それはまるでシトロンのよう


前々からずっと言ってきた。
それでも全然治らなくて。
けれど、どうしても言って欲しい。

だって、だって――――――


「ラビッ」
長期任務から解放されたラビは大好きな読書をしたいだけして、満足しながら寝不足の頭で談話室から自室へと戻るとことで後ろからアレンに服を引っ張られた。
お?とラビがアレンを振り返ると、アレンは真剣な表情でラビを上目遣いで見つめている。
「ん?どしたさアレン」
ぼやぼやした頭で、その白い頭をぽんぽんと撫でてやる。
猫ッ毛のアレンの髪は素手で触っていると、ぱらぱらと手をくすぐってきてとても気持ちがいい。
アレンも撫でられることが好きなのか、気持ち良さそうに撫でられている。
そしてラビは、このアレンの髪が実は神田も好きなのを知っていたりする。
時々どさくさにまぎれてはこの白い髪を触っているのだ。
アレンはうっとりとその手を受けていたが、はっと気付いてラビの撫でているその手を掴んで自分の頭から外した。
「僕、ラビにお願いがあるんですっ」
「・・・お願い?」
その言葉に、ラビはきょとんとした顔になる。
養父と元帥から自分で出来ることは自分でと育てれたアレンは、滅多に人に頼みごとをしてこない。
そんなアレンからの突然のお願いに、ラビは驚きを隠せない。
「・・・駄目ですか?」
きゅうんと仔犬のような目で言われれば、誰でも嫌とは言えないだろう。
ラビもそんなアレンを可愛いなぁと思いつつ、ニカッと笑ってまたアレンの頭をわしゃわしゃと撫で回す。
「ダァメなんかじゃないさーっ!いいよ、おにーさんに言ってごらん?」
するとアレンはパァッと顔を明るめて綺麗な笑顔を浮かべた。

