祝祭の日


365日ある中の、たった24時間の中で生まれてきてくれた奇跡の日だから。
この日を精一杯感謝したいのです。



「ひどい」
ぐす、と鼻を啜られ、神田は心底溜め息をつきたかった。
それをしなかったのはもちろん、ついた後にまたグチグチ言われることを予想していたからだ。
日付は、七日を回った深夜。
その暗い部屋の中、アレンは神田の部屋のベッドで体育座りをしていた。
銀灰色の瞳を、ゆらゆらと涙で揺らしながら。
「僕、神田の誕生日祝いたかったのに」
「・・・・・・」
「一緒に祝いましょうねって、約束してたのに」
「・・・・・・・・・」
「ひどい」
もう一度繰り返され、神田は今度こそ溜め息をついてしまった。
「何なんですか、その溜め息!溜め息つきたいのはこっちの方ですよ!」
案の定愚痴が三割増しで返って来て、神田は眉間の皺を増やした。
六月に入って、ラビから神田の誕生日を教えてもらったアレンは、すぐに神田の元へと行った。
元々そう言う行事に疎いだろうし、自分から祝って欲しいとも言えないだろう性格はもう把握していたので、別段アレンは誕生日を教えてくれなかったことについては咎めなかった。
だからこそ誕生日は自分が祝ってやりたかったし、神田もそれに納得してくれた。
だが近い日にちになり任務が入ってしまい、コムイはとてもすまなそうに言ってくれたし、これが本業なのでそれもしょうがない。
それでも任務をしっかりとこなし、慌てて帰ってきたのが五日の昼過ぎ。
ついでにプレゼントも購入してきたので、アレンはワクワクしながら神田の部屋へといった。
誕生日を祝うなんて、とても久々だと思う。
マナと暮らしていた時は、自分の時もマナの時も質素ながらケーキも食べたしプレゼントも貰った。
クロスと暮らしていた時は、派手な祝いことが好きなクロスのために溜めた小遣いでご馳走を作ってやった。
クロスも、リボンタイやら身に付けて困らないものをくれた。
だから、アレンに取って誕生日は、自分のもの以上に大切なものなのだ。
更に、神田の誕生日を祝うのはこれが初めて。
ジェリーに頼んで神田の好きそうなものを作ってもらう約束をしていたし、二人で祝いたいと言うアレンを察してくれたらしく、ラビやリナリーが次の日にみんなで祝おうねと言ってくれた。
だから、だから。
とってもとっても楽しみにしていたのだ。
なのに。
「姿すら、見せてくれないなんて・・・!」
「・・・だから・・・」
悪かった、と、何度目か判らぬ謝罪をもらす。
アレンと一日遅れで、神田にも任務が入ってしまった。
それでも近地だったため、二日あれば片付く任務だった。
だが、そこで宿泊した宿のカレンダーが日捲りのタイプで、それが一日破られずにいた。
そのため神田は、一日見誤ってしまったのだ。
普段からカレンダーなどを見て日付を確認すると言うことをあまりしない性格も災いした。
帰ってきたのが七日を回るすぐ寸前。
付いて行ったファインダーも、神田とあまり面識がなかったので、もちろん誕生日のことも知らないし、アレンと約束をしているなどは範疇外だ。
返って来てコムイに、『ごめんねー六日過ぎちゃって・・・』と言われてカレンダーを見、ようやく神田は事態を把握した。
慌てて部屋に戻ってみれば、ずーんと音が付きそうなくらいに落ち込んでいるアレンの姿。
小さなテーブルには、神田の好物が冷めてしまっていた。
「任務だって言うのはわかってます!・・・でも・・・でも・・・納得もできないんです!」
そう言い、またアレンの大きな目から涙がぽろぽろと流れていく。
拭ってやろうとしても、アレンはその手を拒むので、本当に神田は困ってしまう。
何があっても、自分の手を振り払うことなど殆どなかったので、これは重症だ。
うっかり、日を誤っていた、と言ってしまったのも、アレンの癇癪を更に引き起こしてしまっている。
「だから、悪かったって」
「だからって何なんです?!だからって!
神田本当に悪いと思ってるんですか?!どうせ、めんどくさい、とかガキの言い分とか思ってるんでしょ?!」
細かいことにもアレンは突っ込んできて、神田の我慢もふつふつと切れかけている。
自分が悪いと思っているので、罵倒は聞き入れてきたが、元々気が長い方ではないのだ。
謝ると言うこと事態、他のものが聞いたのなら珍しいと言うのに。
こちらの言い分をまったく聞こうとせずにそれこそ子供の癇癪を撒き散らしているアレンに、神田も、ついに切れた。
「お前なぁ!そんなこといつまでもグダグダ言ってンなよなッ!」
「そんな・・・って!神」
「誕生日がなんだってんだよ!確かに日にち見誤っちまったのは悪いと思うが、こっちだって任務なんだ! そんな」
一拍、呼吸をおく。
何かたてしまくる時、神田は眉を寄せ、眼を瞑ると言うの癖がある。
そのため、その時のアレンの表情は見えなかった。
「そんなくだらねェこと、知るかッつーんだ!」
そこまで言い、頭に上った熱が少し冷めた。と同時に、自分の口走ったことを反芻してしまい、ヤバイとアレンを見る。
アレンは、俯いていた。
事の成り行きを、上空で旋回し見守っていたティムキャンピーは、肩口に止まって心配そうにアレンを見ている。
「・・・モヤ」
「すみませんでした」
それまで蹲っていたアレンは、そう言いベッドから立ち上がった。
俯いたままで、しかも神田はアレンを見下ろしているために更に表情はわからない。
「・・・怒鳴ってしまって、すみませんでした。・・・疲れてるのに・・・我が侭言っちゃって・・・。・・・部屋、戻りますから」
ごめんなさい。
もう一度謝りペコリと頭を下げると、アレンは神田の横を通って扉に向かう。
「――――」
神田がアレンの手を慌てて掴もうとするが、寸でで逃してしまう。
「おやすみなさい。任務、お疲れ様でした」
部屋を閉める前に、それだけが聞こえ・・・。
「――――――――」
追うこともできず、神田はベッドに背中からダイビングした。
ずっと座っていたのだろう。シーツの一部が暖かい。
「・・・クソっ!」
こう言う時、自分の短気を本気で呪いたくなる。
そして迂闊なコトばかりを口走る、この口も。

