発端は、クロの『またたびしゅがのみたい』の一言からだった。
すぐに反応したのはもちろん燐。
「そういえばあれが最後のだったんだよな」
クロのと出会い、二人と一匹で酌み交わした酒。
自身の死後、クロの事を想いわざわざ用意していたくらいだ。
それほどの好物であったのだろう。
「どうしたの?」
にゃー、としか聞こえないせいでどうしても燐の独り言に聞こえる。
静かにしゃべってくれればいいが燐にそんな器用な事出来る筈もなく、半分だけ聞こえる会話が気になって目の前のパソコンから集中力も切れてしまった。
「クロがまたたび酒飲みたいって」
「…ああ…」
獅郎手製のまたたび酒をえらくクロが気に入っていた事は雪男の方が知っている。
「クロ、結構選り好みが激しいからね…一度僕も持って行った事あるんだけど、既製のって好きじゃないみたいで飲んでもらえなかったな」
「ふーん」
燐の料理は全部おいしそうに食べてくれる。
知っている姿がそればかりなので意外だ。
「じゃあオレが作ってやるよ!さすがに初めてだからうまく出来るかわかんねーけど」
『ほんと?!』
二本の尻尾がピンと立った。
きらきら光る眼に燐も嬉しくなる。
反面、眉を寄せたのは雪男だ。
「ちょっと兄さん…またそんな」
「ンだよ…未成年が作んなって言いたいのか?オレが飲む訳じゃねーんだから硬い事言うなって」
「そうじゃなくて…またたびが問題なんだよ。父さんが使ってたのは正十字学園町の特区で採ったものなんだ。またたびは悪魔を惹き付けやすいからね。入るにはエクソシストと同伴が義務付けられていて、訓練生だけの出入りは許可されていない」
表情を歪ませたのは燐。だがすぐにその表情はまた明るくなった。
「んじゃあ簡単だ!雪男がついてくりゃいいんだろ?」
「…あのね…兄さんと違って僕は忙しいんだ。この資料を今日中に作って提出しないとならないし、授業の資材を揃えないといけない。他にもやる事は山のようにある。…すぐに行動できないよ」
舌打ちをひとつ。
雰囲気の悪さを察知したのかクロが擦り寄る。
『ゆきお!おれがりんまもるぞ!』
「お、そういやクロ強ぇもんな」
「…クロ、なんて?」
クロを抱き上げて、雪男の前に持ってくる。
「クロが一緒に来てくれるってさ!」
「…クロは使い魔であってエクソシストじゃないし…第一神父さんと一緒に行った時匂いで酔っちゃってたじゃないか」
『!!』
思い出したのか、クロがしょんぼりする。
慌てて燐はクロの頭を撫でてやった。
「雪男!せっかくクロが気ぃ使ってくれたのに!」
「兄さんより気が利くのは確かだけど、真実なんだからしかたないでしょ」
「っ…オレは猫以下っつーのかよ!」
燐を無視して脳内でスケジュールを確認し、時計を見る。
「…明後日には時間作れると思うからそれまで待ってよ」
「………」
雪男に出来る譲歩だ。
「嫌だ!」
頭に血が上っている燐はそれをあっさり突っぱねた。
「…兄さん…」
「お前を三日待ってたら完成まで三日待たなきゃいけなくなるじゃねぇか!クロが可哀想だろ!…だって…、」
大好物を奪ったのは、自分だから。と言うには勇気が足りなかった。




以下、続きます