「ユウに名前を覚えて欲しい?」
「はい」
先程と同じようにアレンは真剣な表情で頷く。
あれからもう一度談話室へと戻り、人気のない席へと座ってアレンの話を聞いた。
話しと言うよりも、アレンのお願いは先の一文だけなのだが。
「神田、僕が入団して一ヶ月経ってもエクソシストをやってれたら名前で呼んでくれるって言ったのに・・・未だにモヤシなんです」
「はぁん。まぁユウがそんな可愛らしい約束するなんてねぇ」
クククとラビが笑うと、可愛くなんてありません!とアレンが眉を寄せて机をドンと叩いた。
「モヤシですよモヤシ!!ラビやリナリーはちゃんと名前で呼んでもらえるからいいですけど!モヤシですよー!!」
興奮状態に入ってしまったらしいアレンはバンバン机を叩きながらラビに詰め寄る。
いくら周りに人気がないとは言え、シンと静まり返っているところでこんな大騒ぎをすれば、何事かと人が集まってきてしまう。
慌ててラビはアレンの口を塞いでまた椅子に座らせる。
「わ、わかったさ・・・!」
それでもむーむー唸るアレンに、ラビは最終手段とばかりにどこからかみたらし団子の袋を取り出した。
するとアレンはピタリと暴れるのをとめ、ラビの手の中にあるみたらし団子に集中する。
・・・アレンの口をふさいでいるラビの手に、ふんふんとアレンの鼻息が当たる。
犬か。
「ほらアレ〜ン?大人しくするさよ〜?」
そう言ってみたらし団子を渡すと、アレンはすぐにその団子に手を伸ばした。
ようやく静かになったアレンにホッとしつつ、ラビは立ち上がっていた身体をまた椅子に深く腰掛ける。
「・・・でもそれはさーユウに言ってくしかねぇんじゃない?」
「だって言っても直してくれないんですもんッ。・・・だから、昔から知ってるラビたちからなんかアドバイスしてもらえないかなって」
しゅんとしつつもモグモグと口を動かすのをやめない。
「ラビはすぐに神田に名前呼んでもらえたんですか?」
「オレ?オレらは・・・ちーっとばかしアレンとは出会いが違ったからなぁ」
そう言ってラビは苦笑する。
神田もリナリーも、無理矢理この教団へと連れてこられた為、最初はかなりすさんでいた。
そんな状況を打破したのが、コムイだ。
それからも教団の人間には信用が置けず、二人はラビを頼るように寄り添うように過ごしてきた。
ラビの様子に、アレンは踏み込んだところまで聞けずにまたシュンと視線を落とす。
「・・・こう言ったらラビたちに悪いかもしれませんが・・・・・・僕も幼馴染になりたかったな」
そうしたら、もっと神田とも仲良くなれたかもしれないのに。
言外に潜む言葉に、ラビはふっと顔を緩ませる。
「ねぇアレン」
「はい」
「アレンてさ、今回の名前のこともそうだけど結構ユウに苛められてんじゃん?なのにどうしてそう引っ付きたがんのさ」
幼い頃を知っている自分やリナリーならまだしも、あそこまで弄られてもめげないのは珍しいと言うか、よく付き合うと言うか。
するとアレンはぱぁっと頬を薔薇色に染め、もじもじとみたらし団子の串を弄りだす。
「だって・・・神田ってあれで結構優しいんですよ?初めての一緒の任務の時だって助けないとかいいながら僕のこと大怪我してるのに助けてくれたし・・・それにどんな任務にも一生懸命ですし、ちゃんと回り見てないようで見てますし・・・かっこいいですし」
「あー・・・はいはい」
要するに惚れてる訳だ。
ベタ惚れな訳だ。
「だから神田にも名前を呼んで欲しいんです!」
「で、もっと親しくなりたいわけか☆」
ラビの茶化しを含めた言葉に、アレンはもじもじしながらコクリと頷く。
男なのに最強に可愛い。
(・・・こんなんだからアレンてばコムイのリナリーマークから外れるんさね)
ぶっちゃけ、二人が一緒に居ても女子学生がきゃいきゃい騒いでいるようにしかみえない。
ラビはまだ照れているアレンに気付かれないようにふっと笑い、机に肩肘をつく。
「・・・そうさなー・・・だったらアレンもユウの嫌がることしたらいいんじゃねぇか?」
もじもじして照れていたアレンは、ラビのその一言にきょとんとした顔を向ける。
「・・・嫌がること、ですか?」
「そうそう」
あ、面白くなってきた。
ラビはそう思い、にっこぉ〜っと笑みを深くする。
元々アレンだけでなく、神田を弄るのが大好きなのだ。
後でどんな仕置きが待っていようと、やめられない。
「ちっと耳貸して〜」
カムカムとアレンを呼び、もう食べ終えてしまったみたらしの袋を横に置く。
そして先程と同じように身を乗り出して、アレンの紅く染まった耳に顔を近づける。
「・・・ふん・・・ふんふん・・・・・・・・・えー・・・・・・」
最後まで聞き、身を椅子に戻しながらアレンは眉をしかめる。
「・・・そんなことしたら神田に嫌われちゃいますよー・・・」
(それはないと思うけどー)
「でもそれくらいしないとユウに舐められっぱなしさ?これからずぅ〜っと、モヤシのまんまでもいいの?」
そう言われ、アレンは、うー・・・と唸る。
神田には名前で呼んでもらいたい。
けれど、それが裏目に出て嫌われたらどうしよう。
「・・・神田に嫌われるのは悲しいです・・・」
しゅんとアレンは肩を落とす。
「ただでさえ今でも嫌われるのに・・・口も聞いてもらえなくなっちゃったら僕・・・」
一度暗い思考に入るとなかなか精神的に戻って来れないアレンは、どんどんマイナス方面へと傾いてしまう。
そんなアレンに向かい、びしっとラビは指を刺す。
「アレンがそんなんじゃ駄目駄目さ!アレンから名前で呼んでもらいたいって言ってきたんだから、これっくらいはしてもらわないと!!」
面白くないじゃないか!は心の中にとどめておく。
それでもアレンは踏ん切りがつかないらしく、ううう、とうめき声を上げて悩む。
アレンの神田好きは相当なようだ。
確かに神田はあれでいいところをたくさん持ってはいるが、どうして性格が正反対の位置にいるアレンが惹かれるのかがわからない。
・・・それともアレンだから神田に惹かれるのだろうか。
(まぁくっついたとこで苦労すんのは目に見えてるわな)
お互いに。
はぁ、とラビは溜め息をつき、ちらりとドアへと視線を移す。
と。
「おっ」
「?」
机に伏していたアレンは、ラビのその声に顔を上げる。
「ユウはっけ〜んっ」
「ッ!!」
そして神田の名前を聞くと、バッと身体を起こしてそちらを向いた。
神田はこちらに気付かずに六幻を持って通り過ぎてしまう。
「ほら〜チャンスっしょ?今ユウ任務ないしさ〜」
「・・・でも・・・」
まだ踏ん切りがつかないアレンは、ラビに促されてもなかなか動けない。
「アレ〜ン・・・」
「だって・・・だって嫌われちゃったら・・・」
またジワリとアレンの目に涙が浮かぶ。
「だぁいじょうぶだって!もしユウがンなことしたって、オレがちゃんと取り成してやっからさ〜!」
その前に神田がアレンを嫌うことはありえないが。
アレンはラビのその言葉に促され、ようやくおずおずと顔を上げる。
「・・・ほんとですか?」
「おにーさんは嘘つかねぇさ?だぁいじょうぶだから行ってこい!」
そしてアレンを椅子から立ち上がらせ、ポンッと背中を押す。
アレンはまだ戸惑ったようにラビをちらちらと振り返っていたが、ようやく決心したのか、ダッと駆け出した。
ラビはアレンの姿を確かめるように談話室の入り口まで歩いていき、小さくなっていくアレンのその背中を見送る。
「・・・恋のキューピットも大変さ〜」
「誰が恋のキューピット?」
後ろから聞こえてきた声に、お?と振り返ると、いつもように大量の資料を持ったリナリーが小首を傾げてラビを見上げている。
「ようリナリー」
「こんにちは。で、何がキューピットなの?」
別に隠す気はないので、ラビはリナリーの持っている資料を持ってやりながら歩き出す。
「アレンがさーユウに名前で呼んでほしいって相談してきたんさ」
「・・・そういえば神田ってばまだアレンくんのこと名前で呼んでいないわね」
全部を受け取ったラビから三分の一ほど取り戻し、自分の腕の中に抱える。
そんなリナリーに苦笑しながら、ラビはそう。と頷く。
「ユウと仲良しのオレやリナリーが羨ましいだってさ。だから、ちぃっとばかし仲良くなる為に知恵を貸してやったんよ☆」
ふっふーん!と自慢するように言ってくるラビに、リナリーはじとぉっと目を細めて睨む。
「・・・本当にそれが良い知恵なのかがとっても気になるところだわ」
「べっつに変なこと言った訳じゃないさ。・・・・・・ただ面白くなるだけで」
最後に付け加えられた一言に、リナリーはやっぱりと溜め息をつく。
「ラビったら。いくら神田がアレンくんのこと嫌わないからってあんま面白がっちゃ駄目よ?」
「でも、目には目を。歯にわ歯を。嫌味には嫌味をさ。自分の嫌ってることされりゃ、ユウも嫌だってこと理解してちゃんと呼んでくれっかもよ?」
ラビの悪戯でタチの悪いところは、その先を読んでいると言うことだ。
確かに神田には効果的かもしれない。
だが。
「・・・だからって神田が直すとは思えないけど」
「ま、そこはアレンの努力しだいさ」
そう言うラビは、鼻歌が出てしまうくらいに上機嫌だ。
そしてふとリナリーは思い出した様にポツリと口にする。
「・・・それにしても・・・あの二人ってまだお互いの気持ちに気付いていないのね」
「そうなんさよねー・・・付き合ってないってのが不思議なくらいなのにな」
鈍感なのは、神田だけでなくアレンも一緒だ。
これからもいろいろと巻き込まれそうなことに、リナリーはふっと溜め息をついた。


