新月の宵

雁。
雁州国靖州関弓山玄英宮。
それが六太の住んでいる国と土地の名だ。
六太は麒麟と呼ばれる神獣で、号は延麒。
十二有る国の王を選び、宰輔・・・一般的には台輔と呼ばれる、王の一番近く居て、補佐をする役目として国に、王の御前に仕えている。
十二有る国とは即ち、『芳』『戴』『漣』『舜』『柳』『恭』『範』『才』『奏』『巧』『慶』『雁』の事である。
四方を囲むのが、北東から『戴極国』東南に『舜極国』南西に『漣極国』西北に『芳極国』で、四極国に囲まれるように『柳北国』『慶東国』『奏南国』『範西国』と四大国、そして四大国に挟まれるように四州国が有る。
即ち、『柳』と『慶』の間に『雁州国』が有り、『慶』と『奏』の間に『巧州国』が有り、『奏』と『範』の間に『才州国』が有り、『範』と『柳』の間に『恭州国』が有る。
六太・・・雁の麒麟『延麒』は、『雁州国』に仕える麒麟だ。
王は天帝が選ぶ。
麒麟を創り、それぞれの国の麒麟に天啓を下す。
天啓は、天帝から伝えられた王の証。
そして麒麟は民意の象徴。
『麒麟が選んだ』
それが民の声で有り、天帝の思し召しなのである。
そして、延麒に選ばれた王の名は尚隆。
雁州国延王・尚隆。六太の主で、雁州国の王だ。
尚隆と六太、この二人は『胎果』と呼ばれる者だ。
胎果とは、蓬莱・・・日本で生まれた、此方の世界の者の事だ。
元はこちらの世界の住人なのに、『触』・・・嵐のような、蓬莱とこちらの世界を結ぶ現象によって、蓬莱や崑崙――中国の事――に流されてしまったのだ。
『触』によって、蓬莱や崑崙からこちらの世界にやってくる人は居るが、こちらの世界から蓬莱に行ける事は無い。
行けるのは、卵果と麒麟、それに王だけ。
卵果は人の事。性格には、『人になる前』あちら・・・地球の世界で言う『卵子』のようなものだ。
こちらの世界では、人や動物、草木や妖獣などに至っても母親の腹では育たない。
生けるものは皆、『里木』と『野木』から生まれる。
前者はヒトの子や家畜が生る木。後者は野生の動物や草木が生る木の事だ。
麒麟は自分の意思で蓬莱への道を開ける。
王も行けない事は無いのだが、その時ものすごい『触』が起こってしまい、蓬莱や此方の世界に甚大な被害を及ぼしてしまう。
なので、普通王はあちらの世界には渡れない。
それに、もし卵果が此方の世界に戻ってこれたとしても、歓迎されるとは限らない。
国によって違うが、巧国は海客・・・此方の世界に来てしまった蓬莱のヒトの事・・・を歓迎しない。
王が嫌っているからだ。
巧国では、海客を処刑させてしまう。
対して、巧国と全く正反対の法を執っているのが、『雁』なのだ。
雁国の王と宰輔の他に、戴国の宰輔、慶国の王は胎果だ。
麒麟は『蓬山』と呼ばれる山の里木で生る。
蓬山は十二国の中心にある山で、この世界の中心だ。
蓬山にはこの世を捨てた女仙が居、麒麟を育てる役目を仰せ付かっている。
そして生まれたばかりの麒麟の乳母となるのが、女怪だ。
六太の女怪は『沃飛』と言う。
女怪は、麒麟が王を選び、下・・・国へ降りると指令になる。指令とは、麒麟が束ねる妖魔の事だ。
その蓬山の里木から『触』に流されてしまい、たまに女仙たちに発見されて、此方の世界に戻ってくる。
しかし、王はそうはいかない。
王と麒麟には『神籍』と言われるものに入っており、王と認められた時点で歳を取らなくなる。
麒麟も同様だ。王を見つけ、国に使える時点で歳を取らなくなる。
六太は十三の時に尚隆と出会った・・・蓬莱で・・・。
王が死ぬのは道を失った時だ。
民を虐げ、天意に背いた時。麒麟は『失道』と言う病にかかる。
王が死んでも麒麟は死なない。次の王を探す役目があるからだ。
