home town

「好きな事をしなさい。慌てずにゆっくりと・・・」
その言葉に心をときめかされて、揺らされて。
ああ、私はこんなにもあなたに惹かれてしまっている。

「とーちゃく!」
軽い足取りで駅のホームに降り、次いで降りてくるアルフォンスを待つ。
例えば四季で匂いとか雰囲気とかが微妙に変わるように、その駅々によってもまたそれぞれそれらは異なる。
「・・・・・・」
そんな事を考えてしまい、エドワードはポッと頬を染めた。
「?兄さん?どうしたの?」
「あー・・・いや・・・」
ナンデモナイ。と言い、エドワードは再び歩き出す。
言えない。
言えるわけも無い。
一番寄るこの駅の匂いに、彼を思い出してしまったなんて。
早歩きに行ってしまう兄に、アルフォンスは『待ってよ〜!』を叫びながら、鎧をガシャガシャと鳴らして兄を追った。

『・・・この身体と弟を戻す方法を捜す為に、旅に出たいんだ』
国家試験をパスしてすぐに、エドワードはそんな事をロイに言ってきた。
軍直属で無いにしても、人間兵器として大総統府直属にその身を置くものとしては、大概どこかしらに身を置く。
が、エドワードの特殊な事情を把握しているロイとしては、エドワードのその言葉は予想していたものだった。
『・・・オレは元々、特権を手に入れるために国家錬金術師になったんだ。・・・だから―――――』
『いいだろう』
エドワードの声を遮り、ロイが許可を降ろした。
呆気に取られたのはエドワードの方だ。
まさかこう簡単に許可が降りるだなんて。
『しかし、一応キミたちは未成年だし、国家錬金術師は何処かにその身を置かなくてはならない』
『だったら・・・』
そこでロイはエドワードを自分のデスクまで手招いた。
素直に従うエドワードに、ロイは一枚の紙を渡した。
それを見たエドワードは眉を顰めた。
『なに、これ・・・』
そこには、
『私、ロイ・マスタングは、エドワード・エルリック、アルフォンス・エルリックの身元を引き受け、その一切の責務を負うことを約束します・・・?』
と書かれており、その下記にはロイ・マスタング、と署名と捺印がされていた。
『後はキミたちが署名・捺印すれば成立する』
『ちょ、ちょっと待てよ!』
それに静止をかけたのはエドワード。
『あんた何考えてんだよ!こんな事して、あんたに何の利益があるって言うんだよ!』
クッとロイは笑い、無いな。と呟いた。
『・・・じゃあ、なんで・・・』
『私もキミたちの事情を知ってなお推薦したのだ。
これでキミたちをここに束縛してしまったら、話が食い違ってしまうだろう?
だから、表向きでは私がキミたちの身を置いてやっている、とするんだ。
・・・それに、キミは私の部下でもある』
エドワードはそれを黙って聞いている。
『もちろん、野放しにはさせない。やってもらいたい事があったならそこに向かってもらうし、従ってもらう』
それに、そちらで調べた事はこちらにも報告してもらう。とロイは付け足す。
『ああ、ただキミたちの状況を知りたいだけであって、上の方に報告する事無しないから安心したまえ』
ロイはそう言い、ニッコリと笑う。
『それに』
続けてロイは言葉を重ねる。
『キミが各地で実績をあげてくれたならば、それは即ち私のプラスにもなる』
そこまで聞き、ようやくエドワードは合点がいった。
『なるほど。利用出来るものはトコトン利用するってか』
『手厳しいな。・・・まぁ、否定もしないが』
エドワードは少し考えた後、ロイにペンを借りた。
サラサラとサインをした後、チラッとロイに聞く。
『ハンコ無いから血判でいい?』
『・・・拇印で構わない』
そう言い、朱肉とティッシュを渡してくれる。
『じゃ、これ』
返された書類には、エドワード・エルリックの署名と拇印が押されている。
『別に反発する理由も無いし、とりあえずはまぁヨロシク』
利用されるとわかっているので良い気はしないが、仕方が無い。
これに耐えれば、旅に行けるのだから。
『では今度からは一度こちらに顔を見せなさい。改めて家を案内するから』
その書類を折り、引き出しにしまう。
もう行く準備を整えていたエドワードは、トランクを持って頷いた。
『鋼の』
『ぁあ?』
まだ聞きなれないふたつ名に、エドワードは眉を顰める。
振り返ってみたロイは、先程の様な意地の悪い笑みを作ってはおらず、至極柔和な笑みを浮かべていた。
『焦る気持ちはわかる。だが、今キミはスタートラインに立ったばかりだ。
焦らず慌てず、ゆっくりと行けばいい』
思いもよらない言葉を貰い、ポカンとした表情をしていたエドワードは、ハッと思考を取り戻す。
『・・・あんたからそんなお言葉をいただけるなんて思わなかったぜ』
『これでも、心配しているからね』
『せっかく手に入れた狗を逃がさない為に?』
エドワードの皮肉にも、ロイはニッコリと笑みを深くした。
『キミだから、心配しているのだよ』
それはさながら告白の様にも聞こえ、エドワードは不覚にも顔を紅くしてしまった。
そして、ロイを睨むように見て、部屋を出て行った。