□■□

あのままうっかり寝てしまい、寝過ごしてしまった神田は、慌ててアレンの部屋へと向かった。
「あら、神田じゃない」
お誕生日おめでとう。と笑顔で言われ、それに『ああ』と相槌を返す。
そして、アレンにまだ言ってもらってなかったことを思い出す。

『僕が、神田に一番に『おめでとう』って言いたいな』

そう言って、頬を染めていた。
滅多に見せない、アレンの独占欲。
くそ、と内心で何度目かの罵倒をし、リナリーの横をすり抜けようとする。
「アレン君ならいないわよ?」
言われ、慌てて神田はリナリーを振り返った。
「あれ、聞いてない?アレン君、今日から長期任務よ?」
訝しげにリナリーが神田を見てくる。
「――――――――」
だが神田は言い訳もできず、アレンの部屋に向かった。

珍しく、走った。
任務以外で走るのなんて滅多にしない神田は、ようやく辿り着いたアレンの部屋の前に見慣れた人物が居るのを見つけた。
「・・・・・・」
思わずプライドが前に出てしまい、走っていた足をゆっくりと歩くように緩める。
「よう、ユウ」
喰えない、悪友。
いつもへラッとしたその目には、不穏なものが混じっている。
扉に寄りかかっているラビを睨み、あと数歩の距離で神田は歩みを止めた。
「・・・そこを退け」
「アレンならいないよ?」
「うるせぇ」
神田の一言に、ラビはへラッとした笑いを引っ込めた。
・・・真剣な眼が、神田を捕らえる。
「・・・あのさぁ、ユウ?」
そう、呆れたように息を吐き出しつつラビは神田に近付いてくる。
「オレはさ、一応お前の不器用さは知ってるんさ。素直になれない照れ屋って言うんも、言葉が一言足りないくせに余計なコトばっか多いのも」
「・・・余計な世話だ」
「ふざけんな」
ニコリと笑顔で言われ、思わず神田は半歩後退してしまった。
「オレがさぁここにいるってことは事情知ってるってユウもわかるっしょ?
あ、ちなみにアレンが愚痴りに来たんじゃなくって、昨日の夜偶然あったから無理に聞き出したんだけどよ」
じりじりと神田にラビが近付いてくる。
こういう時の悪友が、一番苦手なのだ。
いつも掴みどころがないくせに、ここ一番の時には普段ではありえないような表情を見せる。
「アレン、どんな気持ちだったと思うさ?
楽しみに楽しみに楽しみにしてて、裏切られて。しかも、ユウに逆切れされて?
そーれはちょっと無い仕打ちでない?」

