Roundabout 11


「おつきさまがおちちゃいました」


無邪気な声に、神田は思わず目元を和らげた。



アレンの世話をしているからと言って、身体を鍛えることを休んで言い訳ではない。
そうして休めば休んでしまっただけ、怠けは自分へと返ってきてしまうのだから。
「・・・アレン・・・」
いつものようにお気に入りの森で鍛錬をしようとしたところで、寝かしつけたはずのアレンががしぃと団服の裾を握ってきた。
はぁ、と溜め息をついてアレンを振り返れば、アレンはアレンで何かを堪えるような顔つきで神田を見つめている。
昼間は神田の他に相手が居るからか大きな我が侭は言わないが、夜は昼間とは比べ物にならないくらいに甘えたで、わがままになる。
いや、明確に自分の我が侭を口に出さないだけマシなのかもしれないが。
今まで朝昼晩と暇があれば鍛錬をしていたが、今は昼間にするのみだ。
時間がない分、ラビたちと手合わせをして本番さながらに本気を出して戦っている為なまっているとは思えないが、やはりこれまでのことを思うと不安になってしまう。
ならば、アレンが寝付いた後と思ったのだが、見ての通り、ベッドを抜け出せばアレンも敏感に置きだしてしまう。
以前は神田に遠慮をしていたが、今は甘えた上手になってしまい、神田を見つければすぐにすっ飛んでいく。
神田自身もそのことをうっとおしいとは思わないし、逆にアレンが引っ付いていないと違和感があるくらいに思えている。
だが、だからと言って夜更かしをさせてまで連れて行っていいものなのかと言われれば、神田自身も答えに窮するものがあるのだ。
「・・・アレン、別に俺は任務に行くわけじゃねぇよ・・・ただ、ちょっと外に出てくるだけだ」
「・・・・・・じゃあ、僕も連れてってください」
「ダメだ。お前夜更かしできねぇし、明日起きれなくなるだろうが」
「・・・ちゃんと起きます!」
「起きたって昼寝ちゃ意味ねぇんだよ。そしたら夜が寝れなくなる」
「・・・・・・でもっ」
ことごとく神田が却下を出すと、じわりとアレンの目の端に涙がたまってくる。
わかっていた事態とは言え、実際にアレンが泣くのを目の前にするのは何度見てもなれないものだ。
十五歳の時でさえ妙な罪悪感が込み上げてきたと言うのに、今は子供の姿。
まるで自分が苛めてしまっているように思えてしまう。
しかしここでよしと言えば、後でつらいのはアレンだ。
「・・・でも、じゃない。・・・わかるだろ?」
「・・・・・・」
納得できない。
そう顔に書いてある。
口をへの字にし、小鼻がひくひくと膨らんでいる。
必死に泣くのを堪えているのがわかるが、悲しいかな、神田にはそれが堪えきれないと言うことを知っている。
「・・・・・・ぅ、・・・ぇ」
ついに、ぼろりと大きな涙が零れた。
後はもう追うように追うようにと涙が頬を伝い、布へと沁みていく。
「・・・アレン・・・」
神田は再びベッドに腰を下ろし、涙に濡れてしまったアレンの頬を拭ってやる。
だがアレンは神田が近くに寄ったことを知ると、そのまま首に腕を回した。
「ぼくもいきたいです〜〜〜ッ」
あうあう、めぇめぇとそんなふうに言われて、折れない人が居たらぜひ連れて来てほしい。
きっとであのクロスでさえ、こんなアレンには折れてしまうだろう。
「―――――」
アレンのためにならないのは百も承知だ。
・・・それでも。
わかった。と頷いてしまう自分を殴ってやりたくなる。

