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Roundabout 10 まるで何かの裁決を受けているような顔だ。 真剣な表情で医師を見つめるアレンに、神田はそんな風に思った。 医師の方も真剣すぎるアレンの表情に苦笑を浮かべつつ、聴診器を耳から外した。 「熱はどうだい?」 「も、なんっにもないです!」 「咳や喉の痛みは?」 「全然です!」 一言一言を区切るようにハキハキと伝えるアレンに、医師は耐え切れずに笑い出した。 「それだけ元気なら問題ないな!熱もないし、喉に腫れも見られないし・・・いいでしょ。外に出てきなさい」 ぽんぽんと頭を優しく撫でられたアレンは、最初きょとんとしていた顔をしていたが、医師の手が離れて代わりに頭に置かれた神田の手と顔を見て、ぱぁっと破顔させた。 と言うのが、今日午前中の話だ。 「でね、でね。僕、食べてみたいのがあるんです!」 「食べたいのはわかったが・・・お前何のために街に降りるのかわかってんのか?」 先日風邪を引いてしまって延期されてしまった買い物が、ようやく医者からOKを貰って実現した。 「えへへ、もちろんわかってますよっ!あー楽しみ〜!!」 そう言い、ごろごろとベッドを転げ回る。 よほど買い物が嬉しいのかアレンはもうおおはしゃぎで、神田がいくら寝かしつけても寝ようとはしない。 普段のアレンはどちらかと言うと寝汚くて、小さくなってからは朝起こしては何度もぐずられている。 明日の事を思うと、これ以上起こしておくのは本当に溜め息が漏れるばかりだ。 「わかった・・・わかったから転がるのはやめろ。つか、寝ろ」 「はーい。・・・でね、神田〜」 「・・・・・・」 わかってねぇだろうが。 頬を引きつらせながら、ニコニコと話し掛けてくるアレンを何とか宥めて、ようやく眼を閉じてくれたのが午前零時。 普段からなるべく規則正しい生活を心掛けている神田からしてみても、随分遅い時間だ。 はぁ、と溜め息を吐き、アレンのふくふくとした頬のすべらかさを親指で確かめ、ようやく神田もその瞼を下ろせた。 「かんだー!朝ですよ!」 ぐずるかもしれない。と言うのは余計な心配だったらしい。 ボスッと腹部に重みを感じ、眉を顰めて瞼を持ち上げると、昨日と同じくニコニコと笑顔のアレンが馬乗りになっていた。 「・・・・・・」 「朝!朝ですよッ!ねぇねぇ〜買い物、行くんでしょ?早く起きて〜!」 ぐいぐいと引っ張っては、掛け布団を下ろそうとする。 ちらりと時計を見れば、まだ六時だ。 「・・・あのなぁ、こんな朝早く出かけてどうすんだよ。飲食店ぐらいしか相手ねェぞ」 そう言い、また眼を閉じる。 そんな神田に、うー・・・っとアレンは眉を寄せた。 「だって買い物なんです!外!早く行きたいんだもん〜!かーいーもーの〜!!」 対して強くない力でパタパタと神田を叩いてくるものだから、神田は手をにゅっとアレンに伸ばすとそのまま巻き込んでまたベッドに寝転がした。 わっと最初驚いたように声をあげたアレンも、神田がぎゅ〜っと抱き枕のように抱きしめてくるものだから、嬉しそうにキャッキャッとはしゃぎ始めた。 「・・・わーったよ・・・起きりゃいいんだろ・・・」 そして、そのキャッキャッと言う声に、結局神田の眼も覚めてしまうのだった。 朝食は何とかアレンを説得し、教団内でとることにした。 未だここ・・・海外(特にイギリス)の食事に慣れてない神田は、教団に居るならば出来るだけジェリーの食事を食べたい。 日本に帰れない以上、ジェリーが故郷の味なのだ(何となくそれも嫌だが) 「かーんだっ!」 いつものように日本食を物珍しそうに見ているアレンにおかずをあげていると、目の前に教団内の人物にしては派手目の化粧をした美女が現れた。 服装からして、医療班のようだ。 前留めの服から豊満な胸がはみ出し、見事な谷間を作っているくせに、引き締まるところはちゃんと引き締まっている。 