神田に何プレゼントしたらいいでしょう?
どんな料理だったら、神田よろこんで食べてくれるでしょう?
どう言うタイミングでプレゼント渡したらいいんでしょう?

そんな、細かいことまでラビに聞いてきていたアレン。
必死で、真剣で、楽しそうで嬉しそうで。
幸せそうだった。
「オレはさ、アレンのことも好きなんよ。もちろん、恋愛感情で無く、な。
それをさ、あんなに傷つけて・・・ちょっと引くよ、マジで」
そう言ったところで、ラビは不穏な目付きを止めた。
そして、アレンの部屋の扉を開けた。
神田が呆然として動けずにいると、ラビがニコリと笑った。眼は、まったく笑ってはいなかったが。
「オレがなんつッても、アレンの言いたいことの半分もユウにはわっかんないだろうからさ。とりあえず部屋入ってみたら?」
言っても、神田はその場から動こうとはしない。
苛立っているラビは、神田の腕を掴んで部屋に放り込んだ。
「てめ・・・!」
いきなりのことに神田はラビを怒鳴ろうとし、ベッドの横にあるテーブルに綺麗にラッピングされたものを見つけた。
「・・・・・・」
怒鳴ることも忘れ、神田はそれに近付いていく。
ラッピングのリボンに挟まっている、メッセージカードを引き抜く。
不器用な字で、時々教えていた平仮名で『かんだ へ』と書かれていた。
中を、開く。

『I'm appreciative of our fateful meeting. Let me wish you a happy birthday.』
あなたが生まれてきてくれた、すべてのことに感謝します
「―――――――――」
さすがに日本語は平仮名の単語しか教えていないので、中身は英文だった。
そうして、ようやく気付いた。
アレンに取っての、誕生した日の意味を。
「ユウはさ、アレンに良くもっと自分を大切にしろ、みたいなこというけどさ。
オレらからしてみれば、お前もアレンもどっこいどっこいだよ」
呆然とカードに見入っている神田の背中に、ラビは言葉を続ける。
「特にユウは人付き合いしないから、他人の感情に疎い。だからそうやって大切な人、傷つけちまうんだろ?」
何の反論も、できなかった。
忘れてしまっていた。
・・・アレンは、自分の生まれた日を知らないんだと言うことを。

くだらねェこと

自分の言葉が頭の中でリフレインする。
昨日よりも更に深く、自己嫌悪する。
アレンに取って誕生日と言うものは、なによりも特別なモノなのだ。
「反省したか?」
聞いてみるが、もちろん反応は無い。
だが、言い返せもしないと言うことは、それだけ深く反省していると言うこと。
「・・・つーことだからさ、アレンもそろそろ許してやんな?」
な?と言うラビの窘める声を聞き、神田はバッと後ろを振り返った。
扉の仕切りから姿を現すのは、アレン。
「リナリーに会ったろ?一芝居、打ってもらったんよ」
仕返し成功な。と、ラビはニッとアレンに笑いかけた。
それは、いつものあの笑顔で。
俯き、バツが悪そうにしているアレンの肩をポンと叩き、ラビはその場を去って行った。
もちろん、扉をちゃんと閉めてやって。

