―――ぼくはあのこにすてられた


見上げた天井が真っ暗で、果たして起きたのかまだ寝ているのか、一瞬判断がつかなかった。
(…なんだろ…)
何度か瞬きし、やはり起きてると知ったツナは、いきなりの目覚めが不思議でならない。
メローネ基地での連戦により衰弱した身体は確かに睡眠を要求していたと言うのに。
ただ、「なにか」が感覚に触れた。
言葉では言えない。それは直感でしかわからない「なにか」
ほんの少し。
産毛に風が当たるような、普段なら見逃してしまうような小さいものなのに。
「……」
けれど、見逃すことができない。
重い身体を起こせば、やはりあちこちが痛む。
ざわり。ひとつ心臓がざわめいた。
冷たい床に足を降ろして、ツナは部屋を後にした。



初めてツナを抱きしめたのは、まだ想いを自覚していない時だった。
遅刻者を取り締まっている時に、へろへろになりながらも走ってきたツナ。
アウトになったとわかった途端気が抜けたのか、ぐらりと身体がぶれた。
助けたつもりはない。その身体がすぐ真横にくずれたから、拍子に腕が伸びただけ。
―――あまりに薄く、軽かった。
皮膚のすぐ向こうは骨か内蔵なんじゃないのかと、本気で思った。
なんて貧弱な草食動物なんだろう。
心の底から呆れたのに、その感触が妙に感覚に染み付いた。
細い、細い、か弱い子。
呆れるくらいに何にもできない子。
反応が面白くて気まぐれに助けてやれば、脅えてるのに礼を言ってくる。
ヘンな子。面白い子。
助けるたびにあの子は笑顔を見せてくれるようになった。
妙に、それが、嬉しくて。

だからあの子が望む存在になりたかった。

「…ヒバリ、さん…?」
静かな廊下に響いた声が、脳にじぃんと染み渡る。
うっそりと、顔を上げる。
地下に届くのは人工の月光だと草壁が教えてくれた。
柔らかい光。闇の向こうから、戸惑ったようにツナが現れた。
「…綱吉…」
「きてたんですね、ヒバリさん」
ツナの表情が和らぐ。
光で浮かび上がる、まだまだ小さな身体。
(…いつから、だっけかな。きみが…)
柱に預けていた背を支えて、ツナへと歩き出す。
「ひば」
構わずに抱きしめた。
「ひ、ひばっヒバリさん?!」
突然のことにツナが焦った声を出すが、そのまま無言で抱きしめていると、段々硬直が解けてきた。
背中に腕が回る。
尚強く、雲雀はツナを抱きしめる。
「―――――」
腕を、背中を触る。
服の、包帯の向こうを探れば、しなやかな筋肉が浮かんだ。
随分前から皮膚の下に息づいているのに気付いていた。見ない振りしていたのに、それもできないくらいに。
身長も、自分よりも頭の位置はまだまだ低かったが、最後に抱きしめた時よりも確実に伸びている。
「随分、」
「?」
「随分…強くなったみたいだね」
「え?…あ、…はいっ」
はにかみながら頷く。
「毎日修行して、いろんなやつと戦って…ようやくここまできました」
「そう…」
大好きな笑顔。
でも、どうしてそんな笑顔で、強くなった、なんて言えるのかがわからない。
「まだ白蘭との決着が残ってるから、もっともっと強くならないといけないですけどね。明日からはまた「きみは、」…?」
「…きみは、もう助けてって言わないんだね」
目を見開いた。そしてすぐに、はい。と小さな声で、だが絶対の意思を持って頷く。
「助けられてばっかりじゃダメだってわかったんです。オレが、オレがみんなを助けないと」
「…そう…」
「はい」
「そうやって、僕を捨ててしまうの?」
沈黙が支配した。
日本語を理解できなくなってしまったのだろうか。ツナは、耳に入ってきた雲雀の言葉の意味を計れない。
「…え、あの…」
それとも聞き間違いだったのだろうか。戸惑いながらも顔を上げれば、心臓が冷えた。
雲雀が、雲雀でない気がした。
深くて透明度の高い、湖のような瞳。
「強くなんてならないで」
深すぎて、底が見えない。
「僕を、捨てないで」
「どういう…ちょ、ヒバリさん?意味が、理解…」
話がどうずれていったのかがわからない。
なんで、そうなっているんだ。
「ヒバリさん、強い人が好き…なんでしょう?それなら、オレ尚更…」
「きみは別だよ。きみは僕に守られてればいいんだよ。助けてって、僕を頼ってくれれば。…なのに」
「…いいえ、ヒバリさん。それじゃダメです。ダメなんです!助けてって、守ってって、その言葉がオレ以外の人を傷付けるものだってわかりましたから。…オレはもう、ヒバリさんを…誰も傷付けたくないんです!」
「じゃあやっぱり僕はいらないんじゃない」
「だから、どうしてそうなるんですか?!オレは一言もヒバリさんのこと捨てるとか、いらないとか思ったことないですよ!!」
訳がわからず、思わず激昂する。
「だって、きみは僕に助けてほしくて、僕のことを好きになったんだろう?」
「……ヒバリさん、ホントにオレ、ヒバリさんが何言いたいのかがわからないです」
首を横に降る。
肩にある雲雀の手はツナを離そうとはしないが、このぬくもりがなくなったらオシマイな気がして、ツナもまた白いシャツを掴んだ。
「オレはヒバリさんが好きで、だからヒバリさんと一緒にいたいんです!どうしてそれが助けるとか捨てるとか、そっちに行くんですか!」
「そうじゃなきゃ、きみが僕が好きな理由がわからないもの」
「……」
「それ以外に、きみが僕を好きになる理由って、何?」
「―――…ひどい、」
言葉と一緒に涙が零れた。震える。戦いの最中だって、こんなに胸は痛くなかった。
「オレは、こんなに好きなのに」
「…綱吉…」
再び雲雀がツナを腕の中に閉じ込めた。
ツナは逃げない。むしろ、強く抱き返す。
「お願い、綱吉。僕を捨てないで。僕の傍にいて」
「ヒバリさん、ヒバリさん…わかってください、ヒバリさん…そうじゃないんです、違うんです、オレはただ、ヒバリさんを好きなだけなんです」
「捨てないで。きみを取り上げないで」
小さな子供のよう。
聞いてくれない。
与えているのに、ほしい。ほしい。とねだられる。懇願される。
伝わらない。
掌に渡しているのに。


こんなに、愛しているのに。