気温は摂氏35度。湿度は80%を突破した。
空の頂点に立った太陽は、ケチって買った薄手のカーテンなどもろともせずに部屋中に痛いくらいの光熱を与える。
「…あちぃ…」
思わずディーノの口から禁断の言葉が漏れる。
ジーワジーワとアブラ蝉が泣き喚き、その姦しさに精神的余裕も削られていく。
ソファーは既に自身が流した汗で湿ったい。それでも、動く気にはなれなかった。
何の前触れも無くクーラーが動かなくなったのが数時間前。
業者に連絡すれば、修理にくるのはお盆明けになってしまうという。
クーラーで事足りるワンルームの部屋に扇風機は置いてはおらず、自然風と偶然あったウチワで上昇し続ける体温を宥めるしかない。
高校に上がり親元から離れることになったが、元々いい顔をされずに始めた一人暮らし。
どうしても今の高校に入りたかったので、授業料と家賃を半分だけ出してもらうという条件で渋々認めてもらったが、まさか修理代を出してもらう訳にもいかず、なけなしのバイト代でなんとかするしかない。
「…骸、大丈夫か?」
ぐったりとフローリングに張り付く骸にそろりそろりと声をかける。
幾度も移動しては少しでも涼しいところを捜しているが、こう生ぬるい部屋ではフローリングも期待できないだろう。
「…大丈夫なものですか…」
いつもの凛とした声は無い。
頬まで床につけるという、普段ならば絶対にしない格好でいる辺り、よほど余裕がないようだ。
暑さに強いディーノでへばってしまうのだから、夏も冬も弱い骸が元気で入れる筈がない。
肌の露出を好まない骸は、まさかこんな事態になるとは思わなかったので、いつもと同じ様にかっちりした格好できてしまった。
しかし今この状態でその服装を保つ気にはなれないのか、袖は肩が見えるくらいに何回も折って、細身のズボンも限界までたくし上げている。
「こんなボロマンションに備え付けているクーラーなんて、いつ壊れたっておかしくないですよ…調子が悪いと思ったら買い換えるとか扇風機を買うとか対策思いつかなかったんですか?」
「バ…!そんな贅沢出来る訳ねーだろ!大体、今まで普通に動いてたのに予想なんてできるかよ!」
「ふんっ」
言いたい事だけ言って、そっぽを向いてしまう。
暑さの他にもう一つ、骸の機嫌を下降させたものがある。
冷えた部屋。お互い二人だけの空間でイイ雰囲気になり、いざ身体が重なり合い…というところでバチンとクーラーが壊れたのだ。
この気温よりも尚、ディーノに触られたところがじくじくと火傷しそうなくらいにまだ熱い。
(…くそ…っ)
頬を膨らませて悪態をつく。
平気な顔をしてるディーノが恨めしい。
「なぁ、外行こうぜ?どっか店入って涼みゃいいじゃん」
「嫌ですよ!こんな汗まみれの格好で行きたくないです!僕のプライドに反します!」
「……」
ヘンなところで美意識の高い骸は、こんな状況で尚救いの道を拒否する。
カッカして体温が高くなったのか、今までいた場所から移動し、ディーノと少し距離を置く。
「…骸の意固地」
「なんとでも言えばいいです!」
ツンと子供のような我が侭を言う。
そっぽを向いた骸の後ろ頭をソファーから見下ろしていたディーノだが、一つ息を吐くとソファーから立ち上がった。
「…ディーノ?」
ペタペタと湿った足音を立ててディーノが歩いていくのを、頭を起こして見送る。
姿が見えなくなってもじぃっと廊下を見ていると、水音が勢い良く流れる音がしだした。
「うおー…マジであっちぃ…」
風呂場から出てきたディーノはまた汗だくになっており、シャツで乱雑に首の辺りを拭った。
「何してたのですか?」
「水風呂。今溜めてるから、後で入ってこいよ。家から出ないんなら服は俺んのでいいだろ?下着なら…骸の何枚か置いてあるし」
全然熱が冷めないソファーに見切りをつけ、先程まで骸が転がっていた場所へと寝転がる。
ウチワで扇げば少しはマシだ。
なんでもないように言ったディーノの言葉だが、骸は驚いて目を丸くした。
「…水風呂って…貴方そんなお金使っていいんですか?クーラーの修理代バカ高いって…」
