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泡沫添寝 禁門から王師が出兵するのを見て、六太はギュッとこぶしを握り締める。 王師を伴い尚隆は、内乱の起こった州に行ってしまった。 ・・・登極して百年余り。 各州の内乱は未だ治まらない。 なので、さすがの尚隆も仕事を放って置く訳にもいかず、仕事詰めだ。 戦い事を厭う麒麟にはあまりして善い話しでは無いので、六太には直接的には関与はしない。 が、今回の様に州師だけでは手に余る状況が続くと、尚隆自身が出兵をする。 勿論血を嫌う麒麟が一緒に行ける筈が無い。 その間六太は玄英宮を預かるのである。 六太は怒っているような、泣き出しそうな表情をしながら、踵を返し玄英宮へ戻る。 「台輔」 廊下で朱衡に会い、六太は足を止めてそちらを見る。 表情は相変わらず泣きそうだ。 朱衡は一瞬言葉を詰まらせ、六太が何故そんな表情をするのか考える。 理由は直ぐ判り、朱衡はふと笑う。 六太に視線を合わせる様に身を屈め、ブスッとした顔を覗き込む。 「主上は直ぐお戻りになりますよ。今回は靖州ですからね」 わかってる。と言う様に六太は無言で頷く。 しっかり頭で解っていても心細いものなのだ。・・・六太は・・・否、麒麟は王と居たいものだ。 六太は朱衡から視線を外し、俯く。 何時もの事ながらと思っても、どうしてもこの延麒を甘やかしてしまう。 「外に行ってらっしゃい。その様子ではどちらにしても仕事が手に付きませんでしょう」 無礼かと思ったが、小さな延麒のその頭を撫でてやる。 六太はその手を取ると、両手でぎゅっと握りしめた。 それでも、六太の小さな手で、朱衡の手を全部包む事は出来ない。 別に朱衡が乗せた手を嫌がっている訳では無い。寂しがっているのだ。 解っている朱衡は、六太のしたいままにさせてやる。 暫くそうしていると、六太は朱衡に小さな声で『ありがと』と言うと、去って行った。 朱衡は小さなその背を眺めながら、苦笑を漏らした。 「・・・悧角・・・」 庭園にやって来た六太は、人払いをしてもらい、指令の名を呼ぶ。 六太の言葉に応え、影から灰色の毛並みの大きな獣が姿を現した。 鼻から額、背筋まで筆を走らせたように白い毛並みになっており、口元から首、腹へとも白く、手足の先、三つ有る尾の先の毛並みも白い。 悧角は何も言わず、横になる。 六太はその巨体に体を埋める。 ふかふかとした毛並みは六太のお気に入りだ。 悧角は首だけ起こすと、六太の顔に鼻を寄せる。 女怪の沃飛と悧角は、指令の中でも特に甘えられる存在だ。 いつもは毅然としているが、こうして周りに誰も居なくなると、甘えさせてくれる。 尚隆を抜かせば無二の存在。 毛並みに顔を埋めて息を吸えば、悧角の体臭と共に、嗅ぎ慣れた匂いも混じる。 それは尚隆の為に女御がいつも焚く香の薫りだ。 強い香りを嫌う諸龍が唯一気に入っているもので、それは六太もお気に入りだ。 何故それが悧角からも薫って来るかと言うと、悧角の毛並みを尚隆も好いているからだ。 よく悧角を呼び出しては、今の六太の様に一緒に昼寝をする。 時には、たまととらが見張りで乗れない時に、関弓に降りる足にもする。 「・・・しょー・・・りゅー・・・」 六太が消え去りそうな声で主の名を呼ぶと、応える様に悧角がくぅんと鳴く。 そのまま六太は、悧角の毛を掴み、眠りに落ちていった。 「眠ったか?」 玻璃の嵌った格子から下の庭園を見ていた朱衡の後ろから声をかけたのは、帷湍だった。 朱衡は驚いた様に振り返ったが、その人物を認め、何時もの様な笑みを浮かべる。 「ええ。今しがた」 朱衡は場所を空けてやり、帷湍にも下方の光景を見せてやる。 「こんな甘えん坊なのは、うちの台輔だけか?」 言う科白とは違い、表情は穏やかだ。 朱衡も気付き、笑顔で眼下の光景を見る。 「お寂しいのですよ。麒麟は常に王と共に在るもの。・・・王が居ないのを歓ぶ麒麟は居ないでしょう」 事実六太も、喧嘩や口争い等を尚隆としているが、それでも傍を離れようとしない。 前に、景王景麒をも巻き込む大喧嘩をした事があったが、翌日にはもう六太は当然のように尚隆の隣りに居た。 尚隆が遠征に行く度、六太は尚隆が帰ってくるまでああして悧角に懐く。 時々沃飛の膝の上で寝ている時もあるが、大抵は悧角だ。 麒麟が争厭うのには、もしかしたら王と離れたくないから、と言うのも含まれるかもしれない。 「今回は靖州ですからね。直ぐ主上もお戻りになるでしょう」 六太に言った科白をそのまま帷湍に言うと、溜め息が返って来た。 「そうでも無いと、仕事が更に捗らなくていかん」 愚痴を漏らす帷湍だが、それでも六太が公務をしない事を咎めない。 何を言おうと、実際全員が延麒に甘いのだ。 尚隆が玄英宮を空けて、十日が経った。 六太は相変わらず庭園で昼寝をしている。にも関わらず、眼の下のには隈が出来ている。 昼間はこうして悧角が居てくれ、何とか自身を保てるが、夜はそうはいかない。 夜は、特にどうしても尚隆の温もりを求めてしまう。 