たった少しの救い


うざい うざい うざい
そんなの、は、いらない。
ああ、もう本当に。
煩くて仕方が無い。


この目が光を映すことが、これからあるのだろうか。
そんな、希望を打ち砕いたのは、祖父だった。
祖父であるブックマンが向けた目は、仕方が無いと言う諦めの目だった。
だが、その諦めの目、の方が、ラビには楽だった。
あの、大人たちの向ける視線。
誰もが似たような目を、哀れみのような目を向けて、不快だった。
ラビ自身、この目がこうなったのは仕方が無い事だと思うし、もう諦めていた。
ブックマンの希望を持たせない一言が、逆にラビには無意味な救いを一気に捨てられて幸いだったのに。
そんなうざい視線の中、好奇心に輝かせたような目で見てきたのが、神田だった。

そっと、そこに触れられる。
白い布越しの肌を触っていると言うよりは、撫でるように布を触っていると言う感じだ。
なでなで。
別にくすぐったくもない。
本当にただ、布を触っている感じ。
「痛いか?」
そう聞かれてすぐにラビは首を横に振った。
会った当時から、右目を包帯で覆っていたラビを、ずっとずっと神田がその包帯を気にしていたのは知っている。
それをあえて聞かなかったのは、別に気にされるのに慣れていたからだ。
(慣れたって、あいつらのあの視線は、マジうざいけど)
だから、
「触っていいか?」
と聞かれた時に驚いた。
いつもオトナたちは、この隠した右目を見るたびに驚いたような、哀れみのような目をよこしてきたから。
(不思議、だ)
思いつつ、驚いたまま頷けば、そろそろと神田がその小さな手を伸ばしてきた。
「怪我、か?」
「うーん・・・と、」
言葉を濁すと、神田は眉を顰めて小首を傾げた。
それからまた、そろそろと包帯を触り始める。
「これ、いつ取れるんだよ」
「えーっと・・・オレにもわかんないさ」
「ふーん」
包帯は取れるだろう。
だから嘘は言っていない。
『いつか』包帯は取れる。
そこから何かを目に当てることには変わりないが。
さわさわと撫でる神田の手の力加減が少しずつ変化するので、時々くすぐったい。
「早く治ると良いな」
「うん」
そう頷いたのは、神田を安心させるため。

□■□

きぃ、と、軋んだ音を立ててドアが開いた。
その音にブックマンはドアの方を向いたが、入ってきた人物を確認し、再び書物へと顔を戻した。
入ってきた人物・・・神田も、ブックマンをちらっと確認した後は、すぐに視線を外してベッドへと向かっていった。
「・・・・・・」
すやすやと健やかな寝息を立てるのは、ラビ。
「遊ぶのか?」
「違う」
察してくれたのか、音量を落としたブックマンの声に、神田も潜めた声で簡潔に答えた。
ポン。
何か軽い音がした後、ギシリと固めのベッドのスプリングが軋む音がしたので、何かと思いもう一度ブックマンは神田に視線を映した。
神田はベッドに乗り上げると、ラビに何かをしているようだった。
気になり椅子から立ち上がって手元を見てみると、ブックマンは驚いたように目を丸くした。
「神田、それは・・・」
「こっちのほうが、いい」
そう満足そうに言うと、神田は、しぃ、と人差し指を口に当て、それからベッドから降りていった。
「ラビには内緒だぞ」
それだけ言うと、神田は来た時と同じ様に静かに出て行き、後には呆然と孫の顔ともう閉まってしまったドアを交互に見るブックマンの姿があった。
「・・・子供のすることはわからん・・・」


結局ラビが起きたのは、神田が去ってからかなり経ってからだ。
ふぁ、とあくびをしながらベッドから起き上がると、まず先程と同じ様に読書をしている祖父が目に入った。
ブックマンも、ラビが起きたことを知ると、パタンと本を閉じ、ラビの方へ顔を向けた。
「ようやく起きたかこのねぼすけめ」
「うっせぇよジジィ」
嫌味にすかさず暴言を吐くと、それまで読んでいたブックマンの本が顔面に飛んできた。
まだそこまで条件反射が育っていないラビは、そのままその本をクリーンヒットさせてしまった。
「先程、神田がきていたぞ」
「え?!うっそマジで?!なんで起こしてくんなかったんだよ!!」
それを聞くと、鼻を擦っていたラビはすぐにベッドから降りて衣服を整えた。
「気付かず寝こけてたやつが何を言う」
バシィッと、ラビからの一撃・・・先程の本をあっさりと受けとめ、もう一度ページを捲り始めた。
「ジジィのアホー!!」
それだけ言い、逃げていった。
・・・あとでシメられるのは確実だ。

