クリスマスローズはいらない


マナは、なにがほしい?と聞いてくれた。
なんにもいらないよ。と言っているのに、どこか焦ったような、寂しそうな声で、何度も、なにがほしい?と聞いてくる。
だから、
「アレン、     が、ほしい」
そう答えた。


ふいに思考がクリアになった。
元々寝起きがいいアレンはそのまま身体をむくりと起こし、窓の方を見やる。
そこから見えるのは、一面の白。
「・・・雪・・・」
呟くと、漏れた息が白く曇り、溶けていった。
―――熱い何かが、自分の中を駆け巡り、循環している。

今年も、ホワイトクリスマスとなった。

「アレンくーんっ」
食堂へ歩いている途中で、後ろから聞きなれた少女の声が聞こえてきたので振り返ると、そこにはこちらへ走ってきているリナリーとラビの姿があった。
「ハッピーバースデーアレンくんっ!」
そう言い、リナリーは綺麗な笑顔と共にラッピングされたプレゼントを手渡した。
「・・・おはようございます、リナリー。・・・え、と・・・プレゼント、ありがとうございます」
言われ、あ。とリナリーは口元をプレゼントを渡したことで開いた手で覆う。
「ご、ごめんね。おはよう、アレンくん」
照れたリナリーはやはり可愛らしくて、唐突の言葉に一瞬呆然としてしまったアレンは、次いでほわりとした気分になる。
可愛い子の笑顔は、やはり眼福だ。
「朝の挨拶よりもおめでとうなんて、リナリーはよっぽど焦ってたさ?」
その後ろから、ラビがにやにやと笑いながらリナリーの頭を撫でる。
リナリーは照れた頬に更に朱を乗せ、ぷぅと可愛らしく頬を膨らませてラビの手を払った。
「だ、だって!去年は一番に言えなかったから!」
噛み付いてくるリナリーを、はいはい。と宥めつつ、ラビはポンとアレンに向かって小さな包みを手渡した。
「ソレはオレとリナリーからの誕生日プレゼント。今のは、オレらからのクリスマスプレゼント」
「え、わっ」
慌てて受け取り、アレンは戸惑ったように二人を見つめる。
「で、でもそんな・・・悪いですよ、二つも・・・!」
『おめでとう』と一言言ってもらえるだけで嬉しいのに、更にプレゼントを二つもだなんて。
昔からの貧乏根性の抜けないアレンにとっては、これ以上ないくらいに贅沢なことだ。
去年もたくさんのプレゼントを貰い―――それこそ部屋に入りきれないくらいだ。―――嬉しいを通り越して恐縮してしまったと言うのに。
ちなみに、そのほとんどは食べ物だったため、三日間でアレンの胃に納まった。
「それはオレらのおめでとをかたちにしたもんさ。オレらが勝手に祝ってるだから、アレンは笑って受けとりゃいいんさよ」
プレゼントって、そう言うもんだろ?
そう言ってニコッと笑うラビは普段格好をつけている時よりもずっとかっこよく見える。
「そうよっ。それよりも、ありがとって言ってもらえたらすっごく嬉しいわ」
興奮したようにリナリーもラビに続く。
その優しい言葉に、アレンはまたじわりときてしまう。
「あ、ありがとうございます・・・!」
えへへと笑いながら、込み上げてきた涙を堪える。
すると、またリナリーが嬉しそうに笑ってくれた。
「僕も、二人にクリスマスプレゼントあるんです。後で取りに行くんで貰っていただけますか?」
この日のために、任務に出るごとに街で小銭を稼いできた(もちろん得意の大道芸でだ)
気に入ってくれるかと選んでいる最中は不安でもあったが、同時にとても幸せな時間でもあった。
それを上げれると言うことは、その人は自分にとって大切な人と言うことであって。
・・・幼い頃から奇怪な左手のせいで人運になかなか恵まれなかったアレンにとっては、まだ馴染めなくもあり、また夢のようなことだ。
ラビもリナリーも嬉しそうに笑って、もちろん。と頷いてくれた。
「あら・・・?アレンくん、なんか顔赤いわよ?」
「え?そ、そうかな?」
それまで嬉しそうに緩ませていた顔を、今度はきょとんとしたものに変える。
そしてアレンが自分で熱を測ろうと手を置こうとしたところで、ラビがそれを遮った。
「どれ〜?」
軽い口調でいいながら、ラビは自分の手をアレンの額と自分の額にのせる。
リナリーがそれを心配そうに見守っていると、しばらくしてラビの手が離れていった。
「うん、確かに熱あんな・・・37.5ってとこか」
「ええ〜?」
今度はリナリーの手が額に乗る。
ラビのごつごつしたのとは違い、女性らしい細くて柔らかな感触だ。
「ホントだ・・・ちょっと高いね・・・」
眉を潜めたリナリーに、アレンは慌てて両手を振る。
「だ、大丈夫ですよ!もっと高熱ならともかく、37.5くらい・・・!」
「確かにその数字だけ見たりゃそんなに高かぁないけど、アレンの平熱って35度台だろ?そんなやつが37度あるなら、立派な熱さ」
「ぅ・・・」
確かに、アレンの平熱は低い。
新陳代謝が活発なのか、見た目と違い体温の高い神田にぴったりとくっついているのも、自身の体温が上がらないためもある。
夏は夏でアレンは年がら年中冷え性なので、別に神田とくっついていて嫌ではないし、神田も体温が低いためか夏でもそれほどには邪険にはしない。
普段は特に困りはしないのだが、たまにこうして熱が出てもなかなかつらさがわかってもらえないのがやや不便でもある。
だが、今日ばかりは話が別だ。
今日はクリスマス。
クリスマスと言えば、ターキーにケーキにサンドウィッチにスパゲッティーにステーキに・・・ようするにご馳走の山だ。
右を見ても左を見てもご馳走の山なのだ。
去年のクリスマスでおいしい思いをしているアレンは、この日(の食事)をとても楽しみにしていた。
なのになのに、風邪で潰されるなど冗談ではない!
「でも、全ッ然大丈夫ですから・・・!」
尚も食い下がってくるアレンに、ラビとリナリーは顔を見合わせる。
そして、ふ。とため息をついた。
「・・・そんなにアレンくんが言うなら、仕方ないか・・・」
折れてくれた。
せっかく心配してくれたのに申し訳ないなと思いつつ、ぱっとアレンは顔を明るめた。
が。
「強制連行しかないね」
は?と言う間もなく、アレンの視界が揺れた。
ラビの肩に担がれたのだ。
「は?!え、ちょ!」
「はーいはい。病人はおとなしくするさー」
だがおとなしくもなにも、すでに足をがっちりとラビに掴まれているため碌に暴れることも出来ない。
ばんばんとラビの背中を叩いてみても、自分や神田よりもよっぽど隆々とついている筋肉が防御してなかなかダメージには繋がらない。
こうなったらとイノセンスを発動させようと考えたところで、きゅっとリナリーが左手を握ってきた。
「イノセンス、発動しちゃ駄目よ?」
にっこり笑ってそんな一言。
・・・読まれまくっている・・・。
ラビならともかく、リナリーに怪我を負わせる訳にもいかず、アレンは涙目でがっくりと肩を落としたのだった。

