黒曜石のなみだ


嫌い、とは違う苦手なものやことは、もちろん神田にだって存在する。
例えばアレンやリナリーの涙だったり、爬虫類。
神田自身は気付いていないかもしれないが、年上が多い中で入ってきた自分よりも小さなものたちに対し、神田の態度はどこか柔らかい。
明らかにアレンやリナリーに対するものは、ファインダーやコムイへの態度とはまったく違っており、ラビからしてみればほほえましくてたまらない。
そして、もうひとつ。

「あ」
小さく声を漏らしてぴたりと立ち止まった神田に、それまで上機嫌で話していたラビも遅れて足を止めた。
「ユウ?」
数歩先に行ってしまった距離をもう一度埋め、ラビは神田の元へと戻っていく。
神田は顔を手で覆っており、頭でも痛くなったのかとラビはその顔に触れようとして・・・。
ぱたり。
「?」
手に何かが触れた。
見ればそれは透明な水で、雨漏りかと一瞬思ったが、今は雲ひとつない快晴だ。
ではなんだろうともう一度神田の方へと視線を移す。
「―――――ッ」
思わず息を詰めてしまう。
隻眼を思い切り見開き、身体が固まる。
もう一度、手に水滴が落ちてきた。
「ゆ・・・う・・・」
それは神田の涙だった。
ぎゅ、と閉じている目からはポタポタと涙が零れてきて、硬直しているラビの手をほんのりと暖かく濡らしていく。
――――え?!俺なんかしちゃった?!
さぁっとラビから血の気が引いていく。
幼い頃の神田はよく泣いていたが、それは年齢と共にどんどんと少なくなっていき、特に『あの人』と別れてからは、人が変わったように無愛想になり、笑顔もどんどんと消えていった。
遂には泣くという行為をどうやってしていたのかさえわからなくなり、どうしようもない感情を抱え込んだ神田も何度となくラビは見てきたのだ。
最近ではまた感情が顔を覗かせるようになったが、やはり本人は戸惑うことの方が多いようである。
・・・その、神田が!
「ユ「あー!ラビ!!」」
もう一度声をかけようとしたところで、ラビの後方から男にしてはやや高い声が聞こえてきた。
ハッとそちらを見れば、やはり居たのはアレン。
「アレン・・・」
これまためんどくさい人物にめんどくさい現場を見られてしまったような気がする。
普段はとにかく可愛くていじめがいのあるアレンだが、こういう時、変に親の育てのよさが微妙に顔を覗かせるのだ。
「ラビが神田を泣かせてる!」
「いやいや誤解すんなよアレン!これは俺が泣かせたんじゃなくてだな!」
「いーけないんだ、いけないんだ!コームイさんに言ってやろッ!」
「だから俺のせいじゃないって言うか何その懐かしい歌!お前ガキじゃないんだから!って!おい!アレン!どこ行くんさ〜〜〜!!」
と言いつつ、アレンが歌いながら去っていくので、その歌の通りコムイのところへ行くのだろう。
コムイのことだから悪乗りして変な薬持っておしおきだよ☆とか言って笑ってせまってくるのだ。
それまでに神田を何とかしてここを出なければ!!
(アレン〜〜〜〜!)
覚えてろよ!よ心の中で怒りつつ、とりあえずラビは神田の顔をそっと持ち上げる。
「ユ、ユウ?」
だが神田の涙は未だ収まらず、ラビはなんと声をかけていいのかすらわからない。
「・・・ラビ・・・」
ようやく開いた口から出た自分の名前は、意外にも涙で潤んではおらずにしっかりとしたものだ。
なに、とラビが顔を覗き込むと、神田がそっと、薄く、その目を開いた。
涙で潤んでいるその瞳は、まるで 「ど、どうしたんさ、ユウ・・・」
神田の顔は、泣き出すために歪んでいると言うよりは何かを堪えているようだ。
それに、とめどなく零れている涙は、主に右目から溢れている。
「・・・目が痛い・・・」
「は?」
「・・・だから・・・目にゴミが入ったみたいだ」
そう言っては目を擦る神田を、呆けていたラビが慌てて止めさせる。
「駄目さユウ。ンなことしたら眼球傷付いちゃうし、ゴミも余計奥に入って取れなくなっちゃうさ」
「んなこと言ったって・・・」
