Felicita!


変わった未来、変わった過去。
もう一度辿った未来は、あの時のモノとは異なっていた。
変なの、と呟くツナよりも骸は複雑である。
十五歳の時にいきなり雪崩れ込んできた未来の記憶は、骸にこれ以上ない程の衝撃を与えたからだ。
乗り込んだ敵地で白蘭に破れ、軟禁され、歪んだ愛の言葉と共に身体をいいように陵辱された。
ユニという少女が事態を教えてくれたから何とか発狂しそうな心を堪えることができたが、まさか白蘭とのことを誰かに言えるはずもなく、骸は「そうですか」以外に何も言えなかった。
言えるはずもない。
それでも何とか平然を保つことが出来たのは、件の男と会ってはいないから。それが救いだったと言うのに、運命とやらはどこまでも骸に付き纏う。
「…トゥレニセッテを?」
世界の運命は変わったが、トゥレニセッテに縛られた根本は変わってはおらず、過去の白蘭はやはりマーレリングのホルダーとして適正者だった。
ボンゴレは早くに気付いており、密かに監視を続けていたが、能力すらも封印された白蘭は八年経っても普通の人のままだった。
あの未来であれば、すでにジェッソファミリーを組織していたであろうに。
その報告を受けツナが決心したのは、白蘭にあの時の未来を教えることであった。
「僕は反対ですよ」
ならば、とホルダーの同意を集める中、骸だけが首を縦にふらない。
「折角大空のアルコバレーノが封じたというのに、わざわざ振動を与えて脅威を蘇らせる必要はありますか?」
「…骸も、トゥレニセッテのことは知っているだろう?」
溜め息混じりにツナが言う。
アルコバレーノのかけた封印は絶対ではなく、また、トゥレニセッテを司っている以上ずっとそのままにしておく訳にはいかない。
何より、白蘭が何かをきっかけに自発的に思い出すよりは、隠すことなく教えた方がいいと言うことだ。
チェルベッロがまた何か仕組んでくるかもわからない。
「教えたところで白蘭があの力をすぐに持てるとは思えねぇ。それにマーレリングはまだボンゴレが仮とは言え所有しているんだ。そうそう悪さはできねぇだろう」
とはリボーンの言葉だ。
トゥレニセッテ運用の特権を与えられてる大空のおしゃぶりのホルダーに大いに信頼され、ボンゴレボスの家庭教師であるリボーンの言葉は、時としてツナよりも優先されることがある。
だが骸とて、そう簡単に「Si」と言えるものでもない。
彼に記憶を与えると言うことは、否応なく自らと接触する事由ができると言うことだ。
黙り込んでしまった骸に、焦ったようにツナが口を開く。
「…骸の気持ちもわかる…つもりだ。骸に…皆に理解してもらう為にこうして集まってもらっているけれど、実はもうあんまり時間がないんだ」
トゥレニセッテの三つの軸になる大空属性。
現在その役目を果たしているのはボンゴレリングのみで、おしゃぶりは不在、マーレリングは封印状態。
おしゃぶりのホルダーが見つからないと言うのも由々しき事態だが、更に問題はマーレリングの方。
「マーレリングを封印したのが後二年経った世界。…これ以上封印はできない」
ユニの命の炎、そしてアルコバレーノが封印したのはあくまでも【過去の】マーレリング。
トゥレニセッテのバランスを考えても、これ以上は世界にとって厳しい。
「………」
なお、骸は渋る。
ツナもなかなか強く言い出せない。
直接本人から白蘭にどんな仕打ちをされたのか聞いてはいないが、普段無関心な骸がここまで否というのだから余程のことがあったのだろう。
「…なら骸、お前が監視役になればいい」
「…は?」
提案したのは、暫くツナと骸のやりとりを見守っていたリボーンだ。
「精神面からお前が白蘭を見張ってればいいだろう」
「おいリボーン…」