しばらく、沈黙が降りる。
どう切り出して良いのか、図りかねているのだ。
「あの・・・」
そして、やはりと言うか最初に口を開いたのはアレンだった。
「こんなこと、しちゃって・・・すみませんでした・・・」
そう言い、アレンは頭を下げる。
そんなアレンの姿が、酷く神田は寂しかった。
肝心なところでアレンはいつも、自分を責める。
耐え切れず、大股で歩いていき、その身体を抱きしめた。
「―――――――」
突然のことに、アレンも抵抗を忘れる。
「悪かった」
「―――――っ」
昨日と同じ言葉。
だが、重みが違う、謝罪。
「お前のこと、何にも考えてなかった。
お前、俺のこと祝おうとしてくれてたのに、蔑ろにしちまって・・・ホントに、悪かった」
すまん、と付け加える。
ふわ、と、アレンの目にまた涙がたまる。
「ぼ、く・・・」
「ああ」
「神田の、たんじょ、び・・・楽しみにしてて・・・ッ・・・だって・・・生ま、て・・・っくれなか・・・たら・・・」
しゃっくりを上げるアレンの背をさすってやりながら、神田は続きを聞く。
「ぼくたち、会えなかった・・・!」
「――――そうだな・・・」
そうだった、と神田は実感する。
昨日生まれてなかったら、自分の運命はまた全然違うものになっていただろう。
イノセンスに選ばれていなかったかもしれない。
黒の教団にいなかったかもしれない。
・・・アレンに、会えなかったかも知れない。
そう言う恐さや素晴らしさを、アレンは知っていたのだ。
「悪かった・・・」
もう一度、謝罪を口に乗せる。
ひとしきり泣いたアレンは、その言葉でようやく顔を上げた。
そろそろと、手が伸ばされて神田の頬に触れる。 「・・・かんだ?」
「ああ」
答えてやると、ようやくアレンが少しだけ笑ってくれる。
「・・・お誕生日、おめでとうございます」
その言葉の、重さを知る。
不覚にも、目の奥が熱くなった。
「・・・ああ・・・ありがとう」
生きていることに感謝する。
この世に生まれてきたことに、感謝する。
そしてやはり神などはいないのだと神田は改めて、思う。
生み出したのは、人間で、それを気付かせてくれたのも人間で。
この、腕の中の暖かな存在なのだ。
「おめでとうございます」
「ああ」
「おめでとう、神田」
「ああ、ありがとう」
おめでとう。
繰り返された言葉は、十九回。
祝えなかった今までの分を取り戻すように、アレンは祝いの言葉を紡いでいった。

「おつかれさま」
ぶらぶらと回廊を歩いていたラビは、後ろから声をかけられて歩調を緩めた。
「そっちこそ。無理言って悪かったさ」
「いいのよ、別に」
らしくもなく遠慮するラビに、リナリーはくすくすと笑う。
「・・・にしてもオレ、まーたユウにおめっとって言うタイミング逃しちまったさー・・・」
「あらら」
昨年までは、ラビが六日零時を回るくらいに神田のところに押しかけていき、無理矢理祝っていたのだ。
神田とて、悪い気はしなかったのだろう。
ラビもそれを気配で感じていただけに、それが出来なくなったのはやはり、寂しい。
「まぁ、明日でもいいじゃない。アフターイベントアフターイベント」
「そだなー。まぁ明日はアレン、使い物になりそに無さそうだけどー」
ニヤッと笑うラビに、リナリーは薄い本でこつりとラビを叩く。
「年頃のレディに下話し禁止ー」
「あー・・・へいへい悪かった〜」
大きな不穏な嵐が収まったので、リナリーとラビはそれなりに上機嫌で歩いていくのだった。



あなたの生まれてきてくれた、全ての要因に感謝します。
あなたが生まれてきてくれた、全ての奇跡に感謝します。
あたなと出会えた、全ての偶然に感謝します。

それが全て必然の出来事だとしても、自分たちには知る術が無いから。

今こうしてあなたに触れられる幸せに、心から、感謝します。



☆END☆


コメント

遅れてしまいましたが・・・神田お誕生日小説です(苦)
まぁ内容が一日遅れですから!勘弁してください☆(殴)
英文はいつもの如く蒼月たんにお願いしました。
急にもかかわらずありがとう・・・!!
ちなみに意味は、反転するとわかりますよ(笑)
背景、本当は神田ケーキ(・・・)にしたかったんですが、さすがに(私が)引くのでやめました・・・。
なにはともあれ神田お誕生日おめでとー!