10 『終章』

「ふぅん」
イワンとセルゲイに、ボリスの2重人格の事を伝えた第一声がこれだった。
「・・・それだけ?」
「まぁ、なぁ・・・?」
ああ、とイワンにセルゲイが答える。
「ま、人の事情なんてそんなもんだしよ。
そりゃ、いきなりユーリの部屋に来いって言われた時はビックリしたけどな〜。
結局オレたちにしてもボリスが何で練習に来ないかわかったしさ・・・ユーリが最近元気なかったのも、それが原因だろ?」
最後のはニヤッと笑み付きでイワンが言う。
ユーリはかぁっと頬を染めたが、何とも言い返せなかった。
「なぁボリス、聞いていいか?」
何かを考えていたセルゲイは、ふいにボリスに問う。
ボリスは笑顔で、何だ?と質問を促す。
「その凶暴な性格の方は、前はどうすることも出来なかったんだよな?」
「・・・ああ、まぁな・・・」
ボリスが少し表情を曇らせたのを見つけたユーリは、セルゲイにその話題をやめさせようとしたが、隣に座っていたボリスに、イワンとセルゲイに見えないように手を握られ、その機会を逃がした。
戸惑うユーリに、ボリスは少し横を見て笑ってやる。
「でも、ユーリに関した時には、それを制御出来た・・・違うか?」
はっとユーリは息を飲み、ボリスの横顔を見つめる。
ボリス自身、少し驚いた顔をしている。
「俺たち1軍の練習場には、この4人しか使用できないことになっている。
・・・こうして前もってわかっていれば、自分の身は守れるし、逆に訓練にもなれる。
逆にお前はそれを制御出来るように努力すればいい・・・違うか?」
「そうそう。『見てるだけ』なんて、お前嫌だろ?」
ソファーに座り、地面に足のつかないイワンは、ブラブラと足を揺らせながら、カップに注がれたホットミルクを飲みながらそう言う。
「・・・だけど、お前らにも迷惑かけるぞ?」
イワンとセルゲイは、また顔を見合わせて溜息をつく。
「お前らがこそこそ何かやって、沈んだりいろいろしてる方がよっぽど迷惑だって」
「ま、そういうことだ」
セルゲイがそう言ってニヤリと笑う。
ボリスは、何とも言えない複雑な表情をした後、数秒俯き、正面・・・イワン達の方を見て、笑った。
「・・・サンキュ、な」
それは、たった一言だが、ボリスの精一杯の感謝の気持ちだった。