これほどに接触を嫌がっている骸に対してどういう提案だ、と眉をひそめると、最強の家庭教師様はまだまだ幼い表情のツナを逆に睨んだ。
「このダメツナが。よく考えろ。これほど白蘭を警戒しているやつが見張っていれば些細の事だって見逃しやしねーだろうが」
「…あ、…いや、でも…」
「精神世界に入っちまえば骸の独壇場だ。能力を剥奪されている白蘭がそうそう抗えるとは思えねぇ」
「………」
無言で、それでも否定しないのは骸。
「この際だ、はっきり言おう。ツナはお前らに意見を求めているが、実のところ答えはもうほとんど決まっている議案だ。たとえホルダーとはいえ、もう手出しできるところじゃねーって言うのは覚えとけ」
「…ならばこの時間はなんて無意味なんでしょう」
「ツナに言いやがれ」
溜め息と共に言われ、つられるようにツナを見る。
昔は眼があっただけで肩を竦めていたツナは、すっかり慣れたのはくつろいで苦笑を浮かべた。
おい、と獄寺が急かすのを山本が止める。
その他は静かに骸の答えを待った。
「…わかりましたよ。その条件、飲みましょう」
結局、骸が折れた。


形ばかりではあったが、アルコバレーノ、ボンゴレリングのホルダーの同意を得て、代表してツナとリボーン、そして骸が白蘭と接触を果たした。
それまで普通の人生を歩んでいた白蘭からしてみればまさに青天の霹靂だったであろう。
しかし、すべて話し終わった白蘭の反応はかなりあっさりしたものであった。
「なるほどねーなぁんか違和感があると思ったら、そういうことだったのかー」
あははと笑い飛ばした。
これにはさすがの家庭教師様も驚いたらしく、目をまんまるにしていたのをツナはよく覚えている。
「ねぇ、それよりもさ、そっちの美人さんもきみたちの仲間なんだよね?」
本題はもちろん、トゥレニセッテについてである。
それを白蘭は、【それよりも】で片付けた。
「び、美人さんて…あの、骸は男で…」
「ふーん、骸くんっていうのかー…うん、いいね」
「………」
初めて会ったというのに、その眼に見つめられて思い出すのは、思い出したくも無いことばかりでゾワゾワする。
「てゆか、さ…えーっと、綱吉くん?美人に男も女も関係ないよ」
「…はぁ…」
あはははと笑い飛ばす白蘭に、ツナもひたすら眼を丸くするばかり。
「おい、白蘭。盛り上がってるところ悪ぃが、目的はそっちじゃねぇぞ」
「…あーごめん。話ずれちゃったね。骸くんの話は後でするとして、僕はどうすればいいのかな。大空のマーレリングのホルダーになれるのって僕しかいないんだよね?そしたら僕はマフィアになった方がいいのかな?」
逆に提案されてしまった。
様々なシュミレーションをツナたちもしており、白蘭が持ち上げた提案も、想定していた事態の中には入っている。
けれどあくまでこちらから提案をすることであり、まさかあちらから案を持ち上げられるとは思わなかったのだ。
「どう?我ながらいい案だとは思うんだけど」
「え…ああ…うん」
「でさ、骸くんもこっちに来ない?」
「…っ」
初めて会ったばかりだというのに、白蘭はかまわずアプローチをかけてくる。
「バカをいうなっ。僕はマフィアなんて嫌いです」
「え?でも骸くんボンゴレの霧の守護者なんでしょ?」
「なりゆきです」
「なりゆき?どんなどんな?」
後で、とか言っておきながら、すぐにまた骸の方へ意識がいっている。
「貴方に話す必要はありません!」
「いいじゃんー僕骸くんのこと気にいっちゃったんだもんっ!もっといろいろ知りたいな♪」
「……」
結果的に言えばその場をツナが何とか抑え込み、精神世界を何とか繋いで、白蘭はミルフィオーレファミリーを組織した。ただし、マーレリング・ミルフィオーレともにしばらくはボンゴレの管理下に置くという条件で、だ。
