Roundabout 3


甘く幼い声。
満面の笑顔で、駆け寄ってくるのが、顔には出さないがとても愛おしかった。
神田、と。
その声で、まるで宝もののように大切に呼ばれるのがわかる。
神田。
――――今はもう、聞けないけれど。

□■□

あれからすぐにコムイに抗議に行ったが、聞き入れられるはずも無く。
と言うか、口で勝てたためしがない。
今回もいいように言いくるめられ、だが部屋に帰る気も起きず徹夜で鍛錬をした。
だが、胸の中のモヤモヤが消えるはずもなく。
結局これからどうあのアレンと接していけばいいのかわからないまま部屋へと戻って行った。
さすがに汗をかいたことと、世話を命じられているので、食堂にアレンを連れて行かなくてはいけない。
ちなみに服は、幼い頃のリナリーの服を着ている。
何故まだリナリーの幼い頃の服を持っているのかと言うと、例によって極度のシスコンなコムイがもったいないと言い、大切に保管していたのだ。
そこまでの経緯を神田は知らないので、何故女物の服を着ているのかは後日判る話しなのだが。
自分の部屋の前まで行き、ノブを回すのに少しだけ躊躇う。
「―――――」
はぁ、と溜め息をつき、改めて部屋へと入る。
かちゃ、と言う金属がかみ合う音と、木の擦れる音。
息を呑む声がし、そちらを見ると、アレンが赤い目でこちらを見ていた。
「・・・・・・」
かける言葉が見つからない神田は、舌打ちもせずにバスルームに消える。
入る前に団服だけは椅子に放り投げ、あとはバスルームに備え付けてある籐の籠に入れていく。
裸になり、シャワーのコックを捻る。
温度の調節をせずに全身に浴びたので、冷水が身体を叩く。
それが、火照り混乱した頭には丁度いい。
雨のように、耳に響く細かい水音。
そのシャワーの水が温かくなる前にコックを閉め、タオルを取る。
身体を拭き、下着と黒いズボンと白いシャツを羽織り、身体を拭いたものと違うタオルで髪を乾かしていく。
再び神田が姿を表すと、またアレンが過剰に反応をした。
「・・・おい」
だが神田が声をかけると、明らかに眉を顰めてふいっと横を向いた。
苛々が再び込み上げてくるが、なんとかそれを押し込める。
「腹、減ってんだろーが。メシ食いに行くぞ」
しかし、アレンからは何の反応も返っては来ない。
相変わらず、自分から視線を外し、視界に入れないようにしている。
「・・・・・・」
ますます苛つきながら、神田はアレンに近付いていく。
「おい」
返事は、無い。
「メシ、食いに行くぞ」
もう一度繰り返し、その腕を取ろうとすると、パシリと叩かれた。
「・・・・・・」
もう一度、手を伸ばす。
パシリ。
乾いた音を立て、手をもう一度拒絶するように叩かれた。
「ッ」
そしてついに、我慢が限界に達する。
「いい加減にしやがれ!」
怒鳴ると、アレンはビクリと肩を竦め、それでも気丈に神田を睨み返してくる。
「昨日っから何にも食ってねェんだろうが!行くぞ!」
「いや!」
無理矢理その細い腕を掴むと、アレンは全身で拒絶してくる。
掴む神田の手を、まだ自由な方の手で引き剥がそうと奮闘し、神田を避けるように身体を仰け反らせる。
「おい!」
「いやーッ!」
事情を知らないものが見れば、まるで子供をどこかに連れて行きそうな光景。
全力で拒絶するアレンに比べ、まだ幼いアレンへの力加減のわからない神田は本気を出せず、ますます苛々を募らせる。
「っおい・・・痛ッ」
思わぬ反撃・・・アレンに噛み付かれた神田が思わずその手を離してしまうと、アレンは神田から距離を取るようにベットの隅へと逃げていく。
は、は、と息を切らせつつも、涙目で神田を睨んでくる。
噛まれた手を見れば、薄く血が滲んでいる。
鈍痛が、噛まれたところから周辺に広がっていく。
だが、それよりも痛いのは・・・、
ぎゅっとその手を握り締め、神田は踵を返した。
「っ勝手にしろ・・・!」
それだけ怒鳴ると、タオルを床に叩きつけるように捨て、六幻を取り乱暴に部屋から出て行った。
「・・・・・・」
その後姿が扉で隠されると、ようやくアレンは肩の力を抜いた。
だが、胸の心拍数はなかなか正常に戻ろうとはしない。
ぽすりと音を立て、横になる。
掴まれた腕は、別段痛みはしない。
ちゃんと神田が気を使ってくれた結果だ。
だが、アレンに取ってはまだ神田は畏怖の対象なのだ。
あの鋭い視線や、態度。
そして何よりも、初対面で言われたあの言葉。

『マナはここにゃいねェよ』

ぎゅっと、掴まれた手を握り締める。
涙がジワリと滲み、枕に顔を擦りつける。
「・・・マナぁ・・・」
大好きな大好きな養父が傍に居ない。
本当にここにマナがいないと言うのなら、どうしてマナは自分を一人にするのか。
もう自分が要らなくて、ここに預けたのか。
そんなマイナスな思考が、頭を支配する。
それが何よりも、アレンを意固地にさせているのだ。

