『愛』を『称』える

不満が無いと言えば嘘になるし。
そうなったらそうなったでムズガユイだろうし。

根無し草のエドワードたちだが、基本的に拠点を置いているのは東方司令部である。
と言うのも、エドワードを国家錬金術師に推薦したロイがそこに居るからだ。
国家錬金術師と言っても、まだ未成年の彼らをそこらへんをウロチョロさせておくわけには行かない。
なのでロイは、『珍しい文献が手に入った』と連絡を入れては彼らをこちらに戻らせる。
今ではそれが習慣化し、エドワードは何も言わなくても手が尽き掛けたらこちらに来るようになってきた。
「やぁ鋼の。元気にしてたかね?」
「大佐はいつ来ても仕事に追われてるようだけどね」
ニヤッと笑うエドワードにロイは頬の筋肉をピクリと痙攣させる。
「・・・相変わらず口の減らんやつだな」
「何を今更」
そう言ってエドワードは、座り心地の良いソファーに背を凭れかける。
「大佐にはこれくらいでかからないと」
地位で言っても年齢で言っても、ロイの方が格段に上である。
にも関わらずエドワードがロイにタメグチを聞いて対等に居るのにはそもそも出逢いが悪かった。
出会いが悪いなら、印象ももちろん悪い。
高くから見下ろしてくるようなロイの口ぶりにムッとしたエドワードは、最初はロイを試すつもりでその口調で話し掛けた。
29歳で大佐と言う地位にいるロイにとって、年下にタメグチを聞かれるのはよいものではないだろう。
案の定、眉を持ち上げて驚いたような表情をしていたが、すぐにソレは面白いものを見るような視線に戻った。
何だかソレが挑戦されているような気がしたエドワードは、結局これで定着させてしまったのだ。
口の減らないエドワードに、来た時の為にと見つけておいた文献をヒラヒラと揺らす。
「そんな口を聞くと言うのならコレは灰にしてしまうか」
そう言い、発火布で作られている手袋をはめている右手でグッと指を強く擦り合わせようとする。
そんなロイに、さすがのエドワードもバッと身を乗り出してしまう。
「おい!ちょ、ちょ、ちょっと待てって!!」
先程の冷静な表情はどこへやら、エドワードの顔は焦りまくっている。
「冗談だ」
ようやくエドワードの澄ました顔を崩れさせる事に成功したロイは、ぱっと手を広げた。
「・・・嫌な性格・・・」
「キミにだけは言われたくないがね」
第三者から見ればどっちもどっちな性格だが、ここではあえて伏せておこう。
ホッとしたエドワードは、はぁーっと長い息を吐きながら浮かせてしまっていたソファーに腰を降ろす。
「で。その文献早くくれよ」
「何を言ってるんだいキミは。私がただでコレをやると思うかね?」
「ゲ」
またかというように、エドワードは顔を顰める。
「・・・錬金術の基本は?」
エドワードはまた大きく息を吐く。
「わかってるよ。等価交換だッつーんだろ。もういい加減わかってるよ。・・・で、今回は何なんだよ」
これが他のものであれば、力ずくでも奪うかもしれないが、焔と言う二つ名を持っているだけあってロイは強い。
そして、ここで無理矢理奪うなんて暴挙に及んだら、これから貴重な資料がもらえなくなってしまう。
等価交換、と納得させるしかない。実際、ロイの持ってきてくれる資料は為になるものばかりだ。
そうだな、とロイは腕組をした後、ロイはちょいちょいっとエドワードを手招いた。
エドワードはハテナを浮かべつつ近寄ると、ロイに手を出せと言われる。
素直に手を出せば、パシッとそこに何かを置かれる。
見れば、そこには紙幣が幾枚か。
「ここを出て少し行ったところにルセットと言うケーキの店がある。そこでいくつか買ってきてくれたまえ」