■□■

頷けば、みるみる間にアレンの機嫌は回復し、上機嫌で着替えを終えた。
そのアレンに、先日街に降りた時に購入したファーのついたコートを着せて抱き上げた。
アレンは嫌がりもせずに神田にしがみつくと、その頭にティムキャンピーを乗せる。
「・・・もう一度言うぞ。俺はお前の相手はしてやれない。寒かったらすぐに言うこと。眠くてもだ。わかったな?」
「はい!」
嬉しいです!と溢れんばかりの笑顔を見せられ、神田はもう一度溜め息をついてしまう。
そうしてアレンを抱えて連れて行ったのは、神田がいつもの森だ。
暗いのが苦手なアレンのために、ランタンをひとつ持っていき、傍においてやる。
「・・・・・・」
「わっ」
わくわくと神田を見つめているアレンに、そっと団服をかけてやる。
「・・・下に敷いて、余るようなら身体にも巻いておけ」
団服は怪我人の枕にするもんじゃねぇんだよ発言をしてしまっただけに、神田は心底今のアレンに十五歳の時の記憶が無くてよかったと思う。
「?・・・僕、寒くないですよ?」
アレンは小首を傾げて神田を仰ぎ見るが、それでもだ!と、神田はアレンを持ち上げると裾の部分をアレンの尻に敷き、後をアレンにかけてやった。
途端に神田の匂いに包まれ、アレンは更に上機嫌に笑った。
「あったかいですv」
「・・・じゃ、そのままあったかくしてろよ」
ようやく神田はアレンから離れ、六幻を抜刀した。
「――――――」
そこからは、本当にアレンが声をかけられる状態ではなくなる。
すさまじい精神統一で無心になると、神田は六幻で思うままに空を切っていく。
ヒュン、と言う音は、空気よりもなお澄んだ音をしてアレンの耳に届き、その神田の姿にうっとりとしてしまう。
普段からかっこいいとは思っているが、こうして真剣になった時の神田は格別にかっこいいのだ。
教団内外部問わずに人気のあるのも、頷けると言うものだ。
「・・・かぁっこいいねぇ、ティム〜」
うっとりと、腕の中のティムに話しかける。
時々視界から消えると、アレンはいつの間にか立ち上がってその方向へと走っていく。
ずるずると神田の団服を引きづり、白い息を吐きながら神田を探す。
小一時間ほどそんなことを繰り返しているうちに、見知った湖が目の前に現れた。
「・・・・・・ぁ・・・」
「アレン」
そこで神田から声がかかった。
息は多少乱れているが、はぁはぁと息を切らせてしまっているアレンに比べれば、その体力はやはり段違いだ。
「かんだ・・・」
「お前・・・どうしたんだ、こんなところで・・・」
ティムキャンピーがいるとは言え、アレンの方向音痴は侮れない。
何せ、道ひとつ向こうの買い物を頼んで迷うくらいだ。
帰ろうと踵を返したところでアレンを見つければ、さすがに驚いてしまう。
「何やってんだ・・・大人しくしてろっつったろ・・・」
少し強く言うと、慌てたようにアレンがこちらにやってきた。
「かんだ、かんだっ」
てっきり謝りにきたのかと思い神田がしゃがんでやると、アレンは神田のシャツを掴んで湖の方を指差すではないか。
「・・・なんだ、どうした」
だがそこで咎めることができずに、神田はアレンが指差す方を見てしまう。
「おつきさまがおちちゃいました!」
はわーっと慌てたように指差すその先には、月のきらめきを跳ね返す湖。
だが、それは散乱しておらずに湖の中心に光が集中している。
(・・・ああ)
それはきっとで、月が中天にあるからだ。
その光が湖に強く降り注いでいるため、そこだけがぼんやりと光って見えるのだ。
上を見上げれば、きっと月がそこで青白く輝いているだろう。
伝えてやろうとして口を開き、アレンに視線を戻したところでその真剣な目とかち合った。
どうしよう、と言うのが伝わってきて、思わず神田の中の少年の部分が顔を覗かせる。
「・・・そうだな・・・沈んじまったら、もう夜は真っ暗になっちまうもんな」
「ですよね!・・・どうしよう・・・僕・・・僕・・・」
