幸福の居場所


「だいじょぶさ?」
そう言って、ラビは転んでしまった神田をそっと抱え起こす。
教団につれてこられてからずっと着ていた和服から動きやすい洋服へと着替え、庭をラビと駆け回っていた神田だったが、まだ慣れない靴に足をとられ、転倒してしまったのだ。
受け身も取れずに思い切り打ってしまった手足と胸の息が詰まりそうな痛みに、神田はぐっと涙を堪える。
八歳とは言え、プライドの高い神田はそんなことで涙が出てしまう自分が許せなくて、情けなさに更に涙がこみ上げてきてしまう。
「ユウ、だいじょぶ?立てる?」
座り込んでしまった神田に、ラビは心配そうに声をかける。
「・・・っじょぶだ・・・っ」
痛みと情けなさに加え、ようやく出した声がなんとも情けなく震えており、神田はついにポロリと涙を零してしまう。
それを慌てて汚れてしまった袖で拭うと、ラビの手がそっと神田の手を止める。
「・・・?」
なんだろうと思い、涙でゆらゆら揺れる視界で正面のオレンジ色の頭を見る。
ラビは手首を掴んでいた手を一度離すと、その手を自分の手よりも少し小さい神田の手へと絡めた。
そしてそのまま、ぺろりと神田の目に浮んでいる涙を舐めとる。
そんなラビの行動に驚いている神田を余所に、ラビはもう片方の涙も舐め取った。
「・・・そんなふうに服でごしごし擦ったら、目ェ赤くなっちまうさ」
身体を少し離してニコッと笑うラビに、神田はいつの間にか自分が涙も痛みも忘れてることに気付く。
すごいと思いつつラビを見るも、ラビはニコニコと笑っているだけだ。
ラビの笑顔は、痛みも涙も吹き飛ばしてくれる。
何よりも、ラビのその笑顔を見れるだけで心がぽわりと暖かくなる。
「・・・・・・」
きゅ、とラビの手を握り返し、真似をするように口端を持ち上げて、笑おうとする。
感情の起伏を表情として表すことが苦手な神田は、日本に居た頃はよく母が笑いかけてくれたが、自分はどうしてもうまく笑い返すことができなかった。
鏡の前で練習し、今と同じように口端を持ち上げて笑おうとしてもどうしても不細工な顔になって終わってしまう。
それでも、母は喜んでくれた。
ラビも驚いたように目を見開いた後、すぐに頬を染めてまた微笑んだ。
「やっぱ、ユウは笑うと一段と可愛いな!」
「・・・それ、男に使う言葉じゃないだろ」
「ンなことないさ。可愛いもんは、何したってかわいいさっ」
そう言って、ぎゅうと抱きしめてくる。
突然のぬくもりと行動に驚いたものの、それはとても心地がいいもので。
家族と離れ離れになり心身共に衰弱した時にとても癒されたものだ。
(・・・安心する・・・)
心の中で呟いて、ラビに身体を預けた。
涙も、痛みも。
もう欠片も神田には存在していなかった。

□■□

ぼうっとする頭で、神田は何とか目を開けて身体を起こした。
(・・・なつかしい、ゆめみたきが・・・)
まだ油断するとそのままガクリと身体が倒れていきそうで、神田は頭をはっきりさせるようにと思考を巡らせる。
(・・・ラビがいたような・・・ちっちぇえとき、の・・・夢―――――・・・、・・・あ?)