「言うな言うな言うな!考えねぇよーにしてんだから」
耳を塞いで眉根を寄せる。
今回の突然の出費でどこを切り詰めればいいかが全く思いつかない。とりあえず食パンの耳生活は嫌だ。
うーうー唸るディーノにきゅんとする。
甘やかしすぎだと呆れる以上に、大切にされていることが伝わってきて嬉しくてたまらない。
「……」
中学は一緒だった。
付き合いだしたのは高校に上がってから。
ディーノは絶対に自分の努力が実を結んだとか思っているだろうが冗談じゃない。
秘密裏にディーノの志望校を知り、こっそりついてきて必死にアプローチした(大半はツンデレでアプローチにはなっていないが)
こうやって今付き合って入れるのは自分のおかげだと骸は思っている。
憤死するから絶対に言わないが。
「…ばか」
もぞもぞ動いてディーノの背中に張り付く。
「…お、?」
背中に感じた不快だろう体温にディーノは反応したが、首筋に顔を埋めて甘える骸を引き剥がそうとはしない。
身長はほとんど変わらない。
けれど、抱きしめる腕の強さも手の大きさも背中の逞しさも、だんだんと差が開いている今、遠くないうちに差をつけられるだろう。
ヘナチョコなんて、あと一年もしたら誰も言えなくなる。
「む、骸?」
頚動脈の動きが活発になる。
(…こんな時でも…)
また、きゅんとする。 不快だろうに、こんないちいち反応してくれて。
「骸…汗くさくねぇ?」
言われ、ディーノの髪が汗であちこちにへばりついてるのに気付く。
すん、と鼻をすませば、夏特有の逃れられない匂いがした。
だが、嫌ではない。
(むしろ、興奮するかも…)
夏特有、けれど、滴るくらい肌に浮かんだ汗は、セックスの熱を彷彿とさせた。
暑いのに、ゾワリと背筋を熱以外のものが走る。
「む、うっひゃあぁああ!!」
声はひっくり返り、まるで嬌声のよう。
首筋を走った濡れた軟体。
「しょっぱい…」
何であるかは、骸のその呟きでわかった。
「む、むく…わ、こら…どこ舐めて…!」
うなじを舐め上げ、盆の窪は強く舌で押して吸い付き、紅い跡をつける。
普段力で勝てないディーノも、混乱に乗じればひっくり返すのも容易い。
鎖骨に溜まった汗を飲み込み、頚動脈を甘く食んで顎の裏を赤い舌でべろりと舐める。
は、は、と熱を吐き出す吐息は、まるで犬のよう。
それでも麻薬のように止まらなかった。
ディーノに引っ付いて、舐めるたびに身体が、下半身が熱くなっていく。
「むく、ろ…」
「…くふふ…」
気付けばその唇に噛み付いていた。
しょっぱさを共有し、無意識に馬乗りになったディーノの股間を尻で刺激する。
「どう、したんだ?」
犬のような息がディーノに伝染した。
なんだろう。たまらない。
「どうせこれだけ汗を掻いているんですし」
「…おう?」
「どうせ後でお風呂に入るんですし」
「…まぁ…」
「ここは一つ、思い存分暑さを堪能してやろうではありませんか」
「ああ、なるほ…え?は?んん??」
どういう意味だと言う間もなく、骸がシャツを脱いだ。ディーノのズボンをずらしてしまった。
「ぎ、あ!!」
慌てて穿き直そうにも骸が邪魔でズボンに手が届かない。
「さぁ」
その手を取られ、再び顔が近付いた。
「部屋を出ないのですから、とこっとん付き合って頂きますよ」

□■□

「は…っ」
胎内のディーノが熱を吐き出し、骸もつめていた息を外に出した。
ぱたた、と汗がディーノの身体に散るが、すぐにフローリングへと流れていく。
「むくろ…」
荒く息をつきながら、寝そべっていたディーノが起き上がる。
「ディー…んんっ」
名前を呼ぶ間もなくキスが降ってきて、舌を差し出して応える。
汗ですべり、お互いの身体を支えあうことが出来ず何度も抱き直す。
体力のほとんどを奪われ、繋がった身体は突くというよりも擦りあって弱い快感を得ていた。
下半身、股間の辺りのフローリングはすでに白い。
接しているディーノの身体を伝い、尾てい骨辺りまで広がっているだろう。
