遠い奇跡の記憶


それはもう、沁みこんでしまった記憶だけれど。


まだ幼い神田は、発動どころかイノセンスとのシンクロ率も低いので、もちろん任務には連れて行ってもらえなかった。
だが、付き添いと言う事でティエドールと行動をしていた神田は、ちょうどその日がハロウィンであることを知った。
元々が日本育ちである神田にはそんな、国をあげての祭典をすると言うことは考えられなかったし、もうお菓子を貰って嬉しがるには、神田は大人びてしまっていた。
これが同い年のエクソシストならば、喜んでその輪に入って行っただろうが。
だが、師であるティエドールは未だそんな自分の性格に気付いているのかわざとなのか、お菓子とお金を持たせ、お前も遊んでおいでと宿から出したのだった。
「・・・ちっ」
そのまま戻ればいいのだが、そうすればそうするでいらないティエドールの追跡にあう。
「どうしていかないんだい?」
「一人で歩くのは寂しいの?」
等々・・・。
果てには涙を流して『神田君〜』と抱きついてくるので、神田はあえて街に出ることを選んだ。
もちろん、まだエクソシストとは名ばかりなので、団服は与えられていない。
碌に戦力にもならないのに団服を着るなど、殺してくださいと言っているようなものだ。
なので神田は、白いシャツに黒いズボン、それから上に丈の長い黒い服を羽織っていた。
ズボンのポケットには、子供が持つには少々大きなお金。
せっかく貰ったものなのだ。
ここは使わなければそんと言うもの。
そんな訳で神田は、ぷりぷりしつつも露店を見て回るのだった。
そしてその姿を捉えたのは、本当に偶然だったのだ。

□■□

右を見ても。
左を見ても。
自分の探している人物の姿が見当たらない。
「・・・・・・」
アレンは、その人物を呼ぼうとして、結局その口を閉じてしまった。
マナと出逢ってから、もうすぐ一年。
彼が自分をとても大事にしてくれているのは、その愛情で知っている。
一度も見たことの無いハロウィンのお祭りにつれてきてくれたのも、衣装を用意してくれたのも、マナなのだ。
だからこそアレンは、マナに嫌われることを酷く怖がるようになった。
今まで生まれ持ったその手のせいで、アレンは幼いながらも酷い傷を心に負っていた。
マナはその心をジワジワと塞いでいってくれたけれたけれど、傷つくことに慣れていたアレンは、逆にその恐怖をまざまざと知ることになったのだ。
「・・・っ・・・」
じわりと眼に涙が浮かんでくる。
アレンは細道に入ると、膝を抱えて顔を押し付けた。
「・・・ぅ、く・・・ッ」
肩が震えてしまう。
アレンは、大声を上げて泣くと言うことをすることが出来ない。
・・・否、する術を知らなかった。
息を潜めるように生きていたアレンは、そうすることで自分がどんな扱いを受けてきたのかを、もう心よりも先に身体が覚えてしまっているのだ。
痛い思いをするくらいなら、泣き声くらいいくらでも堪えると思ってしまうくらいに。
「おい」
だから、そんな声が聞こえてきた時、アレンは本当に驚いて顔を上げてしまった。
大通りから漏れてくる光で逆光になり、見えにくかったが、とても綺麗な人だと思った。
黒い髪を襟足で縛り、前髪はきちんと眉の少し上で切りそろえられてきた。
眼が大きくて、だがちょっと攣り上がっているのが、少しだけその子を大人びさせている。
自分よりも何歳か年上に見える子。
だけれどアレンは、『女の子』に泣き顔を見られたことを酷く恥じた。
まだ小さいけれど、アレンは男としての自覚があったので、泣き顔を見られることが酷く恥ずかしい事だとは、もうわかっている。
さっと立ち上がり、涙と鼻水にまみれてしまっている顔をぐしぐしと服で拭う。
と、差し出されたのは、きちんと畳まれたハンカチ。
「・・・使えよ」
その声に。
アレンは、ハッと目の前の子をもう一度見上げた。
その声。
(おんなのこじゃなかったんだ・・・)
そう思うと、また涙が込み上げて来てしまった。
「・・・ふ・・・っ」
何故かまた泣き出してしまった自分に、少女と間違えてしまった少年は、おい、と呼びかけておろおろとしている。
けれど、アレンにも涙は止められなくて。
堪えきれない嗚咽をもらしていると、ふわりとぬくもりが身体を包んだ。
次いで薫ったのは、自分以外の人のにおい。
「・・・・・・ッ」
ぎゅう、と。
今まで、マナにすら滅多にしないのに。
アレンは慰めるように自分を抱きしめてくれる少年に、ぎゅうと抱きついたのだった。