自分の牀榻を抜け出しては尚隆の牀榻へ向かい、添い寝をしてもらった。 それは、昔・・・親に捨てられた時などを思い出し、眠れなくなってしまった時の特効薬なのだ。 誰かに傍に居てもらう。その、何と安心する事か・・・。 それに、尚隆は特に特別だ。無条件で安心できる存在・・・ ―――台輔・・・。 悧角が心配気に鼻を寄せる。 「・・・だいじょぶ・・・何時もの事だし・・・」 それだから、悧角は心配になる。 沃飛も心配している事なのだが、六太は王に依存しすぎている。 王と離れて寂しいのは麒麟としての本能だが、六太は極端すぎる。 それは、早くに成獣になってしまったせいかもしれない。 だが、それでは、もし尚隆が道を失ってしまった時、どうなってしまうのだろう? ―――私はそれが心配で仕様が無い・・・。 沃飛はそう、伏せ目がちに語る。 確かに、この延麒はそう言う面には頓に弱い。 現に、尚隆と十日ばかし離れただけで、こんなにも衰弱してしまう。 せめて慰めにもなればと、悧角は甘んじて六太をお守りする。 尤も、悧角自身楽しんでいる面もあるのだが。 悧角の頬を撫でている手が、徐々に重くなっていく。 今日も天気が良く、風も冷たくは無い。昼寝には絶好だろう。 ―――・・・今暫く、御休みを。 悧角の言葉に、返事は返ってこなかった。六太は漸く眠りに落ちたから。 それから数時間。 ふと、悧角は顔を上げる。 陽気に誘われて、自分も居眠りをしてしまった事に気付く。 ―――・・・起こせばよかったものを・・・。 悧角が憮然として言うと、クスクスと笑い声が聞こえた。 ―――あまりに、気持ちよさそうに寝ていたら、つい。 影から響く沃飛の声に、悧角は溜め息を漏らす。 と、耳をピクリと持ち上げる。 さくさくと、歩く音が聞こえるからだ。 一瞬警戒をしようとした悧角だったが、薫って来た匂いに、直ぐ警戒を解く。 やってきたのは、延王。・・・指令で在る自分達の、延麒ともう一人の主。 六太の待ち焦がれた主だ。 「すまんな」 尚隆は悧角の頭を撫でてやる。音量は、六太を気遣って小声だ。 「一応血の気を払ってきたのだが・・・臭うか?」 悧角はその問いに、首を横に振った。 確かに尚隆からは風呂上りの匂いと香の匂いが香る。が、血の気は感じられなかった。 「そうか。・・・では、六太をいただいていくかな」 は。と悧角が頭を下げると、尚隆は六太を横抱きにしようとした。 が。 「おやおや。うちの延麒は面食いだな」 尚隆はそう言い、面白そうに笑みを浮かべる。 六太の手は、悧角の毛をぎゅっと握り締めていたのだ。 ―――い、いかが致しましょう? これには悧角も焦りを見せる。 「いかがするかって、そりゃ」 尚隆はおどけたように眉を上げると、六太を自分の上に寝かせ、自身は悧角に寄りかかった。 「少し此処で休ませて貰うさ」 勿論、臥牀の方が寝心地も良いに決まっている。が、この主従は、何故か悧角の毛並みを好む。 「ここなら朱衡達も五月蝿くはしないだろうしな」 そう云う事か。と思い、悧角は苦笑を浮かべる。 ―――主上・・・。 「何だー?」 もう既に寝る体勢に入ってしまっているのか、尚隆の声は間延びしている。 ―――失礼な事を言うのですが、お許しください・・・。 云ってみろ。と言う風に、尚隆は口を挟まない。 ―――・・・どうぞ、これからも道を失わなき様、お願い致します・・・。 もしそうなる日が来るのなら、六太が壊れてしまう時だ。 この延麒は、王に見捨てられてしまったら、絶対生きてはいけない。・・・自我を、保てないであろう。 「・・・何を当然な事を」 尚隆はそう、笑い飛ばした。 「確かに、国を創るのは難しい。民を裕福にするのは難しい。・・・そして、滅びぬ国などは無いであろう」 しゅん。と悧角の耳が垂れる。 「だが、それを一生懸命やる人物だと思ったからこそ、俺に天啓が下ったのであろう」 悧角はふっと、首を尚隆の方へ向ける。 尚隆は、膝に乗り、先程よりも数段安らかな寝顔の六太の髪を梳いている。 「俺も、みすみすこの延麒を手放したりしないさ」 一心不乱で自分を愛してくれる延麒。 その、どんなに愛おしい事か・・・・・・。 「国はゆっくりと建て直す。その方が、やる事が多すぎて滅ぼそうなんて思わんからな。・・・そこから先は、またその時に考えるさ」 あまりに簡単に云われ、悧角は暫し唖然とする。 が、それが尚隆の優しさと気付く。 ―――雁を・・・台輔を、お願い致します。 「言われるまでも無い」 快活に言い、尚隆は今度こそ眠りに落ちていった。 安らかに自分の腹で寝る二人を見、悧角は細く笑む。 この二人の指令になれて、本当によかったと、思えぬ筈が無い。 出来るなら、ずっとこのまま雁のまどろみを見ていたい。 雁の王と台輔の創る国を。 何よりの、この二人を・・・・・・。 コメント 途中から悧角視点になっちゃった(笑) 悧角は大好きっす〜vvv獣ラブ!!(・・・) ところで矛盾点がちらほら・・・敢えてはいいませんがね(苦笑) ちなみに今回のテーマは『指令に甘える六太』v 悧角付きの六太は、ある意味尚隆付きよりも萌えちゃったりね!(大笑) |