ただそこにあればいい幸福

その存在の大きさには気付いていた。
けれど気付いていただけで、ちゃんとソレを認識していなかったのかもしれない。

ガチャリと音を立て、誰かが部屋に入ってきた。
が、この東方司令部に置いてそんな無礼なことが出来るのは一人しか居ない。
「鋼の?帰ってきたのかい?」
書類から目を離さずに声をかけてみるが、エドワードからの答えが無いのを訝しみ、ロイは顔を上げる。
「・・・鋼の?」
そう言えば、いつもは大きな挨拶や皮肉と共に現れるのに、今日はそれがない。
が、目の前に居るのは確かにエドワードで。
「鋼の?」
呼びかけても、エドワードは返事をするどころか顔を上げようともしない。
いつもと様子の違うエドワードが心配になり、ロイはカタリと音を立てて椅子から立ち上がった。
「鋼の・・・―――――エディ?」
銘ではなく、愛称で呼んでやると、ようやくエドワードが反応してこちらを見てくれた。
「・・・大佐・・・」
呼んでくれた声は弱々しく、いつも気強いエドワードからは想像も出来ない。
反応を示したものの、その場から動く様子の無いエドワードに変わってロイが近くに移動する。
こんなに弱ってしまっているエドワードを見るのは久しぶりかもしれない。
前にもこんなことがあったが、そのときの理由はストレスからだった。
同じ様子、と言っても、前の時は途中からヒステリックになってしまって宥めるのに苦労をした。
確かあの時は、賢者の石の情報に振り回されてしまって疲れきってしまった時だと思い出す。
だが、エドワードは前に帰ってきたのはつい二週間前だ。
その期間にそんなに心積もってしまったこととは何なんだろうとロイは考える。
「・・・『石』の情報収集がうまくいかないのかい・・・?」
エドワードはそれに対して首を横に振る。
前にロイから貰った情報はかなり有力なモノで、『石』自身を手にすることは出来なかったが、ソレに関する興味深いことをいろいろ知ることが出来た。
「では・・・弟君とケンカをしてしまったのかい?」
しかし、エドワードはこれにも首を振る。
そうすると困ってしまったのはロイの方である。
元々エドワードが執着するものは少ない。
大きく言ってしまうと、石に関することか、もしくは弟であるアルフォンスのことかの二つだ。
もちろん、この二つが相乗して元に戻るためのコトなどが関わってくるのだが、エドワードが強く思っているのはこの二つのことだ。
(悔しい事だけれどね)
付き合っているものとしては、石のコトよりも弟のコトよりも、何よりも一番に考えてもらいたいと言うのが本音である。
けれどそれを実際にロイが言えないのは、その執着心と絆の重さを知ってしまっているからである。
「エディ?では一体どうしたと言うんだい?」
近くにまで行ってその肩をやんわりと掴んであると、珍しくエドワードはソレに甘えるようにロイに凭れかかって来た。
肩口に擦りつけるように額を押し付け、離れたくないと言うようにしがみ付く。
無理に言わせるのは、エドワードの天邪鬼な性格を刺激してしまうかもしれないと思い、ロイは黙ってエドワードを抱きしめてやった。

