芙蓉の酔君(よいぎみ)


「…そ言えばオレ、ユウが酔ったとこって見たことねぇなぁ…」
ラビは、ようやくリーバーからのお許しを得て少しの休憩に入ったコムイとリナリーに談話室で会い、ふと自分が神田の酔った姿を見たことが無いのを思い出す。
「あーそうだよねー。ラビってば行事の時はブックマンと一緒にいろんなとこ行ってお仕事してるもんねー」
ブックマンは決して語り部的な役割ではないのだが、どうしても一部勘違いをしている人たちもおり、行事の際には吟遊詩人のようにお呼ばれしてしまうことが多々ある。
それを無下に断れないのは、いつも貴重な資料を無償で見せてもらっているからだ。
せっかく気付いてきた信頼関係をこんなことで無しにしてしまえば、後々自分たちに不利になることは明らかで、その為任務とブックマンの仕事に差し支えない程度に赴いては貴族たちを相手に話しをしている。
故に、ラビが何かしらの行事の時に教団にいることはほとんどない。
ただでさえ多忙を極めるエクソシストの任務についている上にブックマンとしての仕事もあるので、仕方ないと言えば仕方ないのだが。
「でも酔った神田ってホントに手がつけれないのよねー…いつもの五割増で容赦ってものが欠けちゃって」
まったくぅ、と酔っ払った神田を思い出したリナリーはぷりぷりと怒り出してアーモンドクッキーを一枚口に入れる。
怒っても可愛い妹にデレデレしながら、本当だよね〜♪とコムイはリナリーに話をあわす。が、リナリーはそんなコムイをキッと睨む。
「何言ってるのよ!神田にお酒飲ませるのって兄さんたちじゃない!ちゃんと知ってるのよ、私!」
自分に怒りの矛先が向かうとは思っていなかったコムイは、その可愛らしい妹にデレデレしたいような焦るような複雑な心境になりながらも弁解を図る。
「で、でもねぇリナリー。僕は別に面白がってるだけじゃなくって、神田くんにもいろんな行事に参加してほしくってねー…」
「だからってお酒なんて飲ませないでよね!」
もう!とツンと横を向いてしまったリナリーにコムイはますます焦る。
コムイにとってリナリーに嫌われると言うことは世界が無くなるより恐ろしいことなのだ。
そんな二人のやり取りを苦笑して見ながらラビの中で沸き起こるのは嫉妬と好奇心だ。
「…でも、ユウには悪ぃけどオレも見てみたいさー。ユウの酔ってるとこ」
ポロリと漏れてしまった言葉に、リナリーはラビまで!と柳眉を吊り上げる。
「だってー!二人は知ってるのにオレだけユウの酔ったトコ知らないなんてなんか悔しいさー!」
「もー子供みたいなこと言わないでよ〜!」
じたばたと暴れだすラビに、それを呆れるようにジト目で睨むリナリー。
まるで年齢が逆転してしまったようだ。
きゃんきゃんぎゃあぎゃあ言い合っていると、遠くからリナリーを呼ぶ声が聞こえ、リナリーは言い合いをやめて席を立った。
「はい、なんですか?」
「あ、よかった。実はちょっと資料が無くて…以前にリナリーさんが使ってたと聞いたんですが」
「え、ホントですか?今行きます〜!…じゃあね、ラビ。兄さん、ちゃんとリーバー班長との約束の時間守ってねッ」
それだけリナリーはコムイに釘を刺すと、急いでリナリーを呼んだ科学班の方へと小走りに行ってしまった。
ひらひらとラビがリナリーに手を振っていると、横からコムイがツンツンとラビをつついて来た。
「何さー。リナリーに手ェ振るのもダメなん?って言うか確かにリナリー可愛いけどオレにはユウが居るから安心してくださいー」
「別にそんなこと僕は一ッ言も言ってませんー。大体リナリーが可愛いのはラビの百万倍はよく知ってるし、ラビが神田くんに夢中なのもよく知ってますー。…じゃなくてだね〜」
ニヘ、とコムイは何かを企んだ時の笑顔を浮かべてラビを引き寄せる。