骸くんもついてくるなら♪なんて冗談か本気かわからないことを言いつつ、白蘭は快諾をした。

□■□

「やっほー綱吉くん」
「…白蘭…」
ひらひらと手を振って現れた白蘭に、ツナは苦笑を浮かべる。
「ボス自ら会いに来るってどうなの?」
「弱小ファミリーとしては、ボンゴレボスに会いに行くにはボス自ら来た方がいいでしょ?…あれ、アポイントさすがに必要?」
言って、にこりと笑う。
白蘭がミルフィオーレファミリーを組織して二年以上が経過した。
大空のマーレリングは現在封印を解かれ白蘭の指にはまっている。恐れていたフラッシュバックも無く、以前のような悪意も見られない。
それはツナの超直感も骸の肌も捉えている。
ゆえに、驚くべきはその成長力。
マフィアのことなどまるで知らなかったくせに、短い期間でボンゴレの助けがあるとは言えぐんぐんと力を増してきた。
パラレルワールドの力無しに、だ。
例え今ボンゴレ下から外れたとしても、下手に他のファミリーは手を出せないだろう。
「アポイントなんて必要ないですよ」
「そう?それはよかった♪…で、骸くんは?」
椅子に座る前に部屋を見渡す。
綱吉は内線で獄寺にお茶をお願いし、ソファーに座った。
「骸は今ここにはいないよ。任務中です」
「ふーん…あ、そうだ。これ頼まれてた資料ね」
「え、こんなに早くにですか?」
「…ぷっ」
突然白蘭が噴き出した。
「え、ど、どうしたの?」
「ん、いやいや。綱吉くんの敬語になったり抜けたりが面白くてさ…」
「……あー…」
自分の言葉を思い出し、苦笑する。
「『前』のが抜けないんだ。綱吉くんてさ結構不器用だよね〜」
反論ができない。
獄寺あたりが聞いたら激怒しダイナマイトを取り出しているだろう。
だが事実、この不器用さに数え切れないほどの失敗を重ねてきた。普段は家庭教師様のお叱りが怖い事もあって心がけているつもりだが、どうもオフの状態だと多発してしまう。
「でさ、今骸くんどこにいるの?」
「骸は任務に出させてます。トスカーナの方ですよ」
「ふーん。あそこはいいよね。なんでもおいしいし、何よりここほど暑さも厳しくないし」
プリーモが愛したシチリアの空は濃い。
太陽の恵みを燦々と浴びて育つ作物はともかく、湿気の多い日本から訪れたボンゴレボスにとってはややつらい。
しかも、スーツを着込まなければいけないのだからなおさらだ。
六月手前、じわじわと暑さが忍び寄ってきている。
「ふふ、骸くんは何お土産に買ってきてくれるんだろうね」
猫のように目を細めて笑う。
そうすると、色素の薄い紫煙の瞳はまるで鉱石のようにキラリと光る。
不思議な色だ。
「…あ、そうだ。言うの遅れたけど、この資料ありがとう」
「ん。できるだけ早くって言われてたからね。分野も僕の得意なところだったから調べてて面白かったよ」
ツナが白蘭に依頼したのは、そう簡単なものではない。
白蘭の頭の良さは昔も今も知っているが、こうも早く持ってくるとは思わなかった。
「ともかく、助かったよ。この件、実はかなり優先したいものだったから」
「そ♪よかったよ」
ふふ、と嬉しそうに笑う。
ツナに感謝されることが純粋に嬉しそうで、まるで子供のようだ。
「ねぇねぇ。それ、助かったなら、僕ひとつお願いがあるんだけど」
これまた獄寺が聞いたら「十代目のお役に立てるだけでも光栄に思え!」と激怒しそうな発言である。
もちろんミルフィオーレには今回のことについての報酬は支払うようになっている。
ボンゴレ下においてあり、味方であれと誓いを立てているが、それでもミルフィオーレファミリーは他のファミリーだ。
そのあたりははっきりさせないといけない。