顔も確かに派手な化粧をしてはいるが、それに負けないくらいの顔の作りをしている。 「・・・ンだよ・・・」 だが神田は、今までアレンに見せていた柔らかい表情をしまい、明らかにウザイと態度に出しまくる。 「今日、買い物いくんでしょ?あたしも連れてってよ!」 ねっ!と最後はアレンに振った。 え、といきなり話題を振られ、現状についていけないアレンはきょとんとしてしまう。 「いいでしょ?!ついでじゃな〜い!」 そしてすぐに神田に視線を戻し、ずいっと顔を近づける。 その分神田は後ろに顔を引き、距離を保っているが。 いい加減苛々してきたのだろう神田は、ちっと舌打ちをすると、まだ残っていたデザートをアレンの口に突っ込み、食器を片付け始めた。 「おいアレン、行くぞ」 「え・・・あ、はいっ」 一言も医療班の女性に返事を返さずに去ろうとする神田にアレンは戸惑ったが、神田が椅子を立ってしまったので慌ててアレンも立ち上がった。 呆然としたのはもちろん、女性だ。 「ちょ・・・ちょっと神田!」 「うるせぇよお前。人の名前気軽に呼んでんじゃねェよ」 ぎっと神田は容赦無く睨み、アレンが追いつくのを待つ。 「大体、なんで俺がテメェの買い物に付き合わなきゃなんねーんだよ。気色悪ィ」 「き、気色悪い・・・?!・・・ッ・・・つっついでにいいじゃない!あたし、神田が今日街に降りるって言うから、わざわざ仕事交代してもらったんだよ?!」 女性の言葉に、神田の眉間にまた皺が一つ増えた。 そして、近くに座っていた団員のコップを掴むと、その中身の水を女性に向かってふっかけた。 「!!」 「か・・・ッ」 さすがにその行為に、アレンも思わず神田のズボンをぎゅっと握りしめてしまう。 「そんなにこの教団の仕事を軽く思ってんならとっととやめろ。俺らだけじゃなくて、全員にとって迷惑だ」 怒りに震えている女性をその場に置き、神田はアレンの手を引っ張って食堂を出て行ってしまった。 □■□ 買い物の目的は、もちろんアレンの服を購入する為だ。 アレンは特に気にしてはいないとは言え、アレンが着ているのはリナリーのお古・・・要するにスカートが多いのだ。 似合う似合わないは横に置いておいて、やはり神田には抵抗がある。 と言う訳でコムイから金を貰い(奪い)、教団のすぐ下にある街へと降りてきたのだ。 「わ〜・・・」 きょろきょろと辺りを見回すアレンの目はキラキラと輝いており、すぐにどこかに言ってしまいそうだ。 約十五歳の頃のアレンもそうだが、やはりこの頃のアレンも超がつくほどの方向音痴で、教団内でもよく迷子になってはコムイの実験室に迷い込んで半べそをかいていた。 と言う訳で片手は神田がしっかりと握っている。 この街はそれなりに賑わっている為、まだ午前中のこの時間は人の出入りが大人しいが、その内に市場などは広い通りにも関わらず、人で一杯になってしまう。 危険すぎだ。 「神田!神田!あれはなんですか?おいしそうな匂いがします〜っ」 街に来るまでは先程の食堂でのやりとりを気にしていたアレンだが、いざ街に入ってしまったらやはりと言うかそちらの方に好奇心が傾いてしまったようだ。 そのことに安堵しつつ、ぐいぐいと腕を引っ張ってどんどん前に行こうとするアレンを何とか制しながら神田はそのいちいちの『何』にちゃんと答えてやる。 ラビが見たらニヤニヤが納まらなさそうな光景だ。 「あれは菓子だよ。中がパンみたいので外側がクッキーみたいにサクサクしてんだ・・・つか、お前まだ食う気か?朝飯食ったばっかじゃねェか」 しかもしっかりとデザート付きで。 じとっと神田が見やると、えへへとアレンは照れたように笑い、でもおいしそうなんです。と呟いた。 「買わねェからな。まずは目的のもん買わなくてどうすんだよ」 そのまま動こうとしないアレンの手を引き、なんとかその場から離していく。 アレンは至極つまらなさそうな、残念そうな目で神田を見ていたが、おねだりが効かないことを悟ると、ちぇっと口を尖らせた。 