こういう顔をしているコムイにはあまり近付かない方がいい。と言うことは身にも知って重々承知しているのだが、今この状況でコムイから抜け出せるとも思えない。
彼は科学班の癖に、妙にこういう時だけは行動がすばやいのだ。
「ほら、もうすぐお花見の時期でしょー?だからさーその時に神田くんにお酒飲ましちゃおっかー?って思ってさ」
コムイの案に、やはりラビは眉を顰める。
「…オレ、花見にだって出たことほとんどないさ…」
冬から春にかけては特にラビは多忙を極め、任務帰りにお呼ばれされることも珍しくは無い。
冬の寒さが嫌で冬眠さながらに屋敷を出ない頃や花が咲いてようやく寒さが緩む頃は絶好のおしゃべり季節なのである。
しかしコムイは、ふふーんと笑顔を増やして自分の胸をポンと叩き、大丈夫!!と宣言する。
「僕ってば室長だよ?!お花見の日だって僕が決めれるんだよ?!…だーかーらー特別にラビと神田くんが教団にいる時にやってあげる☆」
「ッマジで?!」
コムイの言葉に、それまで乗り気でなかったラビは一気にコムイに身体と興味を寄せる。
思わず頭がぶつかってしまいそうな距離で、コムイはふふふふ、と不気味に笑う。傍目で見ると正直怖い。
「マジですよー任せてよーだって僕ってば室☆長!!」
そう言って胸を張るコムイは光り輝いて見えた(ラビ限定)
「コッコムイ〜〜〜〜!!」
感極まったラビは、涙を流しながらコムイに抱きついておんおん泣き出す。
「ありがとさ〜〜〜〜!今までコムイはアホじゃねぇのって思う方が多かったけど今回ばかりは頼もしいさ〜!!」
「はっはっは〜ラビ、それは褒めてないよ〜!」
ありがとさ〜!と延々言い続けるラビに、壊れ放題のコムイ。
この二人を止めれるものは残念ながら傍にはいなかった。

□■□

あれからコムイと算段を立てたラビは、上機嫌で談話室を後にして(リーバーがコムイを連行しに来たところでおひらきとなった)自室へと向かう。
「〜♪」
神田の酔う姿を見れると言うのも嬉しくはあるが、本当に嬉しいのは神田と一緒にそう言った楽しい場所に居れる方が嬉しい。
昔…まだラビがブックマンとして今ほど仕事を任されていない時は時々開催される馬鹿騒ぎに一緒に参加したのだが、ラビが段々と仕事を任されるようになると神田もそういった場所へ行かなくなってしまった。
だから今回のことは本当に嬉しい。
そう思って思わずスキップを踏んでしまいそうな機嫌の中、ラビはこちらに向かってくる見知った人物を見つけて、更にパァッと笑顔を深めた。
「あ、ユウ発見!」
そしてまさか偶然とは言え任務帰りの神田と会うなんて思っていなかったラビは、その偶然に心から感謝する。
「おかえりっ!怪我しなかったさ?」
ひらひらと手を振りながら近付くと、任務帰りで機嫌の悪い神田は眉を寄せながら、ああ。と一言呟いた。
ラビはふぅんと目を細めながら更に神田に近付き、ぐいっと手を引いて神田を自分に引き寄せ、その襟首に顔を埋める。
「ッ、おい…!」
いきなり、しかも廊下でのラビの行動に、疲れからとはいえ反応が遅れた神田は慌てて引き離そうとするが、力でラビに勝てるはずも無い。
神田の首筋に顔を埋めたラビは、そのまま息を大きく吸い、それから少しだけ身体を離して神田の目をじぃっと覗き込む。
「…血の匂いがする。…また怪我したんしょ?」
「……」
見抜かれ、神田はふいっと顔を逸らす。
そんな神田の態度にラビはひとつ息を漏らすと、ばさりと本を廊下に落とし神田の肩を押して壁に押し当てて拘束した。
「――――ッ」
動揺してまたしても油断してしまった神田は後頭部に来るであろう衝撃を目を閉じて待ったが、当たったのはラビの腕だった。
当たる寸前にラビがちゃんと腕を挟み、衝撃を柔らげたのだ。