彼らにも持つべきシマがある。
シマの人間を守るためにも、ボンゴレに抱き込まれたままではないというところを見せなければならないのだ。
「うん、何?」
しかし白蘭はそれとは別に、いつもこうして最後に何かねだる。
雰囲気とすれば、それは幼い頃のランボがお菓子を強請るのによく似ており、大抵はツナの部屋にある小さなもので事足りる。
精巧な細工のされたガラス瓶の中に入っている飴、わざわざ日本から取り寄せた酒、おいしいチョコレート。
そういうものばかりなので、ツナも重く受け止めていない。
「あのねー……」

□■□

「骸、今年の誕生日のことなんだけどな」
「……」
出張から戻り、報告書を提出時についでにとそんなこと聞かれた。
「毎年言ってますけど、僕はあんなに騒がしい誕生日なんてすごしたくありません」
誕生日ももちろんボンゴレ式。
それがボンゴレファミリーの守護者となれば、その規模も大きい。
黒曜の子達と、ボンゴレの少数以外が苦手な骸からしてみれば、迷惑な行事この上ない。
「うん、だから今年は白蘭と一緒にすごすんだろ?」
「…………は?」
どんな時でも崩すつもりのないポーカーフェイスが崩れた。
ツナは資料から眼を離さないまましゃべっていく。
「この前白蘭から連絡があったよ。骸くんの誕生日、僕がもらうことになってるからって」
「………」
「白蘭のことだから、なんかすごい豪華なことやりそうだよなー」
楽しそうな行事とわかっていれば、ツナの心だって弾む。
「でもこっちでもパーティー開きたいからさ、適当な日教えてよ」
にこ、と資料から顔を上げて骸に笑いかける。
「くふふ、バカですね、ボンゴレ」
骸もまた、花が開くような笑みを浮かべた。
「それ、嘘ですよ」


「酷いよ骸くん!!」
ノックも無しに部屋に入ってきたのは白蘭だ。
「なんですか突然。騒がしいですね」
うわぁぁんといい年した男が泣きながら入ってきたというのに、骸は動じもせずに本に視線を落としている。
こんなこと、想定の内だ。
「どうして誕生日に待ち合わせ場所にきてくれなかったの?!メールしても返信ないし電話はずっとでないし…僕六時間も待ってたんだよ?!」
「ああ、当然ですよ。その日電源オフにしてましたから」
さらりと言ってのける。
「なんでー?!僕なかなか予約とれないレストラン手配して、プレゼント用意して待ってたのに!」
喚き散らす白蘭に視線もやらず、骸は、つい、と手を差し出した。
「……?」
「…プレゼント。寄越しなさい。どうせ持っているんでしょう?」
「…!!!」
ぱぁ、と白蘭の顔が輝いた。
「うっうん!持ってるよ!」
慌ててベストのポケットを探り、掌に収まる大きさのプレゼントを骸に渡した。
「指輪だよ!」
「ええ、お見通しです。安心してください、質に入れますから」
頬を染めて喜んでいた白蘭が固まる。
骸は中身も見ずに、乱雑にポケットへとしまった。
「むっ骸く…っ」
「なんです?」
悪びれもしない言葉。
つれなくされるのは慣れっこだが、さすがに堪える。
「…それにしても、貴方…」
ふと、思い出したように骸が顔を上げ、白蘭を見た。
オッドアイの綺麗な瞳とかち合い、しょげていた気持ちが一気に吹き飛ぶ。
「…六時間も待つだなんて本ッ当バカじゃないですか?」
嘲笑もつけてやった。
「ねぇホントひどくない?!」
「勝手に人の予定押さえる方がどうかしてるんじゃないんですか?」
あまりの煩さに文字を追えなくなり、数年前にクロームからもらった手製のしおりを挟む。
「善は急げって言うじゃない!誕生日なんてすぐに押さえられちゃうしさー」
「僕にとっては貴方とすごす誕生日なんて悪夢でしかありませんよ」