あれから東部に戻ってはロイに近況を報告し、アルフォンスと共に世話になっている。
そして、また旅に出るごとに投げ掛けられる言葉。
『好きな事をしなさい。慌てずにゆっくりと・・・』
それなら自分はどうなんだ。
大総統になる為に急いでいるくせに。
そう思っても言えないのは、その言葉が自分を確かに宥めてくれるものだからだ。
エドワードは改めて深呼吸する。
リゼンブールのように緑の匂いがする訳ではないが、それでもそれはエドワードの好きな匂いで・・・。
足は自然、速くなった。

「こんちはー」
東方司令部に着くと、まずホークアイとハボックに会った。
「あら、エドワード君にアルフォンス君。こんにちは」
「よー大将たちー」
ヒラヒラと手を振ってくれたので、エドワードとアルフォンスはそちらに歩み寄る。
「ちょうど良い時に着たわね。お茶の時間よ」
良かったら飲んでいって。と、ホークアイが言ってくれる。
「ホント?いいの?」
もちろん。とホークアイはいつものキリッとした表情を崩し、柔らかい笑みを浮かべてくれる。
「今日は将軍がスコーンをお裾分けしてくれたの。エドワード君はメープルシロップでいいかしら?
「バターも欲しいな」
遠慮せずに言うと、アルフォンスが咎める声を投げ掛ける。
「いいのよアルフォンス君。じゃあ私たちの部屋に用意するから、大佐への挨拶がすんだら寄ってね」
「うん。ありがと!」
「アルは俺たちと先行くか?」
報告と言っても、ただエドワードが報告書を渡してロイと喧喧囂囂いうだけなので、アルに取っては退屈なだけだ。
「じゃあ兄さん。僕先に行ってるね」
アルフォンスは頷いて、二人の後をついていった。
ヒラヒラと手を振って別れ、改めてエドワードはロイの執務室を目指した。
もう幾度となく通った廊下道。
最初はあんなに緊張したのに、今はもうスタスタ歩いて行ける。
そして見えた、大振りな扉。
(前は叩くだけでも勇気いったっけ)
その扉を、今はこんなにもあっさり叩ける。
すぐに中から、誰だ。とロイの声が聞こえた。
「オレ。エドワード・エルリック」
答えると、すぐに入りたまえ。と返ってくる。
・・・この瞬間は、今も慣れずにドキドキする。
緊張しているワケではない。
慣れていないワケでもない。
・・・ただ・・・。
「おかえり」
第一声と共に、ニッコリと笑って迎えてくれた。
「――――・・・ただいま・・・」
必要以上に不機嫌な声で言ったのに、ロイは気分を害した様子も無くエドワードを手招いた。
「かけたまえ」
皮張りのソファーにエドワードはどかっと腰掛ける。
ロイはご機嫌な様子で、エドワードと向かい合って座る。
「今回は早かったね」
「近場だったしな。・・・それに、良い情報もなかったし・・・」
早く帰ってくると言う事は、それだけ有力な情報が得られなかったと言う事だ。
エドワードにとっては、落ち込む事この上ない。
「まぁ仕方の無い事だ。相手は伝説級の代物なのだしな」
焦る事は無い。と、ロイは言う。
「・・・ぅん・・・」
多分本人は、その言葉がどれだけ自分を宥めてくれているかなんて知らないんだろうけど・・・それは知らないでもらえたらそれはそれでありがたいことだ。
「で、なんか新しい情報ある?」
焦るな、と言われたばかりなのに、もう次の手を求めているエドワードに苦笑する。
エドワードにしてみればそんな気はまったく無かったので、突然笑ったロイに首を傾げる。
「残念だが、今回はまだ有力なものは手に入ってはいないのだ」
「・・・そっかー・・・」
はー・・・と溜め息をつき、深くソファーに埋もれる。
落胆しているエドワードにまた苦笑をもらしつつ、そう落ち込むなと声をかける。
「代わりに私の家の書庫を自由に見せてやるから」
「マジで!?やったッ!」
ガバッと身を乗り出し、エドワードは喜ぶ。
こういう仕草を見ると、まだ15歳の少年なのだと改めて思う。
「では私の仕事が終わるまで待っていてくれたまえ」
「なに、ちゃんと定時で終われるの?」
ニヤッと口の端を持ち上げて嫌味を言うエドワードの頭を軽く小突き、ロイは自分の机に戻った。
無能、と有能な部下に罵られているロイだが、見栄と言うかカッコつけと言うか、エドワードの前では仕事をちゃんと行う。
先程の口に浮かべていた笑みは消され、真剣な表情になったロイはカリカリとペンを滑らせつつ書類をこなしていく。
読むものも無く手持ちぶさなエドワードは、ソファーに寝転がってロイを観察する。
シャープな線を描く輪郭。
漆黒の髪は陽に当たると、蒼く艶をもつ。
切れ目と言っていい程細い目は、髪と同じくやはり漆黒。
青い服に隠されているその身体は、実はしっかりしているものだとも知っている。
・・・かっこいい、と素直に思う。
しゃべればよく響くテノールの声。
笑えば万人が振り向くであろうその容姿。
自分とは全く違う、オトナ。
いいなーと思う。
でもそれは、ロイが持ってこそ輝くものだ。
だから、自分はこのままでいい。
ずっとそのままの体勢でいると、トロトロと瞼が落ちてくる。
暖かい陽射しに、安らげる場所に、ヒト。
エドワードはそのまどろみに勝てず、意識を手放した。