そしてラビは再び顔を近づけてコツンと額をあわせて至近距離で神田の黒曜石の瞳を覗き込む。
「したんしょ、怪我」
「……」
「ユーウー?」
神田がラビから視線をはずすと、今度は両頬を手で挟まれて顔を固定されてしまう。
子供の頃から何かあるとラビにそうして聞かれていたので、今でもそうやって覗き込まれると神田は嘘がつけなくなってしまい、舌打ちをした。
「…ちょっとだけだ」
「ユウのちょっとは信用ならね。どうせまた自分の身ぃ省みずに突入してったんしょ?」
確信を持ってラビが聞けば、神田はうっかり言葉につまってしまいラビの言葉通りであることを物語ってしまう。
「…ユウ…」
「ッ、別にいいじゃねぇか!アクマも倒したしイノセンスも回収した!俺だってちゃんと生きてんだから!」
「でも、ユウの命は減る」
「―――――」
そっとラビは、肩を掴んでいた手で神田の心臓の辺りを触る。
神田もどれだけラビが自分のことを心配してくれているのかわかっているので、それ以上ラビの言葉を拒否できない。
覗き込んでくる翡翠の瞳が悲しげに揺れており、胸に触れている手から布地を通して熱が伝わってくる。
「もっと、自分の身体と命大切にしてくれ。ユウが痛いとオレもつらい」
「……」
「な、ユウ。約束」
「……」
「ユウ」
ラビが名前を呼んで促すと、神田はもう少し間を空けてわかったと呟いた。
「約束な♪」
「ああ。わかった」
だが神田は次の任務でその約束を破る。
それが神田の身体に染み付いてしまった戦い方で、ラビもそのことをわかっているが、それでも言うことをやめない。
やめられない。
自分の言葉は、少しでも神田を生かしたい為の言葉だから。
ラビは笑いながら、ほんの三センチ顔を動かして神田の唇にキスをした。
ラビがしたことをすぐに理解できずにきょとんとしていたが、みるみるまに顔を紅く染めてそれまでの殊勝な態度から一変していつもの神田へと戻っていく。
「てめ…ッ、こんなとこですんなっつってんだろ!!」
すぐにラビの拘束を解き、まず一発ラビの頭に拳骨を落とす。
「あだ!!」
容赦の無い一撃にラビはしゃがみこんで悶え、怒り…もちろん照れまじりだが、の神田はその間にどんどん部屋へと戻っていく。
「あ、ちょ、ユウ!待ってって!」
慌ててラビは本を拾うと、まだぐらぐらする頭を抑えて神田の後を追うのだった。

□■□

つい先日までのラビの機嫌のよさはどこへ行ってしまったのだろう。
コムイはそう思いながら、目の前で唇を尖らせているラビに苦笑する。
「仕方ないでしょーラビ〜。僕だってわざとじゃないんだからさー」
だがラビは子供のようにヘソを曲げてコムイの言葉に答えようともしない。
明後日の花見を控え、ラビに任務が入ってしまったのだ。
本当はコムイも他のエクソシストを向かわせる予定だったのだが、イノセンスを所有しているかもしれない貴族の主がエクソシストの中にブックマンがいることを知ってラビを指名してきた訳である。
「ブックマンじゃなきゃ会わないとか我が侭言ってるしさ…近場だからすぐ飛んでくれれば間に合うからさッ」
さすがにラビ一人の為に花見の日程を変更するわけにも行かない。
「…ジジィはどうしたんさ」
「ブックマンは別任務。だからどうしてもラビにしか頼めないんだよ〜」
お願いとばかりにコムイに言われ、うーうー唸っていたラビも最後には大きな溜め息をついて肩を落とした。
これは世界の運命をかけた戦争。そして自分に与えられた使命であり、仕事だ。
私用を優先してイノセンスのことを後回しにする訳にもいかない。
「…わかったさよ……あーもう!パーって行ってパーって帰ってくる!!絶対に花見に参加する!!」
吹っ切れたようにしてラビは資料を引っつかむと、つかつかと室長室を歩いて出て行ってしまう。