□■□

いつも人と擦れ違って感じるのは、哀れみの目か、あえて逸らした視線だ。
・・・なのに。
それが何だろう今日は。
何故か穏やかなような視線が送られる。
「???」
疑問に思いつつも、ラビの中で最優先事項は神田を探す事だ。
いつもはラビの方から遊びに行くところを、せっかく神田が来てくれたのに!
ああもう自分のアホ!!
今日に限って健やかにすぴすぴと寝こけた自分を、心の中で盛大に罵りまくる。
「あれ、ラビ」
と、向こうからやってきたのはコムイだった。
焦っているのでそのまま挨拶だけして通り過ぎたかったが、その後ろにリナリーの姿も見つけたので、ラビは立ち止まって挨拶をすることにした。
コムイが黒の教団にやってきて、ようやくリナリーはその拘束状態から介抱された。
それからはコムイにベッタリで、他の大人にはまだ慣れようとしない。
だから更に、同い年くらいである自分や神田にはそれなりに信頼を寄せてくれている。
それは、同年代が少ないラビからしても、大切な友人なのだ。
と、コムイはきょとんとした後、くすりと笑って自分の右目の包帯をそっと触った。
「今日は随分、可愛いんだね」
「は?」
「うん!やっぱりラビ、そっちの方がかわいい!」
コムイに続いて、リナリーも顔を明るくして、きゃっきゃっとはしゃいでいる。
「えーっと、あの?話が読めないんですけどー?」
さすがに気になってラビが聞いてみると、コムイはくすくす笑いながら手鏡を渡してくれた。
「顔、見てご覧」
「??」
眉を寄せながら鏡をのぞく。
そして、その中の自分の右目を覆うように巻いてある、包帯。
そこに。
「え、なにこれ・・・」
「神田だわ!」
また嬉しそうに、リナリーがそう言った。
「・・・どういうことさリナリー?」
見れば、兄のコムイまで疑問そうに目を丸くして、リナリーを見下ろしている。
そんな兄にぎゅーっとしがみつきつつ、きらきらと輝く瞳で、嬉しそうにリナリーは語り始めた。
「うん。あのね」

□■□

結局神田は、自分の部屋に居た。
ラビが来たことに嬉しそうにしていたが、ラビがこれ、と、包帯を指差すと、少しだけ眉を寄せて後ずさった。
「これ、ユウがやったって、ホント?」
特に怒ったり、真剣に言ったつもりは無いのだが、寝ている最中にしたことに神田も罪悪感を感じているのだろう。
その、包帯に油性マジックで描かれたうさぎに。
「・・・や、だったか?」
「うーん、嫌っつーか・・・。なんでかなーって疑問に思ってさ〜」
怒ってないと言うと、ようやく神田の肩の力が抜けた。
「・・・リナリーと」
「うん」
「リナリーと、ラビの包帯って真っ白だから寂しいよなって、話してて」
「うん」
「・・・で、なんか描いたら、寂しくなくなるかもなって」
「・・・うーん・・・」
確かに先程リナリーに聞いたとおりだ。
しかし、何故うさぎ。
どちらかと言うとそちらが気になる。
そんな、どこか的外れなことを考えていると、また神田がそっと包帯を触ってきた。
肌ではない。
包帯を。
その、小さな手で労わるように。
きゅうっと、眉が寄っている。
不安そうな顔だ。
(かーわいー)
いや違う。
そうじゃないそうじゃない。
また飛んでしまいそうになった思考を何とか戻し、にっこりとラビは微笑んだ。
「嫌なんかじゃないさ。ユウ・・・とリナリーは、オレのこと考えてしてくれたんだろ?
なら、すっげぇ嬉しいに決まってるさ」
ありがとな、と、ラビが素直に礼を言うと、神田は恥ずかしそうに俯いて、それでも嬉しそうに眉間の皺を消した。
言葉に偽りは無い。
すごく嬉しかったのは本当だし、神田の気持ちが嬉しかったのは事実だ。
驚いたのは、ただ包帯に落描きがしてあるだけで、オトナたちの反応が違っていた事だ。
うざい、と、あまり思わない視線だった。
驚いた。
ただ、それだけ、の、ことなのに。
そして、ただそれだけのことに気付いてくれた神田の心遣いがとても嬉しくて。
可哀相と思って、それをちゃんと無くそうとしてくれる、そのことが嬉しい。
「ユウ」
「?」
こつりと額を合わせる。
人種の違いか、同い年でもラビの方が神田よりも少しだけ背が高い為、その分見下ろすように額をつけた。
「ありがと、な」
「?もう聞いたぞ?」
「うん。それでも、ありがとさ」
「・・・??・・・おう」
それでも、礼を言われて嬉しくないはずがなく。
神田も、はにかんだように少しだけ、笑みを浮かべた。



うざいもの全部取り払ってくれたわけじゃなくて。
この目も、光を浴びるわけじゃなくて。
それでも。
その事を否定せず、隠さず。
ただその状態から、いい方へ持っていこうとしてくれたことが嬉しかったから。

うざい視線を、うざいと思うよりも、まず気にせずによくなったのは。
キミの、そのあったかな心がこの見えない右目を包んでくれたから。


たった少しだけの救いが、自分の世界を変えていってくれるのだ。



☆END☆


コメント

私的には7歳児くらいなのですが、実際にはも少し年齢は上かと。
ただ、幼い頃のを書く度に神田があほの子になっているような・・・気が・・・(ガクリ)
包帯への落描きは、『LAVI』と書こうとして『LOVE』になっちゃった☆
みたいなネタにしようかとも思ったんですが、明らかに神田があほの子になるので却下しました(笑)
チューくらいいれたかったな・・・(後悔)
短い文章(寝てるところを包帯に落書きされて、ラビが気付くくらいまで)を伸ばして書いたので、あわあわ加減が出てしまいました・・・よ・・・(ガクリ)
よーしドンマイドンマイ!!リベンジあるのみさー!!