「は?」
「一つは別の箱に入れてもらって、後は・・・そうだな・・・私と鋼のと中尉たちので7つか」
「いや・・・ちょっと待てって。何だってケーキなんだよ」
いきなり言われた用件に、エドワードは戸惑ってしまう。というよりは、その内容に。
「意味は無い。ただ食べたくなってな」
サラサラと適当な紙に、店までの道のりを書いてエドワードに渡す。
「・・・これでいいの?」
「他に思いつかんしな。頼んだぞ」
ヒラヒラと手を振り、少し拍子抜けしているエドワードを見送る。
パタンと扉が閉まったところで、ロイはふうっと息を吐いて質の良い椅子に深く腰掛ける。
「・・・お前に寄ってもらうだけで、充分支払ってもらってるさ・・・」
何度言っても連絡を怠るエドワードの行き先や状態を知るのには困難を要す。
自分も債務に負われている身だ。ならば、向こうが仕掛けるようにするしかない。
・・・酔狂、と言うものもいるだろう。
まさか、12歳の少年に心を奪われるなんて。
「しかも3年間ソレを伝えられずにいる、なんてな・・・」
それでも惹かれてしまったのだからしょうがない。
・・・彼を手に入れる為の代償は、思いつきはしない。

「ったく・・・なんでケーキなんだよ・・・」
ブチブチ言いながらエドワードは手渡された紙を頼りにケーキ屋を捜した。
「ルセット・・・ルセット・・・あーここだ」
そこはこじんまりとしていたが、シックな感じがエドワードは一目見て気に入った。
木製のドアを開けると、チリンとドアに取り付けられた鈴が鳴った。
「いらっしゃいませ」
その音を聞き、濃いセピア色の可愛らしい制服を着た店員がペコリと頭を下げる。
どうやら買ったケーキをそのまま店内で食べる事も出来るらしく、テーブルも置かれていた。
そこに居るのはカップルや女性ばかりで、一人入ってきたエドワードを珍しげに見ている。
「〜〜〜〜〜〜ッ」
アルフォンスに事情を説明すると、笑いながら図書館にいる、と言っていた。
確かに、この場に鎧姿のアルフォンスが居たのなら、もっと目立ってしまっていた事だろう。
そういう視線に慣れていないエドワードは小走りにカウンターまで近付いていき、客の視界からなるべく消えるようにする。
ガラスのケースを改めてみてみれば、驚くくらいに美しいケーキがキラキラと光を放って自分を誇示している。
「へぇ・・・結構いろいろあるんだな」
「はい。常備としまして10種類置いております。他に季節のものが5種類と日替わりがございます」
「ん〜〜〜・・・何かお薦めとかは?」
甘いものが大好きなエドワードだが、買って食べるというよりは貰うという方が多い。
なので、こういうものにはあまり詳しい知識は持ち合わせていないのだ。
「店内で人気のものは粗く刻んだピスタチオ入りのダックワーズの間に辛口の白ワインのババロアをサンドしたル・シシリアンや、生地、ババロア、ムース、ガナッシュとチョコレートの様々な表情が味わえるビッシュ・オ・ショコラ。ケーキの中心に渋皮付きの和栗とその栗を包むようなマロンクリームとサクッと下歯ごたえのある生地、フレッシュな生クリームを優しく調和させたロトンヌなどがございます。
季節のものではフランボワーズをたっぷりと乗せたタルトレット・フランボワーズなどがございまして、本日のパティシエのお薦めは―――」
「あーあーあー!・・・説明ありがと・・・えぇっと・・・じゃあ今説明してもらったのと、それからあれとこれとそれ・・・あとはそのケーキを別の箱に入れてお願いできるかな」
「かしこまりました」
店員は遮られたことに少しムッとしつつも、しっかりと丁寧な手付きでエドワードが言っていったものを包んでいく。