その後姿にコムイはひらひらと手を振りながら、がんばってね〜と申し訳なく思いつつも手を振るのだった。



「くっそ…あんのクソオヤジ…!」
近くの街まで汽車で進んできたラビは、そこから探索班たちと別れて一足先に伸で教団へと向かっている。
冷たい風が刃のように全身に辺り、まともに目も開けていられない中ラビは苛々と愚痴を漏らす。
あれからラビは貴族の主の下へと言ったのだが、そこの主が次から次へと話を求めてくるので、ラビは滞在の最中延々と語らされた。
自分が自分で好きなように話すのは好きだが、相手に強要されて、しかも時々茶々を入れられがらの語りはなかなかストレスが溜まる。
しかも結局求めていたのはイノセンスではなく、ラビからしてみれば時間の無駄以外のなんでもなかった。
神経もすり減らされ、何にもいいことがない。
まだ引きとめようとする主の気を出来るだけ悪くさせないようにと引きつる笑顔で嗜めながらギリギリの汽車に乗り、こうして帰ってきたのだ。
夜の帳はとっくに落ちており、お花見と言う名の飲み会がもう始まっていることを告げている。
「…ユウ…ッ」
せっかくの神田のひと時だったのに!と、ラビは少しでも神田と過ごすために伸のスピードを上げるのだった。


窓からラビは団内へと帰ると、たっ、とラビは槌から降りてすぐに伸を解くいてそのままの勢いで走り出す。
会場は食堂だと言っていたから、ここからならばすぐに着く。
焦りながら進んでいくと、段々と馬鹿騒ぎの声が大きくなってくる。
よかった。
どうやら間に合ったらしい。
…が、その騒ぎ声は近付くにつれてなんだか絶叫に近いものに変わってきて、ラビは走るスピードをそのままに首を傾げる。
更には何か破壊音まで聞こえてきて、ラビの中で焦りよりも嫌な予感がどんどんと大きくなってきたが、神田に会いたい気持ちの方が全然大きくて、見えてきた食堂への扉をラビは勢いよく開け放った。
「ユウ!!」
が、ラビがそこで見たのはものすごい光景だった。
「…………」
思わず、絶句。
普段ジェリーのおかげでかなり整然としている食堂は、その様をほとんど残していない。
柱は何本も破壊されているし、立食なのだろう、配置された机は無残にも半数が破壊されている。
ふと下を見れば、延びてしまっている教団員も何人もいるではないか。
「…な、なにこれ…」
まさに地獄絵図。
唯一の救いは、これだけ破壊されているのに流血沙汰になっていないことだ。
「あ、ラビ!よく帰ってきたね〜!」
呆然としているラビに気付いたコムイは、慌ててラビの方へとやってくる。
コムイの傍にいたアレンとリナリーもこちらへやってきて、どうしようとばかりにすがりつくような視線を寄越す。
「…こ、コムイ…?とりあえずこれっていったいなんなんさ」
どがーん!がっしゃーん!ぎゃー!!と言う破壊音と絶叫が未だに響いてはラビの耳へとこびりついてくる。
コムイは気まずそうに苦笑しながら、えへーと手に持っている徳利をラビに見せるようにして持ち上げた。
嫌な予感が再びラビの中にモヤを作る。
「…ま、さかコレ…」
「そ〜正解。神田くんでーす」
もう一度そちらを見れば、私服の神田が素手であちこちを殴っては破壊し、止めようとする探索部隊たちをなぎ倒している。
コムイやリナリーの話しを聞いていたとは言え、ここまで酷いとは思わなかった。
「もう!兄さんの馬鹿!あれだけ神田にお酒飲ませちゃダメって言ったのに!」
「だぁって〜…ようやく神田くん連れ出したのにすぐ帰ろうとするから…これしか方法がなかったんだもんっ!」
「だからってお酒飲ましちゃダメじゃない!」
一方的にリナリーがコムイを怒鳴りだし、アレンは横でおろおろとその様子を眺めている。