が、それもすぐに笑顔になり、あっとアレンはまた別の方向へと行こうとする。 「あれ!あれはなんですか?!甘い匂いがする〜・・・」 思い切りグイッと引かれてバランスを崩しかけた神田は頬を引く付かせて、首輪とリードでもつけてやろうかと本気で考える。 「神田っ」 それでもあの笑顔で仰ぎ見られてしまえば、もう神田は怒鳴ることも出来ずにただ説明をしてやるばかりだった。 まずとりあえず知っている店、と言う事で、店主が黒の教団の関係者の店へと入って行った。 アクマなどの情報はもちろん、服も一般店と同じく売っている他、シンプルなデザインが神田は気に入っている。 そこでアレンが良く着ていた白いシャツとベスト、同じ色のズボンとリボンネクタイを何着か見繕っては包ませ、あとはアレンが気に入った服も購入していく。 いくら使おうが、所詮はコムイの金だ。 「にしても・・・なんかお前、女が着るような服好きだな・・・」 「そうですか?」 更衣室で着替え、くるんと回った後ポーズを決めたアレンは、神田のその一言に自分が今着ている服を見返してみる。 サーモンピンクをもう少しくすませたような色のハイネックのシャツに、白いセーラーカラーの上着を着ている。 さすがにプリーツは畳まれていないが、腿を隠すほどに長い丈はまるでスカートだ。 もちろん、中にスパッツをはいてはいるが。 「・・・変ですか?」 「・・・・・・」 変だと言えたらどんなに良かっただろう。 実際それが似合っていなかったらアレンのためにもきっぱりと言っていたかもしれないが、似合っているのだ。恐ろしいほどに。 女性が着ると思われるその色合いも、その服装も。 (・・・。これはあれか。こいつの養父が悪いのか?・・・それともやっぱり元帥を責めるべきなのか?) 神田が答えに窮していると店員がやってきて、神田の代わりにアレンを褒めちぎっている。 「まぁ可愛らしいお嬢さんだこと!」 お と こ だ 。 と大声で叫んでやれればどれだけスッキリするだろうとも思うのだが、お嬢さん発言をスルーしながら照れているアレンを見るとどうしてもできない。 ・・・これは基本を育てたのだろうマナを責めるべきなのだろうか? さすがに全ては持ちきれないので、紙袋に数着詰めてもらい、あとは全て黒の教団に送ってもらった。 数着を紙袋に別に入れてもらったのは、配達は早くても数日を要する為だ。 「ま、とりあえずこれでとりあえずはいいな」 ふーっと長く息を吐き、それから上機嫌にステップしているアレンを見やる。 「神田ッ」 それからくるりとターンをすると、また駆け足で神田に駆け寄ってきた。 「かんだ、かんだっ!」 「聞こえてるって。・・・なんだ?」 袖を掴んで注意を引いてくるアレンの頭をぐりぐりと撫でてやり、神田、の続きを促す。 「おなかすきました!」 「・・・・・・」 そして、ある程度予想していた答えは、予想通りにアレンの口から発せられた。 はぁ、ともう一度溜め息を吐き、わしゃわしゃと手触りのいい髪を撫で回す。 きゃーっとどう聞いても楽しんでいる声をあげつつ、ようやくアレンは撫で回していた神田の手を掴んだ。 「おそば、食べたいです!」 「蕎麦はねェよ、黒の教団に戻らねぇとな」 そうなんですか。と、少し意外そうな顔をした後、またアレンは何を食べるかを考え始める。 片手はもちろん、神田を手を繋いだまま。 「考えなくったって、どうせ一品だけじゃ終わらないだろうが。とりあえず、レストランだ」 「わーっ!レストラン!僕、初めてです!」 「・・・マナは連れてかなかったのか?」 行ったことが無い、と言うのがとても意外で、思わず聞き返してしまう。 アレンは少し寂しそうな顔をした後、それでも無理矢理笑って神田を見上げた。 「えへへ・・・お金、なかったから・・・」 そう言い、もう一度えへへと笑う。 神田の手を握る指に力が篭る。 