「保冷材はいかがいたしますか?」
「入れておいて貰うと助かるんだけど・・・」
「はい」
もう機嫌を直したのか、店員はニコッと笑い保冷材を入れてくれた。
「ありがとうございます。全部で3700センズになります」
「はい」
エドワードは代金を支払い、ようやく店から抜け出した。
袋を大切に抱え、エドワードは大きく息を吐く。
「・・・・・・なんか・・・予想していたよりもずっと疲れた・・・」

「はい、ケーキ」
ドサッと乱雑にロイの机に置いてやりたかったが、そんな事をしたらせっかくのケーキが潰れてしまうので、エドワードはそっと置いた。
その代わり、おつりはロイの掌に叩くように返したが。
「やぁありがとう。・・・ではさっそくお茶にするか」
時計を見れば、確かにその時間だ。
ちょうど来ていたホークアイに目配せをすれば、ホークアイは心得たとばかりにケーキを持っていった。
「で、何でこれだけ別なワケ?」
「いや。なにちょっとな」
少し待っていろと、ロイはエドワードを部屋に置き、例のひとつだけケーキの入った箱を手に席を立った。
「・・・?」
もちろん、理由も話されずにそんな事を言われても、エドワードが納得行く訳が無い。
そして、そんな言葉でエドワードの好奇心を抑えられるはずも無い。
と、言う訳で、エドワードは迷いもせずロイの後を追う事にした。
扉をそっと開けキョロキョロと様子を見ると、ちょうどロイが左側の通路を曲がるところだった。
エドワードは気配を消し、ロイの後を追っていく。
いつもは敵に対して使う追尾術だが、こうして半分面白半分に使うとウキウキしてしまう。
いくつかの角を曲がり、ロイは一つの部屋にすっと入っていった。
「・・・・・・あれ・・・?あそこって・・・」
そっと近付いて、ドアの上に貼られているプレートを見ると、そこには『給湯室』と書かれている。
そこは、先程ホークアイがお茶の用意をする為に入っていったはずだ。
どういう事だろう、と思うと、なぜか胸がドキドキしてくる。
そのドキドキは、先程の様な面白いものを発見した時のような『ドキドキ』ではない。
何か悪いものを発見してしまった時の焦りや嫌な予感というようなものによく似ている。
その感覚が何なのかわからなかったが、エドワードは決心して少しだけ開いているドアからそっと中の様子を窺い見る。
と、お茶を淹れていたホークアイにロイが先程のケーキの箱を渡しているではないか。
「あら、私にですか」
「まぁな」
すると、いつもはキリッとしているホークアイの顔が綻んだ。
「そんな事をしても無駄ですよ?」
「・・・それでも可能性には縋るものだよ、ホークアイ中尉」
そう言い、ロイはフッと笑った。
それにつられるように、ホークアイも笑んだ。
「――――――」
その現場を見て、エドワードの胸が確かにズキリと痛んだ。

「ほら、お茶を持ってきてやったぞ」
そう言い、ロイは部屋に入る。
「・・・鋼の・・・?」
だが、ロイの部屋にエドワードの姿は無い。
眉を顰めつつも机に盆を置き、部屋続きになっている扉を開ける。
そこはいわゆる仕事場で、ホークアイによって振舞われているケーキをいつものメンバーがつついていた。
「どうしたんスか?」
ロイに気付いたハボックが声をかける。
「・・・いや・・・ここに鋼のはいないか?」
「いんや?来てませんぜ?」
「そうか・・・」
ロイは考えるように腕を組む。
そこに、フュリー曹長が入って来た。
「おう。お茶入ってるゼ」
「あ、ありがとうございます。うわ〜今日はケーキなんですね〜!」
自分の席にあるケーキを見つけ、ウキウキとフュリーはそちらに行く。