しばらくし、少しばかり落ち着いたのか、ロイから離れて小さくゴメン。と呟いた。
立ったままではエドワードもつらいと思い、やんわりと力を込めながらソファーに座らせてやる。
見れば、目元がかすかに赤くなってしまっている。
ロイは少し躊躇って、それでもこのままでは進歩しないと思い口を開く。
「エディ?・・・どうしたのか話してくれるかい?」
聞くが、エドワードはやはり黙ってしまったままだ。
そのまま待っていたのだが、中々エドワードは話してくれない。
まずは精神を落ち着かせようと、何か飲み物を持ってこようと席を立とうとする。
「・・・ッ?」
が、抵抗を感じて振り向いてみれば、必死の表情でエドワードがロイを引き止めていた。
行かないでほしい。
そう必死に訴えているように見えた。
ロイは静かに息を吐き、またエドワードの横に腰を下ろした。
「―――――・・・あの、な・・・」
「うん」
それからまた結構な時間が流れた後、ようやくエドワードが口を開いてくれた。
それでもまだ躊躇った様子が見られたが、ロイはそれでも辛抱強く続きを待つ。
「――――――――もし・・・もし、だぞ?・・・もし、オレが旅の途中で死んじまったら・・・アンタ、どうする・・・?」
突拍子も無いエドワードの質問に、ロイは絶句する。
「・・・どうしたんだね、いきなり・・・」
ようやくそれだけ紡ぐが、エドワードの無言の追及は続く。
その圧力に負け、ロイは溜め息をついてからエドワードの目を見て話し出す。
「では逆に聞くがね、もし私が共に死にたいといったらどうするね」
「・・・・・・」
「もし、私がキミよりも野望を選び、この世で栄光を掴んだら?」
「・・・・・・・・・・・・」
そのどちらにも、エドワードは答えることが出来ない。
質問することは考えていても、逆に質問されることは想定していなかったからだ。
しかも、ロイが選んだ言葉はやんわりともしていない残酷なものだった。
先程みたいに口をつぐんでしまったエドワードに、ロイはもう一度溜め息をつく。
「・・・一体どうしていきなりそんな質問をしたんだい?」
その金色の頭を撫で、宥める。
泣いた後のように、しばらく荒く乱れたしゃっくりを繰り返していたエドワードは、ポツリと話し始めた。
「・・・本を、見たんだ」
「本?」
オウム返しに聞けば、エドワードはコクリと頷く。
「大切な人が死んじまう話。その人は病気で、でも治らなくて・・・もう一人の人はどうしようも出来なくて、ただその人の死を待たなきゃいけないんだ」
「・・・うん」
錬金術の本を主体に読むエドワードがそう言った本を見ると言うことは、気晴らしでもしていたのだろう。
しかも、そこら辺にあったのをちょちょいと手に取って。
息抜きなので中身を確認せずに呼んだら、思わぬ内容になってしまったらしい。
・・・エドワードは、死ぬということをテーマにしているものが苦手だ。
『死』を言うものを畏れている為、それを助長することはしたくはない。
眼にもしたくはない。
もう、あんな過酷なことは背負ってほしくは無いのだ。
「その人はずっと淡い想いを持っていて、でもその想いが通じ合ったのは病気が発覚したあとだったんだ」
「・・・うん」
曖昧にロイが相槌を打つと、すぐそこに不安気に揺れている金の瞳があった。
「その人は死ぬ前に、自分の後を追わないでほしいって言ったんだ。その人の、自分の道を進んでほしいって・・・」
「そうか・・・」
エドワードの呼吸が不規則になる。
泣く、一歩手前のものによく似ていた。
「・・・オレはね、大佐」
「うん」
「アルが居ればいいって、思ってたんだ」
「・・・・・・うん・・・」
世界一エドワードが大切な弟。
いくらをソレをわかっていても、実際に聞いてしまうのはいたいものがある。
「・・・でも、あんたにも死んでほしくないって、そう思った」
「――――――」
これはロイに取って予想外の言葉だった。
まさか、そこで自分の名を出してもらえるとは思っていなかったから。
相槌を打つロイに、エドワードは必死な眼差しを向ける。
「後を追うって、どうして思うのかな。それって、本当はあとを追ってほしいって思ってるからでちゃう言葉じゃねぇのか?」
エドワードは抑えていた声色を、だんだんと感情的にさせていく。
「あとを追ってほしいから、一緒に居てほしいからそう思うんだろ?!それって自己満足なんじゃないのか?!」
気を荒げるエドワードの様子を見て、ロイはその矛盾した行動に気付く。
「・・・なら・・・」
「・・・?」
「何でキミはココに居るんだい?」
「―――――――」
そう思っているのなら、それはエドワードの心に閉まっておけばいいことだ。
一々、ロイに告げることとは思えない。
見つめるロイの視線から逃れるように、エドワードは俯いてまた沈黙してしまう。
そんな沈黙が降りた後、先に響いたのはロイの溜め息だった。
「・・・エディ」
呼ばれ、またエドワードの肩がヒクリと跳ねる。
「・・・見聞とか、世間とか、醜態とか・・・そう言うことは抜きにしてごらん?」
言われて居る事をいまいちはかりかね、エドワードは視線を向けて小首を傾げる。