「・・・・・・」 無理をして笑っているアレンに眉を顰めつつ、神田は繋いでいる手を大きく振った。 「わーっ!」 つられて、アレンの身体も少しだけ持ち上がる。 アレンがただ驚いていると、また神田は後方へ腕を戻し、勢いをつけてまた前方へ振り上げた。 「・・・レストランて、黒の教団の食堂も似たようなもんじゃねェか」 いろいろな食べ物があって、大勢で食べて・・・。 「・・・あ、そう言えばそうですね!」 初めてじゃないですね、と今度こそ嬉しそうに笑う。 そして、三度神田の腕が振り上げられるのとタイミングを合わせ、アレンは思い切り地面を蹴った。 神田の腕につられ飛び上がると、その視界がアレンの目の前に大きく高く、一瞬だけ広がった。 □■□ はふ、と、幸せそうに息を漏らし、アレンは椅子の背凭れに背中を預けた。 教団の柔らかく気持ちのいいソファーと違い、硬い安物のソファーはアレンをやや乱暴に受け止めたが、そんなのも気にならないくらいに料理がおいしかった。 「おいしかったです!とっても!」 「そうか」 「はいっ!ジェリーさんのとはまた違うおいしさでしたっ!」 「そうか」 短く返しつつ、その口端についている生クリームを拭ってやる。 「水飲むか?飲むなら頼むが」 ヨーロッパでは硬水が多いため、水はとても貴重だ。 そのため、日本のように無料で出してはくれず、ジュースと同じくらいの値段で購入をする。 もちろんアレンもその事を痛いほどわかっているので、ふるふると首を振った。 「だいじょぶです。ジュースとかたくさん飲みましたし・・・これ以上飲んだら、おなか破裂しちゃうかもですよ」 「何言ってんだ。まだ入るだろうが」 そう言い、アレンの腹部を撫でるように触る。 多少胃がぽっこりとしているが、それでも全体の肉付きは薄い。 「神田、それセクハラですよー!」 「なーに言ってんだガキが」 そう言って今度は脇腹をくすぐってやると、きゃらきゃらとアレンは椅子からずり落ちながら笑い転げる。 先程のように、曇っていない笑顔。 特に今日は良く笑っている気がする。 少し手が止まっていたのか、かんだー、と声がするので、もう一度その身体をくすぐる。 途端にまたアレンの笑い声が響き、神田も頬を緩めた。 それでいい。 少しの曇りもなく、憂いもなく。 笑ってくれるなら、今日はそれでいい日なのだ。 午後はもう少し服屋を回り、あとはぶらぶらといろいろなところを見て回ることにした。 ぶらぶらと、と言っても神田が道案内を出来ないため、本当に思いついた路地を好奇心で入っていくような感じだ。 とりあえず行って帰れて、自分の必要とするものしか店に入らないため、道や店を覚えないのだ。 帰り道についてはアレンと違い、しっかりと覚えているが。 「あ」 そう言い神田が立ち止まった店は、どことなく異国情緒漂うところだ。 ふとショーウィンドウを見れば、神田が着ているようなキモノが飾られている。 「ここ、神田の部屋の雰囲気に似てますね」 と言えば、神田はむっと眉を顰めた。 「・・・確かにここにいる以上全部日本のモン揃えられねーけど、こんな中途半端な店と一緒にすんな」 「・・・中途半端、なんですか?このお店・・・」 きょとんと眼を丸くして聞くと、ああ。ともう一度神田は頷いた。 「着物にしてもなんでこんな洋風なモン描いてあるんだよ。大体、着物のあわせが逆だ。・・・この刀もニセモンだろ、どうせ」 けっと口汚く吐いたあと、それでも神田の視線は店内へと注がれてる。 「・・・?なにかほしいのとか、あったんですか?」 くいくいと繋いでいる手を引いて聞くと、神田は視線を彷徨わせ、答えを濁らせた。 神田のプライドの高さから言って、中途半端と言った手前、そんな店で欲しいものがあったと言えないのだろう。 アレンの位置からでは店内が良く見えないため、ぴょんぴょんと飛び跳ねながら何とか見ようとすると、一度手を離した神田が背後からアレンの脇に手をいれ、持ち上げた。 一気に高くなった視界で、アレンは店内を見回す。 