|
純白の想い ソレを知ったのは、本当に偶然だった。 だからこそ、どうしていいのかわからない。 偶然とは言え、もらったチョコレートの中に、好きなヤツからのも混じっているなんて。 鍵をかけているにも関わらずガチャリとトアノブが開いてしまうのは、100パーセント相手がラビの時だ。 「・・・・・・」 「よっす、ユウ」 ベッドに腰掛けていた神田はかなりの力を篭めて近くにあったチョコレートを投げたのだが、すでに予想済みだったラビはいともあっさりとそれを避けてしまう。 カコン、と音を立てて壁に当たり、床に落ちてしまう。 「あーあー・・・ダメさ、ユウ。せっかくのチョコレートなのに・・・」 そう言い、ラビは落ちてしまったチョコレートを拾い神田の方へと歩いてくる。 「っせぇよ。俺は甘いもんが嫌いだっつーのに・・・ンなこと言うならテメェがもらやいいだろうが」 性格はともかく顔が整っている神田の人気はやはり高い。 だが直接渡しても断られるだけなので、メッセージと共に部屋の前に置いておかれるのだ。 最初はドアの前からずらして置いておくのだが、その内リナリーがやってきて部屋へと入れてしまう。 神田も一応は反論するのだが昔からリナリー相手に口で勝てた覚えが無く、結局負けて部屋をチョコレートで埋めてしまうことになる。 と言う訳で、神田は部屋中に充満するチョコレート臭に不機嫌絶頂だ。 チョコレートなど見たくないとばかりにふいとチョコレートから顔を逸らし、向こう側を向いてしまう。 「オレだってユウに負けないくらいいっぱい貰ってるさー。それに貰ったのはユウなんだから、オレが食べちゃダメっしょ」 はい、とラビは投げられて箱の角が折れてしまったチョコレートをその山へと戻す。 「・・・お前も貰ったのか」 「おう♪これで当分食料には困んないさ〜♪」 もう十五歳だと言うのに、ラビは未だに子供のように甘いものが好きだ。 神田は神田で子供らしからぬ甘いもの嫌いを発揮してきたが、ラビもラビで子供すぎだと神田は思う。 大体において、好きでもないやつからチョコレートを貰うだなんてことにムカムカする。 (・・・俺なんて渡せもしないのに・・・) そう思うと、胸が妬けてしまう感じに襲われる。 コレがなんなのか知っている。 嫉妬だ。 ラビのことが好きだと自覚してからは、更にバレンタインと言う行事が嫌いになった。 だって、ラビはヘラヘラ笑いながらチョコレートを受け取るのだから。 いくら自分が思いを伝えていない立場だと言っても、やはり見ていて気持ちいいものではない。 「・・・ふん」 鼻を鳴らし、神田は完全にそっぽを向いた。 「・・・で、なんだよ。何か用か」 苛々と返す神田に、ラビは腕を組みながら眉根を寄せる。 「何さぁ〜!用がなきゃユウんトコ来ちゃ行けないん?」 「来んな。うぜぇ」 「ユウちゃんひっどい!」 一刀両断した神田に、ラビは嘘泣きをしながら口元に手を当ててぶりっ子のポーズをとる。 うざいなんてもちろん嘘だ。 二人きりになれるのは嬉しくもあるが、同時にどうしていいのかわからなくなってしまう。 前はよく話していたが、今はもう照れが先に出てしまってついそっけない態度をとってしまっては後悔してばかり。 他の人たちに対しては人見知りが働くので傍目から見れば神田の態度は他とまるで同じだが、神田自身の気の持ちようが違う。 ラビがベラベラベラベラしゃべる性格だったからいいものの、もしラビが自分と似たような性格だったらとっとと見限られてしまっていただろう。 ・・・せめてこのポジションだけは、守り通したい。 「ま、いいさ〜。ちぃっと話したいだけだったから、今日はこれ以上ユウの機嫌落として一幻食らう前に退散するさ」 「・・・・・・」 もう行ってしまうのか。 先程ラビに言い放った言葉とは逆のことを思ってしまう。 「とっとと出てけ」 そしてこの口は、自分に対しても一寸の容赦もせずに辛辣な言葉を吐きやがるのだ。 神田が一人で後悔していると、いつものことで慣れっこのラビは特に気にもせずに、じゃあな〜と退散して行く。 