す。
「約束、したのに」
「だーからそれは〜〜〜〜」
延々と堂々巡りを繰り返す。
子供にそういう理屈は、通用はしない。
だから神田も困り果てている。
元々、子供とかかわること自体・・・教団内では自分たちが最年少に近く大人たちに囲まれて育ったので、無かったのだ。
パジャマの袖で顔をごしごし拭くアレンの手を止め、神田はアレンの身体を抱き上げ、膝に乗せた。
アレンは神田に我が侭を言っているだけであり、拒むつもりは無いらしく、そのままぎゅうと神田にしがみついた。
「お出かけ、するんです・・・ッ」
「だから、それはお前が治ってからだ」
「今!するんです!」
「・・・・・・」
勘弁してくれ、と言いたいように、神田は静かに息をはく。
ラビも困り果てた顔をしている。
神田は目でラビに出て行くように促す。
どうにも出来そうに無いラビは、少し肩を竦ませたあと素直に部屋を出て行った。
「・・・アレン」
それを確認し、神田は先程ラビが居た時よりも優しくアレンを呼ぶ。
アレンはしがみついていた神田から少しだけ離れて顔を上げた。
「また、今度絶対に行ってやるから」
「やー!!」
アレンはまた癇癪を起こし、今度は神田を突き飛ばすとベッドにもぐりこんでしまった。
「今日行くんだもん!約束したもん!」
「・・・・・・」
「約束守ってくれない神田なんか、」
そこでアレンは息を思い切り吸い込み、
「大ッ嫌い!!」
シン、と部屋が静まりかえった。
アレンはそのままベッドにもぐりこんでおり、髪の先しか見えない。
「・・・・・・」
ふ、と神田は息を吐くと、ぽんとアレンの頭辺りを毛布の上から撫で、立ち上がった。
ギシリと軋んだ音と、コツコツと言うブーツの音。
それから少し後に、ドアを開けて閉める音が続いた。
バタン
「・・・・・・ッ!」
途端アレンがベッドから顔を出した。
部屋は静まりかえっている。
見回しても、神田の姿は無い。
「・・・・・・」
瞳をゆらゆら揺らしつつ、アレンはまたムゥと眉を寄せ、膝を抱える。
そのまま、その体勢でしばらく居る。
両足の親指を擦り合わせたり、ゆらゆらと前後に揺れてみる。
だがずっと、眉は寄せたままで。
「・・・・・・」
もう一度、ちらっと横目でドアを見る。
隙間すら開かない。
もう一目、もう一目。
そうして、ずっと見ているのに、風で軋みもしない。
「――――ッ」
じわりと涙が込み上げる。
その内堪えきれなくなった涙は、雫となってアレンのまろい頬を流れ落ちる。
「か、」
かんだ、と。
呟こうとした声は、ひくりと込み上げてきた嗚咽にかき消された。
痛い、痛い。
なんで、わかったはずだったのに。
ぼくの、ばか。
「か、だぁ・・・」
膝に顔を埋め、雫を落とす。
ひく、ひく、と、漏れる嗚咽の間に呟いていく。
「・・・かん、だぁ!」