店内はそれなりに賑わっており、中には神田の様に髪の黒い東洋系の顔立ちをしている人もいる。 「あ」 そして、カウンターの向こう側の棚に、いろいろな種類の茶筒があるのを見つけた。 「神田、あれって」 「ああ、茶だよ。緑茶。・・・結構取り扱ってんな・・・」 味はわかんねーけど。と、憎まれ口も叩きつつ。 「神田ほしいなら、僕待ってますよ?」 上半身を反らして逆さまになった神田を見つつ、アレンは小首を傾げる。 「何言ってんだ・・・大体、お前をここに残して一人で行けるか」 「だって、あんなに人がいるのに僕が入ったら、ちょろちょろして迷惑じゃないですか。神田と離れないって・・・自信ないし・・・」 少しだけアレンの声が萎んだのは、今日だけでも何度か好奇心に負けて神田の手を離してしまい、迷子になりかけたことが数度あったからだ。 「それに、神田も忙しいんでしょ?ほしいなら僕、待ってるから」 そう言い、じたじたと神田の腕の中でもがきながら地面に足をつけた。 「ね?」 にっこりと笑って言うと、神田は観念したように息を吐き、アレンの頭を優しく撫でた。 五分で戻る、と言う神田の言葉を待ち、アレンはショーウィンドウの前で膝を抱えて座り込んだ。 マナも良くこうして待っていた。 待っている時は不安で、不安で、少しだけ『待つ』ことが嬉しくて。 お待たせ。行こうか。と、優しく手を差し伸べてくれるその瞬間が幸福で。 神田の時も、そんな風に感じるのかな、と、少しだけ口の端を持ち上げる。 「ねぇ」 だから、若く高い声に呼ばれても、まさか自分だとは気付かなかった。 「・・・ねぇ、おじょーちゃんっ」 ちょんと肩を叩かれ、ようやくアレンは『おじょーちゃん』が自分のことだと覚る。 「え・・・あ、はい・・・」 それでも先程の思考から回復できず、ぽけーっと自分の前に立っている三人の女性を眺めてしまう。 女性たちは二十歳前後と言った感じで、露出の高い服を着ており、髪も思い思いの形に結い上げている。 「ねぇねぇ!あなた、今この店に入ってった妹っしょ?!」 「え・・・と・・・」 「ほら!さっきの、黒いサラサラした長い髪をこう・・・ポニーテールしてたかっこいい男の人の!」 「・・・ああ・・・はい」 兄ではないし、妹でもないけれど。と言う突っ込みはとりあえず喉の奥に引っ込めておく。 女性たちは一度、きゃーっと嬉しそうに騒いだあと、またアレンの顔を覗き込んできた。 「あのさ、おねーさんたちお願いがあるんだけどなー」 「・・・はい・・・?」 小首を傾げて聞くと、女性たちもアレンと同じ様にその場に膝を曲げた。 「あの人とおねーさんたち、仲良くなりたいの!・・・だからね、少しだけあの人貸してくれないかなー?」 「貸してって・・・」 その言い方にムッとする。 言葉の表現なのだろうが、神田を『貸す』と言う表現が何かカチンと来る。 「・・・でも、僕神田いないと帰れないですし・・・」 「ちゃーんとここに返すってば!ちょっとお話ししてーお茶出来ればいいのっ!ね?おねがーい」 両手を合わせてお願いされるが、アレンは頷けない。 「・・・無理です」 きっぱりと答えると、女性たちの表情にむっとしたモノが走った。 「・・・そー言うけどさ、あの人だってアンタのお守りホントに楽しんでるの?」 「・・・・・・え・・・」 「だぁーって、街を妹と一緒に歩くのってどう?つまんないっしょー」 ねー?と一人の女性が聞くと、他の二人も頷いてアレンを冷たい目で見てくる。 「折角の良い男なのにさー。もてるしょ?お兄さん・・・カンダ?あたしたちと歩く方が楽しいって!絶対!」 思い出すのは、朝の出来事だ。 神田は人と接するのが苦手だと思っていたが、本当はちゃんと人と接したいと思っているのではないのか? 例えば、自分がいるから仕方なく断っている・・・とか・・・。 さぁっと、血の気が引いていくのがわかる。 もしかしたら自分は、神田からただでさえ少ない自由な時間を奪っているのでは無いのか? 