が、なんだっけ、の途中でこくりと船を漕いでしまうので、思考がそこでまた巻き戻ってしまう。
いかんいかんと頭を振って思考をはっきりさせようとするが、低血圧の自分の身体がそれで起きてくれるはずもない。
・・・任務の時はちゃんと起きるだけに、現金な身体だと思わず自分で突っ込みを入れたくなってしまうくらいだ。
だが結局頭がはっきりとする頃には、神田の中から夢の中の出来事は忘れてしまっていた。


悪い夢ではなかった。
むしろいい夢だった気がする。
そう思いながら神田は食事を終え、午前の鍛錬へと向かう。
協調性と言うものが無い神田が他の探索部隊がいる鍛錬所へ向かうと(エクソシストはさすがに神田の扱いには慣れているのだ)起こりたくもない事態が起こるので、神田は教団の森で鍛錬をしている。
神田自身も、自分よりも能力が格段に低い探索部隊との鍛錬などお断りなので、別にこの状況に不満は無い。
それよりもその森での鍛錬にラビだけでなくリナリーやアレンも参加しているということの方に神田は疑問を抱いてる。
しかも森での鍛錬が目的ではなく、神田との鍛錬が目的と言うから呆れてしまう。
特にアレンは出会いが最悪だったというのにどうしてこうも引っ付いてくるのか。
そしてそれを無下に出来ない自分もいる。
・・・これが一番わからないところだ。
だが、駄目ですか?と上目遣いでこられるとどうしても断れず、リナリーに逆らえないのと同じような気分になる。
今日はその二人もおらず、久々に一人での鍛錬を行える。
レベルの違いすぎるものたちとの鍛錬・・・手合わせは退屈以上に苛々を積もらせるに過ぎないが、やはりアレンとリナリーはエクソシストとして過酷な状況を乗り越えているだけあって張り合いがある。
もちろん、その実力はまだ自分やラビには届かないものではあるが、自分と違う武器を持てば、それだけ違う戦法が生まれる。
それを知れることはつまり自分の対策が生まれるということ。
その知識は、絶対に自分の助けになるのだ。
しかし、そうは言ってもやはり一人での鍛錬の時間はほしい。
二人以上で行える鍛錬があるように、一人の方が都合がいいことも多いのだ。
基礎運動を行い、全身の感覚を研ぎ澄ます為に団服とブーツを脱ぎ去る。
そして六幻だけを手に取ると、目を瞑り凛とした空気の中に身をおいた。
視界を閉じると、どんどんと聴覚や触覚、嗅覚などの感覚が鋭くなっていくのがわかる。
「――――――」
撫でるようにして冷たい空気が神田の肌を滑ると、カサ・・・と言う極小さな音が頭上から聞こえた。
気配を追い、開放した六幻をヒュッと風を切って左上から斜めに走らせる。
すると、六幻から本当に微かな手ごたえが感じられた。
たった今の風で落ちてきた枯葉だ。
だが神田はそれを確認せず、また森全体に意識を集中させ、裸足になった足をぐっと踏み出す。
そのまま高くジャンプし、比較的太い木の枝えと着地する。
そこから間を置かずに次の枝へほとんど音も無く移動をしていく。
いくら神田が痩せていると言っても、鍛えてある青年の身体だ。それなりに体重もある。
それをまったく感じさせずに動けるのは、やはり神田のこれまでの成果なのだろう。
ジャンプするごとに、六幻が煌き、舞う。
そのたびに落ち葉が綺麗に切られ、散っていく。
まるで演舞のようだ。
その美しい鍛錬は、神田が満足行くまで行われた。


結局神田の鍛錬は、朝から始めたと言うのに一区切りついた時にはとっくにお昼を回ってしまっていた。
食への執着があまりない神田は一食抜こうがどうってことないのだが、教団にいる内は出来るだけしっかりとご飯を摂っておきたいと思っている。
と言うのも、外での食事があまりに神田に合わないからだ。
偏食だからですよ、とアレンが言うが、そもそも肉などの脂ぎった食事がまず好きではないと言うのに、どう好んで食べろと言うのか。
その点、ジェリーは自分の要望するものを満足する味で作ってくれるので、思う存分味わっておきたいのだ。
そして、栄養を蓄えておくために。
過去にまずい、食いたくないと食事を碌に摂らずにいた神田は、任務中にぶっ倒れてしまい、教団に帰ってから手厳しい仕置きを受けたことがある。
あれはもう避けたい。
仕置きももちろんだが、食事を摂らずに倒れたなどとは不名誉なことこの上ないからだ。
食堂に入り、注文をしようとジェリーに近付こうとすると、遠くから『神田』と呼ぶ声が聞こえる。
「・・・・・・」
ちらりと見やれば、まばらな食堂でアレンとリナリーがニコニコと笑いながらこちらに向かって手を振っている。
そのテーブルには、遠目でもわかるくらいのデザートの山が・・・。
「・・・・・・・・・」