余程気になるのだろう、神田は掴まれているにも関わらずまた擦ろうと手に顔を近づけようとする。
それをまたラビが止めさせ、顔を近づけた。
「とりあえず見せて」
神田の手を防ぐように肘を張って両頬を掴み、上を向かせる。
そして赤くなってしまっている右目の下瞼をそっと引っ張った。
「・・・あー・・・こりゃゴミじゃなくてユウの睫だわ」
そこには、赤い粘膜にすっと線を引いたように黒い睫が居座っていた。
しかもかなり長い。
それは溢れる涙でゆるゆると動いては、外に排出されそうになったり、自力で戻ったりを繰り返している。
「しょんねぇ。取っちまうか」
そしてそっとラビが人差し指を近づけると、途端にパァンッ!といい音を立てて掃われてしまった。
ラビがきょとんとしていると、無意識の行動だったのか、神田がハッとラビを見上げ、気まずそうに目を逸らした。
その時にまた痛みを感じてしまったのだろう、ぎゅっと目を閉じてしまう。
「ユウ?俺に取られんの不安なら、我慢して医務室行こ?」
なんだかそんな態度をする神田の方が逆につらそうに思えてしまい、そう切り返すと、神田が叱られた子供のような目でラビを見上げてきた。
「(う、かわいいっ)・・・なに?どしたさ?」
「・・・・・・べ・・・つに・・・お前に触られんのが嫌とか・・・そんなんじゃなくて・・・」
「え?・・・ああ、うん」
特にそこまで考えが及んでいなかったラビは、突然切り返された言葉に一瞬何のことかわからなくなる。
が、そこか。と思いつくと、顔には出さずにそのまま神田の言葉を待つ。
意外なところで細かな部分を気にする神田は、時々ラビが気にもしていないことを謝ってくる。
・・・実際にごめん、には繋がらないのだが。
「じゃ、俺とっていい?」
もう一度、今度は許可を取る。
神田は気恥ずかしそうに目元を少し染め、小さく頷いた。
そっとラビは神田の顔を再び正面に戻し、上を向かせる。
そして先程と同じように神田の目に指を近づけようとしたところで、またしても妨害にあってしまった。
「・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
「・・・ユ、ユ〜ウ〜?なんかな〜?この手は〜?」
にっこーっと笑いつつも、ラビと神田の攻防は続く。
力としてはラビの方が断然強いのだが、手は神田の顔の近くにあるため、無理に均衡を崩して神田の顔に傷でもつけたら大変だ。
気まずそうにしている神田だが、拒んでいる手には常に力がこもっている。
その間も涙は止まらず、神田の頬を濡らしていく。
幼い頃から神田の涙ほど苦手なものの無いラビは、違うとわかっていてもどうしても自分が神田を泣かしてしまっている錯覚に陥ってしまう。
(・・・半分はアレンのせいさ・・・)
先程のアレンの歌が頭から離れない。
あとでお仕置き決定と思いつつ、早く何とかしてこの場を去らないと本当にアレンがコムイを連れてきてしまう。
多分その時のコムイは連日の完徹も相俟って、それはそれはすばらしい笑顔で妙な器具を持ち追い回しにくるであろう。
それはなんとしても避けなければならない。
「・・・やっぱ医務室行こッか?オレよりうまくとってくれるだろうしさ」
その言葉はもちろんこれからの自分への危惧と神田自身への気遣いの言葉だ。
手に込めている力をふっと抜き、誘導するように神田の手をとろうとする。が、その手をすり抜けて神田はラビの団服の裾をきゅうと小さく握った。
「・・・ユウ・・・」
そのままの体勢で、また神田の動きが止まってしまう。
だが、この時の神田に急くような言葉をかけてはいけない。
このときの神田はプライドを何とか曲げて、頼みごとや内面を告白しようとしている時だからだ。
じぃ、とラビは神田の言葉を待つ。
そしてその艶々の髪をそっと撫でてやると、ガチガチに固まっていた身体から少しだけ力が抜ける。
褒められるのは苦手なくせに、その髪を撫でられるのを神田はひどく好んだ。
もちろん、そのことを口にはしないが。
