|
Prunnus persica とりあえず人を紹介されたら、握手を求めるのは普通ではないだろうか。 それがなくとも、よろしく。とか、初めまして。とかの挨拶は常識だと思う。 照れたりするのは可愛い。 けれど。 だけど。 むっつりと眉間に皺を寄せて、伸ばした手をと叩くのは、さすがにどうかと思う。 「・・・あー・・・」 うっそりと目を開け、ラビはボーっとし、大きく伸びをした。 ブックマンの目を盗み、部屋を抜け出してお気に入りの樹にサボりに来たのだが、天気の良さにつられてついついウトウトしてしまう。 そのまままた眠りに身を任そうとしていると、ふいに人の気配を感じた。 元々教団内に全てが揃っており、絶壁の上にそびえ立っているため街もない。 そもそも、その街に降りるのさえ地下水道を通っていかないといけないのだ。 要するに、こうしてラビのように森に入ってくることはほとんど無い。 ラビは上半身を起こし、下を見てみる。 「あんれ〜?神田?」 意外な人物を発見し声をかけるが、神田はチラリとこちらを一瞥したかと思うと、またスタスタと歩いて行ってしまう。 「神田も散歩かい〜?」 ラビは樹から飛び降りると、神田の後を追い横についてみる。 だが、やはり神田はラビをオール無視して歩いていく。 「無視すんなよ〜」 ブツブツ不満を漏らすと、ギッと神田がこちらを睨んでくる。 「うるせー。ンなに無視されたくなきゃ最初っから話しかけてくんな」 やはり変わらぬ態度に、ラビは呆れを通り越してもはや感心してしまう。 「お前さー誰彼構わずケンカ売んなよー。嫌われるぜ?」 しかしそんなラビの言葉にも神田は『それで結構だ』と言い捨てて歩いていく。 だがラビも懲りない。 明らかに神田に『どっか行け』と言われているのにその横に平然といる。 神田も神田で、いくら言っても着いてくるラビに内心で驚いていた。 普通ならば怒るなりなんなりして、もう着いてこない場面ではないだろうか。 「・・・今から鍛錬するんだ。邪魔すんな」 「何で鍛錬場でしないのさ?」 「ウザイのがたくさんいるからだ」 お前みたいな。と神田は強調し、しっかりと付け加える。 だがラビは、ニカッと笑って自分のイノセンスを取り出した。 「じゃあオレも一緒にやっていい?」 「最悪に嫌だね」 そう言うと、神田は身に余る六幻の鞘で、ラビを遠ざけるように向ける。 「それが神田のイノセンスか〜」 しかしラビは、やはり神田の嫌味をサラリとかわす。 「神田は日本の生まれなんだよな?イノセンスがこういう日本刀っぽいのだとやっぱり使いいい?」 「・・・知るか・・・」 そろそろ神田の方が飽きれてきた。 本当に、何を言えばラビは離れていくと言うのか。 「・・・そーいえば」 またしても、ラビの方から声をかけてくる。 「神田の下の名前って聞いたことねぇなぁ・・・。神田ってファミリーネームだろ?ファーストネームはなんてーの?」 すると神田は、そこで初めて足を止めた。 そして、すぅっと息を吸い、ラビの方をギッと睨んだ。 「誰が教えるか、テメェなんかに」 それだけ言うと、神田は先程よりも速度を上げて歩いていく。 「えー?いいッじゃーん」 その後を、当然のようについてくるラビ。 ・・・堪忍袋の尾が切れる・・・。 「―――――いい加減にしろ!」 怒鳴ると、初めてラビがきょとんとした顔を見せた。 「俺は一人で鍛錬すると言ってんだろーが!俺はテメェと仲良くする気なんざ塵ほどにも持ってねェんだよ!相手して欲しいなら相手してくれるような相手を探せ!」 これでさすがに諦めるだろうと神田が踵を返そうとすると、聞こえてきたのはやはり緊張感の無い声。 「えー?でもオレ今神田と話したいもんよ」 「――――――」 「それによ〜神田。他のやつらにあんまそう言う態度取んない方がいいぜ?おんなじ仲間なんだしさ」 すると、神田は再びラビの方を見て、鼻で笑った。 「・・・仲間?俺は仲間なんざ持った覚えは無いね」 「――――神田・・・」 「仲間だ?ンなくっだらねぇ意識持つよりも先に強くなれってんだ」 アホらしい。 区切ると、神田は今度こそ踵を返した。 ラビの足音をは聞こえない。 「でも、そう言うのも大切だぞ?特にオレら、おんなじ敵倒そうとしてんだしさ。協力は悪いことじゃねェだろ?」 「協力してる暇があんなら、まず自分の身くらい護れるようになりやがれ」 「かーんーだー」 どこまでも反撃してくるので、思わずラビも苦笑してしまう。 ・・・なので思わず。 本当に思わず。 口が滑ってしまった。 「ンな態度とってっと、大切なモノいつ亡くしちまったのかすらわかんなくなるぞ?」 その言葉に、神田の足が止まった。 思った以上の反応に、ラビの方が驚いてしまう。 そして呟かれた、言葉に・・・ 「・・・そんなの、とっくの昔っからありはしない」 「―――――――――」 後悔した。 