ふと肌寒さを覚え、エドワードはかけられているものを引き寄せようとする。
・・・かけられているもの?
そこで違和感を覚え、エドワードはふっと瞼を持ち上げる。
そのままソファーに寝てしまったのに、なんで『何か』がかけられているんだ?
エドワードは視線を持っているモノに目をやる。
そこには、黒いモノがあった。
なに、と思う前にそれは何なのかわかった。
ロイの上掛けだ。
チラッと視線を向ければ、ロイはまだ執務をこなしている。
モゾッと動き、顔までソレを被せる。
元々丈が長いロイの上掛けは、エドワードが身体を丸めてしまえばスッポリと収まってしまう。
(・・・ロイの匂いがする・・・)
ポツリと思ってから、エドワードは心の中で悶絶する。
(何を乙女思考な事をー!!)
ギャーッと自己嫌悪に陥っていると、上からロイの声が降って来た。
「鋼の?」
コートを取って見れば、ロイが自分を見下げている。
「起きたかい?」
「・・・あ・・・ぅん・・・これ、サンキュ」
それから、ゴメンと続ける。
「うん?なんで謝るのかね?」
受け取ったコートを羽織りながらロイがキョトンと答える。
「や・・・大佐が(珍しく)真面目に仕事してるのに、その横でグーグー寝ちまったから・・・さ・・・」
せっかく自分の為に早く終わらせてやろうとがんばっているのに、その当人がスヤスヤと寝てしまってはあまり良い気分のするものではないだろう。
「なに、逆にホッとしたさ」
意外なところで神経を使っているエドワードに、ロイはふっと表情を崩して笑いかけてやる。
ホッとしたと言われ、エドワードは逆にキョンとした顔をしてしまう。
ロイは身を屈ませ、エドワードの目元にそっと指を這わせた。
「キミはしっかり休むと言う事をしないからね。昼寝くらいは取った方が良いと言うものだ」
先程浮かんでいたクマは、完全ではないが先程よりは薄いものになっている。
身体を休めれたと言う事だろう。
ロイの気遣いに、エドワードはカーっと頬を染めて目を逸らしてしまう。
いつまでも初々しい反応をするエドワードが愛らしくて、ロイはもう一度撫でた後、さて。と言いながら腰を上げた。
「帰るか」
「へ?」
間抜けな声を出すエドワードに、ロイは笑いながら時計を指差してやった。
・・・17時15分。
自分がここに来たのが15時前後だったから、2時間は寝てしまっている計算になる。
呆然と時計を見ていたエドワードは、ハッと腰を上げる。
「アルとスコーン!!」
「は?」
前者のアルはわかるとして、スコーン・・・?
「中尉におやつ、スコーン出してもらえるって言われてたのに・・・!」
すっぽかしちゃった・・・!とエドワードは情けない顔でロイを見てくる。
叱られてしまった仔犬のような顔にクッと笑いを漏らしながら、安心したまえ。とロイは続ける。
「アルフォンス君にはちゃんと内線で連絡を入れておいた。・・・スコーンも、ちゃんと中尉が取っておいてくれているそうだ」
「・・・よかった〜・・・」
エドワードにとって重要なのは、スコーンが食べたいとかではなく、約束をすっぽかしてしまって中尉に嫌な思いをさせてしまったかどうかなのだ。
「いつまでもキミが来ないから、私に扱かれているとでも思ったみたいだよ」
いつもは冷静沈着な中尉さえもこの少年といる時はその表情が柔らぐ。
それはやはり、彼の持つ内面的なものなのだろう。
ロイは内線用の電話を手に取ると、ホークアイ中尉を呼ぶ。
そして今日の執務が終わった事を報告し、アルフォンスとスコーンを連れ持ってくるように言った。