思い切り無視をしたかったのだが、ここで無視をすればまた変な方向へと話が転がってしまうのは過去の幾度かの経験でわかっている。
とりあえず注文をやめ、神田はアレンとリナリーの方へと歩いていく。
「・・・ンだよ・・・なんか用か」
近付いてみると、その甘い匂いに思わず眉をしかめてしまう。
脂っこいものも嫌いだが、甘いものも同じくらいに苦手な神田にはなかなかキツい。
だがアレンとリナリーはそんなことお構いなしにニコニコと笑い、隣に座るように促してくる。
「俺はメシ食いにきたんだ。ンな甘いもんのトコに座りたくなんてねぇ」
「いーじゃないですか!神田、いつも蕎麦ばっかりだから、たまにはこういうものも食べたらいい気分転換になると思いますよ?」
「そうよ〜。神田が怒りっぽいのって、きっとで糖分が足りないからだと思うわ。日本の甘いのが食べたいなら、ほら!お団子にお汁粉!」
じゃーん!と、リナリーは漆塗りの器を取り出し、神田に手渡す。
さすがにこれには驚く。
ジェリーが万国の食べ物を作れることは知っているが、まさかここまでとは。
「なんでこんなもんが・・・」
「もちろん!僕が食べるためです☆」
えへーと食べ物を前にしたアレンが嬉しそうに顔を蕩けさせる。
「ね?神田も食べましょ?」
くいくいと裾を引っ張り、更に神田をとどめようとする。
リナリーもアレンと一緒に、ねーねーと引き止めてくると、もう神田には怒鳴って黙らせるか従うしかない。
怒鳴って立ち去れば今のこの場はさっさとすむが、その後がめんどくさい。
アレンは泣いてすがってくるし、コムイがせっかくのリナリーの誘いを!と仕事そっちのけでやってくる。
何度も言うが、過去に何度も経験があるのだ。
この二人には、もう従うしかない。
それが後々は一番処理が楽だとわかっている。
神田は、大きく溜め息を吐くと、渋々その席に座った。
その神田を挟むようにリナリーとアレンがそれぞれ隣りに腰掛け、リナリーが神田に緑茶を注いでいく。
元々同じアジアと言うこともあり、作法は違うもののリナリーの淹れる茶はなかなかのものだ。
はい、と手渡された手捻りの湯飲みを受け取り、すぐには飲まずにとりあえず横に置く。
神田は猫舌だ。
「神田、何食べますか?」
「・・・・・・」
よく見れば、ケーキやクッキー、スコーンなどの他に日本の菓子であるおはぎやせんべいなども置かれている。
そのほとんどがアレンの腹に収まるのだろうが、それでも様々な国の菓子をこの机に並べているようなこの状態はなかなかすごい。
とりあえず神田はアレンにおはぎを頼み、リナリーが進めてくれた汁粉を手元に寄せる。
「はい、おはし」
「ん」
リナリーから受け取り、アレンの手元を眺める。
アレンはひょいとおはぎを大皿から小皿に移して、神田の手元へと置いた。
その思いもしなかったアレンの箸の使い方のうまさに神田は思わず目をみはる。
「・・・お前、箸使えんのか」
「え?あ、はい。やっぱりちゃんとその国のマナーで食べませんとね!」
「・・・・・・そうか」
神田の中でアレンの株が上昇する。
どんな理由であれ、自分の国の料理を外国人が使うのが難しいと言われている箸の使い方を覚えてまで食べてくれるのは、やはり嬉しい。
少しだけ気分を上昇させつつ、神田はアレンが取り分けたおはぎへと箸をつけた。
「神田、甘いもの平気なんですね」
早速ガツガツ食べ始めつつ、嫌いなものには梃子でも箸をつけない神田があっさりとおはぎに手をつけたことに、進めつつもアレンは驚いたようだ。
「・・・餡子系ならな。生クリームやチョコなんかは好きじゃない」
要するに、あっさりした甘いものなら好きなようだ。
腹が空いていたこともあり、アレンよりは随分スローペースだがおはぎを消化していく。
神田がおはぎを一つと汁粉を飲み終わり箸を置くと同時に、アレンもパンっと手を合わせた。
「ごちそうさまでしたっ!」
「・・・・・・」
「?どうしましたか?」
テーブルを見れば、そこには先程山のようにあった菓子が全て消え去っている。
敢えてあると言うのならば、リナリーが自分の小皿に持ってある食べかけの点心くらいだ。
それをアレンは当然のように食べきっており、寄生型と言えどあまりの食欲に呆れてしまう。
そして、それをにこにこと笑いながら食べるその姿。
「・・・ずいぶん嬉しそうにものを食うなって思ってな」
神田にとって食事とは自分の必要な栄養を摂取すると言う行為にすぎない。
もちろん口に入り味と言うものがあるので好き嫌いはあるが、だからと言ってアレンのように幸せそうに食べるほどのものでもないのだ。
「幸せそうじゃないですよ〜!幸せなんです♪」
だがアレンは当然のようにそう言って、またにこにこと笑う。
「・・・そうかよ」
ふ、と息をつき、神田は背凭れに背を預ける。