「ねぇってば!」 「っ!」 そんなアレンの考えは、一際大きい声で現実に戻された。 はっと顔を上げれば、三対の眼が自分をジィッと睨むように見つけている。 「・・・わ、かりました・・・」 アレンが掠れた声で呟けば、女性たちは嬉しそうに喜声をあげた。 「じゃあさ、じゃあさ、これおやつ代!多分二、三時間くらいで戻ると思うから!」 そう言い、有無を言わさずにお金を握らされる。 そしてアレンは暗い思考を取り払えないまま、神田に見つからないように店の角を曲がった。 「悪い、遅れ・・・・・・アレン?」 焦って店を出ると、先程まで座っていたアレンの姿がない。 五分で戻ると言いつつレジが込んでしまい、かなり予定よりも遅れてしまった。 予定外に遅れ、しまったとは思ったが、まさかいなくなっているとは・・・と、思っていた以上のアレンのアホさに、神田は舌打ちよりもまず溜め息を吐いてしまう。 いや、あえて目を離してしまった自分の過失か。 とりあえず探さないわけにはいかないので駆け出そうとしたところで、目の前に三人の女性があらわれた。 もちろん、先程アレンに絡んでいた三人だ。 「あのーどうかしたんですかぁ?」 そして、アレンに話し掛けていた声よりもずっと甘く媚びた声で、神田に話し掛けてきた。 「てめぇには関係ねぇよ」 だが、そう女性を一蹴すると、無視してもう一度駆け出そうとした。 「あ、もしかして、さっき一緒だった妹さん探してるんですかぁ?」 妹、と言うところが引っかかったが、その言葉で神田はもう一度女性たちに視線を向けた。 「・・・どこ行ったのか知ってんのか」 「知ってるって言うかぁ・・・あっちの方へ行きましたよ?」 そう、にこにこと自分の後ろを指差す。 もう一人の女性が手を組んで、神田を上目遣いに覗き込んでくる。 「迷子になっちゃったんなら、私たちも協力しますよぅ」 ねーと頷きつつ、もう神田を取り囲み、その両腕を掴んでしまっている。 「ッおい!俺はてめーらと行くなんざ、ひとっことも言ってねェよ!」 「でもどこで曲がったかって口じゃ説明できないし・・・ねぇ?」 右腕に抱きついている女性が他の二人に問い掛けると、うんうんと頷いてくる。 結局そのまま流されるように、神田は店を・・・アレンから離れていってしまった。 その遣り取りを見ていたのは、神田が探しに行ったアレンだ。 握らされたお金はそのまま手の平に収まっている。 使えるはずも無い。 「・・・・・・」 きゅう、とアレンは眉を寄せると、先程と同じ場所に腰を降ろした。 「・・・少しだけ、だもん」 そう思う反面、思考がどんどんと暗い方向へと流れていってしまう。 ・・・ずっと思っていた。 あれだけかっこよくて優しくて(もちろんこれはアレン限定だが、アレン自身は気付いていない)強い神田を好きにならないはずもない。 今朝もそうだが、何度もああやって声をかけられているのをアレンは知っている。 そしてそのたび、断っていることも。 「・・・もしかしなくても、僕って神田のお荷物なのかな・・・」 お荷物、と漏らした自分の言葉に、思わずジワリと涙が込み上げる。 神田のことが大好きで大好きで、神田も拒否しなかったからそのまま傍にいたが、実は迷惑だったのではないだろうか。 だって神田はあんなに優しいから、嫌だなんて言えなかったんだ。 じわじわと溜まっていた涙は、遂に決壊してポロポロとまろやかな頬を零れ落ちていった。 「・・・かんだぁ・・・ッ」 それでも、どうしても。 その暖かい手を、もう離したくないのだ。 □■□ おかしい、と気付いたのは三十分ほど経った頃だ。 アレンを捜しに来たはずなのに、無理矢理と言っていいほど強引に連れ出した女性たちは、先程からあっちへ行っては食べ物を食べ、こっちに行っては服を物色しと、人を探しているようにはとても見えない。 それでも聞けば 「でもぉ〜こっちなのは確かだし〜」 と言われれば、従うしかない。 