その子を見つけたのは、本当に偶然だった。
ふと見た、細道。
街から漏れる眩しいくらいの明かりに少しだけ照らされるようにして見えたのは、膝を抱えた子。
震える背中に、泣いているのかとボンヤリと思う。
そして、違和感を感じた。
と、盛大な泣き声が聞こえ、神田はそちらを見た。
神田よりも幼い子が、母親の引っ張る手から逆らい、しきりに出店を指差している。
その売っているお菓子が欲しいが、母親に駄目と言われたのだろう。
ぎゃんぎゃんと高い声で、泣き叫んでいる。
そうだ。
先程の違和感。
子供とは、ああやって盛大に泣き喚くものでは無いのか。
ああやって自分の存在を誇示し、親にアピールする。
そうして自分を庇護してもらい、またその大きな泣き声は、敵から自分を守る術にもなるのだ。
神田はプライドが高い為、滅多に泣くことなどしないが、あの子は明らかに自分との性格とは違う気がした。
だから神田は、その子に興味をそそられた。
細道に近付き、改めてその子を見る。
と言っても、顔を膝に押し付けて泣いている為、見えるのはその後頭部しか見えなかったが。
「おい」
声をかけると、驚いたように顔を上げた。
(女か)
涙に濡れているが、ぱっちりと開かれた大きな瞳に、抓んだような鼻。
自分よりも幾分か幼いが、その顔立ちは神田にもかわいいと思わせた。
驚いたように自分を見た後、少女は顔を赤らめ、それからいきなり立ち上がった。
まだ流れる涙を必死に拭っているから、ハンカチを差し出してやり。
「・・・使えよ」
言うと、少女はキョトンとしたあと、またくしゃりと顔をゆがめて、泣き出してしまった。
「・・・?!」
特に悪いことをした覚えのない神田は、また泣き出してしまった少女に内心オロオロしてしまう。
元々、子供をあやすことなど得意ではないのだ。
それでも必死に記憶の糸を手繰り寄せ、自分が故郷を離れた時、よく同い年の幼馴染みや、師匠が(不本意にも)してくれたことを思い出す。
そっとその背を寄せて、抱きしめてやる。
もっと泣かれたらどうしようと内心ハラハラしていたが、少女は嫌がることもせず、ぎゅうと抱きついてきた。