「ラ、ラビ…どうしましょう…神田今イノセンス持ってないから僕だと容赦できないし…リナリーのイノセンスは今調整中なんですッ」
いつもはリナリーの鉄槌で事態が収まっているのだが、今回はリナリーのイノセンスが無いために止めることができない。
酒が切れるのをまとうとしたところで、ちょうどラビが帰ってきたのだ。
「ラビ、任務帰りでホントに悪いんだけど、神田止めて〜!」
くるりとリナリーがラビを振り返り、涙目できゅうと手を握ってくる。
その後ろで、リナリィー!!とコムイが絶叫しているが、それはアレンが取り押さえており向かってくることは出来ない。
けれどラビはリナリーにそうされても、リナリーのことを妹としか見ていないので、可愛いとは思ってもときめきはしない。
あくまでリナリーは美人で可愛い幼馴染兼妹なのだ。
「…わかったさ…このメンツだと、どっちにしてもオレしかいねぇみたいだし…どちらにしてもユウが怪我負ってからじゃ遅いしな」
心配は神田だけか。
そうリナリーは心の中でツッコミをいれつつ、とりあえずこの事態を収められるかもしれないラビにリナリーは望みを託すしか出来ない。
ラビはリナリーから離れると、ごくりと唾を飲み込んで破壊音が聞こえる方へと歩き出す。
そして、すぅっと肺に息を吸い込んだ。
「ユ、ユウー!」
ラビの声が部屋の中で反響する。
するとそれまで聞こえていた凄まじい音と声が止み、もうもうと上がっていた粉塵も収まりを見せてきた。
そこから現れたのは、まさしく神田だ。
ただし顔は紅く染まり、目は据わっていて、その見た目の腕力には似つかわしくなく長机が軽々と神田によって持ち上げられている。
そしてその神田は、じぃっとラビの方を見つめているのだ。
「…ラビ…」
ぽつりと神田は呟き、持っていた机をするっと手から落として床へと落とした。
バァン!!と言う派手な音が響き渡り、近くにいた団員がまた金切り声を上げる。
「ラ、ビ」
「そ、そうだよ、ユウ。オレだよ?」
神田はそのままふらふらとラビの方へと近付いていく。
先程までの神田の異常な破壊行動を目撃していた教団員たちは、次の犠牲者かもしれないラビをいつでも救えるようにと身構えた。
ラビ自身も、いつ神田が攻撃を仕掛けてきても言いように気を緩めずに神田を迎えている。
「ラビ…」
ついに近くまで来た神田は、あと一歩の距離でピタリとその足を止めた。
いっせいに緊張が辺りを包む。
そしてそれまでぼんやりとラビを見上げていた神田が、突然行動を起こし、足を踏み込むと一気にラビに――――抱きついた。
「ッ……、…へ、へ?」
そんな至近距離から攻撃を突然仕掛けられ、やばいと顔をガードしていたラビは、突然飛びつくようにして抱きついてきた神田の行動を理解できず、更にバランスを保てずに尻餅をついてしまう。
「いっ!」
受身も取れずに尻から着地してしまいラビは悶絶するのだが、神田はラビの胸から身体を起こすと、ガッと襟を掴んで顔を近づけた。
「ひっ」
思わずラビの口からも情けない声が漏れる。
「…いいところにいた。お前に言いたいことが会ったんだ…いいかラビ、よぉ〜く聞け」
「は、はひ…ッ」
そんなラビの情けない声と態度が届いていないのか、神田は据わった目で睨むようにしてラビを見つめる。
いつもと様子の違う神田にラビはどうしていいのかわからず、神田の言葉に頷くことも出来ない。
「…いいか、俺はなぁ…」
神田はそう言い、すぅっと息を思い切り吸い込んだ。
「俺はお前と会った時から今までお前のことが好きで好きで好きでしかたねぇんだ!お前、よくオレの方がユウのこと好きさとか何とか言うけどふっざけんじゃねぇぞテメー!俺の方がお前のこと好きに決まってんじゃねぇかー!!」
突然の神田の告白にざわりと周りがざわめき、ラビも神田の言葉に目を見開く。