が、付き合う忍耐もそろそろ限界にきていた。 「ッおい!本当にこっちにアレンがいんのか!」 また何か甲高い声ではしゃぎ出したかと思えば、道を逸れて店へと入って行ってしまう。 「ホントホント!絶対ホントだってば!」 随分と親しげに、そしてやたらと触れてくるのに眉を寄せ、そのたびに突き放した。 「さっきからそればっかりで、ちっとも先に進んでねェだろうが!」 いい加減怒鳴ると、三人は眉を寄せて互いに互いを見やった。 「・・・おいっ!」 「・・・だってぇ・・・ねぇ?」 最初に神田を連れ出した女性が切り出すと、うんうんと他の二人も頷きだす。 「っにがだよっ!」 「あたしたち、神田と遊びたかったのにさぁ・・・ねぇ」 「うん・・・あの子は邪魔だもんねー」 それに、ねー、と他の二人が同意する。 だがそれよりも会話の内容に、神田は内心が冷えていくのを感じた。 「・・・んだと・・・?」 「神田だって、邪魔だったんでしょ?押し付けられたか無理矢理連れ出されたのかはわかんないけどさ。遊びたかったっしょ?」 「そうそう!ちょっとぐらいだったらあの子だって大丈夫だよ〜。あの元の場所でうろちょろしてるだろうしさ」 むしろ感謝してほしい、くらいの態度に、神田は冷えたところがもう一度燃え上がるのを感じた。 「それッ」 弁解は、それ以上は続かなかった。 神田がその女性を殴ったからだ。 もちろん手加減はしたが、女性の身体は宙を舞い、そして近くの壁へと叩きつけられた。 他の二人は少しの間唖然としていたが、壁にぶつかる音と共に甲高い悲鳴を上げた。 「・・・てめぇら・・・ふっざけんなよ・・・!」 「ちょっと・・・何するの・・・!?」 「その言葉、そのままてめぇらに返すっつーだよ!このクソどもが!!」 昏倒してしまっている女性を抱き起こすが、神田の怒鳴り声にヒッとまたその手を離しそうになった。 「てめぇらのふざけた基準で俺とアレンの心決め付けてんじゃねェよ」 鋭い、射るような神田の視線に、三人はガタガタと震え出した。 「次こんなことしてみろ。・・・つーか、俺とアレンの前に現れてみろ。殺すぞ」 もう一瞥すると、神田は集まりかけていた野次馬から抜け出し、元の場所へと走り始めた。 「・・・・・・」 ぐすぐすと鼻を鳴らしながら、アレンはずっとその場に座っていた。 時々迷子かと人が声をかけてくれたが、それにも愛想を見せずにずっと地面を見て黙り込んでいる。 ぎゅっと口を引き結び嗚咽を堪えても、喉が堪えきれずに結局は漏れてしまう。 「・・・んだ・・・」 漏れるのは、嗚咽と神田の名前だけ。 マナがアレンの前からいなくなってしまった今、アレンの世界の中心は神田に成り代わっている。 神田がいるからこそ黒の教団に留まっているし、また、笑っていられた。 それでも、それで神田が自分を犠牲にしているのならば、自分は消えた方がいいのだろうか? そんなことを考えるたびに胸がズキズキと痛んで、それが更に涙に代わっていく。 離れたくない。 けれど、離れなくてはいけない? ―――――かんだ。 「アレン!」 「ッ」 聞こえた、今一番聞きたい声。 はっと顔を上げ、そのぼやけた視界で必死に神田を探す。 人を押し避けて必死に自分に駆け寄って来てくれる神田に、アレンはどうしても、どうしても堪えきれずに抱きついた。 神田は勢い良く抱きついてきたアレンをそのまま抱き上げ、アレンはその肩口にぎゅうっと顔を押し付けた。 「・・・アレン・・・」 もう一度、安堵したように神田はその名前を呟く。 ごめんなさい、と、震える声でアレンが謝ると、神田は人通りの少ない方へと移動した。 「・・・アレン」 「・・・ごめんなさい・・・」 「・・・・・・」 はぁ、と息を漏らす。 「ごめんって言うことは、自分がやったことをわかってる訳だよな」 その言葉に、今だ肩口から顔を離さないアレンは、こくりと頷いた。 「悪いって思ってるなら、どうしてあいつらと組むようにして嘘ついたんだ。