扉がパタンと閉まると、バスン、と音を立てて神田はベッドにうつ伏せになり、自己嫌悪を始めるのだった。 自分に向いた怒りは、いつの間にかバレンタインのチョコレートへと向いていた。 「大体誰だバレンタインなんて行事考え付いたやつは!!つか、コムイに教えやがったやつは!・・・見つけ次第この手で八つ裂きにしてやる・・・!」 ギリギリと不穏なことを考えつつ、神田はでかいゴミ袋を数枚持って部屋へと戻ってきた。 もちろん、山のようにあるチョコレートを捨てる為だ。 チョコレートなど見たくも無いのに今日のこの仕打ち! ラビにはああ言われたが、捨てる以外に(このむしゃくしゃした気分を晴らす)方法はない。 二、三個一気に掴んでは親の敵のようにガッツンガッツン袋へ放り込んでいく。 「こんなもん!!」 中にはメッセージが挟まれたものもいくつもあるが、もちろん神田が見るはずも無い。 三つ目の袋でようやく終わりかけた時、ガッと持ったその一つに神田は違和感を持ち、手に篭めていた力を緩めた。 「・・・これ・・・」 それは、シンプルな青いストライプの包装紙で包まれたチョコレートだった。 見ればメッセージが挟んであり、そこには【I love you heartily.】とだけ書かれている。 「・・・・・・ッ」 ハッと気付き、神田はそのチョコレートを持って自分の机へと早歩きで向かうと、その引き出しから可愛らしい正方形の箱を取り出した。 「・・・・・・やっぱり・・・やっぱり、これ・・・ッ」 呟き、神田はカァッと頬を紅く染める。 そして力が抜けてしまったようにヘロヘロとその場に座り込んでしまった。 神田が引き出しから取り出したのは、リナリーからのチョコレートだ。 毎年リナリーからのバレンタインチョコレートだけはちゃんと貰っており、他と混合しない為に別に置いてある。 そのリナリーのチョコレートはピンク色のストライプの包装紙で包まれており、青いリボンで可愛らしく結われていたが、今はもう神田が開封してしまったのでリボンは解かれている。 それは、先程神田が発見したチョコレートと色違いのおそろい。 そして自分は、この送り主が誰だか知っている。 「・・・・・・ラビ・・・」 どうして、ラビがこんなメッセージと共に、自分にこんなものを。 ・・・どうしよう。 内心で呟きながら、神田は耳まで真っ赤に染めた。 【I love you heartily.】 心からあなたを愛しています。 「・・・どうしろってんだ・・・」 □■□ そんなことがあってから、もう一ヶ月が経とうとしている。 次の日をどうやって会おうと悶々と夜をすごした神田にラビは、あっけらかんと『おっはよ〜さ〜♪』と挨拶してきて神田を呆然とさせた。 次の日も次の日もラビの態度はまるで変わらず、神田はどうしていいのかわからなくなってしまう。 「・・・・・・」 はぁ、とため息が漏れる。 アレがラビからだと言うのは間違いない。 確信がある。 だが、ラビの気持ちがわからない。 本当に、本心なのか、いたずらなのか。 ぐるぐると考えている内に神田にもラビにも別の任務が出てしまい、現在に至る。 先に戻ってきたのは神田の方でこうして食堂で朝食をとっている訳だが、まるで箸が進まない。 「・・・・・・・」 「あら、神田」 もう一度ため息をつこうとしたところで、リナリーに声をかけられた。 「おはよう。任務、ご苦労様でした」 そう言い、リナリーはにっこりと笑う。 「・・・ああ」 昔からリナリーにはどうしても強く出れないので、神田も普通に返事をしていく。 リナリーは神田の正面に盆を置くと、そのまま腰を下ろして朝食を食べ始める。 今日の彼女の朝食は中華粥だ。 だがレンゲを持って食べ始めるかと思いきや、リナリーは神田の顔をじぃっと見つめて朝食に手をつけようとしない。 しばらくはそんなリナリーの視線を無視して蕎麦を食べていたが、いい加減気になって遂に口を開いた。 「・・・ンだよ・・・」 リナリーは小首をかしげ、んー・・・と少し口ごもった後、もう一度口を開く。 「神田、なんだか悩んでるみたいだったから・・・気のせい?」 