「エドワードくんもせめてケーキ食べてから帰ればよかったのに」
「何?!」
何気なく呟いたフュリーの言葉に、ロイが過剰なくらい反応する。
「・・・鋼のは帰ったのか?」
「え?・・・ぇえ。さっきそこで擦れ違いましたから・・・」
驚いているフュリーをよそに、ロイはカツカツと足早に部屋を出て行った。
「・・・あれ?・・・僕何か悪い事言いました?」
元々肝の小さいフュリーは、突然のロイの行動にびくびくとする。
「・・・いや・・・どっちかと言うと好転したんじゃねェ?」
「大佐次第、ですけどね」
何となくロイとエドワードの微妙な関係に気付いている東方司令部面々は、これが上手く好転する事を祈る。
「つか、むしろ大佐がゾッコン?」
「否定は出来ないわね」
「いや、だが何故エドワードが何も言わず突然居なくなったかも気になる」
「どうでもいいけどこのケーキうまいな」
ロイとエドワードの事をネタに、司令部面々はケーキとお茶に舌鼓を打った。

ロイはほどんど走っている歩調でエドワードを捜していた。
ふと二階から下を見れば、エドワードが足早に立ち去ろうとしているところだった。
「・・・鋼の・・・!」
思わず大きな声で呼べば、エドワードの足はピタリと止まった。
が、それは一瞬の事で、すぐに歩みだしてしまう。
「おい!待てと言っているだろう・・・!」
慌てて二階から一階に下り、エドワードのところまで走り寄る。
エドワードは相変わらずの歩調で歩いているので、追いつく事はそう困難ではなかった。
「・・・何・・・?」
腕を掴み、ようやくエドワードの歩みを止めたロイに、冷めたような口調で振り返りもせずに話し掛ける。
「何、はこっちのセリフだ。何なんだいきなり帰ったりして」
「・・・別に・・・」
それでもエドワードは振り返ろうとはしない。
「・・・・・・」
突然のエドワードの態度の変わりようにロイは眉を顰めるが、何分ここでは人目につく。
とりあえず場所をかえようと、ロイはエドワードを引っ張る。
「来なさい」
「・・・ヤだ・・・」
「やだって・・・」
抵抗を見せるエドワードに、ロイは卑怯と思いつつも最終手段を持ち出す。
「・・・資料が欲しくは無いのかね」
「いらない」
すぐに返してきた言葉にロイはムッとする。
「・・・一時の激情に身を任せてしまうのはキミの悪い癖だ。弟の身体を取り戻す為の知識を、少しでも必要としたいのだろう?」
エドワードの場合、自分の、と表すよりはアルフォンスの、と弟の名前を出す方が従う事が多い。
「いくぞ」
もう一度手を引くと、今度はちゃんと反応が返って来た。
のろのろとした歩調だが、ロイとエドワードは再び部屋へと戻ってきた。

カップの中のお茶はすでに冷めてしまっていた。
それでも、客のもてなし用のソファーに向かい合うように座り、エドワードにお茶とケーキを出してやる。
「座りなさい」
ロイの言葉に耳を傾けようとせず、エドワードはただ手をロイに出した。
「・・・資料。ちゃんとケーキ買って来たんだから、資料をくれよ」
「その前に、なぜいきなり部屋を出て行ったのか説明してほしいものだ」
「オレは資料を取りに来ただけだ」
「座りなさい」
「等価交換なんだろ」
「大佐命令だ」
「・・・・・・」
不毛とも思われる言い合いは、ロイのその一言でカタが付いた。
卑怯といわれても、ロイはエドワードの上司でもあるのだ。
逆らえるものではない。
エドワードは仕方なく、ソファーに腰を降ろした。
「・・・で、なぜいきなり帰ろうとしたんだ」
「・・・・・・別に・・・・・・」
明らかに拗ねている口調でそっぽを向きながらエドワードはボソッと答える。