■□■

去年のこの日も、神田は任務へと出かけていた。
前までならいい。
むしろ前までならば、ヘタにどんちゃん騒ぎに巻き込まれるくらいなら任務についている方がよほど気楽でよかったが、去年からはそうもいかない。
なにせ、今日はクリスマスと言う前にアレンの誕生日なのだ。
キリストなんぞの誕生日なんて知ったものではない。
重要なのは、アレンの、誕生日だ。
去年は誕生日のほんの数時間しか一緒に居れなかったので、今年こそを思っていたのに!
もちろん、なんとか戻れるようにとコムイがスケジュールを組んでくれたのも知っているし、これが本業だから仕方がないこともわかっている。
今回は、思ったよりもアクマの数が多く、帰るまでに時間がかかってしまったのだ。
「くっそ!」
どれもこれも全てアクマと千年伯爵のせいだ!!
だんッ!!、と思い切り石畳を踏み鳴らすと、運悪く神田とすれ違ったファインダーがヒッと悲鳴を上げて走り去った。
これがまだファインダーだからよかったものの、徹夜明けの弱りきった科学班のものが見たら一発でひっくり返って泡を吹いていただろう。
そんなすさまじさだ。
・・・だがまぁそれでも陽がまだ昇っている時に帰れたと言うことでよしとする。
報告書は気を利かせたトマがコムイのもとへと届けてくれるらしい。
何かしらあれば向こうから呼ばれるだろうが、今コムイはもちろん科学班たちは、今夜盛大に行われるクリスマスパーティに出席するためにいつもの二倍速で仕事を片付けている(コムイはしきりに『リナリーリナリー僕の可愛いリナリーのドレス姿』とぶつぶつ呟きながら自分を奮い立たせているらしい)
右手を団服のポケットに入れると、カサリと乾いた音と感触が伝わってきた。
旅先で買ってきた、アレンへのプレゼントだ。
らしくないことをしていると言う自覚はあるが、自己嫌悪で潰されそうになる前に思い出すのは、去年プレゼントを渡した時に見せたアレンの満面の笑みだ。
アレンの笑顔は会うたびに見てはいるが、それでも見飽きることはない。
自分がこういう性格なのでなかなか行動を起こせないではいるが、アレンの満面の笑みを見れるこんな素晴らしい機会を無駄にする訳には行かない。
「・・・ふん・・・」
そんなことを思ってふと我に返り、神田は照れたように鼻を鳴らした。
そして、あとは無言で歩みを速めると、一直線にアレンの部屋へと向かっていくのだった。