「いつも思うけどさ・・・大佐ン家って大佐って階級のわりにちっさいよな」
「兄さん!も〜なんて失礼な事言うの!」
ほとんどクセになってしまっている兄の軽口に、アルフォンスはメッと叱る。
兄弟反転してしまっている場面を微笑ましく見つつ、いいよ、とロイはアルフォンスを宥める。
「もともと私の家は中央にあるのだがね、ここに飛ばされてしまったし・・・。
新しく家を建てればいいという話だが、私も毎日ここで寝て食事できると言うワケでもないからね。
最低限以外ものは置いてないのさ。・・・金の無駄だろう?」
なるほど、家が大きければそれを管理するものがいなければしょうがない。
ロイが昼間と言わず夜も滅多に帰れないのなら、それは家政婦などに家事掃除を任せなければならない。
家に帰る必要性も少ない中、それははっきり言って無駄金以外の何ものでもないのだ。
もちろん、小さいと言っても普通の一家が暮らせるような広さなので、エドワードとアルフォンスが入って来たところで何の問題も無いのだが。
ロイが鍵を開け、二人を招く。
「おかえり」
もう一度言われた言葉に、エドワードとアルフォンスは内心照れる。
まさか。
まさか。
リゼンブール以外で、この言葉を言ってもらえるなんて思ってなくって。
「・・・ただいま・・・です・・・」
「た、だいま・・・」
照れながら言う兄弟に、ロイはまた嬉しそうに笑う。
荷物を与えられている部屋に置き、エドワードはキッチンに向かう。
ここで出来た暗黙のルール。
エドワードとアルフォンスがここに世話になっている間は、二人がここの掃除洗濯炊事を担当するのだ。
「じゃ、洗濯ヨロシク」
「うん」
溜まってしまっている洗濯物を籠に抱え、アルフォンスは洗濯場に行く。
その間に、エドワードはテキパキと料理に取り抱える。
「今日の献立は何かな?」
「鱈のバタームニエルにポテトサラダ」
答えている間にも、エドワードは手際良く魚をさばいていく。
「・・・オレからも質問いい?」
「どうぞ?」
「・・・・・・見てて楽しいか・・・?」
ロイは邪魔にならないところに立って、エドワードの姿をさっきから・・・いや、最初からずっと見つめている。
「ああ、とっても」
「・・・ソウデスカ・・・」
それ以上は何も突っ込まず、エドワードは黙々と手を動かしていく。
ロイにとって、エドワードが料理できると言う事は、実は意外な事だった。
旅をしているのだから多少は出来るのだろうとは思っていたが、何分そのレパートリーが豊富だ。
まぁ様々は本を読み、その全てとは言わなくともほとんどの知識を吸収してしまっているエドワードに取っては、『思い出して』料理をしているのかもしれないのだが。
だが、先程からロイの顔から笑みが消えないのは、もっと根本なところにある。
そう、キッチンにエドワードが立っているということ事態が、ロイにとっては顔がにやけてしまう原因なのだ。
つけているシンプルなエクリュ色のエプロンは、ロイがプレゼントしたものだ。
最初は照れてかつけるのを嫌がっていたエドワードも、今ではサラッと愛用してくれている。
やがてバターの芳香がし、焼ける良い匂いが漂ってくる。
同時進行でジャガイモを茹でては、熱いうちに手際良く皮をむき、潰してマヨネーズとあえて良く。
「もうすぐ出来るから皿出しといて」
後姿を見ていれば、髪の長さと年ゆえの幼い華奢な身体のせいで、まるで幼な妻だ。
心の中でいいなぁ・・・なんて考えつつ、ロイはエドワードに言われてテーブルのセッティングに取り掛かった。