・・・心配するって思わなかったのかよ」 「・・・おもった・・・」 「・・・ならどうしてだ」 震える背中をさすってやりながら、根気良くアレンの答えを待つ。 ラビやリナリー、コムイには見せれない姿だ。 「だって・・・だって神田、毎日僕にかかりっきりでしょ?綺麗なお姉さんからお誘いとかあるのにそれ断ってまで・・・神田だって、したいことあるんでしょ?」 「別にねェよ、そんなもん」 「・・・嘘」 「・・・嘘って・・・なんでわかんだよ」 そこで初めて神田は、アレンに顔を見せるように促した。 最初は首を振って拒否していたアレンも、何度も急かすように神田に肩を揺すられてようやくその顔を上げた。 「だって、言ってたもん。僕の面倒ずっと見てるのなんて可哀相って。もっと自由にしてやれって」 「言ってたって・・・さっきのアホどもか」 「アホ・・・・・・お姉さんたちです」 「どこまでフェミニスト何だお前は。あんなのアホで充分だ。つか、クソだクソ」 アレンの背中を支えていた手でペチリと後頭部を優しく叩き、それからまたあやすそうにその背中をさする。 「おら、帰るぞ」 そして歩き出した神田に、アレンはきゅうっと眉を寄せた。 「・・・かんだ・・・」 何かを訴えるようなその瞳をちらりと見た後、ふっと短く息を吐き出した。 「俺はお前を迷惑だと思ったこともないし、押し付けられたと思ったことも無い。・・・つか、そう思ってたらとっくに投げ出してる」 「・・・嘘だ」 まだ言うアレンの『嘘』に、神田は眉に皺を寄せて、何故と聞き返す。 「だって神田は優しいですもん。きっとで無理して僕のお世話して・・・僕のこと気遣って、そう言ってくれてるんです」 「・・・あーのーなー!」 いい加減切れかけてきた神田は、ぎゅうっとしがみついているアレンを少し離し、その小さな額に自分の額をゴツリと少々勢い良くぶつけた。 「俺のどこがやさしいっつーんだよ!・・・つか、聞いてみろよあのバカ兎やリナリーに。ぜってぇ白い目で見られるぞ」 最初ポカンとしていたアレンも、その言葉にむっと眉をしかめた。 「そんなことありませんもん!だって神田、僕にすごくすごーく優しいじゃないです!!」 「そんなのお前にだけだ!!」 思わず、といった感じで漏れた神田の言葉に、アレンはしかめていた眉をきょとんと解いた。 神田も、あ。とバツが悪そうに顔をしかめたが、すぐにまたアレンに視線を向けた。 「・・・誰にでも愛想言い訳ねェだろうが。俺はお前と違うんだ」 「・・・ぼくにだけ?」 「・・・、・・・ああ」 照れがあるのだろう、神田は少し目を彷徨わせたあと、結局は頷いた。 「つか、俺よりあんなやつらの言葉なんて信じてんじゃねェよ、バカ」 「・・・だって・・・・・・あれ、そう言えばさっきの人達は?」 「ぶん殴ってきた」 「なぐ・・・っ?!ちょ、神田!女の人ですよ!!」 「そんなの関係あるか。バカやったやつは当然の報いだ」 「だからって・・・だからって!」 はわはわと神田に苦言を言おうとするが、結局何にも言えずにその口を閉じた。 「・・・でも、ちょっとスッキリしました」 そんな風に言うので、神田はくつりと笑い、そうかと呟いた。 「待たせて悪かったな」 「、」 「帰るぞ」 ようやく浮上したアレンを地面に降ろし、手を差し出した。 それはアレンに取って、世界でただ二つ見つけた暖かい、自分を拒まない手の平だ。 そして世界でただ二つ、自分に幸福を与えてくれる。 「・・・神田・・・」 ぎゅっとその手をとり、もう一度神田に笑いかけた。 「教団に帰ったら、ご飯食べたいです」 「・・・そうだな」 ぎゅうっと握りしめた手の平を、自分よりもずっと大きい手の平が握り返した。 それは自分に幸福をくれる。ただ二つの手の平と体温。 コメント 前回の続きみたいな。 神田は怒り浸透したら女性だって殴っちゃいそうです。女の子はどうかわかんないけど。 とりあえず言えるのはアレンには激甘ッ☆ |