気のせい?と言う割に、声色は確信を持ったものだ。 きっとここで神田が『なんでもない』と言えばリナリーはあっさりと追求をやめるだろう。 けれど、誰かにこのことを聞いて客観的な答えがほしかった神田は、少し迷った後で箸をおいた。 「・・・なぁリナリー」 「うん、なに?」 「・・・・・・・・・」 そこでまた神田はためらってしまい、口ごもってしまう。 そんな神田の次の言葉をリナリーはじぃっと待っている。 「、もしも・・・いいか、もしもだぞ!・・・もしも、お前が男だとしてだ」 「うん」 その時点で自分自身のことを言っていると言うことに神田は気付いていない。 だがここでツッコめば、神田は怒りと照れでどっかに行ってしまうことは目に見えているので、リナリーはあえてそこをスルーする。 「・・・お前が男だとして、バレンタインにいつの間にか・・・す、好きなヤツからチョコ貰ってたら・・・どうする?」 「いつの間にかって、手渡しとかじゃなくて、部屋の前に置いてあったりとか?」 「まぁ、そうだ」 「メッセージで好きですって書いてあったり?」 「・・・そう、だ」 あのメッセージカードを思い出してしまい、神田はほんのりと目元を染めてしまう。 「・・・・・・どうするって・・・」 思わずリナリーはきょとんとしてしまう。 「喜ぶに決まってるじゃない」 「・・・相手が、本当に自分のことを好きなのかわからなくてもか?」 「でも、わざわざそんなことってするかしら?もし本当にそんなことする人だったのなら、私は嫌いになっちゃうかも」 「・・・・・・」 暖かいジャスミンティーを一口飲んで、リナリーは再び口を開く。 「もし、そういう展開があったのなら、私は相手が試しているようにみえるな。相手が自分からって気付いて嫌そうな顔したら冗談にしちゃって、本気だったら幸い、みたいな」 「・・・・・・・・・」 「神田は――――もし、神田だったらどうなの?」 「・・・お、れは・・・」 もし、ラビが自分をからかう為にこんなことをしたのなら――――― 絶対に怒るだろうし、ボコボコに殴りつけて一幻の餌にしてしまうかもしれない。 けれど、それでも、きっとで自分はラビを嫌いにはなれない。 きっと、リナリーの言うようにすっぱりと見切りはつけられない。 そうできるのなら、自分はもうとっくにラビから離れられているだろうから。 黙ってしまった神田を見て、リナリーは気付かれないようにため息をひとつつく。 まったく、ラビもややこしいことをしてくれた。 手渡ししていれば、それなりにうまく片付いたものを。 (・・・ま、それが出来たらこの二人はもうずっと前にくっついてるんだろうけど) 幼い頃からずっと一緒に居ただけに、リナリーは神田、ラビ両方の、両方に向ける想いに本人たちより先に気付いている。 正直、まどろっこしいことこの上ない。 けれど自分が伝えても、それは意味の無いこと。 これは当人たちがお互いに伝えなければ意味が無いのだ。 粥の最後の一口を搾菜と共に口へと運び、ジャスミンティーも飲み干すとリナリーは手を合わせてすぐに立ち上がった。 「どちらにしても、ホワイトデーは絶好のチャンスだと思うな。もし、神田がその立場だとして自分の想いを伝えるか伝えないかって言うのは」 そう言ってにっこりと笑うと、リナリーはバイバイと手を振って神田に背を向けた。 神田はリナリーのその背中を目で追いながら、もう一度大きくため息をつく。 ラビは行動をしてきた。 少々その方法はずるくはあるが、ならば自分だって行動をしなくてはいけない。 「・・・・・・よし・・・ッ」 決心を固め、神田はまず残っている蕎麦に手を付けだす。 そして食べ終わると、そのままの勢いで盆を持ってジェリーのところへと向かった。 「・・・・・・ジェリー・・・・・・」 「あらん神田。ちゃんと残さず食べた〜?って言うか、育ち盛りが蕎麦だけなんてダメよッ!ちゃんと栄養は摂りなさいねッ!特にアンタはよく動くんだから〜!」 「・・・・・・」 瞬く間に母親のように叱られてしまい神田はタイミングを失ってしまう。 