多数の女性とお付き合いをしているという事だけあって、ロイの話術は巧みだ。
国家錬金術師なので、もちろんそちらの知識も豊富だし、エドワード兄弟と違って偏った知識ばかりを追うと言うことは無いので、様々な話を聞かせてくれる。
リゼンブールのでのロックベル家での食事は、『安心』出来るものだ。
築かれている信頼があるからこそ、会話が無くなっても気まずくはならない。
それに、あそこにはムードメーカーのウィンリィがいるから。
ロイとの食事は、『楽しい』
単純に、会話をして食事を取ると言う事が楽しいものなのだ。
それはロックベル家とはまた違う『安心』をくれる。
「・・・でも、こうも行くところ捜すところスカるのも、結構落ち込むな・・・」
今回のも、どこで情報が食い違ったのか、賢者の石とは全く違うものだという事がわかった。
『もしかしたら違う』と用意していても、期待だってあるので落胆は大きい。
アルも隣りでそのガッチリとした鋼鉄の肩を心持ち落とした。
「だが、確実にキミたちは知識を得ている」
ロイはパンをバスケットから取り、バターを塗る。
そのまま手を動かしながら、ロイは続ける。
「願いはまだ叶ってはいないかもしれないが、キミたちは3年前のあの時よりずっと、無くせないものを、亡くせないものを得ているはずだ」
「・・・うん・・・」
「・・・僕たち・・・ちゃんと目的に向かってまっすぐ歩けてるかな・・・」
アルフォンスの弱気な言葉にロイは慈愛を篭めて笑う。
弱さを滅多に見せないこの兄弟がときどきポツリと漏らすソレは、あまりに幼いもので、そのギャップにときどき驚かされる。
「別にまっすぐで無くていいのではないか?立ち止まって、考えて、悩んで・・・。
歩く事だけが全てではないよ。たまに他の事をするのも、とても大切な事だ」
それでも、そうだな・・・とロイはバターナイフを置き、兄弟を見つめる。
「キミたちが大切なモノを見失いそうになってくよくよしている時は、私が喝をいれてやるよ。
『しっかりしろ』ってな」
おどけたような口調だが、それは確かにロイの本心で。
何も言わなかった・・・言えなかったが、エドワードとアルフォンスは、ロイのそんな気遣いに心から感謝した。
・・・大佐は、知らないんだろうなぁ・・・と、エドワードはナイフとフォークに目を向けて思う。
何の事無く言うロイの言葉が、どれだけ自分たちを『元』に戻してくれているかを。
・・・だから―――そういうところが、エドワードがロイに惹かれている一因でもあるのだ。
会話が途切れてしまったのをまた回復させたのも、またロイだった。
そして別の話題に花を咲かせる。
そして、良いタイミングでロイが立ち上がり、食器を片付けようとすると、それが食事終了の合図だ。
後はまったりと風呂に入ってまったりと時間を過ごすのだ。
「なぁ大佐。書斎見してよ」
後片付けを終えたエドワードがロイに切り出す。
が、ロイからの答えはNoだった。
「なんで?!」
見せてくれると言ったのはロイなのに!とエドワードの眉間に皺がよる。
ロイはエドワードの顔をチラッと見た後、2人掛けのソファーに座っているアルフォンスに目を向けた。
「時にアルフォンス君。最近鋼のはちゃんと睡眠をとっているのかい?」
「お世辞にも取ってるとは言えないですねぇ」
「アル!」
素直に答えた弟にも矛先は向く。
「だって兄さん。いつも兄さん図書館とかに篭りっきりでずっと本読んでるじゃない。
追い出されて帰って来たかと思うと借りてきた本を読む為に徹夜しちゃうしさ」
「徹夜なんかしてない!」
「じゃあ2、3時間」
「・・・・・・!!」
訂正されると、エドワードは押し黙ってしまった。
「あとは移動の汽車の中くらいじゃない。僕はそういうの、どうかと思うよ?」
「だって、もしかしたら本の中に手掛かりがあるかもしれないじゃないか!」
「その前に身体壊しちゃったら本末転倒だよ?」
言い合いは弟が優勢に立っている。
いつも押しの弱さでアルフォンスはエドワードに流されてしまっているが、こう言う時は絶対に譲らない。
「大佐も僕も、兄さんの事心配して言ってるの!言う事聞きなよ!」
も〜!と腰に手を当てて怒る弟に、ついに兄は渋々・・・と言う感じで『わかったよ・・・』と呟いた。
「明日たくさん見れば良い。・・・という訳で、今日はもう寝なさい」
言い合いをくつくつと笑って見守っていたロイも立ち上がる。
時計は20時を指すところだった。

