けれど儚い世界の為に


まじわっていく。
そしてそれが、のみこまれていけばいいのに。

いつものように眉を顰める神田をスルーして部屋まで遊びに来たラビは、定位置である備え付けの椅子に座り、本を読んでいた。
神田は神田でラビに構う気は毛頭無いので、自分のしたいこと・・・六幻の手入れをしていた。
大切なイノセンスは、自分のもっとも扱いやすい日本刀の形をしている。
そうでなくても、刀とは手入れによってその切れ味が面白いくらいに変わってくるので、神田は集中して手入れをしていく。
ラビもそのことは重々承知なので、どんなに構って欲しくてもその時だけは邪魔をしない。
本から顔を上げ、神田を盗み見る。
黒く長い髪はいつもの場所ではなく、低い位置で無造作に結ばれている。
エクソシストであることを証明する黒い団服も身に付けてはおらず、白いシャツを羽織っており、それがとても無防備に見える。
それを自分に見せてくれると言うことが、なんだか信用されている様でラビは嬉しい。
艶やかでさらさらとしている神田の髪は、ちょっとした神田の身動きにも、さらりと合わせて動いていく。
髪と同じく真っ黒な睫毛は、女性がうらやむくらいに濃く、長い。
それがアジア系特有の黄味のある肌に影を落とし、ひどく美しかった。
その姿を見て、わからないようにくつりと笑う。
こんな、何でもない時間すら幸せでたまらない。
そんな表情だ。
「ッ」
しばらくそうしていると、神田が小さな声を漏らした。
「どした」
思わず顔を上げて神田を見れば、神田はバツが悪そうに自分の指を見ていた。
「・・・切った」
不覚。
そう顔に書いてあるようで、ラビはまた笑ってしまう。
弱みを見せることを嫌う神田は、こうしてラビの前で、しかも六幻の手入れ中に怪我を負ってしまったこと、恥じているのだ。
「ダイジョブか?」
「当たり前だ」
それでもラビは椅子から立ち上がり、神田の横に腰をかけた。
床に座っている為、どうしても椅子からだと見下ろしてしまうかたちになったまま話をしなくてはならないからだ。
同じ視線で会話をしないのは、ヘンな感じだ。
そっと神田の切ってしまった親指を見る。
スッと線が走り、そこからプクリと血が膨らむように溢れ、臨界点を突破したソレは、とろりと指から流れていく。
ラビが神田のその手を取ると、おい、と窘める声が聞こえたが、ラビはそれを無視した。
回復力が異常に早い神田。
この傷も、すぐにその血を止めて痕も残らず消えてしまうだろう。
けれど、流れた血が戻るわけではない。
傷は治っても、血が足りなければ生命の危機に陥る。
削られた骨肉は再生しても、ではそれは何で補っている?
「・・・・・・」
やるせなさが込み上げてくる。
けれど、エクソシストであるのなら、怪我は当然で。
それでも。
やはり覚悟をしていなければ。
ラビは、不意に自分の右手を口に持ってきて、犬歯でその皮膚を食いちぎった。
「っおい!」
神田の非難する声が聞こえたが、これも無視する。
神田のものとは違う、綺麗とは言えない傷口。
そこからはやはり、赤い血が込み上げてくる。
それをラビは、神田の傷口と合わせた。
紅くて、それが交わったことすらかわらない。
けれどそれは、間違いなく二人分の紅。
「・・・こうやって・・・」
「?」
「こうやって、オレの血をユウにやれればいいのにな」
命を。
分けてあげれれば、と、何度思ったことだろう。
けれど交わった血は、神田の中に入ることはなく、ただ二人の指を伝い流れていく。
すっと、神田の手がほのかれた。
次にラビを襲ったのは、頭への強い衝撃。
「〜〜〜〜ッ」
突然殴られたために、頭をかばうことすらできなかった。
本気でラビが痛がって悶えていると、上から神田の声が降ってきた。
「莫迦かテメェは。俺はお前の血なんざ欲しくねェんだよ」
「わ・・・かってるけどさ〜〜〜・・・」
まだ衝撃が収まらないため、言葉が切れてしまう。
さすがに少し頭に来る。
「俺はお前の命使ってまで、長く生きたいとは思わない」
けれどその小さな怒りは、やはり神田によって掻き消されてしまった。
ふと神田を見れば、少しだけ目に宿した、哀しみの色。
「俺に付き合って、お前が命削る事なんて、ない」
不器用な優しさだと思う。
そして、それが酷く愛おしい。
「・・・ゴメン」
穏やかに謝れば、神田がふんっと息荒く視線を逸らした。
そうしてベッドの端に背をもたらせたまま、また少しの時間が流れていく。
「・・・けどな、ユウ」
再び口を開いたのは、やはりラビ。
ふっとそちらを見ると、ラビはもう血の止まった自分の指の傷跡を見ている。
「お前は莫迦だって思うんだろうけどな、オレはお前の為なら命なんて惜しくないんよ」
「――――――――」
本当に莫迦だ、と神田を思う。
自分なんかのために命を削る、などと。
「阿呆」
莫迦、と続けて神田は呟く。
まぁな、とラビはまたくつりと笑った。
「ユウ」
言葉を紡ぐ前に、後頭部から引き寄せられ、ラビの唇と自分のそれが重なった。
食むように、数瞬だけ。
暖かい唇の柔らかい感触と、熱くも思える舌が離れる時に偶然を装い唇を舐めていく。
「―――――メシ、食いに行かね?」
唐突なその行動に文句の一つでも言ってやろうかと思ったが、神田は大きく息を吐くと六幻をしまい立ち上がった。
「お前、メシ取り行ってこいよ」
「へいへい」
言いつつ、神田は団服を羽織る。
また少し、ラビの中に優越感が生まれる。
自分だけに見せてくれる、その団服の中。
暖かい体温を、感じることの出来る幸福が包んでいく。
そっと、自分の指を見る。
癒えていく傷。
ならば、心だけでも。
自分が神田を支えていこうと、思った。



☆END☆


コメント

どうもラビューはせつなめになってしまいます・・・。
甘いのが書いてみたいな〜。
「こんなん神田じゃないよ!」って言われるくらいにあんまいのを。