「神田は蕎麦食べてて幸せじゃないんですか?」
「・・・別に・・・ただうまいと思うだけだ」
「え〜?それを幸せって言うんじゃないんですか?」
「知らねぇよ・・・って言うか・・・幸せって何なのかよくわかんねぇし」
そう言う神田に、アレンは呻くように声を漏らす。
傍観していたリナリーも、その会話を心配そうに聞いている。
「・・・ラビは?ラビといる時は幸せじゃないんですか?」
「――――――」
ラビの名を出され、神田はひくりと瞼を震わせた。
無言でやりすごそうとするも、両サイドからの訴えるような視線が絡みついてくる。
「・・・かんだっ!」
五分ほどすると、痺れを切らせたようにアレンがまた催促をしてくる。
観念するように神田は息を吐くと、わかんねぇ。と答えた。
「・・・それも、わかんないの?」
「わかんねぇよ・・・」
「・・・だって神田は、ラビのこと好きでしょ?」
リナリーのさらっと放ったその一言に神田がガタッと椅子を鳴らして動揺し、また回りのものたちもその発言にそれぞれリアクションを起こしてしまう。
「っな!お前・・・ッ」
「え?だって付き合ってるんでしょ?」
「〜〜〜〜〜〜ッ」
別に隠しているわけではないし、リナリーにはバレてしまっているだろうことはわかっていた。
何せ長い付き合いだ。
だが実際にこう言われるのはやはり恥ずかしい。
「好きなのに、一緒にいても幸せじゃないの?」
再びの追求に、神田は紅くなってしまった顔を上げ、また大きな溜め息をひとつ吐く。
「・・・不快な訳じゃない」
「じゃあ心地良いんですよね?」
「・・・・・・」
「ね?神田」
一々の追求に神田は頬を赤くする。
・・・どうして自分がこんな恥ずかしいことを答えてるのだろう。
「っせぇな!ンなことお前らに聞かれる覚えねぇよ!」
いい加減キレて席を立って去ろうとするが、それよりも先にアレンとリナリーが両側から神田に引っ付いて強制的にまた座らせてしまう。
「まだ話終わってないのに行っちゃダメ!」
「ッ、つか、話したくねぇっつってんだろ!離しやがれ!」
だがアレンもリナリーも離れまいと神田に引っ付き、力の押し合いが続く。
「っの・・・ッ!」
「はーなーしーまーせーん〜!!」
そう言い、更にぎゅうと引っ付いてくる。
結局年下とは言えエクソシスト二人相手・・・しかも体術専門の二人には叶わず、神田は諦めて力を抜いた。
離れた途端また逃げられてはたまらないので、アレンとリナリーはぎゅうと神田の団服を掴んで拘束し、先程の答えを待つようにじぃっと神田を見つめる。
「・・・・・・」
神田はもう一度溜め息をつき、渋々その口を開いた。
「・・・だから、幸せっつーのが根本的にどういうのかよくわかんねぇんだよ」
「どういうのか、わからないんですか?」
繰り返し聞いてくるアレンに、ああ。と神田は頷き答える。
「ここは戦争の場だ。ンなもん、感じてる暇があったらとっととアクマども片した方がよっぽどソレに近付くじゃねぇか」
「・・・神田・・・」
きゅ、とアレンの、神田の団服を持つ手に力が篭る。
「・・・でも、神田幸せそうですよ、ラビといる時・・・空気柔らかくなるし、なんか嬉しそうだし・・・」
「・・・・・・。仮にそうだとしても、俺はそれがどういう感覚なのかがわからない。だから、幸せがどういうものなのかわかんねぇんだよ」
「――――」
神田のその言葉に、アレンの方が痛そうな表情になる。
まったく、いつまで経っても他人のことしか考えられない子供だ。
そのしょげてしまった頭を撫でてやろうと、ふと手を持ち上げようとしたところで、再びアレンがパッと頭を上げた。
「そうだ!マナが言ってました!幸せな気持ちになるにはまず、笑顔が大切だって!」
良いこと思い出したとばかりにアレンがそう伝えてくるので、神田はまた眉をしかめた。
「・・・笑うのもどうやるのかわかんねぇよ」
笑ったことがあるのなんて、遠い昔だ。
いつ頃までちゃんと笑えていたのかすらも思い出せない。
「簡単ですよ!こう、口角をあげて」
そう言い、アレンは神田の口はしに親指をつけると、きゅっと口角を上に上げさせる。
遠くから見物しているものから、ひぃっと言う喉を震わせる声が漏れ、さぁっと食堂内の体感温度も下がった気がする。
凶悪な神田に親しげに声をかけるだけでも驚くと言うのに、この鬼も恐れないアレンの行動にガタガタと震えてしまう。
そして無理に引き上げられた口角のせいでなんだか恐ろしい顔になった神田の顔を見てしまったものの中から失神者まで出てしまう始末だ。
「ほら、神田自身も笑うようにしなくっちゃ!にこーって!」
そう言って浮かべるアレンの笑顔はまるで天使のようだが、何せ口元を引くつかせている神田が恐ろしい。
しかもそこにリナリーが便乗してきた!