普段ならば不快で仕方ないものばかりなのに、熱も、汗も、ぬめりも、全部が快感にすり替わった。
言い表せぬ、何かの欲が埋まっていく。
「ん…んく、ん、っは、ンン―――っ」
口端から飲み込めなかった唾液が零れ落ちる。
気化するものも全部全部体内に収めたくて仕方ない。
唇を離して骸の顎を伝う唾液を舐め取ると、張り合うように骸もディーノの鎖骨に吸い付く。
こそばゆさに思わず笑いを漏らせば、骸もまたクフリと口端を持ち上げた。
「…はぁ〜〜〜〜……」
長いキスをして、ようやく何か区切りがついた気がした。
骸の肩に顎を乗せて、身体を抱きしめる。
未だ繋がったままなので抵抗も見せず骸もディーノに凭れかかった。
汗や精液の下、皮膚、筋肉、熱、鼓動。
一転して静かになった部屋で、お互いを静かに探る。
そこで耳についた、水音。
「…ん?」
気付いたのはディーノ。
気のせいかと思ったが、やはり勢い良く水が流れる音がする。
「ッア―――――――――!!!!」
「? ディー…ンァア!」
慌てて骸を床に降ろし、慌てて後腔からぬぽんと自身を引き抜く。
心の準備をする間もなく抜かれた骸はたまらず声を漏らし、ひくひくと疼く後腔に悶絶する。
素っ裸のままバスタブを覗けば、やはり水は溢れて床一面を濡らしていた。
急いでコックを閉めたが、流れた水がどれほどかはわからない。
「す、水道料金…!」
ますます嵩んだ出費に頭が本気で痛くなる。
「…大丈夫ですか?」
突然の扱いに怒りが込み上げてきたが、うな垂れたディーノに一気に頭が冷えた。
誘ったのが自分だという自覚はある。
白濁で道を作りながら四つん這いでディーノの傍へ寄ると、暫く沈黙をした後、深く深く息を吐き出した。
「ん…まぁしかたねぇもんな…後で考えるよ、後で」
「……おかね…僕も少し出しますよ?」
「いいって。お前だって仕送りでキツいだろ?」
「…………」
心を締め付けられる。同時に、頬が膨らむ。
気遣ってくれるのが嬉しい。同時に、頼ってくれないのがなんだかムカつく。
「ほら、行こうぜ」
立ち上がって骸に手を差し出す。が、骸はその手を取れない。
「腰、立たねぇ?」
「そうじゃ…ないですけど…」
ぺたんと床につけたお尻。狭間から、先程フローリングに道を作ったモノがトロトロと溢れ出してくる。
どろどろになるくらい抱き合った最中なら羞恥も焼き切れていたが、今この状況で伝えるのは恥ずかしくてたまらない。
「? どうした?」
「………」
けれど、基本天然なディーノが察してくれる筈もなく、仕方なく骸は片足を上げた。
気付かぬ内に、尻全体に白濁は広がっていた。
「…水汚しちゃいますから…後で行きます」
しん、とまた沈黙が広がる。
「…………………………………ォゥ………………」
固まった表情、固まった声でそれだけ返すと、錆び付いたロボットのようにぎこちなく踵を返した。
ぱたんと閉まった扉。
隔ててお互い詰めていた空気を吐く。
「…さて、」
引っ掛けていたシャツを敷く。
元々汗に塗れていたが、精液の上に敷くと白いシャツが更に色が変わった。
赤面を押し殺し、シャツを跨いで後腔に指を入れる。
にゅぷぷ、とあまり聞きたくない音が否応無く耳に届き、眉を寄せながら二本挿入した指で広げる。
「ふ、ッ」
逆流する。
下腹部を圧迫していたものが、体内の管をくだって外へ出て行く感覚がまざまざと感じられ、排泄をしているよう。
同時にもったいないと思ってしまい、羞恥と相俟って指が止まりそうになるのを叱咤しながら根元まで挿入し、出来るだけ早くかき出す。
「んっ…ふ、…っく…ぅン…」
腰が震える。
白濁が太股に触れてそのまま垂れる。
腹筋に力を入れれば、こぷ、ぷくんと泡を含んで量が増す。
「ふっは…はぁ…ん…ッ」

「…………」
冷たい水に入っている筈なのに顔が火照ってしかたない。
薄い壁のすぐ向こうの骸の声は、静まり返った浴室によく響いた。
気にしちゃいけないと思っても、耳が骸の声を拾う。
このままではいけないと思い、空気を吸い込んで髪の先まで水に浸かる。
