薄暗い部屋に入る。
「……」
ベッドに近付くと、硬質な靴音は消えた。
絨毯のおかげだ。
「………」
薄暗い部屋。月明かりも入らない。
照らすのは人工のライトのみ。
唯一の為に部屋にいれた大きなベットに腰を下ろし、住人を見下ろす。
「…むくろくん」
低く呟く。
ぐったりと骸はベッドに沈んでいる。
右目には包帯。
衣服は身につけてなく、シーツから露出した肌には鬱血よりも傷が目立つ。
さらりと乱れた髪を梳く。
目元は赤く腫れていた。
「………」
白蘭にいつもの笑顔はない。
無表情と言うよりは、後悔が浮かんでいる。
濃く影を落とす。
「…ごめん、ね」
骸が起きていたのなら、決して言わないだろうセリフ。
ちがう。
白蘭はわかっている。
だから後悔する。
こんな、傷をつけたい訳ではない。
手酷く抱きたい訳じゃない。
抉る言葉を吐きたい訳じゃない。
けれど骸の姿を見るたびに、自分の中の獣が制御できなくなる。
後に残った、白く穢された骸を見るたびに、白蘭は自責の念にかられる。
こんなこと、骸にしか感じない。
こんな、罪悪感なんて。
「…ほんと、なんで優しくできないんだろう…」
溜め息をつき、ぷちん、ぷちんと持ってきた花を手折る。
エーデルワイスを降らせる。
「僕ね、ホントにキミと会った時に運命だって思ったんだ」
ジャスミン、コスモス、スイレン。
それにマルメロ。
セントポーリアも落とす。
「僕だけを見ててほしいのに」
シロツメクサをぽとんと落とす。
ぽとん、ぽとん。偶然見つけた四葉のクローバーは耳にかけてやる。
「…キミに好きになってもらいたいだけなのに」
ハナミズキを降らす。
ぱらぱらと、白い花が落ちる。
小さなライトを浴びて、暗い部屋でほのかに光っているようにも見える。
エーデルワイス、ジャスミン、コスモス、スイレン、マルメロ、セントポーリア、シロツメクサ。そしてハナミズキ。
パフィオペディラムで咲かない花はない。
白ばかり集めた花々を骸に降らせる。
この想いが花に宿って、骸に届けばいい。
香りとなって、骸にしみこんでいけばいいのに。
ぱらぱらと降る。
骸が埋まってしまいそう。
「………」
一輪だけの紅い薔薇。
棘の処理なんてしておらず、茎を掴めば途端に肌に食い込んだ。
ぎゅ、と力を篭める。
ぷつんと皮膚が破れた気がした。
気にせず、白蘭は花弁を茎から離した。
じんじんと指が痛む。心はもっと痛い。
それも骸に降らせた。
得てしてそれは血のようだった。
白蘭は気付かない。想いを降らせただけだ。
「好きだよ、骸くん」
狂ったように呟く。
届けばいい。
届いてほしい。
エーデルワイス、ジャスミン、コスモス、スイレン、マルメロ、セントポーリア、シロツメクサ。そしてハナミズキ。
初恋だった。
その優美さ、麗しさ、甘美さに魅惑されて、小さな愛が生まれた。
「僕を好きになって」
想ってホシイ。
「骸くんも、僕を好きになって」
この想いを受け取ってホシイ。
「ん……」
眉根を寄せて、骸が寝返りを打った。
白蘭の方を向いた。
「……っ」
奥歯を噛み締める。
紅色の薔薇のように、死ぬほど恋焦がれている。
「骸くん…っ」
白い花々と一緒に骸を抱きしめた。
エーデルワイス、ジャスミン、コスモス、スイレン、マルメロ、セントポーリア、シロツメクサ。ハナミズキ。
そして紅の薔薇。
彼にスノードロップは与えない。
渡されたら、何をしてしまうかわからない。
骸が自分の死を望んでいることはわかっている。
だからこそ、言葉ではなくカタチをつきつけられるのが怖い。
怖くてたまらない。
何をしでかすか自分でもわからない。
希望も何もが自分の死だなんて。
「…好きなんだ」
しみこめばいい。
柔らかい笑顔で、紅い薔薇を返してほしい。
白い胡蝶蘭でもいい。
そうすればきっと優しくできる。
もう傷付けることもない。


花に頼るほどに、感情が制御できない。


こんなふうにした骸が一番恐ろしいことに白蘭はまだ気付かない。






エーデルワイス(初恋)
ジャスミン(愛らしさ・優美)
コスモス(美麗)
睡蓮(甘美)
マルメロ(魅惑・魅力・誘惑)
セントポーリア(小さな愛)
白詰草(私を思って)
ハナミズキ(私の思いを受けて下さい)
スノードロップ(希望)人への贈り物にすると「あなたの死を望みます」という意味に変わる。
白い胡蝶蘭(あなたを愛します)