けれど、次々とその口から出てくる甲高い声の説教に神田は口を挟むことが出来ず、かと言って立ち去ることも出来ないので仕方なく聞くしかなく、周りからの、あの神田・・・が、と言うような視線すらも今の神田には睨むことが出来ない。 十分ほどかけて行われたジェリーの説教は、わかった?神田!と言う一言でようやく終わった。 「・・・わ、わかった・・・」 ここで頷かないと同じことが繰り返されるのは目に見えていたので、神田は素直に頷く。 リナリーにもだが、ジェリーにも神田は頭が上がらない。 「・・・そう言えば神田ってばおとなしいわね?いつもならうるせーとか言ってすぐに出てっちゃうくせに」 その後の食事で蕎麦や日本食を出さないくせに。 あえて嫌いな肉(しかも苦手な皮や脂身の多いところ)を出してくるくせに。 そう思ったが、この食堂の管理を一手に引き受けているジェリーに敵うわけが無い。 「・・・ジェリーに、頼みがあるんだ・・・」 「あら、頼み?」 「ああ。・・・実は「あー!ユウ発見!!」」 「!!」 ようやく口を開こうとした時、聞き慣れた声が遮ってきた。 だがそのことにむかつく前に、神田の心臓はまさに口から飛び出さんばかりに跳ね上がった。 「あらラビ。おかーえり」 「ただいまさージェリー!あーちかれた〜」 小走りで近付いてきたラビから神田は顔を逸らし、ジェリーは久々に会うラビに好意的に接する。 「よくまぁ任務終わらせたわね〜」 確かに、ラビの任務はもう数日ほどかかると神田もコムイが話しているのを聞いた。 見れば団服のあちこちが擦り切れており、怪我も目立つ。 救いは、大きな怪我やそれによって染み付いてしまう血溜まりがないことか。 「あったりまえさぁ!前ッからジェリーと約束してたしー」 「だからって、怪我の手当てとお風呂ぐらい入ってから来なさいよぅ。私もまだここ抜け出せないから、先行って来なさい。それから、朝ごはんも食べてねっ」 ジェリーに叱られると、ラビは唇をぶーと尖らせて眉根を寄せる。 「ちぇーちぇー。折角急いできたのにさっ」 「やることはしっかりやりなさいって言ってるの。大体、そんな埃まみれの格好でお菓子なんて作ったら、おいしいものもおいしくならないわっ」 「・・・菓子・・・?」 神田が思わず胡乱気な視線を向けると、そうよーとジェリーがかまわずに答えていく。 「ホワイトデーのお返し。ラビったら今年は手作りするんですってー」 「・・・・・・」 「で、前っからジェリーと約束してたんさ。なのに任務入っちまってさー!いっそいで帰ってきたんよ!あ、もちろんちゃんと任務は遂行したぜ!イノセンスも回収したし♪」 褒めて!とばかりにラビが無邪気に神田に笑いかける。 「・・・・・・」 だがその途端、神田の中ではブリザードが吹き荒れた。 ラビが毎年ホワイトデーにお返しをちゃんと用意しているのは知っているが、それは毎年キャンディーなどを袋に詰めて渡す簡素なものだった。 それがよりにもよって今年は手作りで、しかもその現場を見てしまうだなんて! 神田の中で固めた決意が妙な熱によって再び塵と化してしまう。 「あ、ユウも一緒に作る?それならちょっと待ってて!今から風呂入って―――って、ユウ?!」 ハイテンションにはしゃぎまくるラビを見ていれず、神田はすたすたと無言でラビの横を通り過ぎる。 「ちょ、ユウ!ユウってば!!」 「っせぇよ!誰がテメーと甘ったりぃ菓子なんて作るかッ。お断りだそんなもん!」 ケッと口汚く罵り、神田は食堂を出ようとする。 そこで今度はジェリーから声がかかった。 「神田ー?そう言えばあんた、あたしに何か用あるんじゃなかったー?」 言われ、神田はぴたりと足を止める。 そして大きな声で、無い!!と叫ぶと、走り去ってしまった。 「ユ!・・・あー・・・ユウ」 せっかく久々に会えたのにすぐに神田がいなくなってしまってラビはヘコんでしまう。 そんなラビを苦笑しながら、ジェリーはお風呂入ってきなさい。とその背中を押すのだった。 「・・・くっそ・・・! 