夜に近づくにつれ、アレンの熱はだんだんと高くなっていった。
最悪だ。
はぁ、と熱い息を吐き、アレンはじわりと瞳を潤ませる。
せっかく。
せっかくこの良き日にホームに居れると言うのに、ベッドから起き上がれないだなんて。
「・・・ぅう・・・」
しかも上がるのは熱だけで、吐き気もなければ咳やくしゃみ、喉の痛みもない。
起き上がれば頭痛はするが、腹はいつもどおり順調に減っている。
ぐぅぅうぅ〜・・・・・・
「お、お腹空いた・・・」
どうしようもなく切なくなってしまい、アレンは額に置かれている濡れタオルを落とさないように身体を横向きに変えた。
ぽわぽわと、マッチ売りの少女のごとく食べ物のことが頭に思いつく。
「・・・ターキー・・・ケーキ・・・ステーキスパゲッティーピザサンドウィッチすしミートパイドリアグラタンシチューカレーアイスクリームみたらし団子ぉおぉ・・・」
「・・・よくもまぁそんなに食いもんがどんどん出てくるもんだ」
そこで綺麗なテノールが聞こえてきた。
もっとも聞きなれて、それでもずっと聞いていたいその声。
いつ帰ってこれるのかとコムイに聞きたかったのだが、その気迫にとても近寄れず、今日会うことをすっかり諦めていたものの声。
ばっとアレンが身体を起こすと、そこにはやはり神田が仁王立ちでアレンを見下ろしていた。
「かっ」
かんだぁ〜!とベッドを抜け出して飛びつこうとしたところで、神田から待てが言い渡されてしまう。
「病人は寝とけ」
そう言い、一度アレンの前を横切ると、椅子を持って戻ってきた。
そして落ちてしまった濡れタオルを拾い、もう氷の解けてしまっている水へと浸して適度に絞る。
そのタオルを乗せる前に、神田はそっとアレンの額に手を置いた。
「・・・熱いな・・・」
ポツリと言い、神田は起き上がってしまったアレンを横たえて、タオルを乗せてやる。
「か、神田・・・」
「あん?」
アレンに近づいた手で、そのまま汗で張り付いてしまった髪を撫でてやる。
久々に感じた神田の体温は、外から戻ってきてまだ間もないのと、先程水の中に浸したことでいつもよりも低い。
「お、おかえりなさい」
「・・・ああ」
そこで神田の表情がふっと緩まった。
柔らかな神田の表情を見れる人物は少なく、アレンもそのことを知っている。
だからこそ、その優越感は尽きることはない。
思い上がりでも、神田の『大切』は自分だと思えるから。
「・・・あ、でもどうして僕が熱出ちゃってるって知ってたんですか?」
「そこでリナリーに会った」
なるほど。
そういえば、先程解熱剤を持ってリナリーが訪ねてきてくれた。
その帰り際に鉢合わせたのだろう。
「で、大丈夫なのかよ」
椅子に体重を預け、先程まで触れてくれていた手も離れていってしまう。
それがどうしようもなく惜しいと思いつつも、そこから我侭を言う勇気をあいにくアレンは持ち合わせてはいない。
「も、全ッ然大丈夫ですよ!ただ熱があるだけで、吐き気とか咳とかも全然ないですもん」
「そうか」
「・・・だ、だから、クリスマスパーティに行きた「それは駄目だ」」
スパーンと面白いくらいすっぱりとそのお願いが切られてしまった。
「リナリーやラビからも止められてんだろ。いいから言うこと聞いとけ」
「ぅう・・・」
駄々をこね、諭されるその姿がまるで小さな子供のようで、アレンはふと恥ずかしくなる。
だが、去年よりもずっとこの日を楽しみにしていたのだ。
駄々もこねたくなる。
「・・・神田は・・・」
「ん?」
「か、んだは・・・出席しないんですか?」
恐る恐る、と言ったふうにアレンが聞いてくる。