イワンとセルゲイがユーリの部屋を退出した後、室内はユーリとボリスの2人きりになった。
予想していたのよりあっさり2人がボリスの事を認めてしまい、拍子抜けしたユーリは、安堵も含んだ溜息をつく。
イワンとセルゲイが使ったカップを片付け終わり、リビングにユーリが戻った時、ボリスは窓越しに外を眺めていた。
今日は快晴で、ボリスが逆光で黒く見える。
ユーリはボリスに近付いていく。
「・・・ぬかるみ・・・」
「え?」
「・・・俺は、ぬかるみにはまっているんだ」
突然言われた言葉に、ユーリは歩みを止める。
足音が聞えなくなったので、ボリスは外からユーリに視線をうつし、来い来いと手招きをした。
ユーリは一瞬戸惑った後、歩むのを再開する。
隣にユーリが立ったのを確認すると、ボリスはコツリと人差し指の爪でガラスを叩いた。・・・いや、窓の外を指差した。
「・・・地面?」
まだ雪解け途中の地面は、また湿っていて、辺りは泥だらけだ。
「前に、樹に登って街見た時に俺、教会の上から見るよりも、下から見るよりも、葉の間から見る風景画好きだって言ったろ?・・・偽物みたいだって」
ユーリは昨日も見た、あの風景を思い出す。
「・・・ホントはな、もうひとつ・・・理由があるんだ」
ボリスはコツっと頭を窓に当てる。
「教会の上から見る景色は何だか俺にはでっかすぎて、下から見るのは、現実を見ているようでツラいんだ。・・・雪に、『自分ではどうしようもないもの』っていう雪に埋もれているようで厭で・・・。・・・見上げるのが、ツラくて・・・」
歯痒い。
『自分』なのに、『自分』の事なのに、どうしようも出来ない自分が、歯痒すぎて・・・。
「樹の上から見る景色は『偽物』みたいで、『現実』じゃない気がして、『自分』を取り戻したような気になれるんだ。・・・結局は現実逃避なんだけどな」
ははは、と乾いた笑いでボリスが笑う。
「違う」
ユーリがやや強い口調で言うと、ボリスが驚いて、ユーリの方を見た。
「みんな、みんな、そうしてるんだ。例えや考えが違っても、結局は保守してるんだ」
自分自身さえも。
強く、強く。
そう考えてさえいれば、寂しさは消える。
考える暇を与えさえせず、それこそ一日中働いていれば、くたくたになって夜、ベットに入れすぐ眠れる。
『寂しいこと』を考えなくてすむ。
そうして自分を騙していた。
話してしまいたいのに、話せない。
・・・突き放されるのが、恐くて―――・・・。
「理解してもらえなくてもいいのかもしれない」
ユーリは窓に手をつき、そのまま握り締める。
「ちゃんと理解してもらえなくても、いいんだ。ただ、ただ・・・抱きしめて・・・」
抱きしめて、誰かに居てもらえさえすれば。
―――『自分』を、知ってもらえさえすれば。
「ぬかるみにはまっていたって、ボリスはボリスだろ?」
呆気にとられていたようなボリスの顔が、クシャリと歪む。
ユーリの頬にも、涙が零れる。
ボリスの身体が、窓からユーリの方を向く。
何も言う暇もなく、ボリスがユーリに抱きついてきた。
痛いくらいに抱きしめられ、肩に顔を乗せられる。
かすかに響いてくる、嗚咽。
ユーリもボリスを抱きしめ返す。
そのまま、しばらく泣いていた。

泣き終わった後、2人は照れたように顔を見合わせた。
「・・・ボリスの泣いてる顔、始めてみたな」
「俺はしょっちゅう見てるけどな」
嫌味を嫌味で返され、かぁっと頬を染め、ユーリはボリスを殴ろうとこぶしを上げる。
それを簡単に止め、ボリスはお返しにわざと音を立ててキスをした。
「お、まえはー――っ!」
ユーリは手を振り解こうとするが、うまくいかない。
「ユーリ」
呼ばれ、ユーリが見上げると、優しく笑っているボリスが居た。
「ありがとう」
そう言われれば、ユーリは何とも言えなくなる。
「・・・うん・・・」
握り締めている力を抜くと、ボリスも掴む手を離してくれた。
しばらくそこで沈黙が流れる。
先に動いたのは、ユーリだ。
「・・・ほら、訓練が始まる。行くぞ・・・」
ユーリは早歩きでそこを去る。
ボリスはその姿をちょっと眺めていると、すぐに歩き始めた。
並んで、部屋を後にする。
廊下を歩く2人は、開いている窓から凍て緩み始めた風を感じた。
・・・春は、近い・・・。

力があればいいと思っていた。
自分を強くする力があれば。
でも、気付いたんだ。
本当に欲しかったのは・・・――――――
欲しかったのは、『まっすぐに自分を想ってくれる人』だって。
ぬかるみにはまっていたっていいじゃないか。
自分たちは、歩いているんだから。
コケながら、汚れながら、それでも歩んでいるのだから。
手を伸ばしてくれる、キミがいるんだから。
だから・・・これからは、もっと信じるという事を、大切にしていこう。



☆END☆


コメント

ようやく終われましたv
ベイブレではカイレイなくせに(苦笑)ボリユリ小説をここまで読んでくださってありがとうございますv
至らないところは多々ありますが、小説の中ではしっかり終われた方かもしれません(苦笑)
また機会があったら書きたいと思いますv
あ、ちなみにこれ、一応短編小説の『キミとの距離』と繋がって読めるようになっておりますv(笑)
今までホントにありがとうございましたv(ペコリ)