鼻で笑うと、また白蘭の口がヘの字に歪む。
「…骸くんのツンツン…」
言った途端、白蘭の顔に本が跳んできた。
寸でで掌で受け止めたが、じぃんと痺れている。
「誰がですか。その辞書で意味をしっかりと調べてから言いなさい」
ツンとよそを向いてしまう。
ちぇ、と口を突き出し、黙ってしまった骸に付き合うように白蘭も跳んできた辞書を開く。
もちろん意味を調べる為ではない。
「…ねぇ…」
「……」
「ねぇ、骸くん」
だが、沈黙はすぐに破られた。
元来話し好きな白蘭が長い間黙っていられる訳がない。
「僕ね、見ない振りしてたけど、ちゃんと知ってるんだよ。…なんだかんだ言って骸くんが優しいこと」
「……全然わかっていないじゃないですか」
ハッ、とまた鼻で笑う。
「そんなことないよ!骸くんはさ、自分に優しくしてくれる人にはちゃんと返してるって僕知ってるよ!…僕以外の人に優しいって」
いつも張りのある白蘭の声がしぼむ。
ぱたん、ぱたん、と、辞書を開いたり閉じたりを無意味に繰り返す。
「……人に優しくしているつもりはありません。…貴方を嫌っているのは、確かですが」
骸もまた、感情を消した声で答える。白蘭の方は見ない。
「…わかっててずっと僕に付きまとってるなんて…マゾですか?」
「つれなくされても好きなもんは好きなんだもん」
「……」
「ねぇ、僕をそんな嫌いなのは、前の僕が骸くんに酷いことしたから?」
「……っ」
隠しもせず、あまりにも直球に聞いてくるものだから、骸の手に一瞬緊張が走った。
白蘭は見逃さない。
「…嫌いですよ」
きっぱりと言われ、白蘭の眉間に皴ができる。
叱られた子供のようだ。
「けれどそれは【前】があっただけではないです。…そういうふうに出来ているんですよ」
「…え?」
伏せていた顔をあげる。
わからない、と声色ににじませて、骸に近づく。
「…貴方、未来であったこと、綱吉くんたちから聞きましたよね?」
「ん?うん」
「それでもやはり貴方は【ココ】にいる」
「…ん、と?」
「結局、どんな道を選んだとしても、辿り着くところは同じと言ういい例です」
鮮やかなオッドアイの瞳に影が落ちた。
光の加減か、伏せた骸の眼が泣いているように見える。
白蘭にはわからない。
どうして、骸がそんな表情をするのか。
「…えーっと、それはいいことなのかな?」
「あらかじめ用意された幸せな人生をずっと行き続けることが出来る人間ならば、まさに天国でしょうね」
「骸くんは嫌なの?」
「嫌ですよ。だから僕は終わらせる為に動いていたんです。…どうしてか、こんなところに居ますがね。所詮肉体なんてただの入れ物で、魂に刻まれてしまった道筋はいつも似たようなものなんで、」
がし、と、白蘭が骸の手をとった。
なんだ、と驚いて白蘭を見れば、キラキラした眼でこちらを見ている。
「なら、僕と一緒に居よう!!」
永遠のような、一瞬の静寂が続く。
「…は…?」
「何回も続いちゃう人生で、骸くんはもう飽きちゃってる。ということは、この人生一回くらい僕がもらってもいいよね?!」
「…ちょ、貴方…僕の話聞いてました?僕は貴方が嫌いだと…」
「大丈夫!そんなの僕が好きにしてみせる!」
どこが大丈夫だというのだ。
「ずっとね、疑問だったんだ。前の記憶を教えてもらってはいるけれど、実際僕と骸くんはまだ真っ白な関係でしょ?なら僕たちはこの世界でもう一度作り直せばいいんじゃないかなって」
「…どんなにしたって、終わりは一緒です。世界をなくしてしまわなければ」
「うん、だから、どうせいつか終わっちゃうって言うんなら、僕と一緒に居ようよ!!」
「―――――」
「嫌いな僕と一緒にいたなら、きっと【今回】の人生、いつもと違ってハッピーになれるかもよ!」