折角固めた決意が嫉妬で燃えてしまい、神田は八つ当たりに近くの壁を殴りつける。 その細い腕からは想像も出来ない破壊力で壁にはヒビが入ってしまい、不幸にもその場に居合わせてしまったファインダーはヒィッと情けない声を上げてしりもちをついてしまった。 そうだ。 ラビはそうなのだ。 フェミニストで誰にでも優しく、いつもニコニコとしているか本を読んでいる。 女好きで噂が絶えないのに、修羅場的なことは聞いたこともない。 要するにそれほど立ち回りがうまく、もちろんラビは神田がそのことにやきもきしていることなど知りもしないのだ。 「・・・・・・」 そう思って神田は切なくなってしまう。 こんな切ない想いを何度経験しただろう。 これから、何度経験していくのだろう。 「・・・好きになんて、ならなきゃ・・・」 ならなかったら、こんな思いしなかったのだろうか。 せめてラビがもっと別の性格だったら・・・・・・いや、今のラビじゃない性格だったなら、きっとでラビはとっとと自分から放れていっただろう。 「――――――」 ぎゅ、と神田は心臓の辺りの服を握り締める。 ラビが本気で怒鳴ることなど滅多にない。 怒鳴られたのは、一度きり。 この命を媒体にした時だけだ。 普段のラビからは想像も出来ないくらいに顔を険しく歪ませて真っ赤にし、唾を散らせて怒鳴られた。 けれどそれは、それだけ自分を大切に思ってくれていると言うことでもあって――――― 「・・・、・・・」 きゅ、と神田は唇を噛み締め、前を見つめる。 どんなにラビを嫌に思っても、いつも最後に辿り着くのはこうやってラビの良いところばかりで、嫌いになんてなれない。 嫌いになんて、なれないのだ。 □■□ 「リナリー」 後ろから聞き慣れた声に呼ばれ、リナリーは足を止めて振り返った。 「あら神田」 そこにはやはり幼馴染がおり、リナリーはニコリと顔を綻ばせる。 神田は少し照れながらリナリーに近付き、手に持っていたものをリナリーのバインダーに乗せた。 「・・・やる」 「わ、ホワイトデー?ありがとう神田ッ!」 「・・・ふん・・・」 それは綺麗な藤色の和紙に押し花が貼られている栞だ。 リナリーは嬉しそうにそれを手に持ち、ふふ、と笑みを深めた。 「神田からのプレゼントって本当に楽しみ。だってこんなに綺麗なの作ってくれるんだもん」 「・・・・・・」 その本当に嬉しそうな声に神田は照れて更に眉間に皺を寄せる。 毎年ホワイトデーに神田はリナリーにだけちゃんとお返しを用意しており、もうそれは恒例になっている。 栞は押し花から神田が作ったもので、桃の花が三つ可愛らしく藤色の和紙の上に飾られており、神田の手から作られるこんな繊細なものにリナリーはギャップの違いの面白さをかくしきれない。 リナリーは早速持っていた読みかけの本にはさんで、もう一度神田に笑いかけた。 「ホントにありがと、神田。大切に使うからねッ」 「・・・ああ」 もちろん自分が上げたものを気に入ってもらえれば嬉しくもあり、神田は少しだけ表情を緩ませた。 そしてそんな顔を見られたくないのか、神田はすぐに踵を返しスタスタと歩いていってしまう。 「神田〜!あーりーがーと〜〜〜!」 最後にもう一度手を振ってお礼を言うと、神田は振り返らずにひらひらと手を振って返してくれる。 そんな背中を見送りながら、リナリーはふと数日前のことを思いだす。 「・・・大丈夫かな、あの二人・・・」 中途半端なラビの行動だったが、それに対する神田もかなりいい反応を見せていた。 もちろん、好きあっているのだからいい反応を見せるのは当然なのだが、あの神田が素直に行動をするのかがかなり危うい。 むぅ、とリナリーは考えながら、もう見えなくなってしまった神田を目で追った。 ホワイトデーは毎年ラビにとって大忙しな一日になる。 あっちこっちに廻ってはお返しを配っていかなくてはいけないからだ。 「ありがと〜ラビv大切に食べるわねッ」 「おう!あーりがっとさ〜♪」 年上の医療班から投げキッスを貰い、デレデレと手を振りながら彼女らを見送る。 