元々ソレは、十年後の自分が仕組んだことだった。
彼は、亡くしてしまった『彼』を取り戻す為にボンゴレに協力し、自分を巻き込んだ。
出会いは仕組まれていたかもしれない。
惹かれたのも必然だったかもしれない。
それでも確かにあの数日間で自分は彼に惹かれた。焦がれた。欲した。
あの柔らかな笑顔が十年後にはなく、あの世界の彼もそう遠くない内に、と知らされた時、初めてわかった。
はめられたのだと。
でも、すべてを無かったことにするにはもう遅くて。
取り戻す為に、雲雀は孤高のプライドを捨てた。


背後から気配がした。
わざと存在を知らせるように歩いてくる。
もちろん雲雀にもわかったけれど、振り返ることができない。
「雲雀くん」
耳になじんだ声が聞こえ、思わず奥歯を噛み締めた。
たった数日間聞いてなかっただけなのに妙に懐かしくて、振り返ることができない雲雀の為に、風が回り込む。
俯いている視線に、赤が広がった。
「雲雀くん」
もう一度呼ばれ、ようやく雲雀はゆっくりと視線を上げた。
自分より幾分か高い背。
やわらかい笑顔でこちらを見ている。
「…十年経ってるんだよね?」
「ん?」
「貴方全然変わらない」
思いついたことがそのまま口に出た第一声に、風はにこりと笑った。
「雲雀くんは、やはり若い」
「……」
そのセリフに、なんとなく遠さを感じた。
皺ひとつ増えてない彼には、十年分の記憶がその頭にはきっと詰まっている。
自分が知らないものを。
「……」
わかってはいたが複雑だ。
思わず口を噤んでしまうと、ぽん。と頭に手を置かれた。
「……っ」
「…迷惑をかけてしまいましたね」
つやつやの頭を撫でられる。頬が燃える。
だってこれは、風の掌だ。
「…別に。あいつらむかつくから咬み殺してやっただけだよ…」
平然を装ったつもりなのに、声はぼそぼそと全然出ない。
どうしていいかわからない。
すぐそばに感じる風の気配にどきどきして、だけど妙に落ち着いた。
「雲雀くん」
優しい声がすべるように耳に入る。
知らぬうちに、また視線が下がった。
掌が髪を撫で、頬に触れ、耳たぶをつまむ。
猫のように首を撫でられても雲雀はされるがままだ。
「…抱きしめても?」
「…僕は貴方の僕じゃないよ」
「ええ。…それでも貴方は雲雀くんです」
広げた腕。赤が更に迫る。
倒れこむように、雲雀も抱きついた。
強く香る。
風の匂い。
すぅ、と肺一杯に吸い込むと、喉の奥がごろごろした。
比例して目頭が熱くなるから、ごくんと雲雀は飲み込む。
こんな顔見られたくなくて、強く風にしがみつく。
その行動が風を喜ばせているなんて知らずに。
風も雲雀を抱きしめる。
優しくはない。
その形を確かめるように。
雲雀と言う存在に触れられることを喜ぶように。
「助けてくださって、ありがとうございます」
「…次はないからね。…貴方、僕より強いんだから」
あんな心臓に悪い思いはこりごりだ。
潜んだ言葉を受け取ったように、ふふ。と笑う。
「はい。わかりました」
少し二人の間に隙間を開ける。
ちゅ、と額にキスを落とす。
頬にもキスをする。
少し唇が乾いていた。
少し頬が痩せていた。
両方、飲み込んだ。
「…いいよ。あとは、あっちにあげて」
唇は。
少しだけ抵抗があった。
心得ていたのか、風も、はい。と頷いて再び雲雀を抱きしめた。
同じ風。でも違う。
けれどじぃんと五感に届く。身体中にしみてくる。
その、存在が。
いつの間にか大きくなっていた風の存在の思い知る。



一度戻ってきた時に、多分風は違和感を持っていただろう。
感情に聡い分、変化に気付き、それを隠したいことにも気付いた。
それでも聞けば雲雀が困るだろうと、風は知らぬふりをしてくれた。
「……」
期限付きではなく、ようやく十年前…現代に戻ってきた雲雀はすぐに自宅へと向かった。
心臓が高鳴る。或いはそれ以外の理由で早い。
どうあれその根底には風がいて、雲雀は一秒でも早く会いたくてたまらない。
「雲雀くん」
その途中で、一秒でも早く聞きたかった声が聞こえた。
走る足を止めて声の方を見る。
「………」
十年後もまったく変わらない容姿をしていた風がいた。
でも、笑顔がない。
風はすぐに近付くと、雲雀を思い切り抱きしめる。
「…っ」
反射的に退けそうになり、こらえる。
本当に待ち望んでいたのは彼だ。
どんな理由があっても、今は彼を否定したくない。
肺一杯に空気を吸い込めば、平和な匂いがした。
「…今日の夕飯、餃子?」
貴方の餃子、おいしいから好きだよ。
茶化したつもりで言ったのに、風はもっと強い力で雲雀を抱く。
「すみません」
苦しい声だった。
未来で言われた通り、記憶は過去に引き継がれたようで、風の謝罪は容易く理解できた。
「…すみません…」
雲雀も風の背中に腕を回す。
知った匂い。
安心する。
あっちの風より安心した。
「いいよ。…僕の為なんだから」
ただ、本心だった。
けれど風がようやく少し笑ったから、雲雀も少しだけ口端を持ち上げた。
「…雲雀くん」
風が雲雀の顎を持ち上げた。
近付いてきたと思ったら、額がこつんと合わさって、それから唇に触れた。
じぃんと五感に届く。
身体中にしみこんで、雲雀の一部になる。
これが欲しかった。
これを取り戻したかった。

捨てたもの以上に大きかった得るもの。
ただひたすら安堵して、雲雀は潤んだ瞳を閉じた。