「俺が一番お前を好きなんだっつーの…お前にだって負けねぇぞ、ばーか!」
「ユ、ユウ」
そう男らしく宣言をし、神田は馬乗りになったラビに更に顔を近付けていく。
さすがにこれ以上はと思いラビが身体を後ろに引こうとすると、神田が襟を持つ手に力を込めて逆に自分へと引き寄せた。
「ユ!―――んっ」
こんな公衆の面前でしたら後で恥ずかしくて生きていけない心地になるのは神田の方だと思って止めようとするが、神田はかまわず自分の唇とラビの唇を重ねた。
途端に、ギャラリーから、キャー!!と言う叫び声と、うおー!!と言う野太い声が食堂に響き渡る。
「か、神田ッたら…」
恥ずかしいとばかりにリナリーは両手で顔を覆っているが、隙間からバッチリと二人のキスシーンを目撃している。
「え、何?!な、な、何が起こってるんですかー?!」
ただ一人アレンは自主規制☆とばかりコムイに目元を覆われており、何が起こっているのかわかっていない。
唇を重ねられたままラビはどうしていいのかわからず再び硬直してしまうと、またしても神田が行動を起こしてきた。
「…、ン…」
「!!」
なんと角度を変えて舌を入れてきたのだ。
入ってきた神田の舌をまさか噛む訳にもいかずラビも迎え入れてしまうと、暖かい舌と共に強烈な酒の香りが口から鼻へと届いてくる。
(、キョーレツ…!)
一体どれくらい酒を飲んだと言うのか。
ラビがその匂いと目の前にある神田の身体に理性をとどめようとするのだが、そんなラビの思いなどまるで知らないとばかりに神田はしなだれかかってきて舌を更に深く絡めてくる。
「ン、は…ん……ッ」
いつもならば絶対に漏らさないとばかりに堪えている甘い声も遠慮無しに水音と共に響かせる。
ラビの口内を舌で探り歯列をなぞっては甘く噛んで唾液を飲み込んでいき、たまに口を離したかと思えば空気を吸って角度を変えてまた噛み付くようにしてキスを続ける。
「ラビ…ッ」
チュ、と言う水音が響き、ごくりとそこここで誰かが唾を飲み込む。
中には股間を押さえてよろよろと食堂を退出するものまでおり、それほど今の神田は妖艶さを纏っている。
アレンは更に耳までリナリーに塞がれてもう何も出来ない状態だ。
その内、ラビの背中を抱きしめていた神田の手が妖しく動き始め、ラビは慌てて身体を離そうとする。
「ちょ、ユウ!ここじゃダメだっ、―――ンッ」
だが体制的に不利なラビは、すぐに不満げな神田に再び口を塞がれてしまう。
「、俺とすんの、ン…ヤなのかよ…」
キスの合間合間に神田は不満そうに眉を寄せてラビに抗議する。
「嫌、とかそんなんじゃなく、て…ッ、は、みんな見てるって、ユウ…!」
ラビも稀な神田からのキスをそう何度も拒めなくて、焦りながらも嬉しくてつい受け止めてしまいながら神田を諭していく。
神田はラビからの言葉を聞いてチラッと周りを睨むようにして見回し、結局またラビの唇に唇を重ねた。
「別にかまわない」
「―――――ッ」
オレはかまうんですけどー!!とラビは内心でツッコミをいれる。
きっと酔いが醒めた後で神田も後悔するに決まっているし、下手をすると恥死してしまうかもしれない。
神田はラビからの抵抗がなくなったのをいいことに、ラビの身体をまさぐりだした。
団服のジッパーを解いてマフラーを外し、お互いの唾液でベタベタになってしまった唇で今度は首筋を舐めだす。
「ユウ…ッ」
まるで吸血鬼のように甘噛みをしてはチュウチュウと吸い付いてくる。
「ラビも、」
ヤって、と耳元で囁き、今度は鎖骨に舌を這わせる。
ぞくぞくとした快感がラビにも襲ってきて、それまでラビの身体を這っていた神田の手が徐々に下半身…股間へと下ろされてきて、ますますラビは慌てだす。
このままでは本当に流されて神田とのエッチシーンを公開してしまう。