眠れない。
エドワードはまた眉間に眉をよせ、天井をじぃっと睨んでいる。
スプリングの聞いているベッド。
糊の効いたシーツ。
フワフワな羽根布団。
言う事の無い最高のベッドなのに、身体も精神も疲れているはずなのに、どうしても意識が冴えてしまっている。
「・・・そういえば、こんな時間にベッドに入ること自体、珍しいよな・・・」
大概自分の寝床は宿屋の簡素な机の上だ。
それでも、明日までにこの目の下の隈を消しておかないと、ロイとアルフォンスに何と言われるかわからない。
「〜〜〜〜う〜・・・」
羽根布団を頭まで被せ、エドワードはキツく瞼を閉じた。

基本的に時間があると、ロイは文庫本をよく読む。
ベッドに入り、部屋の電気はあらかじめ落として手元の明かりで本を読む。
こうすれば、一々ベッドから抜け出さなくてすむ。
普段かけない眼鏡は、少しだけ度数が入っているものだ。
チッチッチ・・・
一定のリズムで時計が時間を紡いでいく。
そこで聞こえる、一対の足音。
特に慌てるでもなく、ロイは本に栞を挟んで置いた。
キィ・・・。
少しだけ高い音を立て、ロイの部屋のドアが開いた。
「おいで」
言い、金色の猫を手招く。
エドワードは半分寝惚け眼で、それでもやはり眉を寄せたままロイの方に近寄っていく。
ロイが布団を持ち上げてスペースを作ってやると、エドワードは躊躇い無くその暖かいベッドに潜り込んだ。
そして、また布団をかけてやる。
「・・・たい、さ・・・」
「ロイ」
「ロイ・・・」
うつらうつらしながらも、エドワードはロイの手を握ろうとその手を伸ばす。
ロイが手を差し出すと、離さない。という様にぎゅっと握りしめ、その目を閉じた。
「まったく・・・」
気まぐれな猫だ。
いつもは高いところからツンと澄まして見下ろしているくせに、一転甘える仕草も見せる。
ロイはそっと、エドワードの目元を反対側の手で撫でる。
濃くは無いが、エドワードの肌の色素が薄いために、わかってしまう。
「ゆっくりいきなさいと言っているのに。・・・キミたちには、時間がちゃんとあるのだから」
まったく、愛おしくて仕方が無い。
ロイも布団に潜り込み、エドワードの頭をそっと持ち上げて腕を敷いてやる。
隣りのぬくもりに気付いたエドワードは、モゾモゾと擦り寄ってきて、丁度良い位置を見つけるとまた大人しくなった。
来るたびにこんな感じだ。
まるで、独りで深く眠る事を畏れるように。
「エディ・・・」
愛しくて愛おしくて仕方の無い仔。
「愛してるよ」
もう、手放せはしない。
その、強い焔を燈している瞳も、心も、身体も。
まるで麻薬の禁断症状が出ているような感じで・・・。
自分に擦り寄る事で、ようやく深い眠りを取り戻す子。
自分の温もりを感じる事で、ようやく安眠を手にする子。
「愛してるよ」
愛しい恋人。
そうして朝がくれば、また気高い猫に戻ってしまうけれど。
今だけは、ゆったりとした眠りを。
急かない、ゆったりとした時間を・・・。
額と、鼻先と、頬と、最後に唇に。
キスを落として、ロイも瞼を閉じた。