「ほらぁ!眉間に皺寄せないの〜っ」
神田がアレンの方を向いているので、リナリーは後ろから神田の肩から腕を回してその細い指でぐにぐにと神田の眉間を押さえる。
いい加減神田がその手を振り払おうとしたところで、アレンがまたにっこりと笑顔を浮かべたままその口を開いた。
「ラビだってきっと、神田が笑ってくれたらもっと幸せになりますよっ」
幸せ。
その言葉に、振り払おうとした手をピタリと止める。
「そうよ〜!きっとでラビ、もっともっと神田のこと好きになるわ!」
「・・・・・・」
常々神田が思っているのは、よくラビが自分を見捨てないと言うことだ。
ラビは美人でグラマラスな女性が好きで、よく神田の見ていないところでデレデレとその姿を追っている。
もちろん神田はそのことだって知っている。が、それをどうとは言えない。
むしろ、よくラビが自分を選んでくれると思う。
こんな無愛想で偉そうですぐに手が出て碌に身体も触らせないような自分を。
「・・・・・・」
思わず自分で思い返して言葉につまってしまう。
今までの自分の生き方には後悔なんてないが、さすがに自分の性格の悪さには呆れてしまうものがある。
だからラビが自分を見限ってしまうのは仕方が無いことだと思う。
・・・思う、が、だからと言ってその手を簡単には放したくは無い。
幸せを感じてくれたのなら、ラビはもう少し自分と一緒にいてくれるのだろうか。
そうぼんやりと思いながら、神田はアレンとリナリーの指南に耳を傾けた。



幸せ、を考えたことなんて久しく無い。
変わっているようで変わらない毎日をただ過ごし、その中で必要の無い感情を捨てることを覚えた。
余計なソレは、いつかは自分の破滅を招く。
自分はエクソシストなのだ。
探索部隊のようにかわりは利かない。
自分と言う武器を失えば、世界はそれだけ伯爵に対して不利になる。
そうしたら、自分がここに連れてこられた意味もなくなってしまう。
大浴場で汗を流し、再び自室に戻ってきた神田は髪を拭いたことですっかり水を吸ってしまったタオルを備え付けの籐編みの籠に放り、ふと目の前の鏡に向かった。
そこにはつまらなそうにしている自分の顔がある。
「・・・・・・」
笑うようにと意識して口端を持ち上げようとするが、それは歯を食いしばっているようにしか見えず、どうしても笑っているとは思えない。
次に神田は、自分の人差し指を使ってアレンがしたように口端を持ち上げる。
すると確かに口元は笑っているようにも見えるのだが、鏡の中の自分がこちらを睨んでおり、やはり笑顔には見えない。
こうして見ると、いつもあんな笑顔を浮かべているアレンやリナリー、ラビがなんだかすごく思えてくる。
自分がこうして苦労していることを、彼らは苦もなくやってのけるのだから。
ぐいぐいと口端と頬を持ち上げていると、だんだん筋肉がつってくるように痛くなる。
だがそんなにやっても、やはり顔は笑っていない。
難しい。
難しすぎる。
「・・・・・・はぁ・・・」
だが、これまでやってこなかったことが一日で出来る訳ないのだ。
表情筋はすっかり凝り固まっており、まずこれをほぐすことから始めるしかない。
道は長そうだ。
そう思いつつ、神田は笑顔作りに励んだ。

のが一週間前。
にも関わらず、笑顔を浮かべられる気配は欠片もない。
腹を決めてリナリーやアレンに相談しようかと思えば、二人はタイミングよく任務へと出掛けてしまった。
暇が出来れば部屋の洗面所の鏡で練習し、その度に落ち込む。
口角を上げて、目元を少し緩ませればいい。
たったそれだけのことが出来ない。
一幻を初めて出した時も、ここまで疲労は感じなかったはずだ。
ぐったりとし、とりあえず神田は今日はここまでとして蛇口を捻り、勢いよく水を出した。
冷たい水で顔を洗うと、ここ一週間ですっかり筋肉痛のように痛くなってしまい、火照っている頬が冷やされて気持ちがいい。
満足するまで顔を洗い、近くのタオルを引っつかむ。
そして顔を拭い、また鏡を見る。
そこにいるのは、やはり仏頂面の自分の姿。
・・・本当に自分は笑顔なんてものが作れるのだろうか?
