|
応接室に入ると、当然のように風がいた。 「こんにちは。お邪魔してますよ」 「……」 笑顔で振り返る風に鼻白む。 「部外者は入ってこないでってば」 「まぁそう言わず」 何度注意しても勝手に学校へ入ってきては応接室に陣取って寛いでいる。 救いは窓から誰にも見られずに入ってくること。 風はあまり似ていないというが、回りからすれば雲雀と瓜二つ。 見つかってどんな噂が立つかなんて想像もしたくない。 「雲雀くんもいかがですか。葡萄」 「どうしたの、それ」 「商店街を歩いていたら頂きました」 「……」 噂はもしかしたらもう立っているのかもしれない。 はあぁ…と大きく溜め息をつき、風の隣に腰掛ける。 彼に文句を言ってもストレスが溜まるだけというのは嫌と言うほどわかっている。 また溜め息をつく雲雀を横目で見て、風は眼を細めた。 嫌な素振りをするくせに、彼は当然のように横に座ってくれるようになった。 無意識だろうその行動を茶化したりなどしたらもう座らなくなることは読めるので言いはしないが。 「雲雀くんもいかがですか?」 普段は長い袖で隠れている手で剥いている大振りな一粒を見てから、手の中の書類に視線を戻した。 「いらない。これ片付けなくちゃいけないから」 瑞々しい葡萄は剥かれるたびに甘い汁を皿に落としている。 「仕事熱心ですね」 「……」 にこり。風の笑顔を横目で見て、思わず頬を熱くする。 「…ここにいてもいいけど、邪魔はしないでよ」 「はい。わかりました」 今日中に決裁を下さなくてはいけない案件だ。 真剣に書類を読む雲雀に、慣れた手つきで葡萄を剥いていく風。 元々二人ともしゃべる方ではないので、応接室はすぐに沈黙に包まれた。 決して不快ではない。 雲雀は断じて頷かないだろうが、こうして二人居ることが段々当然のようになっている。 「あ」 「?」 唐突に、そうか。と風が呟いた声は雲雀に届き、反射的に顔を上げる。 目の前に、黄緑色の丸いものがあった。 一瞬ピントが合わず思わず逃げそうになったが、よく見ればそれは葡萄の実だった。 持っているのは風の手。彼を見れば、またにこりと笑う。 「どうぞ」 「、え…」 「ほら、汁が垂れてしまいます」 はい。と迫ってくる葡萄からポタリと果汁が垂れる前に、慌てて雲雀は口の中に収めた。 噛めば果肉は程よい弾力があり、口の中一杯に甘さが広がる。 「おいしいでしょう?」 「おいしい…けど…子供じゃないんだから自分で剥けるよ」 自分の行動を振り返り、恥ずかしさにそっぽを向く。 「手を汚したくないんでしょう?」 「だからって…」 「邪魔はしませんから」 笑って、また風は房から一粒千切って剥き出す。 その一粒を自分の口の中に放り込み、また一粒剥き出した。 「はい、どうぞ」 今度は雲雀へ。 受け取らないと思っても、風の手が近付いてくると反射的に口を開いて受け取ってしまう。 「おいしいですか?」 「…ぅん…」 また笑う。 剥いて、また自分の口へ。次は雲雀へ。 気付けば雲雀の視線はずっと風の指先へ向いていた。 風がこちらを見る。 「雲雀くん、どうぞ」 「ッ」 見すぎて、視線が絡んだ。 動揺して動けずにいると、きょとんと風が目を丸くする。 「雲雀くん?」 「え、ぁ…」 「早くしないと…あ、」 「あ、…ん……ぅ―――ッ!!」 爪から雫の形になった果汁が垂れそうになり、慌てて雲雀は口に含んだ。 風の指と一緒に。 ゆっくり指を抜く。 歯の硬い感触、唇の裏側のすべらかで柔らかい感触をひろった。 ちゅぷん。いやらしくもとらえれる音を立て、唾液が風の指に残る。 雲雀の口端には、収め切れなかった葡萄の果汁が垂れた。 視線が逸らせない。 今度は、気まずい沈黙が降りた。 『――――――』 すぐに沈黙は破られる。 爆発するんじゃないかと思うくらい、雲雀の顔が赤くなった。 「……ッ」 硬直が先に溶けたのも雲雀。 180度首を回転させ視界から風を消す。 「雲雀」 袖で果汁を拭う前に、風に呼ばれた。 脳が命令する。 声に逆らえない。 考えるより先に振り返ってしまう。 すぐ目の前に、風の顔があった。 先程の葡萄よりも近い。 ぶれる。 自分と違う色の瞳がこちらを見ていた。 「んっ」 夢中になっていると、レロリと唇を舐められた。 一瞬閉じた瞳をもう一度開けると、まだ風は近い距離で雲雀を見つめている。 「雲雀」 呼び捨てで呼ぶ。 風がしゃべると、唇同士がかすかに触れ合う。 わずかに眼が細まる。 けれど瞳は獰猛さを宿していた。 虎の目のような不思議な光が虹彩に走る。 「すみません、邪魔をします」 断ってから、風は喰らうように唇を重ねた。 「ん、んンッ」 眼を閉じてしまう。 風は甘い汁で濡れた手を拭うと、雲雀の手からくしゃくしゃになった書類を引き抜き机に置いた。 唇は重ねたまま。 慣れぬキスに雲雀が窒息しないように手加減をしながらも、やめはしない。 柔らかく暖かい感触。 麻薬のように虜になる。 重ねれば重ねるほど夢中になって、手加減が難しい。 「雲雀」 囁いて、段々荒くなる彼の呼吸を聴く。 革張りのソファーにそっと押し倒し、ベルトに手をかける。 葡萄の甘い味が口内に広がっている。 (けれどこちらはもっと甘い) 喉を鳴らし、風は雲雀の下着の中に手を差し入れた。 |