遠くから溢れた水がまた零れる音がした。
後には自分の心臓の音。
ド、ド、ド、ド、と言う音が段々早くなり、限界に達したところで水面から顔を出した。
「ぷはっ!」
「わっ」
声がして振り向けば、眼前に骸の裸体。目線に骸の性器が。
「な、何してるんですか?」
何も知らない骸からしてみれば、ディーノが遊んで見えたのだろう。けれどまさか言う訳にもいかず、乾いた笑いを漏らして骸が入れるスペースを作る。
「…きにすんな…」
「…はぁ…」
ディーノに尻を向けて、水に入る。
カピカピになっている尻を間近に見てしまい、心の中でギャアと叫ぶ。
「…ふぅ…気持ちいいですね…」
当然のように寄りかかる。
まだ頼りない身体だが、段々と青年に近付くように筋肉がつき始めている。
成長を密かに骸は楽しむ。
油を注していないロボットのようにギチギチと腕が動くと、骸の脇を通ってヘソの辺りで指を組んだ。
うっとりと水の冷たさと彼の体温を楽しむ。
幸せな一時。
熱にまやかされた劣情がまた疼く気がした。

□■□

夕方に差し掛かったとは言え、まだまだ暑い。
シャワーでもう一度身体を流し汚れた水はしょうがなく栓を抜いた。
汗の匂いの残るソファーで骸は寛ぎ、ディーノは先程の後処理をしてもう一度シャワーを浴びた。
「…水風呂張ってもらってこういうのもなんですけど…またすぐに汗をかいてしまいますよ?夜は蒸し暑いですし…」
シャツはもちろん着れるはずも無く、洗濯機に放り込まれた。それでも果たして元通りに着れるかわからない。
少し大きいシャツとチノパンを穿いてソファーから顔を出せば、ニィっといたずらっ子の笑みを浮かべる。
「だーいじょうぶ!ちゃんと手を打っといた!」
ハテナを浮かべていると、いいタイミングでチャイムが鳴った。
幸いソファーは背凭れで玄関からは見えない。
こっそり足を引っ込めると、ディーノは古びた音を立ててドアを開けた。
「こんにちはーディーノさん!」
「よーツナ!わざわざ悪かったなぁ!」
「いえいえ。それよりも大変ですね、クーラー壊れちゃって…」
「んー…まぁ…悪いことばっかじゃないかも…」
「へ?「…ちょっと、まだ終わらないの?」あ、ヒバリさん」
「…恭弥…も、一緒なんだ」
「……悪い?」
まだ三十秒も経っていないというのに辛抱足らず不機嫌全開で威嚇する雲雀に、ブンブンと頭をふる。
雲雀もツナも同級生。
最強のこの人物が正直苦手だ。
どうしてツナが雲雀と付き合っているのか、その因果がわからない。
「……そうそう!そうでした。持って来ましたよ。家に余ってた保冷剤!」
はい。と、わざわざ保冷バックに入れて渡してくれる。
「中にアイスも入ってますから」
「おー!!マジでサンキュー!すっげぇ助かる!!」
「いえー。結構溜まっちゃうんですよね。なんか捨てるのももったいなくて…こっちも助かります。あと、無いよりもマシかなーってこれ。部屋で使ってる小さい扇風機ですけど…」
「マジで?いいの?うわーマジで嬉しい!いつかこの埋め合わせはするな!」
「いいですよー別にこれくらい」
感謝され慣れていないツナは、何度もディーノに感謝の言葉を言われて紅くなる。
えへへと笑うツナの手を、雲雀がとった。
「用、もう終わったんでしょ?帰るよ」
「ええー!ちょ、もうヒバリさんてば!」
ドアの縁を掴んで内緒話をするように口元に手を当てる。
?とディーノが耳を寄せる。
「アイス、ヒバリさんからです」
「行くよ綱吉!!」
今度は力を篭めてツナの手を引く。
足をもつれさせながら雲雀の一歩後ろをついていき、ディーノはぽかんと後姿を見送る。
へら、と笑みを浮かべた。
「恭弥って、そんな怖いやつじゃないかも」
ものすごいことを見つけた気がする。
子供のように喜びながら、収穫を骸に見せに行く。
保冷材、小さな扇風機、そしてチョコレートがコーティングされたアイスを見つけると、感動した骸はディーノに抱きついた。
フローリングに後頭部を打ち付けつつも、ぎゅうぎゅう抱きついてくる骸に幸せを隠し切れなかった。