「やだ」
一言で切って捨てる。
「僕は絶対行かないからね」
「委員長…」
椅子に座り、子供のように頬を膨らませる。
堪えもせずに垂れ流す不機嫌オーラに逃げ出したくなるが、今回はそうもいかない。
「そう言わずに…毎年これだけは参加するようにと言われているではありませんか」
「それを条件に自由を…ってヤツでしょ?そんなの向こうが勝手に持ち出したことじゃない。僕は『いい』なんて言ってないよ」
「委員長…」
「くどいっ」
不機嫌が殺気に変わり、ギラリと向けられ鳥肌が立つ。
今すぐ雲雀の目の届かないところに逃げたいが、説得するまで草壁も引けない理由がある。
何より草壁は先程の雲雀の一撃で地に伏していてまともに立ち上がって動けなかった。
脂汗を流しつつ、再び草壁が口を開こうとすると、パッと雲雀が後方の窓を見た。
「お邪魔しますよ」
すぐに立ち入ってきたのは風だった。
「風さん…お久しぶりです」
「草壁さんも…しかし、どうしたのですが、床に寝転がって…」
雲雀と似た顔で穏やかに笑う。
出会った当初は違和感がありまくりだったその柔らかい空気も、今ではようやく慣れたところだ。
「…いえ、これは…あの…」
「…また雲雀くんがやったのですね?」
き、と風が睨むと、雲雀はいつもの強気の態度をどこへやったのか、無言のまま顎を引く。
「…草壁がしつこくするから悪いんだよ」
「そうです風さん…私のことはどうかお気にせず」
草壁も雲雀のフォローに回る。
第三者が見たのなら、草壁は風の方に回って然るべきと思うだろうが、どんなに暴力を振るわれても草壁の中の正義は雲雀なのだ。
その忠誠心を風もよくわかっているので、苦笑と共に不穏な気配を消した。
「ところで、貴方何しに来たの?」
雲雀も風の気配を鋭く察し、早速疑問を口にする。
「お弁当を届けにきたのですよ。朝、急いでいたようでしたので」
はい。と大きめのお弁当箱を手渡す。
「…いいって言ったのに…」
「ダメです。雲雀くんはすぐにご飯を抜いてしまいますから」
ね。と草壁に笑顔を向けると、草壁はまた苦笑を浮かべた。
風に無為に賛同すれば雲雀の怒りを買うだけだが、大喰らいのくせに仕事に夢中になると平気でご飯を抜く人なので、正直風のこの気配りはありがたかった。
「私も、何のお話をしていたのか聞いてもよろしいですか?」
「…………」
「委員長、よろしいですか?」
「……………………」
「今ここでご説明しなくても、当日までには言わなくてはいけないことですよ?」
「…だから、行かないってば」
「委員長…」
ループする会話に風はきょとんとなる。
「…聞かない方がよろしいでしょうか?」
「いえ、あの…その」
雲雀の了解無しに草壁はしゃべれない。
視線を向ければ、雲雀はやはり気まずそうに眉を寄せながら渋々口を開いた。
「…パーティーに行けって言われてるんだ」
「ほう?」
「…五月五日に」
「その日は委員長のお誕生日なんです」
「おや」
風の眼がまるくなる。
やはり初耳だったようだ。
「…僕は参加したくないって言ってるのに」
「お父上様からのご命令なのです。こればかりはお受け頂きませんと」
「だから、してほしければ日にちをずらせって言ってるでしょ?」
「雲雀家に劣るとは言え、かなりの権力者が主催なんですから、そんな我が侭は通りません」
「だから、できないなら行かないってば」
ツンと横を向いてしまう。
困り果て、草壁は無意識に風に頼りの視線を向ける。
心得たように風は、座っている雲雀と視線を合わせるように腰を落とした。
「雲雀くん、毎年参加しているのでしょう?どうして今年はそう嫌がるのですか」
「……」
風の声に、雲雀は「嫌だ」を連発できなくなる。
「聞けばお父上の数少ないお願いと言うではありませんか。このような自由を許してもらっているのですから、雲雀くんも応えませんと」
「…だって…」
歯切れ悪く雲雀が口を開く。
普段はきはきずかずかと意見を言うだけに、このように詰まるのは珍しい。