「別に、と言う表情と態度ではないな」
「何でもない」
「・・・鋼の・・・」
意地の張り合いでは二人とも譲ろうとはしない。
呆れと少しの怒りを込め、ロイはエドワードを呼ぶ。
沈黙が二人を包む。
「・・・あんたは・・・」
その沈黙を先に破ったのは、エドワードからだった。
「・・・あんたは、人を地位や階級で呼ぶんだな・・・」
「・・・まぁ、職業柄な」
いきなり何の話題だと思う。
「でも、女の人は名前で呼ぶんだな」
「・・・礼儀だからな」
まさか初対面で『おい』とか『お前』では普通は呼ばないだろう。
「アルのことはアルフォンスって呼ぶんだよな」
「・・・おい」
「中尉の事も名前で呼んでた」
「おいッ」
いい加減エドワードの話が見えなくなってきたロイが少し声を張り上げようとすると、先にエドワードが行動に移した。
「何で大佐はオレだけを名前で呼ばないんだよ!」
思わぬ事を言われ、ロイは拍子抜けしてしまう。
「は?」
「ケーキも何で一個だけ別にするかと思ったら中尉にあげちゃってるし!」
「・・・見てたのか?」
言われ、ハッとエドワードは我に帰る。
そこで、罪悪感からか口を閉じて俯いてしまった。
ロイがチラリとその顔を覗き込めば、エドワードは泣くような恥ずかしがっているような顔でグッと堪える表情をしている。
「・・・まさか先程から機嫌が悪いのもそのせいか?」
「―――――わ・・・るいか!!」
いっそ清々しいくらいに逆切れしてきたエドワードに、やれやれとロイは溜め息をつく。
しかし、ロイからしてみてもこのままの状況を放っておくのは良いものとは言えない。
「・・・別に中尉にケーキを買って来てもらった訳ではないよ」
「嘘だ!」
「嘘ではない」
「だって、見たし!」
「確かに渡したのは中尉だが、別に中尉にやったものではない」
「だったら誰にやったんだよ!!」
まったく話が進まない。
やれやれとロイは、内線の電話に手を伸ばした。
「・・・・・・ああ、中尉か。ちょっと来てはくれまいか」
それだけ用件を述べると、ロイはすぐに電話を切った。
程無くし、隣りの部屋から中尉がノックをして入ってきた。
「失礼します。何がご用件でしょうか?」
「ああ。誤解を解くのを手伝って欲しい」
「は?」
ロイは事情を掻い摘んで説明をする。
もちろん、エドワードがあの現場を見ていた事も説明しなければならなかったので、エドワードは少し居心地が悪そうではあったが。
「と、言う訳なのだ。私ではどうにも信じてもらえん」
「わかりました」
何事かと思えば・・・と、ホークアイは小さく苦笑を漏らしながらエドワードと向かい合った。
「確かに私は大佐からケーキをいただきましたけど、それは私にでは無いのよ」
「・・・じゃあ・・・」
「ブラックハヤテ号にいただいたんです」
「・・・は?」
思わぬ名前を聞き、エドワードは間抜けな声を出してしまう。
「ブラックハヤテ号。エドワードくんに話した事は無かったかしら?」
「いや・・・フュリー曹長が拾ってきちゃったあの犬の事・・・だろ・・・?」
「えぇそうよ」
ホークアイはあっさりと肯定する。
「な、んで犬に・・・」
「なぜか私に懐いてくれなくてね。意地と言うヤツだ」
犬は好きなのでな。とロイが答える。
「大体、中尉にやるのならちゃんと好みのものを頼むに決まっているではないか」
付け加えられ、エドワードは更に追い詰められる。
「・・・あの時私の事を名前付けで呼んだのはあそこにもう一人中尉が居たからよ。エドワードくんからの位置だと見えなかったかもしれないけれど」
「・・・か、可能性ってつまり」
「ブラックハヤテ号と仲良くなる可能性ということだ」