かちゃ・・・

「!」
はっと、膝から顔を上げ、もう一度扉を見る。
開いている。
そこから、入ってくる、黒い人。
「・・・ッ・・・」
いとしいひと。
「なに、泣いてんだ、お前」
神田はアレンのその真っ赤になった泣き顔に眉を寄せ、近付いてくる。
「っんだ・・・ッ」
アレンは素足のままベッドを飛び出し、神田にタックルをするように抱きついた。
うわっ、と、神田から聞こえる声を無視し、そのままぎゅうとしがみつく。
体勢を崩した神田の手から、カタカタと硬質な音がする。
それでも構わず、強く強くしがみついた。
「おま・・・ッ!零れたらどうすんだ!」
言いつつ、神田は優しく片手でアレンの髪を撫でてやる。
「おい、アレン?」
そうやって神田が呼びかけるが、アレンはいっこうに離れようとはしない。
「・・・ンだよ?どうしたんだ」
少し遠くにあるタンスの上に、神田が何かを置いたようだ。
神田の服に顔を埋めているアレンには何を置いたのかわからないが、置く時に伸ばした身体から離れないように、更に強くしがみつく。
先程と違うアレンの態度に、神田は小さく息をはく。
そうして両腕でアレンを抱きしめてやった。
「・・・ごめんなさい・・・」
小さな小さな、本当に小さくて聞き逃してしまいそうなアレンの声は、謝罪だった。
「ごめ、なさい・・・ッ」
ひくりと、アレンの喉が鳴る。
「・・・・・・」
そのアレンの小さな身体を、神田は軽々と抱き上げた。
下から覗き込んだアレンの顔は真っ赤で、涙と鼻水でぐしゃぐしゃだ。
神田は小さく溜め息をつくと、片腕でアレンを抱え、ハンカチでその顔を拭ってやる。
「何が、ごめんなさいなんだよ」
ようやく綺麗になったのに、すぐにアレンの顔は涙で濡れていく。
嗚咽を堪え、アレンは何とか言葉をつむごうとする。
「・・・アレン」
もう一度名を呼び、両腕で抱えて震えるその背を撫でてやる。
次第に落ち着いてきたアレンは、再び神田に向き直った。
「嘘、ついちゃってごめんなさい」
「嘘?」
「嫌いって。嫌いって言ったから、神田悲しくって出てっちゃったんでしょ?」
「・・・・・・」
そこで『怒って』と言わず、『悲しくて』と言うアレンがなんだかなぁと神田は思ったが、とりあえず追々訂正をしようと決める。
・・・絶対に間違っている、と言うことでもないのだが。
「だから、ごめんなさい」
ぎゅうと、アレンが神田の服をその小さな手で握りしめる。
元々の姿のアレンの手も小さかった。
紅い、イノセンスの手が右の手よりも大きかったので、更に小さく見えた。
その、ヘタをすればすぐに折れてしまいそうな手で、必死に必死に神田を繋ぎとめようとしている。
それがひどく、神田の印象に残った。
神田はその小さな手を、両手ともゆっくりとほのいていく。
そして、傷付かないようにそっと自分の手で包んでやった。
「・・・別にそう言う意味じゃねェよ。お前のこと嫌になったから、部屋出てったんじゃねェよ」
神田が言うと、アレンが『本当に?』と聞きたそうに小首を傾げて神田を見上げてくる。
なので神田は溜め息をつくと、先程の場所を指差した。
アレンの視線もそれを追ってくる。
「あ」
「メシ。持って来たんだよ。それだけだ」
勘違いに、アレンは羞恥で真っ赤になる。
ずっと泣いていたので目も鼻も真っ赤で、本当に顔全部どころか首まで真っ赤だ。
そんなアレンを見て、神田も苦笑をもらす。
「・・・でも、そうだな」
「・・・?」
「悲しかった、のかもしれないな」
あの時も言われた言葉。
マナばかりを求めて、自分を拒絶された時に何度も何度も言われた言葉。
他の誰から言われる『嫌い』は恐くないくせに、アレンのその口と視線で言われる『嫌い』ほど恐いものはない。
いや、アレンが自分を・・・神田を否定されるのが、あんなにも恐いものだとは知らなかった。
だから沸いて来たのが不安であり、悲しみであり。
アレンの腹が空いているだろうと言う建前で、少しでもアレンの気を引きたいと言う本音を隠していたのかもしれない。
それをアレンに言う気は更々ないが。
「ごめんなさい・・・ッ」
アレンの顔がまた、くしゃりと歪む。
だからその眼から涙が零れないうちに、神田はそっと額に唇を寄せた。
「けれど、お前はその言葉を言えば、他人も自分も傷つく事が、わかったんだろ?」
問われ、アレンはコクリと頷く。
「じゃ、もういい」
そう言い、今度は頬に唇を寄せた。
神田から与えられるキスは、暖かくてふわふわしてて気持ち良くて。
結局アレンはまた泣いてしまった。
ごめんなさい。
呟きながら、眠ってしまった愛おしい子は。

またその目を覚ましたら、笑顔で自分を見つめてくれるのだろう。


「今度は、ちゃんと出かけような」
はい、と寝顔が笑った気がした。



☆NEXT☆


コメント

潮さん曰く、ロリコン神田とアレン。
失礼な!(と言いつつ動揺を隠せない)
アレンは言っちゃった後に後悔しちゃうような性格な気がする。
ある意味で自分勝手なアレンは、教えられて、それが自分以外を傷つけちゃう行為でもあるって、気付くと思うんです。