「…………そうしたら、一緒にいられないじゃない…」
なるほど。と草壁も合点がいった。
ようするに雲雀は風と一緒に誕生日を祝いたいのだ。だからあれほどまでに駄々をこねていた。
イベントごとに疎い雲雀の見せた我が侭は蓋を開ければ可愛らしく、ふわりと風も微笑んで、丸い頭を撫でてやる。
「私も一緒にお祝いできないのは寂しいですが、帰ってから祝えばいいじゃないですか」
「…………」
「ご馳走を用意しますから、パーティーが終わったら一緒に食べましょう」
「…本当に?」
「ええ」
「僕が食べたいって思ったもの、全部作ってくれる?」
「努力しましょう」
じぃ、と雲雀と風が見詰め合う。
先に折れたのは雲雀だった。
「…わかったよ…出ればいいでしょ」
「おお…」
草壁は思わず感嘆の声をもらす。
草壁が二時間経っても説得できない雲雀を、ものの五分で「是」と言わせた。
相変わらず、すごい。
「いい子ですね」
なでなでと雲雀の頭をまた撫でる。
気持ちいいのか、されるがままだ。
「では問題も解決したようですし、私もそろそろ戻りますね」
言って、風はまた窓の方へと向かう。
「風さん、ありがとうございました」
ようやく回復してきた草壁は、膝をつきつつもなんとか身体を起こして一礼する。
にこりと笑って、風は外へと出て行った。
よかった。これで良い報告が出来る。
安堵した途端、草壁の視界に黒く影が近寄った。
何だと思う間もなく、草壁は轟音と共に再び地面にキスをした。

□■□

「では行ってらっしゃい」
「………」
早朝、玄関口で雲雀を見送る。
正装に身を包んだ雲雀はいつもよりも引き締まって見えた。
ただ、その表情がいただけない。
「ほら、そんな膨れっ面してはいけませんよ」
膨れた頬を手で包む。
だって。と。もごもご口の中で呟く。
頬から手を離し、華奢な身体をふわりと抱きしめる。
「行ってらっしゃい、雲雀くん」
「…………」
風より強い力で雲雀も抱きしめた。
大きく息を吸い、風の匂いで肺を一杯にする。
「…行ってきます」
ようやく決心して、顔を上げる。
風はにこりと笑って唇にキスを落とした。
「気をつけて」
雲雀の頬に朱が乗る。
こういうところが、ずるいと思う。


「……………………」
雲雀の不機嫌は最高潮に達している。
付き添いで来た草壁も逃げ出したいくらいに。
「…ねぇ…まだ帰っちゃいけないの?」
「は、はい…まだ主賓がメインとしているイベントが終わっていませんので…」
腕時計を見れば、日付が変わるまであと三十分を切っている。
「…ここから僕の家までどれくらいかかるっけ?」
「…………」
「草壁答えろ」
殺気が痛い。
今にも心臓が止まってしまいそうだ。
「……い、一時間…は…」
「……じゃあもう間に合わないじゃない」
ぶわっと雲雀から放たれる殺気の量が増える。
どうやらあれでも堪えていたらしい。
実は、草壁はこのパーティーが日付が変わるまで続くことを知っていた。
そんなことを言ってしまえばせっかく風が説得してくれたというのに雲雀がまた行かないと言うのは眼に見えてたのであえて言わなかったのだが。
「ちょっとあの主催、咬み殺してくる」
「ちょ、委員長それは…!」
「 う る さ い 」
ぎらりと睨まれて草壁はそれ以上留めることができなくなる。
まさに獲物を狙う前の肉食動物の目だ。
(こうなったらもう奥の手を頼るしか…!)
かつかつと雲雀は主催を目指して歩いていく。
手を軽く握ったり開いたりして、準備を整える。
もちろんトンファーも持ち歩いていた。
「…おおこれは雲雀様」
ついに主催に辿り着いてしまった。
それまで別の来賓と話していたが、相手が雲雀とあっては優先順位が変わってくる。
相手方もよくわかっているので、嫌な顔も見せずに引き下がった。
「…………」
もちろんそんなこと雲雀はかまいやしない。
軽く腕を振るうと、小さくたたんであるトンファーが手の中に落ちた。
(咬み殺す…!)
