涙と梯子の向こう側


涙なんか、もういらない。

そう言った少年の後姿が、今も目に焼きついて離れない。

□■□

雨が。
さらさらと、雨が降っている。
黒い団服をまとった青年が、その中にただ立ち尽くしているのが、端目に入った。
「・・・ユウ・・・?」
訝しげに、ラビはそちらを見る。
雑木林に続く裏庭で、雨に濡れるのにも構わず立ち尽くしている神田には、その声は届かない。
「あ、ラビ・・・」
神田の方へ向かおうとすると、その前にリナリーに呼び止められた。
それに構わず神田に向かおうとしたのだが、思わず見たリナリーの表情に曇りを見つけ、その足を止めた。
「神田、まだあそこにいるの?」
その発言を聞き、リナリーが神田のあの行動の理由を知っていることがわかる。
「なにか、あったんか?」
ラビの記憶が確かなら、神田は昨日まで任務だったはずだ。
任務後は気が荒立っていることが多いので、神田は一日中部屋に篭ることが多い。
なのに。
リナリーは躊躇った後、目を伏せて口を開いた。
「・・・ファインダーが、死んだの・・・」
だから?と言いかけ、ラビは止めた。
その言葉は、死んだファインダーへの冒涜だ。
そして次のリナリーの言葉を聞き、口に出さなくて良かったと再度思うことになる。
「神田を庇って」
「――――――――」

さあぁぁ・・・――――――――

静かに雨が草に、石に、葉に当たっては小さな音を奏でる。
ユウは、どういう気持ちで聞いているのだろうと、ラビはそんなどうでもいいことをふと思った。
「一緒に行ったファインダーによるとね、その庇ったファインダー・・・家族に神田くらいの息子が居るんだって」
『それに、キミはまだ死んではいけないよ』
自分なんかより。
そう言って、そのファインダーは笑顔で逝ったという。

雨が降る。

空は未だ、晴れない。

ぱしゃんと音を立て、ラビは神田に近づく。
気配を消す必要などないので、存分に派手な音を立てて。
「ユウ」
呼べば、神田はうっそりとこちらを向いた。
元々血色が良いとは言えないその顔からは血の気が引いて、雨の中の薄暗さが更にそれを強調している。
いつものキリッとした表情はなく、ただ生気の失せた顔でこちらを見ていた。
ラビ。
声は無く、ただ口がそう紡ぐ。
「・・・そんなとこ居ちゃ風邪引くぜ?部屋、はいろ?」
な?と手を差し出せば、神田はのろのろと視線をその手に映した。
緩慢な行動。
いつもの神田からは、考えも付かないくらいに・・・。
「・・・ユ」
「ラビ」
少し疲れた、それでも凛とした声がラビの耳に届き、ラビは思わず口を閉じてしまった。
その黒い瞳が、再びラビの眼を捉える。
「ファインダーが死んだ」
ラビは口を開けない。
「俺を庇って」
なのに。
「・・・笑って、たんだ・・・」
死ぬ間際まで。
一歩、ラビは神田に近づく。
「他人の・・・俺なんかの為に死んで・・・笑ってたんだ」
「・・・ユウ・・・」
もう、一歩。
「けど俺、なんか・・・もう、泣き方なんて忘れたし・・・」