長い廊下を走ると、すぐに神田の姿が見えてきた。
神田のしっかりした歩調と一緒に頭の高い位置で結んだポニーテールも揺れてなんだか可愛らしい。
ぽやっとそんなことを思いつつ、アレンはもう一度気合を切れなおしてスピードを上げる。
「・・・・・・ッ」
そしてようやく神田に追いついたアレンは、後ろからその団服をぎゅっと掴んだ。
「―――ぐっ?!」
もちろん突然そんなことをされれば神田の身体は引っ張られて後方へと傾く。
突然のことに神田は殺気を放ってギロリと後ろを振り返る。
「・・・モヤシてめぇ・・・」
そこには、真剣な表情で神田を睨むように見つめているアレンが団服の裾を握っている。
「何しやがる。喧嘩すんなら買うぞ。ア?」
まるでチンピラだ。
神田のその迫力に思わず震えてしまうが、それでもアレンはその手を離さない。
なのに頬は照れたように火照っているからなかなか面白いことになっている。
「アレンです!・・・いい加減に僕のことちゃんと名前で呼んでください!!」
すると神田はまたその話題かとばかりにチッと舌打ちをし、嫌だね。と高圧的に告げてくる。
「っ、どうしてですか!?一ヶ月経ったら呼んでくれるって言ったじゃないですか!」
「気が変わったんだよ。見た目も中身もモヤシなやつはモヤシで十分だ」
「そんなの偏見です!大体、見た目はともかく・・・いえ、あんなひょろひょろじゃないですが!中身までモヤシだって言うのは納得行きません!!」
普段の調子が戻ってきたのか、アレンはキィッと神田に噛み付いていく。
「中身もモヤシで充分だ。戦いのたびにボロボロになってる姿なんて、茹でてくたくたになったモヤシ同然だ」
「茹・・・ッ」
あんまりな言い方にアレンも切れる。
そして一瞬冷静を取り戻すと、すぅっと息を吸ってジト目で神田を睨む。
「・・・ユウ」
「!!」
ポツリとアレンが呟いたその名前に、まるで神田はピッシャーン!!と雷が落ちたような衝撃に襲われる。
そしてタコマークを数個増やし、ひくひくと引きつる口元で、てめぇ・・・と低く呟く。
「その名前呼ぶんじゃねぇよ!!」
「ユウだって僕が呼ばないでほしいって言ってるのにモヤシって言うじゃないですか!だから、か・・・ユウが僕のことちゃんと名前で呼んでくれるまで僕もユウって呼びます!!」
「っざけんな!なんで俺がてめぇの我が侭きいてやらなきゃいけねぇんだよ!」
「ユウは横暴すぎなんですよ!そのキングオブ自分勝手をそろそろ直したらいかがですか!」
本気の攻防が始まる。
・・・まだイノセンスを発動していないだけマシかもしれないが。
ギャンギャン廊下のど真ん中で騒ぎ出す二人を、ラビとリナリーは苦労もせずに発見した。
「あーあ。やっぱり喧嘩してる」
「・・・でも呼んでるアレンも呼ばれてるユウもほっぺまっかっかさ〜」
嬉しそうにラビがそう言って笑うと、リナリーは呆れたように溜め息をつく。
「そんなの当たり前なじゃい。両思いなんだから」
「ユウも素直じゃないからなぁ」
アレンが神田を好いているように、神田もアレンのことを好いている。
実際神田の口から聞いた訳ではないが、本人は気をつけているつもりでもその行動で丸わかりだ。
エクソシストとはいえ真正面から神田が守るなんてこと今までなかったし、あんな愛称をつけたのもラビの記憶の限り始めてだ。
アレンに聞けば、これからについて神田が考え方を改めるようにと(それとなく)諭したとも聞いている。
「どーせモヤシやめられないのも、アレンの名前覚えてないからじゃなくって今更恥ずかしくって呼べないだけだろーな」
「・・・でもアレンくんも実際に呼ばれたら照れちゃってそれどころじゃないんじゃないかなー?」
本人たちの知らぬところで論議が始まる。