自分はともかく、神田の乱れる姿を他のやつらにこれ以上見せるなんて嫌だ。
「ユウ、なあッ、ユウ?あとは部屋帰ってヤろ?な?」
とりあえず場所を移そうと諭すように優しく言うが、神田は嫌だの一点張りで聞く耳を持たない。
けれどこちらとて引く訳にはいかず、ラビはもっと強く言おうと息を吸い込み声と共に吐き出そうとしたところで、神田が鎖骨から顔を上げてとろんと蕩けた瞳で見上げてきた。
「―――――」
「ラビ、ラビ。大好きだ。愛してる。ラビだけ好きだ」
そして熱烈な愛の告白。
これが刺激と一緒に全部下半身に熱として伝わってしまう。
くぅ、と声をあげてるのはギャラリーも一緒だ。
は、は、と神田が荒い息を漏らすたびに強い酒の匂いがラビを酔わす。
くらくらとしてきて、段々と冷静な判断が下せなくなり、神田の色香がさらにラビの理性を奪いさる。
今の神田は本当に綺麗で可愛らしくて妖艶で、本当ならばすぐに食べてしまいたいくらいなのだ。
「…ッユウ…」
「ラビ…ラビ、ラビ」
ちゅ、ともう一度唇を触れ合わせ、神田の手がラビのジッパーへと伸びる。
するりと大きくなりだしたラビをひと撫でし、その大きさにうっとりと神田は笑うと、ジッパーを下げだす。
今度は反対側に痕を残すつもりなのか神田はラビの首筋にまた張り付き、舐めて肌を吸ってきた。
「――――ッ」
これ以上は本当に耐えられない。
もうこうなったら嫌がられても神田を運んで部屋でガッツンガッツンやるしかない!
そう思ってラビがぎゅっと目を瞑って行動を起こそうとしたところで、それまで嬉しそうにラビの身体を貪っていた神田の身体が、妙に重くなった。
「…へ?あれ??」
手の動きも止まってしまい、完全に神田はラビに凭れかかった状態になり、そのままラビから床へとずり落ちそうになるのを慌ててラビが身体を支えて止める。
「…ゆ、ユウ…?」
「……」
だが神田からの反応はない。
どうしたのだろうと覗き込んでみれば、先程まで欲情に潤ませていた黒曜石の瞳は閉じられ、長い睫が臥されている。
そして口からは、すぅすぅと言う規則正しい呼吸。
「…寝…ちゃって…る……」
うっそ。とばかりにラビは呆然とする。
まさにこれから。
まさにピンチ。
そう言う微妙な境目で、神田の身体は酔いによってブラックアウトしてしまった。


あれからギャラリーたちは全然自分たちは何にも見ませんでしたとばかりにぞろぞろと帰りだし、お花見はそこで解散と言うことになってしまった。
ラビはあんまりな出来事にしばしその場を動けないでいたが、神田が完全に眠り込んでしまっているのを見ると、涙混じりに溜め息をついてその身体を横抱きにして部屋へと向かい出す。
だがその歩き方はどこか不自然で、だがそれを咎めるものは誰もいない。
当然だろう。
あれほど煽られて勃起しかけた状態でいるのだ。
こんな状態で止められてつらくないはずもなく、逆に同情をされてしまう。
もっと情けないのは、これからの自分の行動だろう。
トイレで一人、神田のあんな姿やこんな姿を思い浮かべて自慰をしなくてはいけないのだから。
「…はぁ…」
それを思うととてつもなく気が重い。
そんなことをぐるぐる考えながら神田の部屋に辿り着くと、ラビは神田のポケットから鍵を取り出して錠を回し、部屋へと入る。
「よい、しょ…っと…」
真っ直ぐに神田のベッドへとやってきて神田をそおっと下ろして、ラビはもう一度溜め息をつく。
顔は真っ赤で、漏れる寝息は酒臭い。
きっとこの匂いはもうしばらくはこの部屋から抜けなくなってしまうだろう。
(…ユウに怒られるさね…)
苦笑し、ラビはさらりと神田の髪を梳いて整えてやる。
いつもはツンとすましている神田も、寝顔は本当に可愛らしい。
十八歳とは思えない幼い寝顔は、昔から何も変わってないくらいに純粋そのものだ。