「夜一人で便所に行けないもんな」
「・・・!・・・ぅ、そ・・・れもそうですけど!」
未だ一人でトイレに行けないことを恥ずかしく思っているアレンの頬がかぁっと染まる。
もじもじとしているアレンを引き寄せ、腕の中に閉じ込める。
「?・・・かんだ?」
条件反射的に神田にしがみつきつつ、アレンは神田を見上げる。
「月、元に戻したいか?」
唐突に言われ、アレンはまた戸惑うが、素直にはい。と頷いた。
「じゃあ、目ェつぶってお祈りしてな」
言われ、もう一度アレンはことりと小首をかしげる。
「・・・お祈りすると、もどるの?」
「お前しだいだな」
よ、と神田がアレンを抱き上げる。
慌ててアレンは目を閉じ、抱え込んでいたティムキャンピーを離して両手を組んだ。
素直に言うことを聞くアレンを見てくすりと笑みを見せつつ、神田はそっと歩き出した。
森の出口手前で空の見えないところから、湖のほとりへ。
ふ、と息を吐くと、白く雲ってアレンに当たって溶けていった。
長い睫が影を落としており、可愛らしいその顔は何度見ても少女のようだ。
そのつやつやな額にキスをひとつ落とし、目を開けろ、とアレンにそっと囁く。
アレンはそっとその目を再び開き、目の前に居た神田を見つめる。
そして神田の視線を追い、空へとその目を向けた。
「わぁっ!」
そこには、まん丸の月が浮かんでいた。
星もかすんでしまうくらいにきらきらと輝いている月に、アレンは瞬く間に笑顔になる。
「月!」
「ああ」
きゃっきゃっと嬉しそうに月に手を伸ばすアレンを支えてやりながら、神田も月に視線を向ける。
「よかった〜!」
本当に月が落ちてしまったと思っているアレンは、心底ホッとしたように神田にも笑いかける。
「お前が戻したんだ。・・・よくやったな」
そう言ってもう一度頬にキスを落とす。
アレンは照れたような嬉しそうな顔ではにかむ。
そしてそのあと、大きな口を開けてあくびをしてしまった。
「・・・戻るか」
ふ、とそれを見て笑ってしまい、神田はアレンを抱えなおして湖に背を向けた。
「・・・鍛錬、いいんですか?」
「ああ。・・・それより戻ってとっとと寝よう」
「・・・ふぁい・・・」
一気に眠気が襲ってきたらしく、アレンは閉じてしまいそうな目を擦りながらもう片方の手で団服を脱ごうとする。
「いい。着てろ」
「・・・でも・・・そしたら神田が寒いですよ?」
アレンの言う通り、最初は鍛錬であったまっていた身体も、徐々に熱を奪われつつある。
「大丈夫だ。俺は鍛えてるからな。・・・それに、お前がくっついてれば暖かい」
なおも食い下がってくるアレンを押しとどめるようにそう言えば、アレンはわかりました!と思い切り神田に抱きついた。
首に腕を回してきゅうきゅうと抱きついてくるので、神田の頬にアレンの柔らかな髪の毛が触れていく。
熱が奪われてしまったその髪は冷たいはずなのに、神田にはそれが心地よく感じてしまう。
「あったかいですか?」
肩口に顔を埋めていたアレンがこちらを向き、心配そうに聞いてくる。
「ああ。あったかいな」
そう返してやれば、アレンは本当に嬉しそうに笑い、また身体を押し付けてくる。
あたたかい。
月が落ちるよりも、ずっと落としてはならない、離してはならない存在。
他人に映りこむことも、許したくないほどに。
「・・・落とさないように、気をつけないとな」

ぽつりと呟いた言葉は、もう半分意識を手放してしまったアレンには、残念ながら届かなかった。



☆NEXT☆


コメント

・・・・・・。
だんだん神田が甘ったるく、アレンがアホの子になってる気が!(いつものこといつものこと)
通勤の帰り道に見える月がとっても綺麗だったのでv
海沿いの道なんですが、もうキラキラと本当に綺麗だったんですよ〜!
本当に月がおっこちて、海の中でキラキラ輝いてるみたいに。
ってな具合に突発で出来たお話です(笑)