疑問に思いつつ、神田はベッドで休むために踵を返す――ところで。
「―――?!」
ラビがいることに気付いた。
「うおっ?!あ、危なー―――!!」
だが神田はそんなラビに向けて、回し蹴りを繰り出してしまう。
しゃがんで頬杖をつき、見上げるように神田をじっと見ていたラビだったが、いきなりの攻撃にも関わらずしっかりとその一撃を避けた。
さすがの回避力だ。
「な、なにするんさユウー!」
「そ、それはこっちのセリフだ!!てめっ人の部屋に勝手に入んなつってんだろ!・・・つか、いつからここに・・・いや、いつ帰ってきたんだよ!!」
珍しい矢継ぎ早の神田の質問に、ラビはきょとんとしながら立ち上がった。
「あれ?コムイから今日帰ってくるって聞いてなかった?」
「・・・今日はあいつの顔を見てない」
いつもならうるさいくらいにかまってくるくせに。
特に、リナリーやアレンがいない時は。
「そう言えばさっき、リーバーが鬼のような顔してコムイを見張ってたなぁ・・・ありゃ今日一日ああだったんか」
ギリギリの仕事をしているコムイだが、いい加減リーバーがブチ切れたらしい。
今日は一日、監禁状態で仕事のようで、なるほどそれならコムイに会わない訳である。
「・・・それはいい。だが、勝手に人の部屋に入ってくんな」
「だぁって〜!何回かノックしたのに、ユウってば全然開けてくんないからさー。てっきりいないもんだと思って中に入って待ってようとしたらユウ発見して」
「・・・ノック?」
「そ。ノック。今さっき何回かしたんだけど、気付かなかったん?」
「・・・・・・」
気がつかなかった。
気配には人一倍敏感な自分が気付かなかったなんて、どれだけの集中力を使って笑顔の特訓をしていたんだ。
しかし、今のラビの口ぶりと馬鹿にしてこない様子を見て、先程のはラビには見られなかったようだ。
とりあえずそこには安心する。
「・・・まぁいい・・・」
話をそらすように神田は未だ尻餅をついているラビの横をスタスタと通りすぎると、ラビも慌てて腰を上げて神田の後をついていく。
そして神田がベッドに腰を下ろすと、ラビもすぐ横へと引っ付いて腰を下ろした。
あまりに近すぎるその位置に神田は眉をしかめて少し横にずれて隙間を空ける。
「つれないさねー」
そんな神田に慣れているラビは、引き戻すようにして神田の腰を寄せて更に密着させ、少しだけバランスを崩した神田の頬にキスを送る。
「ただいまさ、ユウ」
更に神田のその後の行動を読み、ラビは近くにある神田の耳に吹き込むように囁く。
突然のキスに殴る体勢に入った神田だが、ラビのその一言に振り上げていた手を下ろした。
そうだ。
これまでの経緯はともかく任務から無事にラビが帰ってきて、その足で自分の下へ来てくれたのだ。
毎回のこととは言え、ちゃんと会いに来てくれるのはやはり嬉しい。
ほわっと心を暖かくしていると、腰を引き寄せたラビの手が下がってさわさわと尻を触りだした。
「・・・・・・」
「あたっ!!」
これにはさすがに手が出た。
バシッといい音を立ててラビのオレンジの頭を殴り、べりッと手を引き離す。
「まったく、無事に帰ってきても碌なことしねぇな!」
ケッと吐き捨てると、まるで子供のようにラビが、だって〜と続ける。
「久々のユウさ?身体のシンまで堪能したいさ〜!」
「だからそう言うこと言うなっつってんだろ!!」
もう一度神田の拳が炸裂する。
まったく、本当に神田にはラビの心が読めない。
「・・・ったく・・・男に触りたいなんてわっかんねぇやつ!」
触りたいと言うのはわからないではない。神田とて男だ。
だが潔癖症の気がある神田は誰彼からも触られるなんてとんでもない。
触ってよしとするのは、ごく一部の人間だ。
そして、自分から触りたいと思うのはラビただ一人だけ。
「は?何言ってんの?オレが触りたいのは、ユウだって」
「―――――」
「・・・なんか・・・めちゃくちゃ驚いてますな」
ラビを振り返った神田の顔が、いつもは見せないような顔で驚いていたので、ラビは思わず苦笑してしまう。
神田は思わずぽかんとした表情をしてしまった後、その顔を徐々に訝しいものへと変えていく。
「・・・嘘だ。お前、女好きじゃねぇか」
「嘘じゃねえって。・・・まぁ確かに女の人好きなのは否定しないけどさー・・・でも女好きでも、オレは、オレの心はユウを選んださ」
「・・・・・・」
「仮に女の人じゃなくって、別の男がオレに告ってきてもオレはお断りだぜ?別にホモって訳じゃないし〜」