「・・・む、かし・・・」
「うん。むかし?」
ようやく神田が口を開き、小さな小さな声でしゃべりだす。
「・・・むかし、目に虫が入ってきたことが・・・あったんだ・・・」
「あー・・・そりゃ痛かったろ〜?」
神田は昔からラビよりもずっとすばしっこかった。
もちろん、今に比べれば全然比較にもならないが、その結構なスピードで向かってきた虫を目で受け止めてしまえば、痛いことこの上ないだろう。
「・・・で・・・。・・・、で・・・元帥がとってくれたんだが・・・」
「・・・うん・・・」
あ・・・なんとなく・・・。
「・・・・・・下瞼掴んで思いっきり指突っ込んできたんだ」
やっぱり。
ラビは思わずため息をついてしまった。
ティエドール元帥は弟子にも丁寧な対応をしてくれるが(少々癖があるのは、元帥と言うだけでなくエクソシストと言う枠組みの中にいるからだろうか)少々雑なところがある。
と言うか、人の心を計りきれないというべきか。
ともかく、親切からしているはずのティエドールのその行動は、神田にとっては迷惑この上ない行動なのだ。進行形で。
「・・・そっかー・・・そりゃ目に指近づけられんの怖いわなぁ・・・」
怖いどころか、そんなことされれば誰だって軽くトラウマになる。
先端恐怖症にならなかったのは、六幻に対する愛情からか。
「・・・だから・・・」
やはりその後の言葉が続かない。
だが要するに、誤解をしないでほしいということだ。
けれど、どうするべきか。
なぜか神田は、ここから動くことを拒んでいる。
(・・・これってうぬぼれるトコかなぁ・・・)
ふむ。と思いつつ、とりあえずラビは未だ痛みと反射で零している涙を拭うことにする。
がしぃと顔を固定し、神田に上を見させる。
「?ラビ?」
両目を閉じて視界がまったく利かない神田は、これからラビがどういう行動に出るのかさえも予測できない。
小首をかしげるようにただ自分の方を向いている(向かせている)神田は、いつもの凛としたものが消え、眠っている時と同じくらい幼く見える。
そういえば小さい頃もこうして顔を合わせてはお互いを慰めあった。
(ま、今はもうそんな純粋なことばっかじゃ終わンねぇけど)
にやりとラビは笑うと、ラビは更に神田に顔を近づけていく。
そして顎まで伝っている涙を舌で舐めとった。
「ッ!」
その生暖かく濡れた感触に神田の身体がビクリと揺らぎ、一歩後退しようとする。
すかさずラビはその後を追い、舌をそのまま頬に這わせて目元へとたどり着く。
「・・・ラ・・・ッ」
キュッと自由な手でラビの手を掴むが、いくら力を入れてもビクともしない。
後退して離れようとしても目が見えない分今自分がどうしているかわからず、結局何歩も行かずに壁に突き当たってしまった。
「、ぅ、ッ」
衝撃に少し息を詰めると、右目に舌だけでなく少し薄い唇が当たる感触がした。
「ら、び・・・ッ」
だがいくら名前を呼んでも、ラビはやめるどころか応えようともしない。
神田の右目を唇で覆い、ちゅっと音を立てて軽く吸う。
そして舌で薄い瞼を弄り始めた。
薄い皮膚の上に、ラビの舌を感じる。
他のところは触られるどころか触れられてもいないのに、ただそれだけの刺激でぞくぞくとしたものが背筋をかけていく。
それは確かに自分がラビとのセックスの時に感じるもので、神田はさっと朱を走らせる。
気付いているのかいないのか、ラビはそんな神田にかまわずに舌で舐めていく。
濃く長い睫の感触を思う存分味わい、未だ溢れ出す涙を舐めて飲み込む。
そしてその舌は、硬く閉じられている切れ目をなぞりだした。
「ラビ・・・ッ」
「だいじょぶ。・・・力抜いて」
思わず名前を呼ぶと、今度は囁くような声で応えがあった。
自分を無視した行動でないことだとわかると、途端に神田から不安が消える。
不安が消えると、それまで必要以上に込めていった力も抜けてしまい、緩んだその瞼の切れ目にそろりとラビは舌を侵入させた。
薄い瞼越しに感じていたラビの舌は、肌や口内・・・口で言えないような場所で感じるのとはまた違う感触を持って眼球へと触れてきた。
