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風という人物は、謎が多いと常々思う。 だからと言って隠し事をされている訳ではなく、聞けばちゃんと答えてくれる。 一度彼の過去を聞いて見たことがあったが、その現実味の無さと言ったらなかった。 雲雀も好き勝手やっている自覚はあるが、風は遥か上を行く。 穏やかな風貌からはとても想像がつかない。 (大体、気配からしてあの人はおかしい) 大抵の気配は読むことができると自負しているが、風の気配はとても読みづらい。 いつの間にかすぐ後ろに立っていることも多々ある。 認めたくは無いが、その度実力の差を思い知らされた。 「…………」 は、と我に返る。 書類を読んでいた筈なのに、いつのまにか思考が飛んでいた。 最近はいつもこう。 不甲斐無さに眉を寄せる。 普段ならば片付いている仕事の山は、まだ半分も終わっていない。 風が来れば来たで仕事にならないが、来なくても仕事になりやせず、頭を悩ませる。 どうあっても心の中を占めてくる。 「恭弥〜!ひっさしぶりー!!」 ノックも無しに扉が開く。 「…………」 きらきらの頭に甘い顔立ち。 マフィアのボスと言うよりもモデルという感じ。 そうだった。 邪魔をするヤツはまだいた。 「何か用?うっとおしいから三秒以内に僕の視界から消えてほしいんだけど」 「あいっかわらず無愛想なやつだなぁ。師匠が会いに来たっつーに」 「認めた覚えは無い」 大抵のヤツがすくみ上がる睨みをみせてもディーノはあっけらかんとしている。どころか、ずかずか部屋に入ってきて応接室に併設してある給湯室へ入っていく。 「ちょっと。勝手に触らないでよ」 「いいじゃねぇか。知らぬ仲でもあるまいし」 「別に知らなくて良い」 (と、言いつつコーヒーセットは捨ててねぇんだよなー) 雲雀のティーカップの横に当然のように置かれたコーヒーカップ。 数点のドリップコーヒーも捨てないでくれてある。 からかえば即座にゴミ箱行きなので、密かに笑うだけだが。 濃い目のコーヒーを入れて雲雀の横に座った。 「ほい、土産」 カツンと硬い音を立てて平たい缶をテーブルに置く。 「…何これ」 「ん?お前が前欲しがってた紅茶」 「…僕欲しいなんて言った覚えないんだけど」 「本に付箋貼ってあった」 「……勝手に見ないでよ」 苛立った声で溜め息をつき、缶を手に取り立ち上がる。 それを雲雀専用のデスクに静かに置くと、引き出しから紙袋を取り出しまた戻ってくる。 「はい」 「ん?なんだこれ」 「見ればわかる」 短く言い、またソファーに座った。 何だと思いつつシールを取って中に手を突っ込み、硬い感触を取り出す。 「おー!これ俺が欲しがってたやつじゃねぇか!」 「うるさく言ってたからね。覚えちゃったんだよ…忘れたいのにさ」 「何これくれんの?!」 「あげるから煩くしないで。仕事溜まってるんだから」 「やっべー!マジで嬉しいー!!」 「……ちょっと聞いてる?」 雲雀の言葉を聞かず、感極まったディーノはぎゅうぎゅう抱きついてくる。 ぐりぐり首筋に頭を擦り付けて来るものだから、くすぐったくてたまらない。 会うたび何かあるたびこうして抱きついてくるからもう慣れた。諦めたとも言うが。 「グラッツェー!!」 頬にチュッとリップ音を立ててキスされる。 挨拶も感情も表現方法はキスが多い。 「貴方たちって本当に―――」 嬉しい嬉しいと犬のようにはしゃいでいたディーノの肩がピクンと揺れる。 「?跳ねう―――」 呼ぼうとした時、ゾクリと背筋が凍った。 何だと気配を探る前にヒュンと耳元で鋭い風音がする。 「っとと…!」 ついさっきまで雲雀に懐いていたディーノは咄嗟にその場を離れる。 あだ。とコケたのはいつものこと。 驚いて後ろを見れば、いつの間にか風が立っていた。 「なっなんだ?!」 風は足を上げ、ちょうど蹴り終わったポーズを収めるところだった。 「…すみません、貴方に巨大なブヨが迫っていたので」 ニコリといつもの笑顔をディーノに向ける。 「え?!マジで?!うおーあっぶなかった!!ありがとな!…えーっと…」 「風と言います。初めまして。キャバッローネのボス」 「あ!俺知ってる」 キラリとディーノの眼がきらめく。 「アルコバレーノの一人だろ!会えて嬉しいぜ!」 「そうですか」 握手を求め、手を差し出すディーノ。 にこりと笑い、風はそっと扉に手を向けた。 「先程貴方の部下らしき人が探しておりましたよ?」 