神田には言っていないが、ラビは過去に教団や任務先で男性の告白されたり身体の関係を求められたことがある。
その中でただ一度、神田以外でも自身が反応を見せるのか気になって誘いに乗ったことがあったが、結局誘うように服を脱がされたところでタンマをかけてしまった。
なんとなく神田に似た人物だったのだが、それでも『そう言う行為』をこれからするのだろうと思うとどうしようもない不快感がラビを襲ったのだ。
女性に対しても反応を見せないわけではないが、どうしても頭に浮かぶのは神田のことで結局最後までヤれたことはない。
どうしようもなく自分は、神田にやられてしまっているのだ。
まだ険しい顔のままの神田に、ラビはそれでもマイペースに続けていく。
「オレはなーユウ。ユウのことがもう全ッ部、まるごと好きで仕方ねぇんさ」
好き。
それは何度も何度もラビが自分に言ってくれる言葉だ。
信じられない訳がない。
だが、どうしてラビが自分なんかを好きになってくれたのかが未だにわからないのだ。

『・・・ラビは?ラビといる時は幸せじゃないんですか?』

ふと、アレンの一言が思い出される。
それなら。
・・・それならば。
「・・・。じゃあお前は、幸せか?」
「ん?」
「お前は、俺といて幸せなのか?」
神田がごく真面目にたずねたその質問にも、ラビはあっけらかんと笑って頷いた。
「幸せさ!ってか、ユウがオレの隣にいてくれないとオレの幸せ全部吹っ飛んじまうさ!」
幸せ。
ラビもあっさりと言い放った。
神田はやはり、幸せの意味がわからない。
「・・・その幸せってどんなんだ?お前は、オレといるとどういうふうになるんだ?」
更に追求してくる神田に、ラビはさすがに眉をひそめる。
これまでも神田が何度かこうやって自分にどうして好きになったのか、と尋ねてきたことがある。
その度にラビは何度も何度も神田に好きとその意味を伝えて、その度にお互いの気持ちを確かめあった。
けれど今回は、どうやら少し違うようだ。
「・・・ユウ?なんか不安なことでもあったんか?」
ラビが神田の顔を心配げに覗き込むと、神田はじっとその漆黒の瞳でラビを見つめてくる。
ただ無言のそれは、ラビの答えを促していた。
「・・・・・・、そうさなぁ」
結局根負けしたのはラビで、ふっと視線を逸らすと、考えるように腕を組む。
その間も神田はただラビのその横顔を眺めて答えを待っている。
幸せと言うものを知るにはまず笑顔が必要だとアレンは言っていたが、どうしても神田は答えが知りたい。
自分は、ラビにちゃんと幸せを感じているのだろうか。
「・・・そうさなぁ、オレは・・・」
先程からあまり時間が経たない内に、ラビは再びこちらを振り向いた。
「オレは、ユウといると全部放り投げたくなるな。二人の時間をずっと持ってたい〜って思う!」
そう言い、白い歯を見せてニカッと笑う。
「―――ずっと・・・」
「そ!ずっと!それがオレの幸せ!」
眩しいラビの笑顔。
ああ、そうだ。
自分は、幼い頃からこの笑顔が大好きで、この笑顔が見たくてよく真似して同じように笑っていた。
ずっと、見ていたくて、一緒にいたくて。
・・・あの暖かい気持ちが、幸せと言うのだろうか。
(それなら・・・)
それならば、自分は。
(ずっと俺は幸せを感じていたんだな)
ただこの気持ちに名付けるものを知らなかっただけで、ちゃんと幸せを知っていたのだ。
理解すると、今までの重い気持ちがふっと軽くなった。
「――――――――――」
と、目の前でニカニカ笑っていたラビの顔が驚いたように目を見開き、そして日焼けしたその肌が赤く染まっていった。
「?ラビ?」
突然のラビの変化に、神田は小首を傾げる。
神田の声に固まっていたラビはハッと硬直を解き、いや、と頭をかく。
「・・・ユウがいきなり笑うからさー・・・びっくりしたんさよー・・・」
「・・・笑ったのか、俺・・・」
ラビのその一言に、神田も驚いてしまう。
あんなに練習してもうまくいかなかったのに、無意識に浮かべていたなんて。
今度は意識して、頬の筋肉を持ち上げる。
するとまたラビがカーッと耳まで真っ赤に顔を染めた。
「ちょ!ユウ、その顔反則さー!!」
だがラビは笑ってくれるどころか、先程から驚いては慌てている。
「・・・嬉しくないのか?」
せっかく笑えるようになったのに。
それはさすがに言外しなかったが、ラビはまた弾かれたようにこちらを向いた。