「ば、……」
言葉が続かない。
感動した訳ではない。
「僕さ、綱吉くんたちにいろいろ教えてもらう前まで、よくわかんないけど弾かれてる気がしてたんだよね、何かに。…でも」
興奮したように、今まで隠していた秘密を打ち明ける子供のように興奮して言葉を続ける。
「骸くんに会って、あ、これかー違和感の原因っ!て思ったんだ」
「………」
「【前の】ことを忘れてたからとか、世界に弾かれてるとか、そういうんじゃなかったんだ。きっと骸くんが傍にいなかったからなんだよ」
ただ、呆れて、呆れて喉に力が入らない。
それまで興奮していた白蘭は骸の呆れた様子に気付く。
「?ダメ??」
骸の様子に、きょと、と白蘭は小首をかしげる。
いろいろつっこみたいことはいろいろある。
大体、骸の意思はどこへいった。
(…こいつはやっぱり白蘭だ)
魂が、【こういうもの】なのだ。
人の話も聴かず、やりたいと思ったら猪突猛進。その割失敗は笑って飛ばす。
【あの】白蘭とやはり一緒だ。
(でも、違う)
彼はこんな鮮やかな笑顔は見せなかった。
いつも何かを封じ込めるような顔で笑っていた。
骸の言葉を、白蘭はじぃっと待っている。
「嫌ですよ」
「ええー」
「例え【前】のことが【僕】に降りかかっていないことであっても、記憶がある以上僕にとって貴方はただのトラウマなんですから。まずはそれを取り除くことが先決では?」
「…ん??」
なんとなく、引っかかり言い方である。
くふ、と骸が笑った。
骸の手が伸びた、と思ったら、わしゃわしゃと髪を掻き混ぜられた。
「わっ?!ちょ、骸くん?!」
ワックスで整えた白蘭の髪はぐしゃぐしゃで、骸の手袋もてかてかと光っている。
それでも骸はくふふと笑った。
案外柔らかい髪、起伏の激しい感情。
あれだけ恐れ警戒していたのに、触れて見れば案外容易かった。
「足りない頭で考えるんですね」
それだけ言うと、骸は踵を返す。
確かに【自分】にされた訳ではない。あれは有って無かった未来だ。
(だからと言ってすぐに許せるわけも無いですが)
記憶は記憶だ。もう染み付いてしまった。
けれど、忌まわしい以上にどこか白蘭に興味が湧いた。
「早く答えを見つけないと、折角のプレゼントを本当に質に入れてしまいますよ」
忠告を残し、読みかけの本と一緒に部屋を出た。
「あ、むくろ、く…」
骸の言いたいことがわからない。
どういうことなのだろう。
「…………」
先程まで骸が座っていたソファーに横になる。
「骸くんはいろいろ難しいなぁ」
つっかかる度に邪険にされる。
傷つかない心なんて無い。
それでも、骸にだけもつ強い執着心が消えない。
「…僕の人生、変わっていると思うだけどなぁ」
現に、二年前まであった違和感はすっかり消えている。
ここは白蘭がずっと望んだ世界であるということであって。
「……ぁ、」
寝返りを打つと、まだ骸の残り香がふわり届いた。
花のような、凛とした薫り。
「…どんなだって、僕は骸くんが好きだよ」
幻を抱きしめるように、呟く。
「Buon Compleanno 骸くん」
どんなに嫌がっても、きみが再び生まれてきてくれたこと、変われる運命をくれたこと、ここに繋がったこと。
全てが骸と出会うために用意された布石のような気がしてならない。
けれどそれは、骸がこの世に生まれてきてくれたから。
「大好き、骸くん」
改めて、花とプレゼントを用意して会いに行こう。
今度は手を引いて、レストランへ連れて行こう。
「大好き。生まれてきてくれて、僕の目の前に現れてくれてありがとう」
はたしてその声は、精神を通して骸へ通じてしまっていた。


だが残念なことに、一方通行の回線は、どきんと高鳴った骸の鼓動を白蘭には通さなかった。