決して痛い訳ではない。
ただ快感とは少し違う・・・それでもぞくぞくとしたものを伴って神田の神経へと伝達されるのだ。
それはしばらく眼球をちろちろと舐めていた後、下瞼の赤い肉を舐め出す。
ソコはさらに敏感で、神田は再びぎゅうと目と手に力を込めてしまう。
ラビは宥めるように頬に添えていた片方の手で後頭部を撫でてやる。
痛そうな髪の結い紐を解いてやると、結い癖の無い真っ直ぐな髪がぱさりと降りてきた。
だが舐めるたびに神田の身体はビクリ、ヒクリと揺らぎ、ラビはその神田の可愛らしい反応に思わず口角を上げてしまう。
一気に舌を動かしはせず、少しずつ慎重に舐めていく。
そして舌の先に、ツルリとした感触以外の少しの違和感が感じ取れた。
ラビは少しだけ唾液を目に浸すと、ちゅぅ・・・と涙と一緒にそれを吸い取った。
「―――――――〜〜〜〜ッ」
声にならない声が神田の喉奥から漏れる。
痛い訳ではないだろう。
ラビはその一口を違和感と共に飲み込み、右目から舌を離した。
涙の代わりに頬に一筋つぅと銀糸が弧を描いて落ちていく。
それをも舐め取り、ラビはそのまま半分開いてしまっている神田の口へと唇を重ねた。
「ンう・・・ッ」
碌に抵抗も出来ずに神田はラビの唇と舌を受け入れてしまう。
最初から舌をいれ、口内を好き勝手に蹂躙してくるのに、神田のイイところを的確についてくるからタチが悪い。
くちゅ、ちゅ、と水音を立てて、その気の無いはずの神田の舌を動かしては絡まし、吸ってくる。
それは先程目に感じていたものとは違う、もっとはっきりとした快感。
ぞくぞくとしたものが背筋から臀部へと移動し、また性器をも硬くさせていく。
こんなところで、と思う考えもあれば、もっとと望む気持ちもあってしまう。
結局どっちつかずの中、キスは終わってしまい、ラビが最後の最後まで舌を絡めて離さなかったため、唇よりも後に舌が離れていった。
まだ開けない神田の濡れた目元をラビが親指で拭うと、ようやく神田がそろそろとその瞼を持ち上げた。
濡れてぼやけた視界の向こうで、ラビがにっこりと笑っている。
「ど?まだ痛い?」
聞かれ、自分の目からあの刺すような痛みが消えていることに気付く。
「・・・い、たくない・・・」
まるで不思議そうに聞いてくる神田にラビは笑みを深め、そのすべらかな額にちょんと唇を寄せた。
「オレが痛いのとってやったさ。ついでに涙もな」
そう言われ、神田ははたと自分でも止められなかった涙が止まっていることに気付く。
「・・・ホントだ・・・なんでだ?」
感情の中でも特に『泣く』と言うことに疎い神田は、なぜ自分が涙を流してしまうのかもわからないでいる。
涙の止め方がわからないと戸惑ったように自分に言ってきたのは、そう遠い昔ではない。
そんなところが切なくなってしまい、また頼られるということに優越感を覚えてしまう。
「それはな」
こくりと喉の奥に飲み込んだのは、神田の身体から生み出されたものだ。
これが血肉に溶け、自分のものになるのではなく、神田のものになってしまえばいいのに。
「オレが一番ユウのこと知ってるからだよ」

苦手というなら、自分がそれから守っていく。
それでも泣いてしまうというのなら、それを吸い取ってしまって。

そうやって、傍によりそって生きていくのだ、自分は。



その五分後にアレンがコムイをつれて戻ってきた。
嬉しそうにニタリと笑って迫ってくるくせに、その目はまるで死んだ魚のようでラビはそのおぞましさに全身鳥肌を立たせた。
すっかりとコムイのことを忘れていたラビがその数分後に教団を揺らすような絶叫を上げたのは・・・・・・言うまでもない。



☆END☆


コメント

いかにエロに持ち込まずにエロく書くかをただいま追い求め中(笑)
短くなるだろうなぁことは予想していたんですが・・・なんでこんなに難産だったんだ・・・!(ガクリ)
たまには甘いラビューということで☆(甘い・・・?)