「・・・・・・・・・・・・」
「誤解は解けたか?」
見れば、エドワードの顔は見てるこっちが可哀相になるくらいに真っ赤になっている。
「すまなかったね中尉」
「いえ」
ホークアイは一礼し、去っていく。
パタン、と静かに戸が閉まった後は、更に静かな沈黙がその部屋を支配した。
「・・・鋼の?」
「――――――ッ」
もう一度呼べば、エドワードは悔しそうな恥ずかしそうな、今にも逆切れしそうな表情でロイを睨んだ。
「誤解は解けたかね?」
「・・・・・・悪かったよ・・・」
これはもうそれ以外には何にも言えない。
ポツリと言えば、ロイの苦笑している顔が端目に捉えられた。
「しかし、なぜそれほどに怒るのかがわからないな」
「・・・オレだってワケわかんねェよ」
あの現場を見た途端、胸が痛くて頭が真っ白になって、気付いたらそこから逃げるように背を向けていた。
「・・・でも・・・」
「でも?」
続けられた言葉に、ロイは興味深げに耳を傾ける。
「・・・なんか、ヤだった」
エドワードからの思わぬ言葉に、ロイの目が丸くなる。
「・・・なんだよその顔は」
素で驚いているロイの顔を見て、エドワードは渋そうな顔になる。
「・・・いや・・・まさかキミからそんな言葉を聞けるとは思わなくてね」
「あ、そう」
ニコリと笑って言い返され、エドワードは視線を逸らす。
照れているエドワードの顔を見て、ロイは少しばかりのイタズラを思いつく。
「・・・そうか。しかし知らなかったな。鋼のがそう呼ばれるのが嫌だととは」
「べ・・・つにそんな事言ってねェだろ?!」
何だか誤解を招くような事を言われ、エドワードはガーッとロイに噛み付いていく。
が、ロイは意に介した様子もなくエドワードをちょいちょいっと手招いた。
本当はあまり行きたくは無かったが、今までの無礼を考え、渋々傍まで行った。
なんだよ。と言いかけた言葉が出なかったのは、ロイがいきなりエドワードの腕を引っ張ったからだ。
「う、ワッ!」
エドワードはひっくり返ったような声と共に、慣性に従いロイの方へと倒れこんだ。
そして逃がさないとばかりに、ロイは腕の中にエドワードを閉じこめた。
「ちょ・・・なにやってんだよ!!」
「キミがそんなに呼び方に拘るヤツとは知らなかったよ」
エドワードの言葉を無視し、ロイはクツクツと笑う。
「はっ?!な、な、な・・・ッ!何言ってんだよ!別にオレは・・・ッ」
その間にもロイは、エドワードを慣れた手付きで負担をかけない体勢で自分の方に引き寄せる。
「ではキミにも愛称を授けようか・・・」
表に出しているつもりはないが、これでも独占欲は強い方だ。
他の人たちと同じ『愛』称で呼びたいとは正直思わない。
だから。
「エディ・・・」
エドワードの耳元に唇を寄せ、それこそ触れ合うくらいの距離でロイは囁くように呼ぶ。
「―――――ッ」
途端エドワードの身体はビクリと揺れ、小さく震えた。
その反応に気を良くし、ロイはもう一度囁く。
「エディ、と言うのはどうかな?」
「ちょ・・・そんな・・・耳元で・・・ッ」
グッとロイから身を離そうとするが、もはやエドワードが自力で脱出できないくらいにロイの腕はしっかりとエドワードに回っていた。
やっとの思いで顔を離すと、ロイと不意に目が合った。
「エディ」
カーっと血が上るのが自分でも良く分かった。
だから、相手にはもっと顕著に変化がわかってしまっただろう。
それでも、その呼び方をヤメロとは言えない。
なぜナゼ何故と、自分の中の僅かに冷静な部分が問い掛ける。
だから、なのか。
なんで、なのか。
よくはわからなかったけれど。
「ロイ」
口がそう言っていた。