『涙なんか、もういらない・・・ッ』

そう言い、肩を振るわせつつ涙を堪えていたのは、まだ幼い頃の神田だ。
まだ未熟な神田は、それでもエクソシストとして引くわけにはいかないと、出てはいけないラインまで出てしまった。
それを見たラビは、思わず神田を庇い、思わぬ深手を負ってしまったのだ。
眼を覚まして目に映ったのは、コムイに凭れ掛かり必死に堪えている神田の姿。
「・・・ユウ」
そっと、後頭部に腕を回し、そっとその身体を自分に引き寄せる。
その手を背中に移動させ、小さく、その背を撫でてやる。
「・・・そのファインダーが笑顔で逝ったって言うんなら、それがそのファインダーにとって満足の結果ってことだろ?」
「・・・・・・」
「人の生き方が人それぞれなら、ひとの死ぬ理由だって人それぞれだ。
・・・お前や、ましてオレなんかがそこまでヒトに踏み入ることなんて出来ないさ」
けど、と、言った神田の声は聞こえなかったが、肩に当たったその動きでラビは知りえた。
「悔いてンなら、泣いてやんな」
「・・・・・・」
「ユウは、泣くって言うのは弱者の手段とか思ってンだろうけどさ、泣くって言うのは相手に対しての表現感情だってオレは思う」
ラビ。
ラビから少し身を離せて、神田は小さく言葉を紡ぐ。
「悔いてンなら、泣いてやれ」
もう一度、呟くように言い聞かせ。
吹き込むように、声を繋げる。
「オレも一緒に、支えるから」
ラビは神田の目頭にキスを落とす。
小さく、吸うように、啄ばむように、促すように。
互い交差に、涙を誘うように。
「・・・ッ」
嗚咽は、無く。
口の中にしょっぱさが広がる。
雨にまぎれて、その涙は確認できない。
ただラビは、今までの分の涙を流すような神田のその小さな行為を。
キスを落として見守った。

□■□

曇天に、だがもう雨は無く。
「・・・あのーユウさん?」
「うるさい」
ラビの発言は、いつもの神田の声に遮られる。
その眼からは、相変わらずぽろぽろと涙が。
もう雨は降っていないので、その眼から零れる雫ははっきりと確認できる。
だが、ラビの予定ではもう神田は泣き止んでいるはず。
と言うか、まさかここまで泣くとは。
「えーと。・・・そろそろ泣き止みません?」
キッと神田はラビを睨むが、涙がいつもの威厳を失わせている。
「煩いッつってんだろ!俺だって早く泣き止みてぇよ!でも止め方知らねェんだからしかたないだろーが!」
うっそーとか思うが、そんなこと言えば蹴られるのは目に見えている。
「っつっかテメェが泣かしたんだから止めろよ!」
ンな無茶な。
と言いかけ、ふとラビの悪戯心が疼いた。
にこーと笑い、その身体を抱きしめる。
おい、と言いかけたその口を塞ぎ、すぐに舌を差し込む。
「・・・んムッ!」
まだ深いキスになれない神田は、ラビの舌を追い出せも噛めもしないままされるがままになる。
だがなんとか身体をジタバタと暴れさせ、何とか逃れた右手でその後頭部にゲンコを食らわす。
カツリと音を立てて歯がぶつかり、その衝撃が自分にまで伝わってきたのは予想外だったが、ラビの口からは逃れることが出来た。
「てめ・・・ッ」
息を荒くさせ、六幻に手をかけようとするラビをなんとか宥め、その目元を指で掬ってやる。
キョンと自分の頬に手をやると、濡れた感触がほとんどなく、ただ先程の涙の後が残っているばかり。
「・・・止まった・・・」
「もちょっと、自分の感情コントロールできるようになれ〜?」
煩い!と言う怒声と共に抜かれた六幻を何とか槌で受け止め、ラビはトンズラをこく。
「まー出来なくても〜?オレが何とかしてやっけどなー!」
「黙れ!誰が二度とテメェなんかに頼るか!!」
そのまま六幻を構えなおし、ラビを追いかけていく。
怒声と悲鳴が、教団内へと消えていく。
厚い雲の隙間から、光が漏れていく。
まるでそれは、天と地上を繋ぐ梯子。
死者たちの魂を運ぶ、暖かな導き。

悲しみは、心に留めなくても。

あなたたちの思いを、しっかりと抱えていきながら。

今日もまた、空を見上げる。



☆END☆


コメント

よろしければ潮さんへーv
私のラビューは半分潮さんがいなければ成り立っていませんよ・・・(笑)
とりあえずネタは忘れないうちに・・・。
ちなみに最後らへんに書いた表現は、天使の梯子のことです。
あれがすんごく好きです・・・v