「違う!嬉しいか嬉しくないかと言われればもちろん嬉しいけど!・・・嬉しいんだけど!!」
そこで再びラビが言葉をつまらせる。
普段から誰に対してもぺらぺらと話しかけているラビがこんなふうに言葉をつまらせるなんて珍しい。
神田が静観していると、うーうー唸っていたラビは、もう首まで真っ赤に染めた顔をペチリと手で覆い隠し、神田から目を逸らした。
「・・・ユウのその顔は、心臓に悪い」
その言葉に、更に神田は不安になる。
「それは、俺の笑顔なんて見ない方がいいってことか?」
「ちがっ!〜〜〜〜あーもう、だーかーらー!!」
ガシガシと頭をかき回し、ラビは神田の右手を抑え、左手で神田の左肩を押した。
突然の上、手を軸にくるりと力の方向へと押されたことで抵抗も出来ないまま倒されてしまう。
ラビは左手を移動させ、右手と同じように神田の指に自分の指を絡めて、顔のすぐ横に拘束し、せっかく今日は我慢しようと思ってたのに、と呟く。
「・・・こういうこと、シたくなるの」
「―――ラ・・・ッ、ん、」
心臓に悪い、の意味をようやく理解した神田は抗議しようとラビに突っかかろうとするが、その前に唇をふさがれてしまう。
突然だったので口を閉じる暇も無く、すぐに口内にラビの舌が侵入してきた。
隙間なんて少しも無く合わせて、ラビは顔を少しだけ移動させて神田の舌を自らの舌に絡める。
ヒクリと神田の喉が鳴ったが、完全に押さえ込んだ状態のラビに神田が勝てるはずも無く、結局神田はぎゅうと手の平を強く握り返すしかない。
その間もラビは口内を蹂躙し、思うままに荒々しくむさぼっていく。
自分の唾液を神田の口内へと送っては嚥下させ、自分は口をすぼめて神田の唾液を吸い取ると、躊躇いもせずに喉の奥へと送る。
歯並びのいい神田の歯列は舌でなぞるととても気持ちがよく、また奥歯の内側の歯肉を舌先でなぞると特に感じるらしく神田の腰がひくりと浮き上がり、ちょうど真上にあるラビの股間を刺激してくる。
ラビもそこに擦り付けるようにして情欲を神田に知らせながら、口内への刺激も続けていく。
上顎を舐め、痺れてしまうくらいに強く神田の舌とを絡める。
更に深くあわせるために少し口を離してもう一度くっつける時の水音がたまらなく心地いい。
そして不意に唇を離すと、寸前まで絡んでいた神田の舌が唇よりも後に離れて、銀糸を口端に滴らせた。
すっかり紅潮した神田の顔は、もう誰にも見せられないくらいにエロく、ラビは更にぞくぞくと自分の気が高ぶるのがわかる。
「・・・ラ、ビ・・・」
「昔は、笑うとユウは最ッ高にかわいかったけど、今は最ッ高にエロい気分にさせてくれるな」
普段ならば即座に手を振り上げる一言だが、そういうラビの声と仕草、表情が熱を帯びていて、腹を立たせるどころか、神田をそういう気分にさせていく。
「・・・オレの前ではたっくさん見せて欲しいけど、他のヤツには見せちゃダメさよ?」
それだけラビは男くさい笑顔で笑って言うと、再び神田の唇に喰らいつくようにしてむさぼりだす。
早急な仕草で服を脱がしていくラビを、同じように熱に浮かされた表情で見ながら、ぼんやりと神田は廻らない頭で考える。
(・・・これも、幸せっていうのか・・・?)
ふわふわする。
心臓が痛いくらいに鳴っているのに、それが心地よくて、ずっとずっと感じていたいと思う。
熱くて、どうにかなってしまいそうだ。
けれどそれは先程感じていたような暖かい気持ちは、なんなのだろう。
(よく、わかんねぇ・・・)
幸せにもいろいろなかたちや熱があるのだろうか。
だがそこまでで、神田の思考は完全にラビへと傾いた。
性器を触られることに思わず声が漏れてしまい、それにラビがまた嬉しそうに笑ったからだ。
キスの合間の忙しない呼吸ですらも感じてしまう。
幸せは、ワケがわからない。
そう思いながら、神田はラビの背中へと手を回したのだった。



けれど、自分の幸せは確実にラビが握っている。
涙も痛みもラビが全部全部消してくれるのだ。

それだけわかっただけでも、充分な成果だろう。



☆END☆


コメント

成果と言いながらも、神田は未だにいろいろとラビからいろいろなものを教わってます。
そして確認するように同じことを何度も何度も繰り返して、ラビも何度も何度も教えていくのです。
一発で【わかる】ようになるのは、やっぱり何事も難しいと思うので。
神田はこれからもいろいろなことについてうんうん悩んでいくのです☆
ちなみに画像はクチナシ。
花言葉は、『私は幸せです』