Because it is an adult more ≠ Because it is not a child anymore


※ この話しは3月号本誌のネタバレが含まれて居ますので、読まれる際はご注意ください。


『もうおとななんだから』
『もうこどもじゃないんだから』
何か悪いことをするたびに聞いたその言葉に自分は、理不尽さを感じずにはいれなかった。
普段は子供扱いするくせに、自分に不利だったりすればすぐに使ってくる。
だから、この言葉がとても嫌いだった。

動かない足、になってしまえば、もう自分に出来ることは無い・・・だろう。
退職しようと思っても、大佐たちに言えばきっと止められる(と思うのは自意識過剰かもしれないが)と思ったので、ちょうど検診に来ていた看護婦に頼み、退役の処理するために軍部に連絡してもらった。
その軍人と共に入って来た母親は、動かなく・・・動けなくなった自分を見て涙を流した。
軍人になるコトで一番反対したのは、この母親だ。
だから言ったのに。
軍人なんて。
こんなことに。
ああ、そうやってまた子供扱い。
調子の良い親の、子供への識別は、ああ、今は。
こんなにも、苛々としてしまう。
『だから』
―――けれど
『なんて』
―――これは
『こんな』
―――俺の覚悟して選んだ道、なんだ。

そう。俺が選んだ道。
ロイ・マスタングと言う人についてきたのは紛れも無く自分の意思。
この人になら。
この破天荒とも言える、人物になら
命を預けてもいいと、本気で思えたんだ。

そう言えば、と思い返す。
大佐とエドは似ていると常々思った。
正反対に見えて、実は似ている二人。
その身に野心を秘めて居ることや、とんでもない実力を備えたところ。
大佐もああ見えて、土壇場でカッとすることが多い。
例えるなら大佐は普段は冷たいように見えるくせに、実は温度の高い蒼い火で、エドは常に赤々と命の様にその身を燃す赤い火。
大佐に寄せる感情と、エドに寄せる感情は似ている。
それが単に、上司としての尊敬か相手への恋慕の感情かの違い。
振り回されっぱなしだけど、それがとても面白かった。

『もうこどもじゃないんだから』

子供じゃないから、選んだよ。自分の道を。
これが俺の結論。
これが俺の結末。

今は、どんな風に歩いていたのかなんて思い出せない。
意識しなくても、どんな時もどんな時でも。
動けと思わなくても動いたから。
大佐に扱かれている時。
エドと家でくつろいでいる時。
飯を食べている時に足を組んだり、ブレダを蹴ったり現場に向かったり。
タバコを、その靴の裏で消したり。

『もうおとななんだから』

その、境界線はどこなんだろうとずっと思っていた。
区切りとされている二十歳が着たからって、ただ公に酒とタバコとかが認められるだけで、心がいきなりオトナになれる訳もないし、酒やタバコが窘めるようになったっていきなり吹かせる訳でもない。
曖昧なその表現が嫌いで、大嫌いで。
でも逆らうのもめんどくさくて、適当に流してしまった。

ああ、でもこの言葉は、大佐とエドにとても当てはまって使えてしまう。
三十路近いくせに気心知れてる中だと威厳が薄れてしまう上司。
『もうこどもじゃないだから』
十五くせに、俺よりも最強で暴虐無尽な恋人。
『もうおとななんだから』

それは区切りの無い区切りの言葉。
自分を、相手を立ち止まらせる絶好の表現。

「――――もう、大人なんだから」
呟いて、再び開いた扉に目を向ける。
これが俺の決めた道。
自分で決めたものの果て。
だから、もう止まってしまうよ。



それでも続きを求める自分は、ああ・・・なんて愚かなのだろう。



☆END☆


コメント

英文があっていることを期待しないでください・・・(まずそれかよ!)
あまりにガンガンが切なかったので書いて見ました・・・。泣いてしまっていたM氏に捧げます・・・(自信無さげ)
何でハボエドかといいますと、ハボロイ書くよりも楽しいから。
えぇそれだけですとも(笑)