「あれ?恭弥のとこ行くってロマーリオに言ったと思ったんだけど…」 「…また得意のお間抜けじゃないの?いいからとっとと行ってきなよ」 「んーそうだな…。じゃあこれ、遠慮なく貰ってくな!またな〜!」 「もう来なくっていいってば」 ブンブン手を振り出て行くディーノに呆れた視線を寄越す雲雀。 賑やかな音を立てて出てくのを眼で追っていると、隣で赤色が動いた。 ストンと、今までディーノが座っていたところに風が腰を下ろす。 心臓が跳ねた。 視線を逸らす。 「…貴方も…毎日来ないでよ」 「いけませんか?」 「…………仕事が捗らない」 書類を拾い、眼を通す振りをする。 ディーノと違い風は静かだ。…時々ちょっかいを出してくるが。 その風が、座った途端ディーノの残したコップを持ち上げる。 「ああ…結局飲まなかったね」 もう。眉を寄せる。 片付けようと風からカップを受け取ろうとするが、彼は渡さず立ち上がり、給湯室へと持って行った。 躊躇いもなく褐色の中身を捨てる。 「……?」 手から一瞬カップがぐらついた。 「どうしたの?」 「…いえ」 風の持つカップが安定した。静かに流しにカップを置き、戻ってくる。 「私も私物を置かせてもらおうかな」 「は?」 「茶器一式を」 訝し気に眉を潜める雲雀に、風は薄く笑うばかりで答えようとしない。 「………」 それでも彼の気配は普段のように穏やかだというのに、今は何かが違う。 うまく読めない。 とても、もどかしい。 「キャバッローネのボスとは随分親しいんですね」 「…別にそんなんじゃない。勝手に向こうが師弟関係作って入り浸ってるだけだよ。迷惑この上ない」 「迷惑だと思っている相手を自分の領域に踏み込ませるなんて、雲雀くんらしくないですね」 「……どうしたの?」 いよいよ風の様子がおかしい。 言葉にどこか棘を感じる。 隣を見れば、いつもと同じしゃんと伸びた背。けれど、表情は雲雀を悩ませているあの笑顔ではなかった。 口がヘの字に曲がっている。 視線がこちらを向き、服の袖で雲雀の頬を擦った。 ちょうど、ディーノがキスしたところを。 「私は決して出来た人間ではないのです」 硬直している雲雀を、ふわり抱きしめた。 「嫉妬くらい、します」 一度も聞いたことがない拗ねた口調。張りのある声がくぐもって聞こえる。 「――――ッ」 風と接している部分が、服越しだというのに酷く熱い。 それ以上に、頬は燃え上がるほどカッカしている。 頬と頬が擦れ、動物のように頬を舐め鼻を甘噛みされて、唇が合わさった。 いつもよりも乱暴に口内を荒らされる。 痛いくらいに舌を噛まれ、聞かせるように喉を鳴らして唾液を飲み込む。 羞恥心が襲う。しかし言葉に表せない感情の方が遥かに大きかった。 キスの合間の呼吸が出来ない雲雀を気遣って、短時間でキスは終わる。 また頬が擦れ合った。 熱い呼吸が雲雀の口から漏れ、風の首筋に当たる。 「ねぇ」 「ん?」 頬にキスをすれば、雲雀の肩がビクンと揺れた。 「………嫉妬って…どうして?」 「…は?」 唐突な質問に目を丸くし、風はくっつけていた頬を離して雲雀を見つめる。 近い距離に、雲雀はたじろいた。 「どうしてと…言われる方がわからないのですが…」 「だってどうしてするのかわからないんだもん」 む、と少しヘソを曲げる雲雀に、風は脱力してしまう。 抱きついたまま、雲雀の肩に頭を乗せた。 (疎いというか…鈍いというか…) 「ちょっと…?」 「まぁ…貴方が彼のことを何も思っていないのならば、今はいいのですが」 「??」 顔を上げ、またキスをする。 「んっ」 反射的に目を閉じる。 口内に唾液がじゅわんと満ちる。それを猫のように舌を使って風が攫っていった。 「ン…ふ、」 そろりと目を開ければ、髪と同じ真っ黒で長い睫が肌に影を落としている。 (僕が好きなのは貴方だけなのに…) 「は…」 呼吸をして、また唇が合わさる。頭がだんだんとぼんやりしてくる。 (嫉妬するなんて…やっぱりこの人ってよくわからない) 「雲雀」 名前を呼ばれた。腰が震える。 後はもう思考は吹き飛ばされてしまった。 「…別に置いていいよ」 「ん?」 「茶器。置きたいんでしょ?」 いいよ。 もう一度小さく許可を出す。 「でもちゃんと二人分用意してよね…」 ぼそぼそしゃべる。 凛とした普段の姿に比べると、どこか年相応さを感じさせる仕草。 「……あなたのいれるおちゃ、おいしいから」 逸らしている顔を覗きこみたかった。 堪えて、背中から愛しい小鳥を抱きしめた。 |