心のソコから。 時間が巻き戻るなら、今言ったことが無くなればいいのになんて思ってしまうくらい。 生まれて初めて、心のソコから後悔した。 そして、軽薄な自分の性格を呪った。 それまで見えていた背中が、一気に小さく映る。 「・・・わる、い・・・」 あまりに間抜けな声しか出ず、だが神田は何も言わず歩いていく。 「気になんざしてねェよ」 それは多分、神田が見せた初めての優しさだろう。 なにか、と思い、ラビはふと頭を巡らせる。 『ごめん』 呟いた言葉に、もう一度神田の足が止まった。 振り返る、顔。 『ごめんな』 「―――――」 それは祖国の言葉。 こんな土地で聞くことは無いと思っていただろう、懐かしい言葉。 「な、んでお前・・・」 「ん?ああ・・・オレ一応知識覚えんのが仕事だからさ」 だから多少だが日本語も話せるとラビは言う。 そんな、動揺を隠せない神田に、おや。とラビは思う。 何かしらの反応があればいいなと、確かに思いはしたのだが、どうやら予想以上の効力だったみたいである。 気まずいのだろう、不自然に視線を彷徨わせる神田を見て、ラビは内心で、なんだ。と思う。 いくら気張っていても、世間一般から見ればラビも神田もまだまだ全然子供の域である。 精神的に背伸びをしても、結局その奥の部分はついていかない。 自分には、ブックマンと言う師匠が居る。 神田にももちろん師匠はいるだろうが、今までの性格を見るに自分たちの様に気を許せるような間柄ではないだろう。 ふと、かわいいと思ってしまう。 「神田」 「・・・・・・」 今度は呼んでも、あの鋭利な声は降ってこなかった。 『今度からはちゃんと、オレが神田をわかってやれるようになるからな』 「――――――!」 かっと神田の眉に再び皺が戻り、その目元が少しだけ紅く染まる。 「ふざ、けるなっ!」 そう言い、背を向けられる。 だが、このまま去られるのはとても惜しい。 とてつもないチャンスを、ムダにしてしまう。 思った時には、足が動いていた。 「神田」 もう一度。 止まる、足。 振り返る、身体。 その肩にかかる、自分の手。 ―――――触れ合う、唇、が―――――― 「――――――――」 一瞬だけだが、確実に触れた唇。 先程よりも呆然とした表情で、神田はラビを見ている。 その顔がひどく年相応に見え、ラビはニコリと笑う。 『親愛の、アカシ』 普通それは頬にするものなのだが、元々神田の生まれ育った日本ではキスをすること自体照れを伴うものだ。 慣れてるはずも、知っているはずも無い。 「――――ふざけるなッ!この莫迦が!!」 先程と同じセリフの後に、莫迦とゲンコツを付属し、また神田は歩き始める。 手加減の無い神田の拳に、ラビは頭を抑えてその場に蹲る。 さすがにやりすぎたかと思っていると、神田の枯葉を踏む音が途切れた。 「・・・おい」 聞えてきたのは、険を伴いつつもこちらに呼びかける声。 『ユウだ』 「・・・へ?」 『神田、ユウ・・・だ』 もうそれ以上言うことは無いらしく、今度こそ神田はその場から立ち去った。 残されたのは、頭を抑えながら目を丸くしているラビだけ。 そのままの体勢で少し止まっていた後、後ろに尻餅をつくように座り込み、ガシガシと頭を掻く。 「・・・ま〜いったぁ・・・」 全てにまいってしまった。 元々惚れやすい方だとラビは自分で認めているが、こんな惹かれ方をしたことは無い。 性格も言葉も、決して良いとは言えない。 容姿は否の打ちようの無いくらい完璧だが、曲がりなりにも男。 「まいったなぁ・・・」 そう呟きつつも、口元から笑みが消えてくれない。 教えてくれた名前に、素直になれない性格。 そして咄嗟に隠すことの出来ない、面白いくらいに脆い心。 「まいっちまった〜」 これはもう、認めないワケにはいかないだろう。 あのすべて。 あの、ユウのすべてに。 自分は―――――― 「ユ・ウ」 独特の名前は、なかなかに口に馴染む。 「ユウ」 もう一度呟いてみる。 もう一度。 もう、一度。 あいしちゃったよ。 その言葉だけは、声には出さずに唇に乗せて。 くつくつと笑いが漏れる。 楽しくて仕方がないと言うような笑いだ。 「ユーウー」 信じてなんかいない神に。 人生で何度目かの感謝をしてみる。 うずまくうずまくうずのように。 裏が表に、表が裏に。 想う心はそのままに、ただ負の感情が反転して。 今では一番気になる相手。 今では一番、傍にいたい相手。 コメント 甘・・・くしたつもり!(逃ッ) 神田が動かせないよう!ラビはあんなにちょこまか動いてくれるのに!(笑) この作中の二人は、私の中では十二歳設定です。神田もきっとまだかわいかったろう・・・(酷) ちなみに『Prunnus persica』は桃の花の学名。 花言葉は、『私はあなたのとりこ』(笑) |