『行ってほしくない』と顔にでかでかと書いてあるくせに、もし自分が行くと言ったらアレンは、楽しんできてくださいね。と送り出すのだろう。
「行くわきゃねぇだろうが、あんな騒がしいトコ」
元々莫迦騒ぎは嫌いなのだ。
そりゃ、めったに飲めない和酒が出るからとつられることもあるが、行ったが最後、朝まで離してもらえない。
子供の頃にそりゃえらい目にあった神田としてはあまり近寄りたくない場所だ。
「なんだ、それとも俺に出てってほしいか?」
そうかそうか、と、悪ふざけで椅子を立ち上がると、慌ててアレンは身体を起こして神田にタックルをかましてきた。
そしてそのまま、ぎゅうっとしがみついてくる。
「・・・い、行かないで・・・ッ」
うるうると目を潤ませて必死に神田を引き止めるその姿はまさに小動物で、内心でかわいいな、などと思ってしまう。
そんな態度を微塵も表に出さず、神田は、ふ、と短く息をはいてアレンの背中に手を回した。
「行かないでほしいならンなこと聞くな」
「だ、だって・・・神田、去年楽しそうにしてたじゃないですか・・・」
「あれはお前が居たからだ。・・・じゃなきゃあんなとこ、行くわきゃねェだろ」
「―――――」
さらっと言い放ったその一言に、ほわっとアレンの顔に熱が溜まる。
「・・・?なんだ、お前また熱上がったんじゃないか?」
赤くなったアレンを見て、神田は眉を潜めた。
無理に動くからだ、と、自分に引っ付いていたアレンを離し、またベッドへと寝かしつける。
「え、えへへっ」
だがアレンは嬉しそうに笑うばかりで、天然な発言をする神田はついにおかしくなったかと本気で心配してしまう。
「とにかく・・・ちゃんと着いててやるから寝てろ」
どかっと乱暴に椅子に腰掛けた神田に、アレンはまたにっこりと嬉しそうに笑った。
「・・・こうして神田が看病してくれるなら、たまに病気になるのもいいかもしれません」
「ふざけろ。風邪なんて引くやつは自己管理のなってないやつがなるもんだ。・・・風邪なんて引かないに越したことはない」
普段の、あまり色の乗っていないアレンの肌色も気にはなるが、こうして真っ赤に染まっているのをみると更に心配になってしまう。
そうではないとわかっていつつも、どうしても見た目が細く頼りない印象を与えるアレンを過剰に心配してしまう。
「あ、そうだ」
そこで、せっかくベッドに寝かしつけたと言うのに、アレンはまたベッドから起き上がった。
おい、と神田が窘めても、すぐですからと聞く耳を持たず、小走りに近寄り机の引き出しを開け、何かひらひらしたものを持って戻ってきた。
そのまま神田と向き合うようにベッドに座り込んだので、押し倒す要領でベッドに再び沈める。
「寝てろっつに」
そしてアレンが起き出さないように、神田はベッドに腰を下ろした。
「えと、神田?・・・これ・・・。メリークリスマス」
言って、アレンは今取りに言ったばかりのソレを神田に手渡した。
その包装からプレゼントと予想をしていた神田は、特段驚いた様子も見せずに受け取った。
「・・・ああ・・・」
それでも、やはり想い人からもらえるプレゼントは、やはり素直に嬉しい。
受け取ってもらえたことにニコニコと嬉しそうに笑っているアレンに、神田はずっとポケットに持っていた包みを、ぽいっとアレンに投げ渡した。
突然の神田の行動に、わっと声を上げて慌てて放られたものを受け取る。
「わ、神田もくれるんですか?」
嬉しいですっと本当に嬉しそうに笑っているアレンだが、どうやらタイミングを間違ってしまったらしく、軽く誤解されてしまう。
「違う。それは誕生日プレゼントだ。・・・クリスマスのはこっちだ」