□■□

「アレンて、言うの」
ティエドールから貰った小遣いから、近くの露店で飲み物を買い、少女に与えた。
甘いそれを、少女は受け取ろうかどうか迷っていたので、その手を掴んで持たせてやった。
そうして落ち着いた頃、少女がそう名乗った。
「・・・俺は神田だ」
「?かん・・・?」
まだ幼い少女には、日本の自分の名前を言うのには少々難しかったらしい。
「・・・いい。ユウだ。ユウ」
なので、あまり好きではない自分の下の名前を教えてやる。
少女はキョトンとした顔をした後、口の中で、ユウ、ユウ、と呟く。
それから少し笑い、
「ユウ?」
と、神田に向かって呟いた。
その顔がとても可愛くて、神田はソッポを向いて、こくりと頷いた。
「ユウ、ありがとう」
「・・・別に・・・」
元々女性との交流があまり無い為、こうして話すのも実は久しぶりだ。
照れつつも神田は、ソッポを向いていた顔をアレンに戻し、気になっていたことを聞く。
「で、お前なんでこんなトコに居んだよ、一人で」
神田が聞くと、アレンは一気に顔を曇らせた。
「・・・迷子か?」
聞くと、アレンは少し迷って、コクリと頷いた。
「・・・どっちの親と来てたんだ?」
「・・・・・・お父・・・さん・・・?」
「は?」
疑問系のそれに、神田は思わず間の抜けた声を出してしまう。
アレンはもじもじとし、躊躇っていたが、それでも話してくれた。
「マナはね、本当のお父さんじゃないの。
本当のお父さんとお母さんは・・・アレンを、捨てて・・・」
捨てて。
予想外の言葉に、神田は少女の横顔を見つめる。
「でね、マナが拾ってくれたの」
「・・・じゃあ、マナ、がお前の父親だろ?」
聞けば、やはりアレンはすぐに頷かない。
もじもじと、手の中のカップを持ち直している。
「・・・・・・?」
神田はそんなアレンの様子に不思議がりつつも、無理に答えを聞こうとはしない。
それが嫌だということは、わが身でよく知っているからだ。
「・・・マナは、アレンを拾ってくれたけど・・・」
それでも、アレンは話を続けてくれた。
まだ会ったばかりの自分に、『話しにくいこと』を話してもらえるのが、嬉しいと思ってしまう。
今までそんな他人のことに興味を示すなど、なかったのに。
「アレンをすごくすごく大切にしてくれるけど・・・時々、すっごく怖くなるの」
「?怖く・・・?」
大切にされているのに、何を怖がるのだろう。
大切にしてくれると言うことは、もう自分を捨てないだろうと言うことで。
安心をするものではないだろうか、普通は。
「だって、アレンがまたヘンな事して・・・嫌われちゃったら・・・」
そう言い、ぎゅうと左手を右手で握り締める。
先程から気になっていた、その左手。
そちらだけ、手袋がはめられているのだ。
その手は、手袋のせいか右手より大きく見えるのは気のせいか。
けれど神田は、敢えてそのことには触れなかった。
触れてはいけない気がした。
ふと頭をよぎったのは、何故か自分より二つ下の繋がれたままの少女のことだからだ。
「アレン、マナには・・・嫌われたくない・・・」
好きだから、自分を押し込めてしまう。
それはとても悲しい事だと、神田は思った。
その、愛されることに慣れていない少女の頭を、神田はそっと撫でてやる。
「・・・マナ、は・・・」
キョトンと自分を見る少女の目には、また涙が浮かんでいて。
その涙を、頭を撫でていた手で拭ってやる。
するとまたアレンは目をぱちぱちと瞬かせて驚いていて。
その顔がとても、可愛かった。
「お前のことを大切にしてくれているのだろう?」
聞かれ、アレンはおずおずと頷いた。
うぬぼれるのが、怖いのだろうか。
「ならお前は、もっとそのことに自信を持て」
「・・・でも・・・」
きゅうと、カップを握る手に力が入る。
「マナだって、きっと、もっとお前に甘えてもらいたいって思ってるはずだ」
言うと、その綺麗な瞳がまた自分の方を向いた。
「・・・マナも?」
「ああ。マナも、だ」
またアレンの瞳がゆるりと揺れる。
それでも、今度はその瞳が少し笑った。
がんばる、と、言うことだろうか。
「アレン!」
と、呼ぶ声がした。
バッとアレンが立ち上がった。
「マナ!」
呼ぶと、通り過ぎた男が、またこちらに気付き、戻ってきた。
「アレン・・・」
ホッとしたように笑顔を浮かべ、それからこちらに寄ってくる。
優しそうな表情に、本当にアレンを見つけて安堵した表情をしている。
心底アレンを大切にしているのだと言うことは、すぐにわかった。
あれがマナで、見つかったと言うことは。
アレンと、別れると言うこと。
なんとなく心がざわざわして、けれどそれを言えるわけがない。
と、頬に当たった柔らかいもの。
驚いて横を見れば、立ったはずのアレンがまた座って、本当に近くに顔を寄せていた。
「ありがとう」
そう、ふんわりと笑い、神田から離れていった。
見れば、突然のことにマナも驚いたようにこちらを見ている。
キス、された。
そのことに気付き、かぁっと神田は顔を赤らめる。
「っおい!」
怒鳴るように呼ばれ、アレンがもう一度こちらを振り向いた。
つかつかと歩み寄り、その手に小さな袋を握らせた。
小さなちりめんの袋の中には、ティエドールが自分に用意したお菓子が入っている。
「Trick or Treat、だ」
そう言い、神田はアレンとマナの横をすり抜けて、駆けて出した。
恥ずかしくてたまらない。
キスされたことも、ああして誰かに優しくしてしまったことも。
後ろから呼ぶ声がする。
それに振り向きたい気もしたが、それ以上に恥ずかしくて。
結局神田は、そのまま走り去ってしまった。