「……」
そんな神田を見てラビはクスリと笑い、ベッドに手をついて神田の額にキスを落とした。
「…オレだって、ユウに負けないくらいにユウのこと愛してるさ?」
なめんなよ?そう嬉しそうにくつくつと笑いながら、ラビは下半身の処理をするためにトイレへと向かった。

□■□

目覚めはまさに最悪だった。
酒臭さに目を覚ませばそこは自分の部屋で、しかもその酒の匂いは自分から漂っているのだ。
ふらふらしながら酒臭さを取るために風呂へと使ったが、二日酔いまでは解消できず、神田は痛む頭を抱えながら食堂へと向かう。
食欲はないのだが、ジェリーに何か二日酔いに効くものを作ってもらう為である。
「……?」
擦れ違う人たちが、妙な視線を自分に注いでくる。
普段の態度から、睨むような、軽蔑するような視線で見られることには慣れているのだが、今日のはそう言ったのとはまったく違うものだ。
なんなんだと思いつつも、二日酔いで頭が廻らずにその考えを後回しにして、まずは食堂へと向かう。
そして、食堂の惨事に神田は目を見開いた。
「…なんだこの有様は…」
そこは本当に食堂かと思うくらいに荒れていて、それを教団員たちが修復している最中だった。
昨日酒を飲まされてからの出来事が綺麗さっぱり頭から抜けてしまっている神田は、この酷い惨状に眉根を寄せる。
「…アクマでもきやがったのか…?いや、でも俺は何にも聞いてねぇし…ん?つか、俺はどうやって部屋まで帰ったんだ?」
いつも酒を飲んではその時の記憶を忘れてしまう神田だが、そのことを本人に伝えられる勇気ある人物は残念ながらいない。
コムイはと言えば、言っちゃったら絶対にお酒飲まなくなる☆=楽しみがひとつ減ってしまうと言うことで告げていないのだ。
リナリーは止める際にいつもイノセンスで神田を滅多打ちにしてしまい、その罪悪感から言い出せないでいる。
もちろん、その罪悪感を感じるのはリナリーではなくコムイなのだが。
とりあえず片付けなければ食事にもありつけそうになく、仕方なく神田もその瓦礫を撤去しようと食堂に入ろうとするのだが、その前にポンと肩を叩かれ、振り返った。
「おっはよん。神田くーん」
「…ああ…」
「わー朝から嫌なやつに会っちまったぜー的な視線〜」
「わかってんなら話しかけんな。うっとおしい」
ケッと神田は吐き捨ててもう一度食堂へ入ろうとして、またコムイに止められた。
「ッなんだよ!邪魔す…る…〜〜〜〜ッ」
思わず怒鳴り声を上げてしまい、自分の声が反響してまた酷い頭痛が神田を襲う。
そんな神田を見ながら、あーあ。とコムイは笑いを隠せない。
「神田くんてば体調悪いんでしょ〜?あとで僕がジェリぽんに言って二日酔いによく効くの作ってもらってあげるから、それまで部屋で休んでなよー。つらいでしょ?」
「……」
「治ったら呼びに行くからさ。ね?」
にっこりと笑うコムイ。
どこか胡散臭そうな笑顔だが、今この場で轟音を聞いているだけでも頭に響いてくるので、正直コムイの申し出はありがたい。
「…わかった…じゃあ寝てるから、なんかあったら起こせ」
普段ならば絶対にコムイが関わることには気をつける神田だが、この時ばかりは素直に従った。
そして再び部屋へと戻っていくふらふらとした神田の後姿を見て、コムイは苦笑を漏らす。
「あんな姿した本人にうろつかれたら、逆に指揮が下がっちゃうからね〜」



結局、神田の看護はラビがすることになった。
甲斐甲斐しく世話をするラビはいつも以上に嬉しそうで、再び神田は首を捻るのだった。



☆END☆


コメント

拍手のに少しだけ修正加えてますー。
これはすんごい楽しんで書いた思い出が!(笑)
酔ったユウたんにはぜひぶっ壊れてほしいですな!そしてラビごめん☆