ひゅうんとトンファーが風を切って相手の顔にめり込み…は、しなかった。
「?!」
振り上げることも出来ない。
腕は、自分よりもずっと強い力で封じられた。
主催の顔も恐怖で引きつってなどおらず、呆気に取られたように自分のすぐ上を見ている。
「…?」
「あの…そちらは、雲雀様のご親戚で…?」
何のことだと言う前に脳が理解した。
慌てて後ろを見れば
「…貴方…!」
風がいた。
風は主催の質問には答えず、ただニコリと笑った。
「どうもお騒がせしてすみません。恭弥は少し疲れてしまったようで、パーティーの途中で大変申し訳ございませんが失礼させて頂こうかと」
「あ、ああ…そうでしたか。これは気付かず失礼いたしました。お車を回すよう手配いたしましょう」
「お願いいたします。…さ、行きましょうか」
やり取りの間にトンファーを雲雀の手から奪い、元のように小さくして袖の中に隠す。
呆気に取られている雲雀の手を引いて、風は会場を抜け出した。
途中、草壁がおり、綺麗に九十度礼をされる。
にこりと風は微笑みで返した。


「…ねぇ、なんであそこにいたの」
車の中ではお互い無言だった。
マンション前で降ろしてもらい、手を繋いだまま部屋へと辿る。
「招待状を頂いたんです」
「…誰から?」
「それは秘密の約束ですから」
驚きのあまり、雲雀は風と草壁のやり取りを見逃していた。
風が答えようとしないので、むぅ。と雲雀は口を曲げる。
「…貴方がそんな服持ってるなんて、知らなかった」
「普段はそうそう着ませんからね」
正装服なんです。と言い、照れ笑うを浮かべる。
普段の赤い服ではなく、織りの入った白い中華服の前身ごろには大きく翡翠色の龍が描かれており、白との対称が美しい。
普段着と似たような作りなのに、色がま反対だからか新鮮だ。
「…………」
思わず頬が熱くなる。
無意識に、掌に力が篭った。
「…日付、変わっちゃいましたね」
ハッとして腕時計を見れば、五月五日を過ぎてすでに一時間は経とうかとしている。
「………」
あいつやっぱり咬み殺す。
雲雀の不穏な気配を察して、風が足を止めた。
「今考えてること、してはいけませんよ?」
思考を読まれ、バツが悪そうに顔をゆがめる。
「…なんで」
「正直、私もあの方々を恨んでます」
「、」
ぱちん、と、驚きに眼を見開く。
まるで猫騙しをくらった猫のよう。
「私だって完璧な人間ではありませんからね。好きな人との大切な時間を一緒にすごせなかったのはとても悔しいですよ」
そう言って苦笑するから、雲雀はますます紅くなる。
風は普段自分の想いを隠しはしないが、大人の矜持なのか我が侭の類いを隠す。
たまに見せるそれは、案外子供のようで少し嬉しかったりする。
「それでも、暴力はいけませんよ」
「だから、なんで」
「そんなもので解決しても、どうしようもないからです。時間が戻ってくるわけでもない」
「でもむしゃくしゃは少しはおさまるよ」
膨れっ面で言う。
今日はこんな顔しか見せていない気がした。
雲雀の言葉に、風も苦笑する。
「それは有意義ではありません」
「……どういう意味さ」
「これ以上あの方々に雲雀くんの時間を差し上げるのはもったいないと言っているんですよ」
再び風の足が動く。
手を引かれ、雲雀の足も動き出した。
「せっかく貴方を連れ戻せたんですから、これからお誕生日を祝いませんと」
「…これから」
「ええ。…あの子達も待っていますよ」
あの子達、と言うのはヒバードたちのことだろう。
「プレゼント、用意してましたから」
「…………」
「私も雲雀くんが食べたいと言っていたもの、全部作りましたよ」
「…ホント?」
ええ。と頷く。
「それとも、もうお腹いっぱいですか?」
ふるふると頭を振った。
「…だって貴方料理作って待ってるって言ったから…何も食べてないよ」
細いが一回に食べる量がかなり多い雲雀が丸一日食べてないと言うのには、風も驚いた。
同時に、嬉しかった。
「…ですから、これ以上の時間は差し上げれません。…私が…いえ、私たちが頂きます」
風の言っている意味がわかった。
じわり、じわりとまた顔が熱くなる。
「雲雀くん、お誕生日おめでとうございます」
玄関扉の前で、再び立ち止まる。
正面を向いた風が、そっと顔を近づけた。
唇が重なる。
雲雀はただ享受した。
こんなこと、あの子達の前ではできないから。
「今年一年、雲雀くんに幸せがたくさん降りますように」
祈るように風が囁いた。
神様なんかに祈るより、当人に叶えてほしい。
(…貴方がいるのなら、それでいいんだから)
言葉にはせず、風に抱きついて肺一杯にその匂いを詰め込んだ。