しかし、反対・・・麒麟が死んだ場合はそうはいかない。
麒麟が『失道』にかかると言う事は、王が天帝に見放された事と同じで、王が死ぬ。
王が道を改めれば麒麟は治るが、大抵の王は、自分の意思を曲げない。
ヒトは限りない地位に就いた時、その権力を試してみたくなる。
愚かしいと思っていても、そうなるのは別段不思議でも何でもない。欲深いモノなのだ。ヒトと言うものは。
そして、麒麟が王を選ぶので、その子孫や兄弟が次の王になることは無い。
王が死んだ時に新王が誕生する。
麒麟は王気を辿って王を探す。
それは、その国の民かもしれないし、蓬莱に居る卵果かもしれない。
いつ誕生するかわからない故に、王が保護されると言う事は無いのだ。もっと言えば、保護の仕様が無いのだ。
さて。
六太や景麒――慶東国の麒麟――など、普通麒麟は金の髪色をしている。
これは此方の世界では特別な髪の色だが、麒麟の中に『黒麒麟』と呼ばれる麒麟も居る。
戴極国の泰麒が是にあたる。
髪は鬣に当たるのだが、それを含めて獣型になると――ヒトの姿から獣の姿になることを転変と言う――黒い麒麟になる。
黒麒麟についてはよく解っていないが、珍しいものなのだ。
そして、麒麟にも性別はある。
男には号に『麒』女には号に『麟』をつける。
泰麒は雁州国に仕える男の麒麟なので『延麒』で、奏西国の麒麟は女なので『宗麟』と呼ばれる。
『麟』には他に巧州国の塙麟などが居る。別けていては手間がかかるので、ここは省略しておく。
尚隆が延王になり、五百年の歳月が経った。
と言う事は、もちろん六太も五百年尚隆と一緒に歳をとったということだ。
・・・長いような、短いような、五百年の時間。
一人の王がここまで長く玉座に居る事は中々に珍しい。
雁も随分豊かになった。
其れ故に抱える悩みも増えてしまったが、人々からは笑顔と笑い声が漏れるようになった。
あんなに荒廃し、総て枯れ尽きたような大地と人々だったのに・・・。
改めて六太は尚隆を見る。
雁を滅ぼす王。
六太は王と、他でも無い自分が嫌いで嫌いでしょうがなかった。
会いたくなくて、雁をどうしたくもなくて、蓬山を出たのに、会ってしまった。
涙が出そうになってしまった。
・・・其れは悲しみでも無い、激怒でもない・・・『嬉しさ』、だった。
嬉しくて切なくて、暖かくて・・・人目で王だとわかった。
自分の、たった一人の主だと。
それがまた悔しくて、麒麟の使命なんだと思い知らされて、吐き気がした。
・・・会いたく無くて、遭いたく無くて、傍になんて居たくなかったのに・・・。
――――――今は、どうしようもなく、傍に居たい――――――。

深夜、ハタと六太は目が覚めた。
「・・・おとう・・・?」
寝惚けた自分の声が、静まり返った部屋によく響いた。
「・・・・・・・・・・・・」
呟いた後で、自己嫌悪の様に溜め息を漏らす。
そういえば。
六太は臥牀から状態を起こす。
自分の手を見ようとして、何も見えない事に気付く。
いつもは玻璃の填められている窓は少し開けられており、玻璃の色や細工も、月星の光を最大限に吸収し、部屋に灰明るい気配を出している。
それが、今日は漆黒の部屋だ。
見えない手が、細かに震えているのが解る。
(・・・くそ・・・っ)
六太は心の中で毒付く。
五百年経っても、恐怖は消えない。
捨てられると言う恐怖が、暗闇と言う恐怖が。
六太は立てた膝の上に顔を埋める。
身を小さくし、恐怖に耐えようとする。
格子に風が当たり、小さな泣き声の様に音色を奏でた。

カタリと物音がし、尚隆は読んでいた小説を閉じる。
来るのはだいたい解っているが、こうも予想通りに来ると、苦笑の一つも漏れる。