そう言って、またぽいっとそっぽを向きながらアレンに赤いソレを放った。
また慌ててそれをキャッチすると、今度は赤い靴下にいっぱいつめられているお菓子だった。
小さな子供に贈るようなものだったが、なんとなくそれがアレンに似合っている。
事実、アレンもその可愛らしいプレゼントに目を輝かせている。
「わぁ・・・!靴下にお菓子!・・・マナもこうしてプレゼントくれてました」
何がいい?と聞かれても、何もいらないと言っているのにマナはずっと聞いてきてくれて。
だから、甘くておいしいお菓子がほしい。と言った。
マナの誘惑に耐えきれずアレンは街のいたるところで見つける『おいしいもの』を答えてしまったのだ。
すると、靴下を提げておいで。とマナが嬉しそうにイヴの日に言うので、言われたとおりにお気に入りの靴下を下げておくと、次の日には靴下いっぱいにキャンディーやマシュマロ、チョコレートが詰め込まれていた。
それは駄菓子的なものばかりだったが、貧乏で明日の食べ物にさえ困るような生活をしているアレンやマナにとっては、とても貴重なお金だったはずだ。
幼いながらもそれを知っていたアレンは、思わず泣きたくなかったが、見下ろしてくるマナがとても綺麗な笑顔でアレンを見てくるので、アレンも痛む喉を堪えてにっこりと笑った。
それが、マナに対する一番の感謝だと思ったから。
なんとなく感傷に浸っていると、枕と頭の間に神田の手が侵入してきて、少しだけ身体を持ち上げられた。
そして、柔らかな感触が唇に振ってきた。
「泣くな」
一言いい、神田は再び身体を離した。
突然の神田の行動にアレンは最初きょとんとしていたが、すぐに柔らかな笑顔へと変わった。
厳しいことをいいながらも、こうして神田は自分を甘えさせてくれる。
例えここで泣いたとしても、神田は見捨てることなく自分を慰めてくれる。
そういう人なのだ。
「神田」
呼ぶと、美しい漆黒の瞳が自分を真正面から見てくれる。
手を伸ばし、神田を誘う。
引き寄せられるように神田はアレンにもう一度近付き、アレンもまた神田の首に腕を回した。
しっとりと、唇が重なる。
触れ合わせるだけのソレから、角度を変えていく。
親鳥から餌をねだるようにアレンが唇を離しては何度も口付けてくるので、神田は触れ合うそのタイミングを狙ってアレンの唇をぺろりと舐めた。
「ン・・・」
くぐもった声を漏らしながら、少しだけ開いたアレンの口内に舌を滑り込ませる。
歯列もうっすらと開いており、難なく侵入するとアレンの舌が迎え出てきた。
いつも受け身になっているとは思えないくらいの大胆な行動に、神田は少し瞠目した。
すると、閉じられていた瞼がうっそりと開き、白く長い睫の下から夢のような色合いの瞳が現れ、神田のまさに目の前に見えた冬の一番星のようにうすら明るいその瞳は、何の色も寄せ付けない自分の瞳とはまるで対象だ。
アレンはよく神田の瞳が綺麗だと言うが、神田からすればその銀灰色の瞳こそが美しいと思う。
間近でみた、その不思議な色合いに官能がゾクリと刺激される。
口を開け、まるで噛み付くようにアレンの唇を貪り、舌で口腔を刺激する。
口の中が性感帯のアレンは、神田が上あごをべろりと舐めただけでびくりと腰を振るわせた。
「ふっ・・・ァ、うン・・・ッ」
喘ぎながら、アレンは必死に神田に舌を絡ませてくる。
神田もそれに応えてやりつつ、歯の裏側を舐めたり、頬の内側を撫でたりと愛撫に余念がない。
重力の関係で唾液が口付けと共にアレンの口内へと収まっていき、息衝きの合間にこくりと喉が上下する。