用意したクッキーはすべて無くなり、ラビはようやく終わったお礼の配布に一つ息をもらす。 んー、と大きく伸びをし、肩をコキコキと回しながら廊下を歩き、持っていた紙袋をくしゃりと丸めてポケットへと突っ込んだ。 代わりにクッキーのお礼と逆に貰ってしまった一枚のチョコレートを取り出す。 チョコレートを見て思い出すのは、一つだけ。 「・・・あーあ・・・結局なぁんの反応もなし、かぁ・・・」 そうしたのは自分だが、やはり行動を起こしてないも反応がないと言うのは少なからずショックだ。 それが自分勝手だと言うこともわかっているが、どうしてもラビは収まりがつかない。 あの、バレンタインの日。 ラビは適当に理由を作って神田の部屋に入り、こっそりと自分からのチョコを混ぜておいたのだ。 メッセージは残したが、筆跡も自分のものとわからないようにしたし、もちろん名前も書いてはいない。 ただでさえいつもチョコレートを問答無用でリナリーのもの以外を捨てている神田が、気付くとは思えない。 「・・・・・・やっぱ、ちゃんと言わんとダメなんかねぇ・・・」 ううう、とラビは肩を落とし、もう一度溜め息。 日に日に幼さが抜け、美しさが増していく神田に対して募るのは焦りだ。 きっと遠くないいつの日か、自分よりも近い位置に立つ人物が神田に出来てしまう。 そう思うとやるせなくて、けれど行動を起こすこともできずに、結局あんな方法をとった。 あのチョコレートはきっとで他のチョコレートと一緒に捨てられてしまったのだろう。 「・・・・・・」 今の位置を手放すのが怖くて神田に対して自分の想いを告げれないのが歯がゆくてたまらない。 いっそ自棄にでもなれば、玉砕覚悟で言えるだろうか。 「・・・むーりさねぇ・・・」 ははは、と乾いた笑いを漏らし、ラビはチョコレートをしまうと再び壁から身体を起こしてふらふらと歩き出す。 もう寝てしまおう。 そして明日からはまた空元気でも、神田に笑いかけていこう。 それしか今の自分にはできない。 よぼよぼと部屋に辿り着き、ラビはノブを回そうとして、違和感に気付く。 部屋から、誰かの気配がする。 「――――――」 すぅっとラビの目が細められ、自分の気配をそおっと消してラビは槌に指を番える。 教団内に泥棒なんて聞いたことが無いが、自分の部屋には貴重な資料がいくつも置いてあり、それを金に換えようとするものがいないとは限らない。 よりにもよって悪いタイミングで入ってきたものだ。 (・・・ぼっこんぼっこんにしてやるさ・・・) ニヤリと黒く笑い、ラビはノブに手を回すと思い切りまわし、蝶番が外れそうなくらい勢いよく扉を開けた。 「だぁれさ!!オレの部屋に勝手にはいって、んの・・・は・・・・・・」 「――――ッ!!」 ラビの声が段々と小さくなっていき、結局最後まで言葉は続かなかった。 そして中にいる相手を確認して、ぽかんと間抜けに口を開けて驚いてしまう。 「・・・ユ、ウ・・・?」 侵入者、だと思っていたのは神田だった。 「え、なんで・・・ユウ・・・が、どして・・・?」 いつも鍵をかけていないラビたちの部屋に入るのは実に簡単なことだ。 神田がここに入れたことについては不思議には思わないが、こうして本人が不在な時に入るなんて神田らしくはない。 突然のラビの訪問に神田は驚いて珍しく眼を泳がせており、さっと後ろ手に何かを隠したのがラビにもわかった。 「?ユウ、なんか持ってる?」 もしかして任務の関係の資料でも持ってきてくれたのだろうか。 ラビは槌から手を離すとスタスタと神田の方へと歩いていき、机をひょいと覗き込んだ。 「ッ」 まだ動揺から抜け出せない神田は反応が遅れてしまい、隠す前にラビに覗き込まれてしまった。 「・・・んん?」 そこにあったのは、小さな箱だ。 青いストライプの包装紙に包まれた、小さな箱。 「こ、れって・・・!」 ラビは神田が隠そうとしたそれを慌てて掴み、手に持ってじぃっと見つめる。 解かれた様子はあるが、間違いない。 ブックマン(見習い)である自分が、自分で包んで自分で上げたものを忘れるはずもない。 