王と麒麟の寝所の前には、侵入者を入らせないように見張りが常に二人ほど居る。
しかし、その見張りが何にもしなかったのなら、それはこの国で大切にさせている、もう一つの存在。
「六太」
尚隆が、よく通る低音の声で呼ぶと、ヒタリと足音が止んだ。
「来い」
もう一声尚隆が声をかけると、燈していた灯の光に、六太の姿が浮かび出た。
六太は物寂しげに視線を床に落としている。
ヒタヒタと寄って来る足音に、尚隆は身体を起こし、小説を近くの棚に置く。
「朔の日だからな」
六太を自分の膝の上に座らせそう言うと、六太の身体がヒクッと身震いをした。
親に捨てられた六太は、新月の夜の暗闇と手を繋がる事を常に恐がる。
本人でも呆れる程に。
手を繋いだ後、尚隆が離れてしまうと、其の日もまた、眠りに落ち入れなくなる。
昔、まだ其の事を知らなかった時、六太はやはり今の様に寝る事が出来ず、翌朝の朝議で倒れてしまった。
一回だけなら笑い話で済むが、それが年に何度もたど心配になる。
蓬山に居た頃は、沃飛に添い寝をしてもらっていたが、麒麟は王を選び、国に降りると大人となり、女怪にそう言うことはしてもらえなくなる。
事情を聞いた尚隆が、灯を置いてみたが、消えた直後に目が覚めてしまい、これも駄目だった。
「・・・オレ、駄目な麒麟だ・・・」
六太はそう言い、尚隆の服を掴む。
自分のそれに比べ、余りに小さな手。
六太はこの小さな身体で、自分と、国を支えているのだ。
―――お前が期待を背負っているのなら、オレが国を背負ってやる―――
震える手を、自分の手で包んでやる。
緊張していた手の震えが、解けているのがわかる。
「六太・・・」
呼ぶと、六太が尚隆を見上げてくる。
大きな紫苑色の瞳が、瞬かずに潤んでいる。
目の端に浮かんだ涙を、落ちる前に拭ってやる。
「・・・親が、恋しいか・・・?」
蓬莱が。
総てを置いてきた、もう一つの故郷が。
六太はやや置いて、それを否定するように首を振る。
「・・・蓬莱や親が恋しいとは思えない。でも、消えてくれないんだ・・・」
幼い心に刻まれてしまった、『捨てられた』と言う概念。
仕方が無いと解っているのに、解った筈なのに、こうして眠れぬ自分が居る。
・・・吐き気が、する・・・。
「六太」
もう一度尚隆が自分の名前を呼ぶ。
何時の間にか伏せていた視線を上げると、尚隆が優しく微笑んでいる。
直ぐ傍に在る・・・居る王気に、六太は胸の高鳴りを覚えた。
「恐怖が、お前は嫌いか?」
六太は即効に首を縦に振る。
恐怖とは即ち弱点だ。
それを抜かしても、麒麟は血に圧倒的に弱い。
匂いを嗅いだだけで熱が出る。
そしてこの後遺症。本当に、何とか出来るならして欲しい。
そうか。と言い、尚隆は六太の頭を撫でてやる。
角の有る額をさり気無く避けてくれるのは、尚隆の小さな優しさだ。
「六太。この世にはな、乗り越えられる恐怖と、そうでないものが有る」
それは、五百年間変わることの無い、尚隆の言葉。
「血に弱い事。それは慈悲の生き物で有る麒麟の、どうしようもない事だ。そして、朔の暗闇と、この・・・」
尚隆は、握っている手に力を篭める。
六太も握り返すように、その手に力を篭める。
「これは、乗り越えなくてもいいものだ」
六太は黙って耳を澄ます。
耳に蛸が出来る位聞きなれた科白なのに、聞かずに入られない。
「俺にだって乗り越えれないものが有る。強さ、そして信頼だな。
五百年以上経った今だって、それはどうしようも出来ていない」
眼を、視線を離さない。・・・離せ、られない・・・。
「だが、其れに負けないのは、六太、お前が居るからだ。お前が居るから、俺は今、ここに居る」
うん。と六太は頷く。