我に返ったのは、そう言った後のロイの反応を間近で見たからだ。
驚きに見開かれた眼。
ハッと自分の口走ってしまった事に気付く。
が、ロイはすぐにあの余裕な表情に戻ってしまった。
「可愛いね、エディは」
別にそう呼んでくれても構わないよ?とロイは続ける。
「な・・・!バ・・・ッ!!そ、そんなふうに呼ぶなッ!そして呼ばない!」
「何故」
「だって、それじゃまるで・・・ッ!!」
「まるで?」
エドワードの顔は真っ赤で、まるで苛めている気分だ。
それでもエドワードのその反応は珍しくて、ロイはエドワードを手放さない。
「こ、恋人・・・みたいだ・・・」
語尾に行くにつれ小さくなる声に、ロイは本当に愛らしいと思う。
「なら、恋人になればいい」
サラッと口から出た言葉にロイ自身も驚いてしまうが、それを表情に出さないのはさすがたと思う。
「・・・え・・・?」
が、言われたエドワードの反応にも驚く。
エドワードは嫌悪するでもなくただ純粋にその言葉を聞き返した。
むしろ、もう一度聞きたいと言うような顔で。
が、それは一瞬で、すぐにエドワードは暴れ出した。
「やれやれ」
すっかり元のエドワードに戻ってしまい、ロイは拘束を解いてやった。
「――――な、何言ってんだよ馬鹿!!」
「・・・仮にも上司に向かって馬鹿呼ばわりはいかがなものだ?」
「うるせぇセクハラ大佐!!」
真っ赤になって言い返されても別になんら恐くもなければむかつきもしない。
「で?答えはどうかな?」
「・・・なんだよ答えって・・・」
眉を寄せて聞き返してきたエドワードに、ロイは極上の笑顔を浮かべてやる。
「恋人にならないか、の件だよ。エディ」
「・・・・・・ッ!!」
またしてもエドワードの顔に血が集まっていく。
「―――――馬鹿言ってんじゃねェよッ!!」
怒鳴り、エドワードは踵を返した。
「エディ」
「うるさいうるさいうるさい!!」
「・・・文献は要らないのかね?」
ポツリと言えば、エドワードはドカドカと戻って来てロイの手からパシッと文献を奪った。
そうして、また扉に向かって盛大な音を立てて歩き出す。
「そう怒るな鋼の」
言えば、エドワードはもう一度振り返った。
「なぁ」
呼ばれ、ロイは『ん?』と聞き返す。
「・・・さっきの・・・本気・・・?」
蒸し返されるとは思わなくて、ロイは驚いてしまう。
「・・・本気だよ・・・」
それでも、そこだけは真摯に答える。
スベテ伝わる事はないかもしれない。
けれど、4割でもいいから伝わって欲しい。
あ い し て る
エドワードはヒタとその目と言葉を受け取る。
不意っと視線を逸らせたのはエドワードからだ。
そして去っていく前に一言。
「・・・次来る時までに考えておいてやるよ・・・」
そうして、扉はしまった。
「―――――」
後には、なんとも言えない表情のロイが取り残された。
「・・・はははっ」
まったく、惹かれてしまう。
嫌われていると思えば、あんなふうな感情を見せてくれる。
百戦錬磨とも言われている自分が、あんな少年に踊らされているとは。
「・・・待っているよ。愛しいエディ」
呟き、ロイはついに食べられる事はなかったエドワード用のケーキのクリームを指に掬って舐めた。

伝わらない分は名前に想いを込めて。
愛おしい愛おしいキミに。
『愛』称を贈る。



☆END☆


コメント

甘ッッッッッ!!
そして何か知りませんが長いし。
更に予定していたのと話違うし。
最初はもうロイとエドは出来ちゃってる設定だったんですよ・・・いつの間に!!(知るか)
ちなみに『ルセット』はフランス語で『甘いもの』と言う意味です。
『エディ』って呼び方萌え〜(笑)