これは、神田に自分が密かにあげたものだ。 持ってみると軽く、中身が無いことがわかる。 「ユウ、これ・・・!」 ラビが神田を振り向くと、神田は頬を紅く染めてラビから視線を外している。 気付いた、のだろうか・・・? 「・・・あれ?」 少し傾けると中で小さな音がした。 気になってためしに上下に振ると軽い音がして、確かに中に何か入っているのがわかった。 「・・・?・・・」 なんだろうと思いながらラビはそおっと包装を解き、箱を取り出す。 「ッ、・・・」 神田は包装を解きだしたラビを止めようとして声を出しかけ、結局寸ででやめた。 ソレをラビに渡すために置きに来たのだ。 タイミングは悪くなってしまったが、結局ラビと自分はこうやって対面することになる。 それが遅いか早いかの差だ。 「・・・・・・」 すぅ、と息を吸い、ラビは白い箱を開けた。 「・・・花・・・?」 手紙か何かかと思っていただけに、中に入っていた意外なものにラビは驚く。 そしてこれを入れたのだろう神田の方を向いた。 「・・・ユウ・・・」 神田はまだラビを見ずに眉を寄せて別の方を向いている。 ラビはもう一度、手元の花に目を落とす。 可憐で小さな白い花。 雪割草だ。 「・・・これ、ユウがくれたんさ・・・?」 恐る恐る聞けば、神田から動く気配がしてラビは視線を上げた。 神田の顔は真っ赤だが、それでもいつものように真っ直ぐに自分を見つめている。 「・・・そうだ。俺がそれを置こうとしたんだ」 やはり。 「でも・・・どうしてこれをオレんとこに・・・?」 あえて聞いてみると、キッと神田が睨んでダン、と叩きつけるようにして一歩前に神田は進み出た。 「ッ、お前が!俺の部屋に置いてったんだろうが!!」 「ッ」 ばれている。 予想はしていたものの、神田の口から言われると改めて照れてしまう。 そして、同時に混乱する。 「え、でも・・・なんでさ・・・オレ、名前とか書かんかったのに・・・?!」 「俺がお前の部屋に置いたからだよ!・・・お前、リナリーにその紙頼んでたろ?・・・ちょうどリナリーがそれを持ってく時に俺が会って、頼まれたんだ!」 「!!」 かーっとラビの顔も神田と同じくらい紅く染まる。 確かに、バレンタインの買出しに行くと言うリナリーに包装紙を頼んだ。 部屋に戻ったら包装紙が置いてあったので、てっきりリナリーが置いてくれたと思っていたのに。 神田がこの包装紙を見ていたのなら、ばれるのは当然だろう。 「じゃ、あ・・・あのメッセージ・・・読んだ、よな・・・?」 「・・・・・・」 こくりと神田は頷く。 どうしよう。 どうしようどうしようどうしよう! どうしたらいいのだろう。 やはり、答えを聞いたほうがいいのだろうか。 けれどそれは、とても怖い。 「・・・俺の答え、は・・・それだ」 「・・・え?」 少しの沈黙の後に言われた言葉に、ラビは反応が遅れる。 神田が指をさしているのは箱の中に入っている雪割草だ。 「え?・・・え、これが答えって・・・?」 神田の言っている意味がわからず首を傾げるラビに、神田はうっそりと目を細める。 「・・・教えてほしいか?」 もったいつけた言い方に、ラビはこくこくと頷く。 「教えてほしいさ!!」 「じゃ、お前から言えよ」 必死に頷くラビに、神田はそう返してきた。 神田の言葉の意味を計りかね、ラビはもう一度小首を傾げる。 そんなラビに神田は少し躊躇った後、ポケットを探りながらラビに近付いて、その紙をラビの前に出した。 「ッ!!」 「これ。お前の口から聞いてない。・・・本当なのか冗談なのか、お前の口から聞きたい」 一文だけ書いてある、愛の告白。 神田に贈ったメッセージ。 メッセージから神田に視線を戻すと、真剣な顔がラビを見つめている。 ・・・言ってしまって、いいのだろうか。 これを言って、神田は離れていかないのだろうか。 「・・・・・・」 怖さが先に立ってしまい、どうしても口が動いてくれない。 何度も言いかけては息を吸うだけで終わってしまい、焦りと緊張だけが募っていく。 