「まず私は、キミの素直な心を聞いてみたい」
包む言葉よりも、本心を。
飾りだてした言葉よりも、いっそ醜いくらいの本音を。
「キミがどう望んでも、私はキミに取って幸いな方法ではなく、キミが心から望む行動をとるよ」
一緒に死んでほしいと言われればそうするし、現世に残ってほしいと言われれば、キミを想いその一生を過ごす。
何かしら言い訳の付いてくるエドワードの言葉とは違い、ロイのそれはいつも真っ直ぐだ。
それは時に痛いこともあるけれど、大概の場合はエドワードのしこりを解いてくれるものだ。
「キミはウソが下手だし、意地っ張りの天邪鬼だ。・・・本当は、そんなことをしてほしいのではないのだろう?」
確信を持って聞いてみれば、やはりエドワードは小さくも首を縦に振る。
「―――生きてほしい、と言うのは、その人の夢を知っているからだ。
一緒に死んでほしい、と言うのは、その人と絶対に離れたくないからだ」
その両方の気持ちを、キミは痛いほどわかるのだろう?
もう一度優しく問えば、エドワードは先程よりも大きく頷いてくれた。
「そしてキミは、私のその両方を知っているからこそ、一緒に死んでほしくは無いと思った。
・・・けどね、エディ。私が本当に知りたいのはソウイウコトではなくて、キミの心からの本心なのだよ?」
心の奥底を見せると言うことは、それだけ相手の事を信頼し、信頼されていなくては出来ない事だ。
心の奥底にあるものは、自分の弱点。欠点。一番自分の全ての中で柔らかいところ。
そしてその願いは一番最後のものなのだから、なおのことだ。
「・・・でもオレ、大佐の野望を邪魔したくは無い」
「そうだね。私が同じ立場でも同じ事を思うね」
大概ロイも矛盾した事を言うと思うのは、これが最初ではない。
それでもエドワードが突っ込めないのは、ロイがかもちだす独特の空気のせいだ。
ロイの傍に行くと逆らえない。
特にこうやって、向かい合って話している時はなおのこと。
「ならば私は、私の野望をかなえてから、キミの望みを実行するよ」
思いもしなかったロイの言葉に、エドワードは本日何度目かわからないフリーズを起こす。
「私の一番の幸福は、キミの傍に居る事だからね」
だから、今はこうして我慢する。
「キミという存在がね、私の世界の中心なんだよ?
私からしてみれば、キミの居ない世界なんてもうずっと一生の灰色の世界だ。
・・・それならば場所になど、生になど拘らずに、虹色の一瞬を見てみたいと、私は思うよ」
野望だって、エドワードが居てからこそ叶って嬉しいものだ。
他のものが聞けば、いい顔はしない内容だろう。
それでも、そんな状況でも、ロイはエドワードが喜んでくれるなら何でもする。
「抱きしめたい、一緒にいたい、死んでほしくない。最後の一瞬さえも共に居たい。
そんな感情は想いあっているのなら当然の感情だと私は思うし、相手もそう思っていてもらいたい」
「・・・・・・うん・・・」
そこまできて、ようやくエドワードがロイに応えた。
ポスリとその大きな胸部に頭を預け、エドワードは甘えた表情を見せる。
「・・・ごめん、くだんないこと聞いて」
「くだらなくなんて無いよ。悩むと言うことは、ソレが全部キミや私の糧になるのだからね」
甘やかしすぎず、厳しすぎず。
それがちょうど良過ぎて、結局エドワードはロイに甘えてしまう。
「・・・ホント、アンタって・・・」
そこで言葉を切ってしまったエドワードに、ロイは離してくれないだろう続きを促す。
「・・・なんでもない」
やはり切られてしまった言葉を残念に思いつつ、ロイはその分抱擁の腕に力を込める。
「そんなことを考えなくてもね、今キミはちゃんとここに居るから。
キミがココに居てくれる限り私もそこに居るから、余計なことは考えない方がいい」
混乱してしまうからね。
言えば、エドワードはクツクツと喉を震わせながら笑って頷く。
「おうっ!・・・さんきゅーなッ」
まだ赤味の残っている目元にキスを送り、唇にも忘れず落としていく。
フワリと香るエドワード自身の匂いと感触とぬくもりに、ロイは酔いしれる。
「・・・でもはやり、こうしてキミを抱きしめているのが私の幸福だね」
ただ、そこにあればいいだけで。
エドワードも同じことを思ってくれたらしく、照れながら笑ってくれた。

そうして何度も確認していきながら、お互いの存在の大きさを認識して。
ひとつのコトから様々なことを学んでいって。
結局気付くのは、自分たちがただそこにあれば良いと言うこと。
それが一番、最大で、最高の。
幸福だったりもする。



☆END☆


コメント

久々に頭に思いついたネタを書いてみたのですが、意外にも意外にも難産でした・・・(泣)
これは本を見て思いついたネタです。
・・・ちなみに私は死にネタが得意ではありません・・・どちらかと言うと、バリバリ苦手です。
と言うのも私、感情移入しやすいタイプなので、死にネタは自分の作品でも書けません・・・(汗)
だからラブ師って呼ばれちゃうんだろうな〜(笑)
イマイチまとまり感がないのが心残り・・・!!