それでもまだ呼吸に慣れないアレンはうまく唾液を飲み込むことが出来ずに口の端からつぅっと何筋も滴らせている。
「ふぁ、・・・ッ」
たまに唇を離して頬から枕を濡らしている唾液を拭い、また口付けを再開させる。
もうあまり余裕がないのか、シリウスの瞳は閉じられてしまった。
そして、無意識にだろうか腰をゆらゆら揺らしてはたまにあたる神田の身体に押さえつけてくる。
イイところに当たるその都度ピクリと反応を返してくるアレンが愛おしくてたまらない。
だが、相手は病人だ。
口内を思う存分堪能した神田は、ちゅ、と音を立てて唇を離した。
離れたくないとばかりにアレンが神田の舌を追いかけてくるので、唇よりも後に舌が離れていった。 銀糸はしばらく二人を繋いだ後、耐え切れずにふつりと途切れてアレンの口元を濡らし、神田 はそれを追って舐めとった。
アレンの表情はとろんと蕩けており、舌が口の隙間から少しだけ覗いている。
もっと、とせがまれているようで、神田は触れるだけのキスをもう一度贈った。
このあとは、熱が下がってからだ。
そう耳元で呟くと、またひくりとアレンは反応し、渋々と言った感じで頷き、それからまだ惜しいとばかりに自分から神田の唇を奪う。
やけに引っ付きたがってくるアレンを苦笑しながら身体を起こし、その白い髪を撫でてやる。
気持ち良さそうに神田のその手を受け止めながら、ふとアレンは横に置いた神田からのプレゼントに手を伸ばした。
アレンの手の平にも収まってしまうソレは薄いセロハンに幾重にも包装されており、端の方を真紅のリボンで結んである。
「・・・これ、開けても?」
一応許可をとると、神田は当たり前と言うように頷いた。
プレゼントは何回もらってもこの瞬間がドキドキして、アレンは先程の情欲とは違う意味で頬を赤く染め、しゅるりと音を立てながらリボンを取り外した。
手に出したそれは、筒状のものだった。
「万華鏡だ」
そう言い、アレンの手からそれを取ると、目の前にかざしてやりくるくると回しだした。 「わ・・・ッ」
そのあまりの綺麗さに、アレンは目を輝かせた。
周りは銀の細かい細工がされており、光を取り入れては中のものをキラキラと反射させ、輝かせる。
そして中に仕込まれているのは紙やガラスなのではなく、細やかな宝石だ。
えも言われぬ反射光に、ただただアレンは感嘆の溜め息を漏らすばかり。
「すごい・・・これ、高かったでしょう?」
「ちゃんと自分で稼いだ金だ。問題ない」
その一言に、アレンはまた胸をきゅぅ、とさせる。
多少の給金が出るとは言え、教団の仕事はボランティアに近い。
とてもこんな高価なものを買える金額ではないはずだ。
とすれば、神田が自分で働いて稼いだお金で買ってくれたということで。
この人付き合いの苦手な神田がそうまでしてこれを贈ってくれたかと思うと、それだけで涙が込み上げてくる。
「ありがとう・・・本当に・・・すっごく嬉しいです・・・ッ」
ぐす、と鼻を鳴らすと、神田が少し頬を赤く染め、息を吐いた。
「・・・泣かすためにやったんじゃないんだがな」
「泣いてなんかないですよ・・・もし泣いてたとしても、それは嬉し涙です」
そう言い、へへ、とアレンは鼻をこする。
「・・・それにしてもやっぱり残念です。こんなに素敵な日なのに、ベッドで大人しくしてなきゃならないなんて」
「そうか?」
「そうです」
神田は少し考えるふうに目を逸らした。
「神田?」
きょとっとアレンが小首を傾げて名を呼ぶと、神田がまたアレンの瞳を真正面から見つめてきた。
そして、ゆったりと口を開いた。
「・・・だが、俺は・・・」
「―――え?」