「どーだった?」
ラビに問われ、リナリーは首を横に振った。
「駄目。口すら聞いてもらえなかったわ」
「そっかぁ・・・リナリーでも無理、かぁ・・・」
やれやれとラビが長く溜め息を付く。
あれから神田は、食堂に着く手前でリナリーとラビに遭遇した。
例によって様子を聞きに来る二人に先程の出来事を説明し、神田は去っていった。
自分があれこれ言わずとも、あの世話好きの二人ならば勝手に行動してくれるとの判断からだった。
案の定その通りで、だが結果に神田も内心で溜め息をつく。
「どうする?これじゃ、元に戻ろうにも逆に身体が弱ってっちゃうよ・・・」
寄生型の為に大喰らいなアレンだが、イノセンスが目覚める前までは普通の人と同じくらいの食事量だと前にアレンが言っていたことを思い出す。
それでも、丸一日水さえも口に入れてはいない。
水分は食べ物以上に生きる上で不可欠なモノだ。
アレンのような子供では、限界も近いうちに訪れてしまうだろう。
「あ、ちょっと神田!どこ行くのよ」
不意に神田が凭れ掛かっていた壁から身体を起こし、リナリーとラビに背中を向けた。
「鍛錬」
「ちょ・・・こんな時に鍛錬?!何考えてんのよ、あんたは!」
「ぎゃーぎゃーうるせェな。俺だってするこたしたんだ。後はあいつがあのストライキやめねェ限り仕方ないだろうが」
「だからって・・・ちょ、神田!待ちなさいよ!」
だが神田はリナリーを無視し、結局それから振り向きもせずに行ってしまった。
「っもう!信じられない!」
「まぁまぁリナリー。・・・ユウも、なんも出来ない自分に苛々してんのさ」
見逃してやって。
ラビが申し訳なさそうに言うので、思わずリナリーも怒りを引っ込めてしまう。
そう、アレンがあんな風になって、拒絶されて。
一番ツラいのは、神田だろう。
何も無い振りを装っていても、神田がアレンを大切にしていることは良く分かる。
それだけに、自らを守る為とはいえ忘れられているのは、堪えるだろう。
「・・・神田は、判りにくい。もっと、素直になったらいい」
「そうさね。でも、素直なユウって、ぶっちゃけ不気味かも」
ラビの軽口に、思わずリナリーは笑ってしまう。
・・・それだけで結構、救われた。

□■□

ふと意識が浮上する。
それと共に訪れるのは、空腹感。
腹の虫はアレンの意地を裏切り、食べ物をよこせとぐーぐー鳴ってくる。
意地とショックで部屋を出ず食事を取っていないが、身体は素直に欲求しているのだ。
「・・・・・・」
と、落ち込みかけたところでいい匂いが鼻に届く。
きょろきょろと周りを見れば、小さなテーブルにある、コーンスープとクラブサンド。それに
「・・・はちみつミルク・・・」
まだ充分に暖かいそれに、思わず手が伸びた。
白いカップから伝わる、程好い熱に、甘い香り。
唇につけてその液体を口に含めば、期待を裏切らない甘く暖かい味。
それで食欲に勢いのついたアレンは、ついにクラブサンドに手を伸ばした。
パンは少し焼いてあり、歯を立てるとカリリと良い音がした。
コーンスープも、溶いた卵が入っており、まろやかでおいしく、優しく胃に届いた。
誰に取られる訳でもないのに、アレンは勢いのままに食事を取る。
そして、スープも綺麗に飲み干してから、ふとアレンは初歩の疑問を思い出す。
「・・・誰が持ってきてくれたんだろう・・・」
自分が寝ている間に。
さすがに食事は我慢できても、睡眠までは我慢が出来ず、先程からうとうととしてしまっていた。
持って来てくれた人物は、その隙に入ってきて食事を置いていった。
だが、偶然で片付けるにはタイミングが良すぎる。
と、金色の物体が、パタパタと目の前を飛んでいく。
昨日から自分の傍を離れないそれに、アレンは手を伸ばした。
「・・・ティム、キャンピー・・・?」
リナリーと言う、黒い髪の女性が教えてくれた名前を、アレンが呟くと、ティムは嬉しそうにその手に身体を寄せた。
ふと眼をやると、窓が開いている。
少し姿が見えなかったところをみると、どこかに出掛けていたのか。
「・・・誰が、持って来てくれたのかなぁ・・・」
人間ではないと言うことで警戒心が緩んでいるのか、はたまた小動物に対する愛情に似ているソレなのか。
アレンはティムキャンピーだけには心を許した。
うーんとアレンが悩んでいると、ティムキャンピーが尻尾で優しく手を撫でてきた。
それがこそばゆくて、思わず少し笑ってしまう。
そしてティムキャンピーを胸に抱きしめると、再びアレンはベッドに横になった。
少しだけ残る匂いは自分のものではなく、この部屋の主のものだろう。
「・・・かん、だ?」
うろ覚えの名前を呟く。
そして、眉を顰めた。
この匂いは嫌いではないが、神田のことを好きにはなれない。
大好きなマナを、神田は冒涜したのだから。
「・・・ふん、だ」
ティムキャンピーから手を離し、枕を抱える。
そう言えば、今朝出て行ってから一度も帰ってきていないことを思い出す。
彼の、神田の部屋なのに。
「・・・僕がいるから・・・?」
そう呟くと、ツキリと胸が痛んだ。
予想していなかった胸の痛みに、アレンはビックリする。
「・・・なんだよ!僕だって、神田なんか嫌いだもん!」
それだけ、自分を納得させるように言う。
だが、言った先から胸にモヤモヤが生まれる。
ソレが何か、アレンには理解が出来ない。
理解が出来ないことにムカムカし、アレンは眼を閉じ、眠ることで思考を遮るのだった。



☆NEXT☆


コメント

進みません・・・予想以上に!(苦)
(頭の中の)予定では、もうラブラブ(?)の予定だったのに・・・。
やばいなぁ・・・思わず長くなりそうな予感・・・!