|
骸は気高い。 囚われてなお彼は「骸」で、白蘭に幾度傷つけられても決して屈せずにまっすぐに立っている。 犯され、屈辱に生理的な涙は流しても、乞う涙は絶対に見せない。 見せ掛けでも絶対に。 だから骸は、どんな華よりも気高い。 そしてそれ故、その諸刃の気高さに傷付く。 (馬鹿だよねぇまったく) とっとと自分の霧になってしまえば、白い牢から出してやり、ボンゴレなどよりもずっと良い待遇で迎えてやると言うのに。 (僕がいっちばん骸くんのこと愛してるのにさ) 身体も、顔も、声も、全部全部が白蘭好みをようやく見つけて捕らえたというのに、誰が離してなるものか。 (こんなに、すぐに会いたくなっちゃうんだから) ちょっと空いた時間があるのなら迷いもなく骸の元へ。 早く骸の顔が見たい。 まるで麻薬のよう。 幾重もの厳重なセキュリティと結界をくぐると(それこそ、白蘭のプライベートルームにだってないような)ようやく広く殺風景な部屋へと出る。 ぽつんと置かれてるベッドの上に紺色の髪が見えた。 こちらに背を向けて、少し俯いている。 高揚する。 「骸くんっ♪」 は、と、骸が振り向いた。 笑顔のまま、白蘭が固まる。 「…骸くん…?」 「ッ」 再び骸が背を向ける。 パタ、と音を立てて、シーツに水が落ち、吸い込まれた。 涙、が。 「――――」 早足で近付き、正面から骸を見る。 骸の痩せた頬を伝っていたのはやはり涙だった。 「また来たんですか?仕事はどうしたんです…本当に暇な男ですね…」 拭おうとする骸の手を掴んで、穴が開くほどに見つめる。 「…ちょっと…」 更に眉を潜める骸。 お構い無しに、いつもの余裕も忘れて伝う涙を見つめて、それからゆっくりとその瞳に視線を移す。 「何で泣いてるの?」 「……」 無言の骸に、ねぇ。と更に言葉を重ねる。 「…僕が居ない間、いつもこうして泣いてるの?」 涙でたゆたう瞳が丸くなる。 かすかな音を立てて、また涙が落ちた。 「…何を勘違いしてるんですか、あなたは」 震えていない声。 白蘭を見る目は、いつもの馬鹿を見る目だ。 「そんなじゃありません。…埃が目に入ったんです」 「へ、」 「だから、ただ目が痛いだけですよ」 白蘭の力が緩んだ隙に骸がその手から逃れて目を擦ろうとする。 慌てて、その手を再び白蘭が掴んだ。 「駄目だよ、擦っちゃ」 「離して下さい…痛いんですって…」 ぱたぱた、まだ涙は零れる。 「僕が見てあげるから。…ほら、どっちの目?」 「いいです。いらないです。だから離れ「どっちの目?」……」 右。とそっぽを向いて答える。 こうなったら絶対に意見を変えないことは、もう学習済みだ。 白蘭が手の力を緩めても、もう抵抗しなかった。 そっと離して、代わりに頬を挟む。 「…ヘンなことをしたらぶん殴りますからね」 「はいはい」 できないくせに。 目を閉じた骸に気付かれないように、くつくつと口の中で笑う。 「さっき、ホントにビックリした」 「そうですか。貴方がビックリするなんてことの方が驚きですよ」 「ひっどー」 嫌味を笑ってかわす。 悔しがればいいのに、あははで済ませるのが骸の癪に障ることを白蘭は知っている。 「まぁ確かに滅多にしないけどさ。骸くんのことなら別だよ」 柔らかい下瞼をそっとつまみながら呟くように言えば、ピクンと骸の肩が揺れる。 「いっつも心配してるんだから。僕が居ない間一人で大丈夫かなーって」 「…馬鹿にするな」 ふん、と鼻息を吐いて、更に眉間に皺が寄る。 「してないって。…でも僕が居ない間に泣くなんて、やめてよね。きみの全ては僕のものなんだからさ」 当然のように言ってくる。 「きみを一番大切にできるのも、愛しているのも、幸せに出来るのも、僕だけだ。そのことに早く気付きなよ」 「…そんなの、…」 文句を聞こえないふりして遮り、上を向かせる。 「ほらーそんな力入れないでー。リラックスリラックス」 切り替えて、軽い声に変える。 「…………」 ぎゅうぅ…と、従うのが不本意と言わんばかりに皺を集めた後、結局力を抜いた。 文句を言っても白蘭が聞くはずが無い。 (お前こそ、早く気付け) ありったけの恨みを込めて心の中で呟く。 だが白蘭はせめてもの抵抗である怨嗟すら丸無視して、別のことに気付いた。 (、お) 自分に向かって、無防備に向けてくる顔。閉じてる瞳。ツンと上がった顎。 まるで、キスをせがまれてるみたいだと。 激しいキスを仕掛けたことはあれど望まれたことはなく、気付いた瞬間からその強請るような唇が気になって仕方が無い。 (…うーん…) ぐつぐつと、下腹部が煮だってくる。 「あ、みっけ」 約束の手前、何とか自制をかけながら目の異物を探していると、ようやく見つけた。 「埃じゃないよ。睫、睫」 「…いいから早く取ってください」 ん、と更に骸が顔を突き出してくる。 ゆらゆらと涙が、ほた、と白蘭の手を伝って流れた。 「―――――」 自然、顔が近付いた。 約束なんて一瞬の内に頭からポーンと抜けた。 「―――ッ??!!」 眼に、そう眼球に得も言われぬ感触が当たり、震えるようにビクンと身体が揺れる。 「なっ…ちょ、何を…痛ッ」 混乱して白蘭を押し返そうとしても、一番弱くて柔らかい部分に触れられている為にうまく力が入らない。 生暖かい感触。 最後に唇で涙全部を吸い取って、ようやく離れた。 「はい、取れた♪」 ぺろ、と舌に乗る睫を見せてやる。 「!!…ッ!!…ッ!!」 だが骸はたまったものじゃない。 まさか、直接目を舐めてくるなんて! 刺激を受けたことで、涙は更に止まらない。 「…何もしないと言ったくせに…!」 「睫とっただけだもーん」 「それに、なんかキスして☆って誘われてるみたいでさー。僕のせいじゃなくない?」 「なっ!」 勝手な言い分に骸の頬に朱がさす。 手が上がるその前に、白蘭は骸を押し倒した。 「ねぇ骸くん。僕、お礼がほしいなぁ」 「―――ッ」 ギリ、と睨みつけても、白蘭は怖がるどころか欲情を増した目で見つめてくる。 「もっと、涙を頂戴よ」 今度は、ちゃんと見ててあげるから。 全部全部飲み干して、僕の一部にしてあげる。 気高さだって、丸呑みにして。 全てを喰らうように、白蘭は骸の唇に噛み付いた。 |