ガチャ

「よっすー。アレン、ちゃんといい子で寝てっか〜?」
神田が口を開きかけたところで、タイミング良く扉が開いた。
「もう!駄目じゃないラビっ。ちゃんとノックしなきゃ!」
ノックもせずに入ってきたラビの後ろにはリナリーの姿も見える。
そして二人のもっているトレーには、大量の料理が乗っているではないか。
「た、ターキー!」
と、そのおいしそうな匂いにすぐにアレンが反応し、がばりと腹筋を使って身体を起こした。
そして神田が来たことでまぎれていた空腹が、目の前の料理を見た途端にまた復活し、盛大な音を鳴らしている。
「もうすぐパーティ始まんだけど、ジェリーにアレンが寝込んでるつったらこんなに持たしてくれたさ」
ほい、と、机とテーブルに料理を並べていく。
きょろきょろと忙しなく視線を泳がせ、何を食べようか迷っているふうだ。
途端に関心が自分から料理に移ってしまい、神田は大きく息をついてラビを睨み上げる。
「・・・病人にンな重いモン食わせていいのかよ」
「コムイからもちゃんとオッケーもらってるさー。アレン、熱しか出てねぇみたいだし、食欲あるなら取らせてやった方がいいとも言ってた。なにせほっとんどイノセンスにエネルギー吸い取られてんからな」
「・・・ふん」
面白くなさそうに神田が鼻を鳴らすと、にまーっとラビがいやらしい笑顔を浮かべて神田に近づいてくる。
「あっれ〜?ユウちゃんてば不機嫌さん〜?どしたのかな〜?もしかしてアレンにやらしッぅべしっ!」
いい加減耐えられなかった神田から遂に手が出た。
突然の裏拳を思い切り顔面に喰らい、ラビがそのまま仰向けに倒れたのを見て、リナリーは細く可愛らしい眉をきゅっとしかめ、腰に手を置いた。
「もー!何やってるのラビ!」
だが、真正面から喰らったラビはまだそのダメージから回復しておらず、きゅうとのびている。
リナリーはまた大きく溜め息をつき、ラビの後ろ襟をがっしりと掴んだ。
「じゃあ私たち、行くね。神田もちゃんと食べるのよ?」
そう言い、もう片方の手ではい、と取り皿と箸、フォーク、ナイフ、スプーンを渡す。
神田は無言でそれを受け取る。
「あ、そうそう。これ、私からプレゼント。メリークリスマス」
そう言い、リナリーは四角い箱を神田に手渡した。
「・・・貰っておく」
だがやはりと言うか、素直に感謝の言葉は出ず、アレンとリナリーは顔を見合わせて微笑みあう。
「あ!そうだ!僕からもあるんです!」
アレンは思い出したように手を叩くと、またベッドを抜け出そうとする。
神田がそれを遮り、ベッドから腰を上げた。
「・・・どこにあんだよ」
そのままアレンの部屋のタンスの前まで歩いていく神田に、慌ててアレンは声をかける。
「あ、えっと・・・そっちじゃなくて机の・・・左にある引き出しの一番上に入ってます」
言われた通り引き出しを開けると、言われた通り小さな包みがそこにふたつ入っていた。
それを取り出し、神田は早足でアレンの元へ戻ると手渡し、先程と同じ位置に座り直す。
そんな神田にお礼を述べ、アレンは再びリナリーに視線を戻した。
「これがリナリー、こっちがラビのです。メリークリスマス」
アレンが差し出したそれを、リナリーは嬉しそうに受け取る。
「ありがとう!すっごく嬉しいッ!」
ラビには私から渡しておくね。
そう言いながら、コムイ辺りが見たら鼻血でも吹きそうなくらいに綺麗な笑顔を浮かべる。
ありがとう、とまだ言われなれないのだろう、アレンは照れたように笑顔でリナリーに答えた。
「じゃあもうホントに行くね。・・・あ、神田」
ずるずるとラビを引きずっていくリナリはー、部屋から出る前にもう一度神田を振り返った。
「よかったわね?」
先程とは違い、どこか悪戯げに浮かべる笑顔に、神田はふんっと鼻を鳴らした。
ふふふと笑いながら扉の向こう側に行ってしまったリナリーにそれ以上何のことか問うことが出来ず、アレンはリナリーの言うことがわかっているような神田へと視線を移した。
「・・・なんのことですか?」
だが神田はふいっとアレンから視線を逸らし、明後日の方向を見ている。
「・・・神田〜?」
訝しげにアレンが覗き込んでも、神田はただ視線を逸らせるばかりだ。
いつも誰からの視線も真正面から受け止める神田にしては、珍しい行動である。
「・・・いいから・・・料理食うぞ」
そしてやはりらしくなく話を逸らし、神田はテーブルにおいてあるターキーを切り分け始めた。
それを綺麗に更に盛り付け、その横にサラダを添える。
途端にアレンの興味はその料理に移り、神田から受け取った途端に口に運んでいく。
その、病人とは思えない食いっぷりに、皿ごと持って行った方が早いのではないかと思う。
どうやら自分の口に入るのは、もう少し後になるようだ。
そっと自分の分を取り分けると、神田はターキーの皿ごとアレンのベッドへと持っていくことにした。