「六太、お前には俺が居る。乗り越えられないのならば、それと一生付き合うしかない。だが、俺にお前が居るように、お前には俺が居る。・・・頼ってみろ、六太」
頼っているから、今此処に居る。
そう言う前に、堪え切れなかった涙が、遂に頬を伝う。
柔らかな曲線を描く頬を滑り落ち、顎に達する前に尚隆が舐め取った。
くすぐった気に眼を閉じると、また涙がポロリと落ちる。
「こうして傍に居る・・・な?」
諭すでも無く、慰めるでも無い言い方。
対等な言い方。
こういった、ふとした時に、六太は王に尚隆を選んでよかったとつくづく思う。
決して見下さず、嘲ない。
麒麟を嘲ると言う事は、民を嘲ると言う事だ。
其れをしないと言う事は、尚隆は民を莫迦にも嘲笑にもしていないと言う事だ。
「眠れ、六太」
「・・・うん・・・」
六太は視線を外し、尚隆に寄り掛かる。
フッと尚隆が灯を消し、六太ごと横になる。
胸の中に収まるような形になり、直ぐ傍に暖かな尚隆の身体が在る。
「・・・しょうりゅう?」
「何だ?」
聞けば直ぐに返事が返ってくる。
何でも無い、と言い、六太はまた目を閉じる。
しかし直ぐに眼を開け、服を掴んでいる手を握りなおす。
耳元まで上げられた毛布のせいもあり、視界に広がるのは黒だ。
近くに在るはずの尚隆の顔も見えない。
王気も温もりもしっかり在るのに、また不安になる。
「しょうりゅう?」
「どうした?」
もう一度問う言葉に、尚隆はまた直ぐに答える。
六太はこれ以上無い位に尚隆に身体を密着させる。
尚隆が、答えるように六太の背をあやすように叩いてやる。
それでようやく、六太の瞼が本格的に下がってきた。
「・・・しょー・・・りゅー・・・」
眠りに落ちる前の最後の呼びかけにも、しっかりとした声で『此処に居る』と返って来た。
それでようやく安心し、六太は深い眠りに落ちていった。
尚隆は、寝息を立て眠る六太の横顔を見つめる。
その表情には、呆れも面倒臭気なものもない。
ただ、優しさと愛しさが在る。
「頼ってくれると言う事は、お前の中で、俺の存在は大きいと思ってもいいのだよな?」
五百年間変わらなかったもの。
それは、今でも飽きない。
六太が六太で居てくれる限り、自分は雁の王で居れる。そう、確信じみて言い切れる。
六太を失いたくないし、こんな表情を見せて欲しくも無いから。
この延麒には、ただ自分の傍に居て、笑っていて欲しい。
「・・・お前が恐怖を背負っているのなら、俺は使命を背負ってやろう」
尚隆は、六太を包むように抱きながら眠りに落ちる。
出逢った時に言われた六太の言葉。
抱えきれないものをくれて、それを一緒に抱えてくれている。
それならば自分は、六太が抱えきれそうに無いものを助けてやりたい。
全身に感じる六太の温もりが、どうしようもない位に・・・愛おしい・・・。



☆END☆


コメント

これほどに長い前置きの小説を書いたのは初めてです(大笑)
も〜カタカナは使えないし、資料見ないと一文も書けないもんだから階段を往復し、資料を捲り・・・。
特にカタカタの名詞は使えないので苦労しました・・・(ガクリ)
補足説明で私的説明など・・・。
尚隆はあくまで勝気な性格で、弱みは見せない。大切なのは国と民で、護りたいのが六太。
六太は欲しいものを欲しいと素直に言えない性格だけど、結果的に解されてしまう(笑)尚隆が傍に居ないとダメな子(拗ねる)
・・・みたいな?(笑)
十二国記は、元の設定がすっごくしっかりしているので、下手に漢字とか作れないんですよね(苦笑)
でも、書くこと自体は楽しかったです〜!これからも書いてみたいなぁ(笑)
ここに書くのも何なんですが、画面最大じゃないと読みにくいです(苦笑)