まったく毎度の事なのだから慣れればいいのに、エドワードは目を覚ますたびに顔を真っ赤にしてベッドから這い出ようとする。
「おはよう」
「・・・おおお、おはよう・・・」
ニッコリと笑っていってやれば、エドワードは気まずそうにどもりながらポツリと返してくれる。
「何にもしてないよ」
「ったりまえだ!!」
ギャー!と騒いで起き上がろうとするが、ロイがエドワードの腰にしっかりと手を回している為それも叶わない。
「は・な・せ・よ!!」
「まったくつれないねェ、恋人なのに」
「な――――!!!」
ますます顔を真っ赤にさせ、エドワードは思わず手を振り上げる。
そこで、何か重い事に気がついた。
手を目で追えば、自分の手はしっかりとロイの寝巻きを掴んでいて・・・。
「・・・・・・!!」
急いで手を離し、エドワードは視線を彷徨わせる。
まったく見ていて飽きないエドワードの目元を、ロイは昨夜したようにまたそっと撫でる。
「しっかりと寝れたようだな」
「・・・お、おう・・・」
「では起きるとするか」
ロイも身体を起き上がらせる。
そうして着替え始めたロイの背中を、エドワードは複雑な眼差しで見る。
自分とロイは恋人の関係にある。
けれど、ロイはなかなか自分に手は出さない。
キスはする。
触ってもくれる。
けれど、『そういう意味』で触ろうとはしないのだ。
ようするに、セックス。
淡白なエドワードだが、自分も男である。
一緒にいれば、ソウイウモノは沸くものでは無いのか?
前に一度、酒に酔った勢いで聞いてしまったことがある。
その時のロイの答えは、意外なものだった。
『イタシテしまえばキミの身体に負担がかかる。そうすれば、キミたちの目的の妨げになってしまう。
キミが幼いというのもまぁそうなのだが、そういうのじゃない。
もう少し、キミたちに余裕が持てるまで、私は待っているよ』
ただ触れるだけと言うのは、なかなかツラいものだと思う(と、ハボック少尉が言っていた)
なのに、ロイはちゃんと待っていてくれている。
(焦らず、慌てず、ゆっくりと、か・・・)
いつも自分に投げ掛けてくれる言葉だ。
「鋼の?」
そこで、ロイが自分を覗き込んでいるのに気付いた。
「な、なに?」
「私の着替えを見ていたいという気持ちもわからないでもないのだが、そろそろ部屋に戻ってしたくしないと、弟君が心配するのではないかね?」
「あ!」
エドワードは慌ててベッドを抜け出し、部屋に戻ろうとする。
「・・・たい・・・ロイ・・・」
「うん?」
滅多に呼んでくれない名前に驚きつつも、ロイはエドワードの背中を見つける。
「・・・もっと、ゆっくりがんばるように・・・ど、努力してみるよ・・・」
唯一金の髪から覗く耳は真っ赤で。
エドワードはそれだけ言うと、ロイの言葉をまたずに部屋を乱暴に出て行ってしまった。
きょとんと見送った後込み上げてくるのは、まいった、と言う笑み。
クックッと喉で笑いつつ、ロイは青い制服に腕を通した。
「焦らず、慌てず、ゆっくりと・・・」
自分がエドワードに繰り返し言っている言葉を、呟いてみる。
多分、そう言っても彼らはその歩みを弱める事はしないだろう。
だから、せめて疲れて帰って来たその時には。
『おかえり』
そう言って、自分が彼らの・・・彼の、癒しになればいいと思う。
そうして
『ただいま』
そう返してもらえれば、それは自分の癒しになる。

せめてこの街が、この場所が、誰でもない自分が。
愛しい愛おしい彼の、安らげる場所であればと思う。



☆END☆


コメント

何日かにわけてちょこちょこ書いていたのでときどき矛盾があるかもしれませんが見逃してください(・・・)
しかし長い。
見てる人が飽きてしまうのではというくらいに長い。
おかしい・・・なぁ・・・(汗)
これは川村結花さんの『home town』と言う曲を元に書きました。
すごくエドにあってるなぁって思って・・・。
歌詞はこちらからどうぞ。
しかし私の(書く)大佐は有能すぎてつまらない(・・・)