「ふぃーっ」
リナリーとラビが持ってきた全ての料理を食べ終え、アレンは満足げに息を吐いた。
「その様子じゃ、ホントにもう平気のようだな」
「だから、そう言ってるじゃないですか」
もう一度額に手を置くと、もうあまり熱は感じられない。
熱の山場を越え、汗として出したことで熱も下がってきたのだろう。
と、そこで外から窓枠を震わせるくらいの轟音が聞こえてきた。
それは一年間科学班のモノたちがわずかな暇を見つけては作っていた花火だ。
「・・・始まったな」
「そうですね〜」
きっとで今頃食堂では非番のものたちがどんちゃん騒ぎをしているのだろう。
ジィっと外を見ているアレンに、神田はふっと息をつく。
「・・・行きてぇのか?」
言われ、アレンは苦笑する。
環境から、人の多い場所は得意ではない。
けれどそれは慣れていないというだけであり、親しいものたちに囲まれて過ごす幸福も知ってしまった今では、あの場所は心地よくもある。
「神田は本当にいいんですか?」
「くどい。ンなとこ望んで誰が行くか」
こちらは環境から根っから嫌いになってしまったらしく、ケッと罵っている。
「・・・それに・・・」
ちらりとアレンに視線を移す。
アレンの口元はターキーの油や生クリームでテラテラと濡れており、神田はアレンにスッと身体を伸ばすと、レロッとその唇を舐め上げた。
「ッ?!」
「・・・お前がいれば、俺はそれでいい」
そして殺し文句が降ってきた。
カーッと顔を真っ赤にさせ、それでもアレンはしばし戸惑った後、にこりと綺麗に神田に笑いかけた。
「僕も、神田がいてくれてとっても嬉しいです」



アレン、甘いのいっぱい食べたいな。

あれは本心に間違いない。
けれど一番ほしいのは。

「あのね、アレン、マナがいつも言ってくれる、自分を愛してくれるって言う人が、ほしい」



マナ、僕は幸せです。
だって、この愛すべき罪も、出会いも。

すべて貴方がこの日に与えてくれたものだから。



☆END☆


コメント

クリスマスローズの花言葉は『追悼』です。
神田にはもうなんかアレンが生まれてくれたことをよろこんでほしいなぁ、みたいな感じで。
ケーキはチョコプレートにチョコペンで書いてみました(笑)
アレン、お誕生日おめでとう〜♪