□■□

「神田ッ」
耳に馴染んだ声が聞こえ、神田はふと瞼をあげた。
と言うか、いつ眠ってしまっていたのかもわからなかった。
事実自分の膝から下はベッドからはみ出していたし、自分を見下ろしている人物は、くすくすと笑っている。
「・・・ンだよ・・・」
うたた寝を見られ気恥ずかしい神田は、ぶっきらぼうな声と共に身体を起こした。
「Trick or Treat、です」
そう言い、手を出してくる。
神田はむすっとしていたが、ベッドから身体を移動させ、サイドテーブルからお菓子をアレンに投げてよこした。
「わ、ありがとうございます!」
言いつつも、神田からもらえるかどうかわからなかったのか、アレンは嬉しそうにその小さな包みをぎゅうと抱きしめた。
「コンペイトウですね」
さすが食魔人。
日本のお菓子もちゃんと知っているらしい。
「・・・そう言えば・・・」
さっそくその中の数粒を口に含みつつ、アレンは思い出したとばかりに手を止めた。
「昔も食べたことありましたっけ」
「へぇ」
「いつかは忘れちゃったんですけど、おいしかったなー」
これも、おいしいですけど。と、アレンはまたニコリと笑った。
「・・・そうかよ」
ふいっと横を向き、アレンから視線を逸らす。
そう言えば、昔自分も、お菓子を誰かに上げたことを思い出した。
それを思い出すには、もう年月が立ちすぎていたけれど。
「神田っ」
ぎゅうとアレンが抱きついてくる。
その背を抱き返してやると、アレンは更に神田に引っ付いてきた。
「大好きです」
嬉しそうに、アレンがそっと呟いた。


小さな頃の、小さな出会い。
沁みこんでしまった記憶を思い出すのは難しいけれど。
無くなった訳ではないから。
例えば、こんないつもとは違う日に。
ずっと昔にも会っていたと思い出したら、どうなるのだろう。



☆END☆


コメント

ハロウィン関係無いじゃんと言う突っ込みは無しの方向で・・・
ホントはもっと、ハロウィン要素あったはずなのに、書き終えて見ればいつもの如く・・・(撃沈)
神田は小さい頃のアレンをずっと女の子だと最後まで信じてました。
って言うか、今でもきっと信じてます(笑)
ちなみにアレンのその時の恰好は
スカート
です。
・・・マナの趣味と言うとなんか変態チックでごめんなさいと言う感じなのですが、見栄えがする(芸をするとき)と言う事で。
・・・って言うか(公式の)あのスカートは、マナとアレン、どっちの要望だったんですかね(笑)
神田が立ち去った後、アレンはマナに『あの男の子は誰だい?!』と、キスの事を含め問いただされたことでしょう(笑)
ちなみに設定としては、神田→8歳、アレン→5歳くらい。