しばらく神田はそんなラビを見ていたが、一つ息をつくとメッセージを持った手を下ろし、近付いたラビとの距離をまた離した。 「・・・なら、俺も言わない」 「ッ!」 コツコツとブーツの音がして、ラビは去っていく神田を見つめる。 「お前が、それが冗談だって言うのならその花の意味も調べなくていい」 そう言って部屋を出て行こうとする神田を見て、ラビは息を吸い込んだ。 「、冗談、なんかじゃないさ!」 そして今まで出なかった声はなんだったのだと言いたくなるくらいに大きな声を出し、更に言葉を続ける。 「冗談なんかでこんなことオレはしない!・・・オレは、本当に・・・心から・・・ユウが好きさ!!」 神田の動きがとまった。 は、は、とラビは緊張から息を切らし、口の中に溜まった唾を飲み込む。 シンと静まり返った部屋。 たまらない、耳に痛い静寂。 好き、なんて言葉がここまで心に響くなんて思いもしなかった。 直接聞いたラビからのその言葉は嬉しくて恥ずかしくて、神田はどうしていいかわからなくなってしまう。 だがその静寂を破るように、ラビの震える声が再び神田の名前を呼んだ。 「、ユウ・・・はどうなんさ・・・」 「・・・・・・」 心臓が跳ねる。 死んでしまいそうだ。 神田はそんな心臓を少しでも沈めるように一つ大きく息を吸うと、くるりと踵を返してラビを再び見つめる。 そして、ラビが持っている雪割草にすっと指さした。 「【お前を信じる】」 「・・・、え・・・?」 「その花の、花言葉だ」 言いながら、神田は再びラビに近付いていく。 緊張する。 恥ずかしい。 けれど、もう逃げ出せない。 ラビは答えをくれたのだから。 「・・・俺も、お前が好きだ」 「―――――」 そう告げた途端、ラビの翡翠の目は大きく見開かれ、次いで、その身体がゆらりと揺れた。 「ッ、ラビ!」 がたん、と音を立て、ラビがバランスを崩したので慌てて神田が支えようとしたが間に合わず、床に座り込んでしまった。 「ラビ、どうしたんだ?!」 何かまずかったのだろうか。 どこか打ってしまったのかと神田が手を伸ばそうとすると、その手をラビが掴んでいきなり引き寄せられてた。 「うわっ!」 もちろんそれに対応できず、神田はバランスを崩してラビへと抱きついてしまう。 ラビはそんな神田の身体を思い切り抱きしめ、ごめん。と呟く。 「・・・身体の力、抜けちゃった・・・」 「・・・はぁ?!」 神田が思わず聞き返してしまうと、ラビは、だって。と子供のように泣きそうな声を出して更に強い力で神田を抱きしめてくる。 「だって、ユウがオレのこと好きだなんて・・・そんなこと言ってもらえるなんて、絶対にないって思ってたから・・・!」 まるで夢のようだ。 嬉しい 幸せ 夢のよう そう泣きそうな声で言いながら強い力で抱きしめてくるラビに神田は呆れたような溜め息をつきながら、ひっそりとその腕の中で笑う。 ラビに今顔が見えてなくてよかった。 きっとで今自分は、とても情けない顔をしているだろうから。 神田はラビの腕の中でもぞりと動くと、自分も少し躊躇いながらラビの背中に手を回す。 久々に抱きついたラビの身体は、自分が知っていたのよりもずっとたくましくなっており、ラビが成長していることを教えてくれる。 嬉しい 幸せ 夢のよう、なんて。 「――――俺も、に決まってンじゃねぇか」 諦めなくてよかった。 無理に嫌いにならなくて、よかった。 きっとこれからも自分たちは擦れ違ったりぶつかったりして離れるけれど、嫌いにはなれなくて。 ああ、やっぱり自分は。 ラビを好きになってよかった。 そう、最後にはいつも思うのだろう。 コメント ま、間に合った!!(只今ホワイトデー当日23:38) ハッ!ホワイトデー!!と思ったのがちょうどパラレル小説に熱中している時(進行形)で、結局頭を切り替え切れませんでした・・・うう。 初々しい感じ☆と言うことで一応十五歳設定ですが、なんか十八歳でもオッケーな気が・・・(笑) 今回の目標は可愛いラビ☆(ええー) しかしお花ネタ好きだなーって言うかユウたん、すること考えること乙女すぎ・・・!(ガクリッ) |