「大体どうして僕だけモヤシなんですか?!神田、ラビもリナリーもコムイさんもトマさんだってちゃんと名前で呼んでたのに!」
「―――ンなのてめぇの知るトコじゃねぇんだよ!つか、誰をどう呼ぼうと俺の勝手だろうが!!」
「関係ありますよ!」
「へぇ?!どう関係あるんだよ!!」
「僕が神田のことを好きだからです!!」
「・・・あ」
「あ」
「あっ!」
「―――――」
うっかりもらしてしまった本音。
リナリー、ラビもうっかり反応してしまう。
言った本人は慌てて口を押さえ、言われた本人はその言葉に怒鳴っていた口を閉じてしまう。
「・・・!!」
かあぁぁっ!とアレンは顔を真っ赤に染めるが、言い訳が思いつかない。
神田もじわじわとその言葉が脳に浸透してきたのか、アレンから目を逸らして頬を先程よりも染めている。
二人の間に、それまでとは打って変わって静寂が広がる。



結局神田のモヤシ呼びは改善しなかった。
が、それでも嬉しそうなアレンの笑顔があったので、これはこれでハッピーエンド。だ。

【モヤシ】だって、愛のある呼び名。



☆END☆


コメント

お風呂の中で考え付きました。
そういえば私、アレンのモヤシ呼びネタやってないや!ってことで(笑)
神←アレに見せかけて実は神アレでしたとさ☆
なんか久々に甘いの書いた気が・・・